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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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SAO編
  第54話 過去の痛み



~第51層 アルスレイド~


リュウキは、51層 《愚者の森》と呼ばれる、迷宮区の入口とも呼ばれる場所にいた。ここのMobは、撃破時に、経験値よりも金銭(コル)をよく落とす為、一部では金銭面での狩場ともなっている。が、それは勿論ある程度のメンバー構成で挑む事が大前提だ。
 何やら、非常に好戦的なアルゴリズムをしているからであり、獣型のMobが多く、その特性というわけだろうか、隠蔽(ハイディング)スキルも異常に高い。気づかれたら攻撃をされてしまっている、と言うパターンもあり、そして 連携して襲ってくる為、連続攻撃を受けてしまう事が多数だ。

 所謂 《やられ判定》が連続して出てしまい、動けないままに、大ダメージを被る事も多数。故にそこまでの人気な狩場という訳じゃない。まだ、ここで死者が出た訳じゃないが、瀕死のダメージを受けたプレイヤーは多い。

 リュウキにしてみれば、別にそれは問題視しておらず、ただいつも通り、心赴くままに視て回っている内の1つの層だ。


 今日は、レイナと別れてものの数十分後、この層にやって来ていた。

「……本当に楽しかった、かな」

 リュウキは森を探索している最中、ふと、そう呟いていた。

 楽しさ、この世界で、否。現実の世界でも恐らくは初めてだったかもしれない。別にリュウキ自身は、現実(あっちの世界)で不満があったと言うわけじゃない。彼には、爺やがいてくれたから、それだけで良いって思っていた。

 でも……、そう言った楽しみとは違う気がするのも事実だった。

 それは、同世代の人と友達として遊ぶ楽しみ。それは、誰しもが、恐らく生きている間には経験する事。そんな記憶、あるだろうか? とリュウキは考えた。


――……物心着く頃には、もう仕事をしているし、レイナと一緒にいた様な事はしている記憶が……。


「ッ……」

 リュウキは、考えていた時、記憶の奥を探ったその時、突如 脳裏にズキリと痛みが走った。

「そう……だった。あの時の……」

 痛みが走った事に、疑問を持つ訳じゃない。ただ、それが切欠なのだろうか。 リュウキは思い返す事が出来た。
 いや、切欠は以前にも確かにあった。以前、キリトと《月夜の黒猫団》が全滅しかかったあの時。蹲り、悔やむキリトを見た時に、確かに見た、脳裏を過ぎったあの記憶。
 あの記憶を。

「サニー…………、ぼくは……」

 誰かの名前、なのだろうか? リュウキがそう名前を呟いた瞬間、完全に動きが止まっていた。それは恰好の的とも言える。

 その瞬間。

「ガァァァァァッ!!!」

 突如、背後の草叢から、複数の影が飛び出してきた。姿を現したのは、狼の様な姿。この辺りを縄張りとするMobであり名を《ヴォル・ウルフ》。先ほど説明をした様に、獣特有のスキルが備わっており、連携も凄まじい。1度に数匹まとめて飛びかかってきたのだ。
 同士討ちをする訳でも無い精密な連携で。

 もう、すぐそこにまで迫ってきている。だが……、リュウキは動く気配が無かった。回避行動を取る様子も全く見受けられない。

 それは彼らしくない事だ。
 普段の彼ならば、まるで背中に目がついているか? と思う様な反応をする。
 複数に襲われたとしてもその身のこなしは驚嘆であり、回避し、そのすれ違いざまに、一太刀でモンスターの急所を穿つ。
 その一撃は会心の一撃(クリティカルヒット)が殆どであり、モンスターたちは例外なく四散してゆく、一撃で死なないモンスターも勿論いるが、大した問題じゃないし、それが殆どだ。

 だが、今の彼はそう言う状態じゃない。

 そして、この状況は致命的とも言える。この層のモンスターは、パラメータ的には、遥かにリュウキよりも弱いが、無抵抗で攻撃を受けまるっきり大丈夫なわけが無い。
 以前のオレンジギルドの15人の攻撃を眉一つ動かさず攻撃を受けていた時とは、まるでレベルが違う。一撃一撃の重さが遥かに違い、奪われるHPも遥かに大きい。
 連携攻撃を得意とするタイプのモンスター複数にたてつづけに襲われれば自動回復(バトルフィーリング)もまるで意味を成さない。

