季節の変わり目
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感じるよ
俺は今父さんの部屋にいる。
「意味、わかんねえよ。これ、佐為が打ってんのかよ。・・・なあ進藤」
和谷が震える声で呟いたのが何とか聞き取れた。
「・・・待てよ和谷。まだ開いてない」
冷静な声に反して心臓は早鐘をうっていた。
まさか、まさか、まさか
逸る気持ちにマウスを持つ手がついていかない。また、何の拍子にsaiが出てきたのか全く見当がつかない。とにかく、自分が再会した佐為は十中八九以前の佐為と繋がりを持っているということが分かった。以前の佐為の記憶を、今存在する佐為が取り戻した。そう考えるのが一番ありそうな線だった。こんな、訳の分からない説明だけど、この状況をこう説明するほかなかった。やっとポータルサイトが出てきた。「ワールドネット囲碁」と打ち込んで一番上に出てきた検索結果をクリックする。ページが出てくるまでの時間にイライラして、マウスをカチカチ鳴らす。そして、やっと表示された画面から観戦のページに俺はとんだ。
「和谷。hujiwara・・・で合ってるよな」
「ああ」
数秒も経たずに佐為のユーザーネームは見つかった。そしてその対局内容は俺の目を見開かせた。一瞬恐怖が身体を走った気がする。
「嘘だ・・・」
しかし盤面は答えをはっきり物語っていた。自分が一度別れた、藤原佐為がこの盤面に息づいている。長い歳月を経て築かれた洗練された佐為の碁。誰かが真似して打てるものじゃない。間違いなく本物のsaiがネット碁に現れた。
「うそ、だ」
涙が溢れて止まらない。目がしみる。画面が滲む。懐かしいあいつの碁が今、生きている。時々俺の中に見つけるお前。それだけでは物足りなくて、もっとお前の碁を取り入れようと思って、資料室に通った。それでも物足りなくなくて。でも、今、消えることなく、佐為の石の流れが続いている。
「進藤、どういうことだよ。何で佐為が、ネットのsaiなんだよ」
和谷の言葉に若干怒気が含まれているのが分かった。和谷が何か勘づいていることも。しかし、和谷の質問に答えている余裕はなかった。俺は和谷との電話を切って、崩れ落ちて、泣き続けた。
お前の碁、久しぶりに見た・・・
―「今の対局、何か感じた?」
新しく白が盤面に打たれた。
「感じるよ・・・お前が、ここにいるって」
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