箱庭に流れる旋律
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歌い手、勝負する
「はあ・・・遅いわ、ラッテン」
「スイマセン、マスター。もう来ないものだろうと油断していました」
恐らく、もう無駄だと考えて僕が演奏を止めると、フルートの旋律も止まり、ラッテンさんが現れた。
恐らく、今の曲は『幻想曲、ハーメルンの笛吹き』だろう。
聞いたのはラッテンさんの演奏が初めてだけど、ノーネームの書庫に名前は載っていた。
「さて、これで貴方の歌は聴かないわ、奇跡の歌い手さん?」
「みたいですね・・・と言うか、ラッテンさんは今までどこにいたんですか?いないからすっかり油断してましたよ」
「火蜥蜴の皆さん相手に演奏。手駒を増やしていたら急に歌が聞こえてきて、驚いたのよ?」
「でしょうね。お互いにお互いが弱点なんですから」
音楽シリーズと言うのは、ものすごく大雑把に言えば、相手に感動を与えるのが効果だ。
そして、感動はより大きな感動で塗り替えることが出来る。
もとの感動が少しは残ったとしても、より大きな感動のほうが印象深くなるのだから、そちらの効果が現れる。
今回の場合、今いるのがハーメルンの街なこともあって、僕が奏でたレクイエムよりも、ラッテンさんが奏でた幻想曲の方が大きな感動を与え、ハーメルンの魔書を使うペストの削られた霊格をカバーしたのだ。
「さて、このまま続けても無駄になりそうですし」
僕は多鋭剣を飛ばして僕とラッテンさんを皆から分断する。
「僕たちは僕たちで、音楽勝負といきましょうか?」
「そうね。まず貴方を抑えておかないと。しなれても困るし♪マスター、そちらはお願いします」
「ええ、分かったわ。奇跡の歌い手の確保、任せたわよ」
「奏!無茶はしないで!」
「奏さん、後でお説教ですよ!」
そして、黒ウサギさんは後が怖くなりそうな言葉を残してどこかへと向かった。
「お説教か・・・後が怖い・・・」
「あら、彼女のお説教は怖いのかしら?」
「怖いですよ・・・今すぐに逃げ出したいです」
「あら、ならちょうどいいわ。私達のコミュニティの来ない?」
「そっちのほうがお説教は怖くなりそうなので、遠慮させていただきます」
その場合、六人がかりでのお説教になりそう・・・裏切りは、あの問題児達も怒るよね・・・
「あら、残念。それなら、勝って手に入れるしかないわね」
ラッテンさんはそう言って、持っていた魔笛をギフトカードにしまい、腰に吊り下げていた別のフルートを構えた。
「さっきまでの魔笛と違って、これはただのフルート。無駄なものを一切含まない、私の演奏をお聞かせしましょう」
「完全状態、ですか」
前にも何度か言っているが、僕たち“音楽シリーズ”はその音に加工をしなければしないほど、効果が強い。
音の大きさからしてさっきまでのフルートには音を大きくする効果もあったのだろうが、ラッテンさんはそれを取っ払い、純粋な音を届けれる楽器に変えたのだ。
「ルールはいかに観客を魅了できるか。観客は、そうね・・・この火蜥蜴たちでどうかしら?」
「では、それで行きましょう。こちらも準備は出来ました」
火蜥蜴の皆さんは僕とラッテンさんから等距離の位置に集まっているので、音を大きくする必要はない。
僕も今まで無意識のうちに使っていた音響操作を意識して消し、純粋な音を届けれるようにする。
「じゃあ、始めましょうか。“音楽シリーズ”二人による、贅沢なコンサートを」
「ええ、始めましょう。“音楽シリーズ”二人による、ちっぽけなコンサートを」
もうあの曲は二度聴いて覚えた。
「「曲目『幻想曲ハーメルンの笛吹き』」」
そして、同時に演奏が始まった。
♪♪♪
二人の演奏は、技術的には互角だった。
フルートのみで主旋律を演奏するラッテン、歌がないのなら、とオリジナルでオーケストラアレンジをする奏。
どちらの演奏も完成はしておらず、成長性という魅力を出している。
だが、観客の反応は分かりやすかった。
意識を失っている火蜥蜴も、最初のうちは一切動かなかったが、中盤に差し掛かった辺りで一部一部が行動を始めた。
それも、動いているのは全員が奏のほうへと歩いていくのだ。
そして、それ以降の動きも、全て奏の方へ歩いていくだけ。ラッテンのほうには一人も向かわない。
そして・・・
《ああ、これは・・・ダメね。私の負け》
ラッテン自身も奏の演奏に感動してしまい、フルートから口を離す。
そしてそのまま、奏の演奏が終わるまでじっと聞いていたのだ。
♫♫♫
「ご静聴、ありがとうございました」
演奏が終わってみれば、ラッテンさんは既に演奏をしていなかった。
それどころか、フルートを下ろして拍手までしてくれていた。
「いい演奏だったわ。私には、勝てる気がしなかった」
「そうですか。もしそうなら、それは貴女のおかげですよ」
「あら、私何かしたかしら?」
ラッテンさんは首をかしげて聞いてくるが、僕からしてみればそれは紛れもない事実なのだ。
だって・・・
「僕は始めて、誰かと一緒に演奏することが出来た。最後まで出来なかったのは残念ですけど、とても、楽しかったんです」
音楽を心から、楽しむことが出来た。
初めて誰かと一緒に音楽を奏でることが出来たのは、本当に嬉しかったのだ。
「ああ、そういう・・・やっぱり面白いわね、貴方」
「・・・そうですか?」
「ええ、そう。かなり面白いわ、貴方。音楽を楽しむ、その感覚を悪魔に思いださせるなんて」
うむ・・・これは褒められてるのだろうか?
ラッテンさんはクスクスと笑ってるし・・・
「まあ、僕は僕でラッテンさんから一つ教わってますし、おあいこでいいじゃないですか?」
「私が・・・?ああ、無駄なものを介すな、かしら?」
「ええ。言われてみれば、生の音が一番いいに決まってます」
そんなことを話しながら、僕はラッテンさんに近づいていく。
「さて、負けたんですから大人しく捕まってくれますか?」
「分かったわよ。でも、殺さなくていいのかしら?」
「出来ることなら、人を殺したくないんですよ・・・サンドラちゃんたちも、ゲームが終わってから情報を集めるのが楽になるでしょうし」
「貴方、階層支配者をちゃん付けで呼んでるの?本当に面白い人ね」
そんなことをいいながらも、ラッテンさんは大人しく倉庫の中に入ってくれた。
「ふう・・・。結構長引いたけど、他の人たちはどうなったんだろう?」
そんなことを考えながら多鋭剣に乗って飛ぼうとしたら、ゲーム終了のアナウンスが、黒ウサギさんの声で流れた。
マズイ・・・勝手に抜け出した上に、重要な魔王との戦いに参加しないままゲームが終わった・・・お説教、確定だな・・・
かなり憂鬱な気分になりながらも、僕はサラマンドラの本拠に向かって、足をすすめた。
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