ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
GGO編
62.現実の襲来
前書き
第62話投稿!!
全てが終わったはずだった......
だが、現実の死銃の存在が詩乃に牙を向く!!
(どうして.......。どうしてなの?)
何が起きているのかわからない。この状況がなんなのか私にはわからない。
「動いちゃダメだよ、朝田さん。声も出しちゃいけない。......これはね、無心高圧注射器、って言うんだよ」
全体二十センチほどの先端がテーパーがかっているクリーム色のプラスチック。グリップと円筒の接合部に緑色のボタンの物体を首に押し当ててくる新川くん。
「中身は、《サクシニルコリン》っていう薬。これが体に入ると筋肉が動かなくなってね、すぐに肺と心臓が止まっちゃうんだよ」
その言葉は、私を殺すと言っているようなものだ。
「大丈夫だよ、朝田さん、怖がらなくていいよ。これから僕たちは......ひとつになるんだ。僕が、出会ってからずーっと貯めてきた気持ちを、いま朝田さんに全部あげる。そうっと、優しく注射してあげるから.......だから何も痛いことなんてないよ。心配しなくていいんだ。僕に、任せてくれればいい」
その言葉は理解できなかった。脳がその言葉を理解していない。
掠れる声で聞く。
「じゃあ........君が......君が、もう一人の、《死銃》なの?」
首筋の注射器が、ぴくりと震えた。
「.....へぇ、凄いね、さすが朝田さんだ.....《死銃》の秘密を見破ったんだ。そうだよ、ぼくが《死銃》の片手だよ。と言っても、今回のBoBの前までは僕が《ステルベン》を動かしてたんだけどね。グロッケンの酒場でゼクシードを撃ったときの動画、見てくれたら嬉しいな。でも、今日だけは、僕に現実側の役をやらせてもらったんだ。だって、朝田さんを、他の男に触らせるわけにはいかないもんね。いくら兄弟って言ってもね」
恭二に兄がいる、という話はちらりと聞いたことがあった。
「き......きょう.....だい?.....昔SAOで殺人ギルドに入ってたっていうのは.....君の......お兄さん、なの?」
「へぇ、そんなことまで知ってるんだ。大会中に、ショウイチ兄さんが、そこまで喋ったのか。ひょっとしたら、兄さんも朝田さんのことを気に入ったのかもね。でも、安心して、朝田さんは、誰にも触らせないから。ほんとは.....今日、朝田さんにこれを注射するのはやめよう、って思ったんだよ。兄さんは怒っただろうけど......でも、朝田さんが、公園で、僕のものになってくれる、っていったからさ」
そこで恭二は口を止めた。
「.....なのに......朝田さん、あんな男どもと......。騙されてるんだよ、朝田さん。あいつらが何を言ったか知らないけど、すぐに僕が追い出したあげる。忘れさせてあげるからね」
注射器を押し付けたまま、恭二は左手で私の右肩を強く掴んだまま、力任せにシーツに押し倒すと、自身もベッドに乗り、太腿に跨る。その間も、うわ言のように呟き続ける。
「.......安心して、朝田さんを独りにはしないから。僕もすぐに行くよ。二人でさ、GGOみたいな......ううん、もっとファンタジーっぽいやつでもいいや、そういう世界に生まれ変わってさ、夫婦になって、一緒に暮らそうよ。一緒に冒険して.....子供も作ってさ、楽しいよ、きっと」
そんな狂った恭二の言葉を聞きながら麻痺した思考の一部でそれでもどうにかして言葉を繋げなければならない。もうすぐ警察が来る。この二つの言葉だけを巡らせて自分でもなんて言ったかわからないが恭二との会話を無理やりにでもつなげる。
