季節の変わり目
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予想だにしない人
「て、なんで緒方先生がいるの」
時刻は5時50分。奥の部屋の襖を開けた途端に顔が引きつる。広間にはすでに合格祝いの時のメンバーが集まっていた。自分は門脇さんと待ち合わせをしてここまで来たわけだが、おかしい点が一つ。何故か伊角さんの隣に緒方先生が座っていること。伊角さんはすっかり萎縮してしまっている。もちろん、他のメンバーも言葉には出さないが、「なんで緒方十段がこの席に」と悶々した様子で、しかし場を盛り上げようと変な雰囲気になっている。また、これは少し予想できたが、佐為も呼ばれていた。気に食わないが、緒方先生の右隣に座っている。
「よお進藤、門脇」
「こ、こんばんは」
「緒方先生、何でこんなとこにいるんだよ」
若者の集まり、その中に一人だけ目立つ白スーツの緒方先生。たった今運ばれてきた日本酒をグラスに注いで一口飲み干すと、口を開いた。
「何やら面白そうな会が開かれるらしいと噂に聞いて、な」
勝手だ。本当に勝手だ。それに広間は予約制じゃないのかよ。まあ一人くらいはいいだろうけど。そんなことを悶々と考えていると、緒方の口が弧を描いた。
「それに、今話題の佐為もいる」
話の矛先が自分になった佐為は反応しづらそうに愛想笑いを浮かべる。どうやら緒方先生は苦手らしい。
佐為って呼び捨てかい
緒方先生と佐為が仲良くなるのはいろんな意味でいい気持ちがしない。
「まあ座れよ、進藤」
和谷は緒方先生と俺の不仲を知っているのかこう言った。佐為に微笑む緒方先生。二人の間に割って入ろうとテーブルを周って反対側へと進んだ。
「ちょっと失礼っ」
「わ、ヒカル」
とりあえず緒方先生と佐為の間に収まって一呼吸。緒方先生はまた一杯口に運んでにやりとした。
「大事なものは遠ざけておこうってわけか」
「はあっ?」
「否定はするなよ」
緒方先生はいろいろと佐為について勘付いていることは分かっていたが、みんなの前でこう言われるのは予想していなかった。助けを求めようと緒方先生の隣に居る伊角さんに視線を送る。するとさすが伊角さん、機転を利かせて緒方先生の酒の相手に自らなった。
「どうぞ、緒方先生」
「伊角、すまんな」
「緒方先生とこうやってお酒を一緒に飲むのは初めてですね」
「そういえば、そうだな・・・」
伊角さんナイス!ちょっと可哀そうだけど緒方先生は伊角さんに任せておいて・・・。
「佐為」
久しぶりに佐為の顔を見た気がする。佐為と出会って約5か月。最初は何かの間違いだと思った。でも今隣に居るやつは、間違いなく佐為の生まれ変わりか何かだ。信じられないことだらけだけれど、囲碁幽霊に取りつかれた過去を思い返せば非科学的なことも難なく受け入れられた。また佐為と一緒に居られる。次の年も。その次の年も。何か感慨深くて目頭が熱くなる。
「あのー、ヒカル、いいんですか?緒方先生にあんなケンカ売っちゃって・・・」
「いいのいいの。さ、食べようぜ」
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