ジェイルハウス=ラブ
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第三章
第三章
そして俺は女に説明してやった。俺がコインロッカーに捨てられていたこと、そして貧しい孤児院で育てられたこと。今まで喧嘩に明け暮れ今も荒んだ生活を送っていることを。包み隠さず話してやった。
「どうだ、わかったか」
全て話し終えた後でそう言ってやった。
「甘いこと言ってるんじゃねえよ。俺はなあ、ずっと地獄にいたんだよ」
「地獄ですか」
「そうだ」
吐き捨てるように言ってやった。
「俺は地獄にいたんだよ。あんたなんかとは違うんだよ」
言う度に腹の底から怒りがこみ上げてきた。いつものことだった。その怒りがこみ上げる度に不快で仕方がない。だがそれを思わざるを得なかった。俺はそうしていつも生きてきたからだ。恨みが俺の生きる糧だった。
「私だって孤児ですよ」
だが女はそう答えた。
「父は私が生まれる前に亡くなりました。事故で」
「そうだったのか」
それは知らなかった。純粋に悪いことを言ったと反省した。
「しかしな」
だがすぐにそれがどうした、と思った。俺はそんなもんじゃなかったと言おうとした。その時だった。
「母も私を産んですぐに亡くなりました。元々身体が弱かったらしくて」
「そうか」
言い損ねた。女の話を聞いて逆に俺は黙ってしまった。
「けれどそこである方に育てて頂いたのです」
「誰にだい?」
「ここの教会の神父様にです」
「そうなのか」
それを聞いて俺と似ている、と思った。
「じゃああんたの家はこの教会か」
「はい」
女はそう答えた。
「私はここに住ませてもらっています。神父様と一緒に」
「そうか、何か俺と似てるな、本当に」
口に出してしまった。だがそれはごく自然に出てしまった。
「俺も神父さんに育てられたからな。別の教会で」
「どのような方でしたか?」
「まあいい人だったな」
そういえば特に罵られたり虐待されたということはなかった。俺だけじゃなく誰にでも公平に接してくれる温かい人だった。シスター達も同じだった。
「俺も優しくしてもらったな」
「そうでしょう?」
女はそれを聞いて嬉しそうな声をあげた。
「嬉しかったでしょう」
「まあな」
それは事実だ。渋々ながら認めた。
「育ててもらったしな」
「感謝していますか?」
「馬鹿言うな」
だがそんなことは思ったこともなかった。
「こんな世の中で育ててもらって何を感謝しろってんだ」
「何故ですか?」
「俺はなあ、生まれたくなんかなかったんだ。訳はさっき言ったな」
「それは違います」
女は俺に反論してきやがった。
「どう違うんだ!?」
売り言葉に買い言葉だ。俺はくってかかった。
「俺はなあ、いつも思ってるんだよ。生まれるんじゃなかったってな。地獄にな」
「またそんなことを」
「地獄だよ、何で俺は他の奴等と違うんだ、生まれたのが」
また怒りがこみ上げてきた。
「そして何もないところで生きてきてよ」
「何もないというのは嘘です」
ここで女はまた言いやがった。今でもはっきり覚えている。
「嘘だあ!?」
怒りがさらに高まったのを感じた。こめかみがヒクヒクしだした。
「はい、そうです」
女は俺を挑発するようにしてまた言った。
「神父様やシスター達がおられたのでしょう」
「・・・・・・ああ」
俺は憮然とした声で答えたのを覚えている。
「それはそうだがな」
「ではそこにはあったのです、何かが」
「フン」
俺はそれを聞いて全身に虫唾が走った。
「神父さん達がか」
「ええ」
女は頷いた。
「その人達が貴方の何かですよ」
「何かか」
「はい」
また答えた。
「よく考えてみて下さい。その人達が貴方に何をしてくれてきたのか」
「覚えてねえな」
「そんなことを言わずに。一度戻られてはどうですか」
「気が向けばな」
俺は嫌々ながらそう答えた。この時は戻る気には到底なれなかった。
「是非」
「わかったよ」
俺はやはり嫌々答えた。
「本当に気が向けばな。いいな」
「ええ、どうぞ」
女は微笑んだ。綺麗でもない、垢抜けない顔だがそれが俺の目に止まった。それを見て俺はふと思った。
(暇な時にでも行ってやるか、冷やかしにでもな)
シニカルにしか構えられなかった。あの爺さんや婆さん達がどれだけ耄碌しているのか見てみたくもなった。死んでいたらそれはそれで面白いと思った。その時はそう思った。
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