「朝田さん......僕の、朝田さん.....ずっと、好きだったんだよ.....学校で.....浅田さんの、あの事件の話を.....聞いたときから......ずっと.....」
「........え.......」
恭二の言葉に思わず眼を見開いた。
「そ.....それって....どういう.....」
「好きだった......憧れだったんだ.....ずっと......」
「......じゃあ......君は.....」
そんな、まさか、と心のなかで呟きながら、消えそうな声で訊ねる。
「君は.....あの事件のことが、あったから.....私に、声を掛けたの......?」
「そうだよ、もちろん」
恭二は左手で、私の頭を撫でながら、何度も頷く。
「本物のハンドガンで、悪人を射殺したことのある女の子なんて、日本中探しても朝田さんしかいないよ。ほんとに凄いよ。言ったでしょ、朝田さんには本物の力がある、って。だから僕は、《死銃》の伝説を作る武器に《五四式》を選んだんだ。朝田さんは、僕の憧れなんだ。愛してる.....愛してるよ.....誰よりも.....」
「......そん.....な......」
眼の前の少年は、この現実世界で肉親を除いてただ唯一心を許せる存在とも信じていたのだ。
体と意識がその接続を途絶えようとしている。詩乃という心が深い絶望の水の中へと沈んでいく。
その時、ふと思う。
彼らはどうなったのだろう。
二年間も仮想の牢獄に閉じ込められ、そこで何人もの命を奪うことになったあの少年たち。長い戦いの中、大事な存在を失うこともあっただろう。それでも彼らは、あの絶望的な死銃との戦いに勝利した。
(君たちは強いね、シュウ、キリト)
深い闇の中で、ぽつりと呟く。
(せっかく助けてもらったのに.....無駄にしちゃって、ごめんね......)
彼らは、ログアウトしたらすぐに警察に連絡すると言っていた。
彼らなら警察に連絡した後で私のアパートに来るのではないか?だとするなら新川恭二と鉢合わせになればどうなるだろう。恭二は、逃げるか、諦めるか.....それとも、手に持つ注射器を、かれらにむけるだろうか。
自分がここで死ぬとしても彼らを巻き込むわけにはいかない。
(......だからってもう、どうにもならないよ)
そのとき不意にあの映像が脳裏に浮かんでくる。
死銃がこちらに銃口を向けてくるさなか、そこに割り込むように入ってきて私を守ってくれた少年のことをーー
(私たちはいままでずっと、自分しか見てこなかった。自分のためにしか戦わなかった。でも......もう遅すぎるかもしれないけど、せめて最後に一度だけ、誰かのために戦おうよ)
詩乃は闇の底でゆっくり瞼を開けた。逸らし続けた現実に眼を向ける。
サンドイエローのマフラーを巻いたシノンがこくりと笑うと、詩乃を助け出す。そしてはっきりとした言葉が響いた。
『さあ、行こう』
一度強くまばたきしたと同時に、詩乃は現実世界と再接続を果たした。
恭二は、右手の注射器を首元に当てながら、上半身からトレーナーを引き抜こうとするが、片手でうまくいかず、苛立っている。やがて引きちぎらんばかりに布をぐいぐい引っ張り始める。
その瞬間、注射器の先端が滑り、体から離れる。それと同時に左手で注射器のシリンダー部を強く握り、同時に右の掌で恭二の顎を強く突き上げた。
恭二は仰け反った。体を押さえていた重みが消え、何度も右掌を突き出しながら、必死に注射器を引っ張った。
すると注射器が抜けると同時に、ベッドの頭側から転がり落ちて、はずみで抽斗が一つ抜け落ち、中身がこぼれ落ちる。
恭二の両眼は大きく見開かれ、舌を噛んだらしく、小さく血が見える口から、嗄れた声を漏らす。
