ワールドウォー=スリーの報道ミス
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ワールドウォー=スリーの報道ミス
ワールドウォー=スリーの報道ミス
「ふうう」
男は目を醒ました。休日のことであった。
ゆっくりとベッドから身体を起こす。テレビはついたままであった。
「飲み過ぎたかなあ」
彼は頭をゆっくりと振りながらそう言った。そして時計を手に取った。その間もテレビの放送はかかったままであった。ニュースが流れていた。
「緊急事態です」
アナウンサーが白い顔で動揺した声でそう放送している。だが男にはそれは耳には入らない。時計を手にしながらふと窓の方を見る。
「雨か」
それを見て残念そうに呟いた。
「今日の野球もサッカーも中断かな、これは」
舌打ちする。だがそれだけで頭がまた痛くなった。
「つうう」
思わず声を漏らす。どうやら相当深く飲んだようである。
「やっぱりデートの前には飲むもんじゃないかなあ」
そう言いながら時計に目をやった。見て驚いた。
「えっ!?」
何ともう一時を回っている。それを見て酔いが醒めた。
「これはまずいぞ」
慌ててベッドから出て電話を手にする。そして彼女の携帯に電話をかける。呼び出しのベルが鳴る。だが彼女は一向に出る気配がない。
「携帯を忘れたわけじゃないよな」
彼はそれを聞きながらそう考えた。だが確証はない。とりあえず電話は切った。その間にもテレビの放送は行われている。
「第三次世界大戦がはじまりました」
アナウンサーはまだ動揺した声でそう話していた。声はもう絶叫に近かった。
「今日の十時十五分に宣言されました。もうすぐ関東一帯に核ミサイルが降り注ぎます」
「関東!?」
男はそれを聞いてテレビに顔を向けた。
「雨ならもう降ってるよ。折角野球を観に行こうと思ってたのに。サッカーとはしごで」
今日のデートはそういう予定であった。残念ながらドームでの試合ではないので雨が降るとおしまいなのだ。
「折角チケットも手に入れたのにな。しかしあいつは何で電話に出ないんだ」
そうブツブツと不平を漏らす。彼には彼女が電話に出ない理由がわからないのだ。
「・・・・・・怒ってるのかな」
そう考えた。だがそれなら先にこっちに電話がかかってくる筈だ。生憎気の短い彼女なのでこうした時には真っ先に怒鳴り声と共にかかってくるのだ。しかし今はそれがなかった。電話にすら出ない。
「別れたいとか・・・・・・まずいな」
それを思うと自然と顔が暗くなる。感情的な彼女のことだ。言い出す可能性は充分にある。
「言ったらどうしよう」
暗い考えになる。だが考えても何もならない。とりあえずは落ち着くことにした。4
紅茶を入れる。それからソファーに座る。まずはゆっくりと熱いお茶を飲んだ。次第に酔いが醒めてきた。頭に痛みが走る。
「つうっ」
思わず声をあげる。だがそれで酔いが醒めてきているのを感じていた。
そこに飼っている猫が来た。白地に黒と濃いグレーの模様のスコティッシュ=ホールドである。垂れた耳が特徴的なイギリススコットランド産の猫である。雄で友達からもらったものだ。
「くぅ」
猫は鳴き声をあげながら彼の膝に来た。そしてその上に乗ってきた。
「よしよし」
その額や喉を触ってあやす。猫の喜ぶところをさすってやる。
耳も触る。この猫はどういうわけか耳を触ると喜ぶのだ。するとさらに喉を鳴らして目を細める。どうやらかなり嬉しいようだ。その細めた目でわかる。
お茶を飲み終わると猫はここで気が変わったのか膝の上から出た。そしてテーブルの下に行くと寝転がり身体を丸めた。そしてそのままねはじめた。
「何かいつも寝ているな」
彼はそれを見て呟いた。猫はいつもそうやって寝る。この猫はどういうわけかテーブルの下が好きだ。昼はいつもそこで寝ているのである。
お茶を飲み終わると着替えようと思った。だがまだ酔いが醒めていない。テレビを見ても何か面白くない番組がやっていた。彼にはそう見えた。
「日曜だってのに何もないのかね」
チャンネルを変えてもどれも同じだった。何かニュースばかりであった。