 その獰猛な牙・爪がリュウキを引き裂く正にその瞬間。


「この馬鹿野郎ッ!!!」

 突如、まるでこのモンスター達が飛び出してきたそれを再現するかの様に、黒い影が一瞬の内に、リュウキとウルフ達の間に入ってきた。
 鮮やかな、その黒衣の刃の一閃が走る。

 その刹那の後 ウルフ達は、その攻撃をカウンター気味に受け、会心の一撃(クリティカルヒット)となり、その姿は一瞬のうちに硝子片となって四散して言った。
 残ったモンスターもいたが、例外なく 数秒後にはその身体を散らしていた。

 突然の来訪者は、倒した事を確認すると、素早くその黒剣を鞘に収めると。

「いったい何やってるんだリュウキ! こんな危険地帯のど真ん中で!」

 その黒い影の正体。全身を黒で決めているかの様な成り立ちの男。

「……ああ、キリト、か」

 リュウキは、漸く正気を取り戻したようにキリトを見た。その様子はまるで、今の状況を理解してはいないようだ。

「『キリト、か』 じゃないだろがッ! 死にたいのか!? 幾らお前とは言っても、あの数で、それに完全な無防備で攻撃を受け続けたらただじゃすまないだろ!?」

 呆然とするリュウキ、そして対照的にキリトをは怒っていた。
 リュウキは、この時初めて、今の自分の状況に気がついた様だ。ゆっくりと周囲を見渡す。あのMob達の命の残り香、残滓が まだこのエリアの大気中に漂っているのだ。そして、最後の青い硝子片が消え去ったのを確認すると。

「……? ……キリト。オレを心配してくれたのか……?」

 リュウキは、徐にキリトの顔を見た。そのキリトの表情は、次第に怒りの表情がなくなっていく。

「……あたりまえだろ」

 キリトは、完全に怒気を鎮めると、リュウキの今の姿をはっきりと見た。
 この姿のリュウキは見た事無かったから。

――……普段のリュウキじゃない。

 キリトは、表情を一目見て そう直感した。何か、意図していた訳じゃない、と言う事も。

「……そう、か。ありがとう。すまなかった」

 リュウキは、キリトを見て頭を下げた。

「いや、どうしたんだよ本当に。……らしくないんじゃないか?」

 キリトはいつもとまるで違うリュウキにそう聞く。そもそも、リュウキには実際に援護なんて必要ないんじゃないかと思えるほど、その技量はハンパではない。
 正直、あの程度であれば、気づけばモンスターが四散していた。なんて事はザラだった。自分自身が目指そうと思った理想像ともいえる腕だ。

 でも 今回は気配が違った。

 だからこそ、キリトは咄嗟に動いてしまった。案の定……リュウキは心此処にあらずの状態だった。自分の判断は間違っていなかったと思い、そして安堵していたのだ。

「……悪い」

 リュウキは、ただ謝罪を口にしていた。それ以上は何も言わなかった。

「……今日のところは止めて、街に戻るぞ。今のお前はマジで危ない。嫌だと言っても駄目だ。今回は訊いてもらう」

 キリトはそう言うと、結晶を取り出し、半ば強引にリュウキに渡す。それは転移結晶だ。
 その言葉にリュウキは、素直に頷くと、じっ……と結晶を握り締めた。

――……転移結晶を使うのなど、何時以来だろうか。

 そう思いつつも、上に掲げながら、この結晶を使ったのだった。





~51層 アルスレイド 転移門前~


 リュウキの後にキリトも、転移結晶を使い後を追った。場所自体は、示し合わせた訳じゃないが、直前に行き先を、はっきりと言わないと、効果が得られない為、どこに向かったのかは、直ぐに判ったのだ。

 そして、キリトはリュウキの後を追い、アルスレイドの街へと向かう。その転移門広場のベンチに腰掛けているのリュウキを見つけた。

 宿まで、と思っていたキリトだったが、リュウキは行かなくても良い、ここで良い、と言ったまま座っていた。

 そして、両手を組み考え込むように視線を地面へと向ける。

「……それで、一体何があったんだ?」

 キリトは、座ったまま俯いているリュウキにそう聞く。
 正直、今 聞けるような雰囲気では無いのだが。今まで見たことも無いリュウキの姿を見て、キリトも意を決した。
 リュウキの存在が救いになっていると言ってもおかしく尚程に、リュウキからは貰っているんだ。
 今は、この男の力になってあげたい。それは、数少ない機会だとも思えるから。