「なんで、こんなことするの......?朝田さんには、僕しかいないんだよ。朝田さんのことは解ってあげられるのは、僕だけなんだよ。ずっと、助けてあげたのに.....見守ってあげたのに.....」
確かに彼は私を助けてくれた。
だが、それは偶然の産物ではなく、私を連日付け回した結果だ。
「.....新川くん」
強張った唇を動かして、言う。
「.....辛いことばかりだったけど....それでも、私、この世界が好き。これからは、もっと好きになれると思う。だから.....君と一緒には、行けない」
立ち上がろうとして、右手を床につくと、その指先に冷たい何かが触れた。
それは先ほど抽斗の奥から抜け落ちた現実世界の恐怖の象徴。第二回BoBの参加賞で送られてきたモデルガンーー《プロキシオンSL》。
手探りでそのグリップを握ると、銃口を恭二に照準する。
「......何のつもりなの、朝田さん。それは....それは、モデルガンじゃないか。そんなもんで、僕を止められると思うの?」
ふらつく足に力を込めて立ち上がりながら答える。
「君は、言ったよね。私には、本当の力がある、って。拳銃で誰かを撃ったことのある女の子なんか他にいない、って」
恭二は白くなった顔を強張らせ、ながら退がる。
「だから、これはもうモデルガンじゃない。トリガーを引けば実弾が出て、君を殺す」
恭二をポイントにしたまま、じりじりとキッチンへと向かう。
「ぼ......僕を......僕を、ころす......?」
うわ言のように呟く。
「朝田さんが、ぼくを.....ころす......?」
「そう。次の世界に行くのは、君ひとりだけ」
「やだ.....嫌だ......そんなの.....嫌だ.....」
恭二のベットの上にぼんやりと正座するように座り込む。
右手がゆるみ、高圧注射器が半ば滑り落ちかけてるのを見て、この気に奪おうとも思ったが、そのままゆっくり移動し、キッチンへと踏み込んだ。
視界から恭二が消えた瞬間、床を蹴り、ドアへと走った。
走った勢いで踏んだマットが滑り、体勢を崩す。どうにか倒れるのを堪えたものの、左膝を床に打ち付けて激痛が走る。それでも体を伸ばし、右手でドアノブを握った。
しかし扉は開かなかった。鍵がかかっていたのだ。
解錠が指先の感覚でわかった。あとは扉を開けるだけだ。
そう思った瞬間、後ろに投げ出されていた右足の踝を、四つん這いになった恭二が両手で足を捕らえている。
ノブを回そうとするが凄まじい勢いで足を引っ張られ、キッチンへと引き込まれるが、玄関の段差を掴み抵抗。
それほど体格の変わらない恭二の力に左手が外れ、途端に勢い良くキッチンの奥に引き戻される。
たちまち、恭二の体が圧し掛かってきた。右手を握り、再び顎を狙うがわずか掠ったところで左手に掴まれる。
「アサダサンアサダサンアサダサンアサダサン」
壊れたような表情で顔を近づけてくる。拒み左手で退けようとするが、その手首も恭二に右手に捕らえられてしまう。
両手を押さえられ何もできなくなった。ーーその刹那。
冷たい空気が流れ込んでくる。恭二がさっと顔を上げ、後方を見やった。
と思った瞬間、いつのまにか開かれたドアから黒い突風が流れ込む。それと同時に恭二が部屋の中へと吹き飛ばされる。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。だが、吹き飛ばされ、鼻と口から血を流して倒れこむ恭二を押さえ込む見知らぬ若い男が起きたことを脳に知らせる。
ところどころはねている黒い髪。黒いジャケット。咄嗟に、アパートの住人が入ってきたのかと思ったが、その少年に見覚えがあった。
(.....まさか.....)