「ったく、他はないのか」
リモコンを放り出した。そしてテレビから目を離した。そしてソファーの前の小さなガラスのテーブルに目をやった。そこには一冊の雑誌が置かれていた。間にペンが挟まっている。やりかけのクロスワード=パズルを思い出した。ふとその雑誌を手にとった。
「何処までいったかな」
雑誌を開いてペンを手にとる。そしてときはじめる。その間もテレビからはニュースが流れる。
「引き続きニュースです」
今度は似合わない口髭を生やした眼鏡の初老の男が出て来た。彼はその声を聞いただけで不愉快な顔をした。そしてテレビに顔を向けた。
「何でこいつが休日の昼間に出るんだよ」
そう言ってまたチャンネルを変えた。彼はこのアナウンサーが嫌いであった。無責任な発言を繰り返すくせに態度が傲慢だというのがその理由であった。だがチャンネルを変えて話す人間が変わるだけでニュースであるのは変わらなかった。どれもニュースばかりであった。
「どうなってるんだ、今日は」
テレビを見て舌打ちした。ニュースの内容は全く聞いてはいなかった。ただニュース番組ばかりなので嫌気がさしてきていたのであった。
もうテレビはつけたままにして見るのを止めた。何故か切る気にはならなかった。そしてクロスワードに専念することにした。だが思うように解けない。
「辞典か何かないのか」
ネットで検索しようかとも思った。だが酔いがまだ残っていて頭が痛い。それで動くのを止めた。そのままソファーの上でパズルを解くことにした。だがやはり解けない。彼は終いには雑誌を放り投げた。
「ああ、もういい」
「にゃっ」
雑誌は猫のすぐ側に落ちた。猫はそれで眠りから覚めて起き上がった。
「あ、悪い」
「くうぅ」
猫は彼を見て咎めるような目をした。しかしそれは一瞬ですぐに別の場所に行った。そしてまた寝転がりだした。
「ニュースです」
ここでまたニュースが入る。だが彼はそれを聞いてはいない。酔いが醒めずまだ憮然とした顔をしていた。そしてただ前を見ていた。
「これからどうするか」
「大変申し訳ありませんでした」
「マスコミが謝るのか。そりゃ雨も降るな」
彼はニュースをちらりと聞いてそう呟いた。だがそれで聞くのを止めてしまった。まだぼうっとしたまま前を見ることを再開した。暫くそのままでいようと思った。
「先程のニュースですが」
アナウンサーの言葉が続く。それを聞き流しながら後ろに身体をもたれかせさせる。それでも気分は晴れたりはしない。むしろ一層不機嫌になっていくのを感じていた。
ニュースは続く。さっき出ていた女のアナウンサーがまた出ていた。横目に見てあの髭の男でないだけましかな、と思ったりもしていた。それでも聞いてはいない。
「誤報でした。繰り返します」
「誤報?そんなのいつものことだろうが」
そこだけ聞いてそう言った。とにかくマスコミは信用ならないと思っていた。とりわけ球団を持っている会社は嫌いであった。新聞はなるべくその球団が出ないものを選んでいる程であった。それは子供の頃からであった。黒い帽子も白いユニフォームも大嫌いであった。そのチームが負けるのが何よりも楽しみであった。
「マスコミなんて何処も同じだがな。どうせ謝っても同じことの繰り返しだろうが」
それはもう愚痴であった。酔いが醒めずついついそういう言葉が出てしまう。だがそれが何にもならないのは彼自身が最もよくわかっていることであった。
「第三次世界大戦ですが」
「さて・・・・・・と」
彼はゆっくりと立ち上がった。そして浴室に向かった。
「酔いを完全に醒ますか」
「誤報でした。戦争は回避されました」
「それからあいつにまた電話でもかけるとしよう」
やはり聞いてはいない。そのまま浴室に消えていった。
「戦争は回避されました。戦争は・・・・・・」
しかしそこには誰もいなかった。ただ浴室から水を流す音が聞こえるだけであった。よくある休日の一風景であった。少なくとも彼にとってはそうであった。
ワールドウォー=スリーの報道ミス 完
2005・3・3
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