その予想は、その少年の叫ぶような声とともに悟った。
「逃げろシノン!助けを呼べ!」
「シュ......」
その名を呼ぼうとするが、慌てて体を起こそうとするが脚が言うことを聞かない。
どうにか壁を頼りに体を起こす。彼は、お茶の水のダイブ場所からここまで来たのだ。数歩ドアへと歩もうとしたとき......重大なことを思い出したのだ。
恭二は、致命的な武器を持っている。
振り返り、注射器が、と叫ぼうとした時。
押さえ込まれていた恭二が、完全に理性を失い、弾かれるようにシュウの体が吹き飛び、二人の体勢が入れ替わる。
「お前......おまえだなぁぁぁぁ!!」
絶叫が響く。
「僕の朝田さんに近づくなぁぁぁぁぁッ!!」
体を起こすシュウの頬に、恭二の左拳が食い込む。同時に右手がジャケットのポケットに差し込まれ、あの禍々しい注射器が掴み出された。
「シュウーーッ!!」
叫ぶ。
「死ねぇぇぇぇぇぇッ!!」
高圧注射器が、シュウの胸に突き立てられ、ブシュッ!!という、小さく、鋭い音が響き渡った。
それは、恐ろしいことに、高性能の減音器を装着した銃声に酷似していた。
気づいた時には、足が床を蹴っていた。
「シュウーーッ!!」
再び叫んだ。
叫びと同時に鈍い音が響いた。恭二はベットの方へと物凄い勢いで吹き飛ばされる。吹き飛ばされた恭二が、ピクッと動いた瞬間、再び鈍い音が部屋に響いた。
顔面を殴られた恭二は、ベッドのフレーム角に頭を激突させ、動かなくなる。
「シュウっ.......!」
細く叫びながら、床に横たわる少年に向かって屈み込む。
少年は、薄く開けた目と掠れた声を漏らした。
「......まさか、あれが.....注射器だったなんて.....」
「どこ!?どこに打たれたの!?」
シュウのジャケットのジッパーを千切るような勢いで引き降ろす。
ジャケットの中は、何も着ておらずそこには、妙なものが張り付いていた。
「......!?」
直径三センチほどの円形。薄い銀色の円盤のまわりに、黄色のゴムでできた吸盤のようなものがはみ出している。
「ねぇ.......ちょっと」
「うう......駄目だ......呼吸が......苦しい.....」
「ねぇ、ちょっとってば」
「......死ぬのか.....咄嗟に遺言なんて......思いつかないぜ.......」
「これ、この張り付いてるもの、何なの?」
「.......え?」
シュウは瞼を開けると、自分の胸を見下ろした。そして右手の指で金属円をなぞる。
「......ひょっとして......注射は、この上に?」
「なんか.....そうみたい。何なのよこれは?」
「......ええと.....多分、心電モニター装置の電極....だと思うけど....」
「は......はあ?何でそんな......あんた、心臓悪いの.....?」
「いや、ぜんぜん......。《死銃》対策につけてもらってたんだ.....そ、そうか、焦って引っ張ってきたから、ついてきたみたいだな.....」
落ち着いて見てみるとシュウにはいくつもの金属円がついている。
「まったく......、脅かしてくれるなあ」
「そりゃあ......」
両手でぎゅっとシュウの首を掴むと、締め上げた。
「こっちの台詞よ!し.....死んじゃうかと思ったんだからね!!」
叫んだ途端に、緊張が一気に抜け、一瞬倒れそうになるが目の前の少年が支えてくれる。その体勢は彼に寄り添うような形になる。上半身裸の彼の胸から鼓動が伝わってくる。
「彼は......大丈夫か?」
シュウに言われ、恭二の右手首を取るが、はっきりと鼓動が伝わってくる。もう彼の顔を見ることができず、顔を背けた。
無意識に私は再びシュウの体に寄り添っていた。やがて口を開き、ぽつりと呟いた。
「とりあえず......来てくれて、ありがとう」
「いや.......結局何もできなかったし.....来るのもかなり遅くなったしな。.....ゴメン......。ケガは、ない?」
私の頭を撫でながら小さな声で言ってくる少年の言葉にこくんと頷く。
「あ......あれ......」
突然、両眼から零れる。頬を伝う涙は勢いを増し、滴る。
それを見せまいとシュウから離れようとするが、彼はそっと私を抱きしめた。
やがて、遠くからサイレンの音が近づいてくるのに気づいたが、涙は枯れる様子はなかった。
後書き
次回、死銃の事件が終わった後日談
GGO編次回完結!!
ページ上へ戻る