 勿論、彼が言いたくない、と言うのなら、考えるのだが……、それは無かった。

「……今日、レイナと会った」

 リュウキは俯いたまま、話しだしたから。

「……レイナ? ああ、アスナの……」

 リュウキの口から発せられる名、キリトはその名前は勿論、知っている。
 あの血盟騎士団でも有名な姉妹であり、双・閃光の異名を持つ姉妹だ。そして、自分にとっても縁のあるプレイヤーだとも言える。何せ、初めてのフロアBOSS戦を共に戦ってきたし、そこから先も、何かと共に戦ってきたのだから。

 だからこそ、判らない事がある。この今のリュウキの状態と、レイナの事。それが全く繋がらないのだ。

「レイナがどうかしたのか……?」

 キリトには、様々な推測が浮かんでいた。
 その内の1つが、レイナがリュウキに危害を加えようとしたのか? だ。
 
 このリュウキ相手に正面からの 正攻法では技量的にも無理があるから、罠にはめたり、人質等の手段を使ったのか、と。
 だが、何にしても、信頼にたる相手の裏切り。そんな事があったとすれば、如何にリュウキでも動揺は隠せないとも思える。レイナはビーターと言われ続けていた自分達にとって、数少ない信頼出来る人物の1人なのだから。

 だが、キリトのその想像の答えは直ぐにでる。それはまず、『ありえない』という答えがだ。
 何故なら、彼女がリュウキを見る目は、その類とは全くを持って違う、180度違うからだ。

 毎層での攻略会議の時もそうだ。彼女はしきりにリュウキの方を見ていた。そして、リュウキが姿を暗ませたら……その表情に寂しさや怒りの様なものがよく判った。
 
 キリト自身も恋愛の類は経験が無いからはっきりといえるものじゃないが、レイナの様に、あれくらいあからさまであったらわかるのだ。それにクラインも、会議中の彼女の様子を、羨ましそうにしながら、耳打ちして、実況している事もあった。その時のレイナは、微笑ましささえ浮かぶ程、頬を紅潮させながら、膨らませていた。

 そう、レイナがリュウキを見る目は、レイナを知っている面子からすれば大体はわかる、だからこそ それは、決してありえないと言えるのだ。

 キリトの見解だが、レイナは姉とは違って明るい性格だと思える。
 アスナは、攻略の事、その事が頭いっぱいと言う感じだったが、上手くそれを抑えつつ息抜きをさせてあげているのがレイナだ。
 姉妹だから、と言う理由もあるだろうけれど、本当に理想的な、構成のパートナーだと思えた。

 そして、レイナは血盟騎士団、という訳だけじゃなく、曲がった事、それは決してしない。そのあたりは姉のアスナ譲りだとも思える。何より、そう言う類のことは決してしない人だとはっきりといえるんだ。

 なら、いったい何があったと言うのだろうか?

「今日……レイナと会ってな、食事に誘われたんだ」

 キリトが考え込んでいた時、リュウキがそう続けていた。

「はぁ……?」

 それを訊いたキリトは、リュウキには申し訳ないが、何言っているのか判らず、思わず声が裏返ってしまった。
 
 それは所謂《デート》と言うヤツだろうか。

 正直な所、キリトはネットゲーマーである。だからこそ、その単語(デート)は、程遠いものなのだ。

「え、っと…… それでどうしたんだ? 何か、不味いことでもあったのか?」

 少し声が裏返りそうになりつつも、キリトはリュウキにそう聞いた。
 
 これまでの会議でもあったが、レイナの好意を さらっとスルーしてしまうのはリュウキだ。何かあったのか? と聞いたはいいが こればかりは、全く想像がつかないのだ。

「………いや、楽しかったよ。本当に……、楽しかった」

 リュウキは、そう言うと、再び表情を一段階落とした。

「………楽しかったから、だろうな。……ずっと、忘れようとした、記憶を……。それを思い出してしまった様だ」
「記憶……?」

 キリトは何のことか、わからない、と思っていたが。

「あッ……!」

 数秒して、ある事をキリトは、思い出していた。

 そう、あの時の《思い出の丘》での事。

 リュウキが言っていた事。

「本当に悪かったな……。もう大丈夫だ。これ以上は迷惑はかけない」

 リュウキはそう答えると、立ち上がった。

「あっ……おい!」

 キリトは、思わず支えようとしたが、問題ないように立ち上がった。

「大丈夫……だ。パラメーター、身体的な異常じゃない。オレ自身の精神的なものだ。この世界においてはその影響はダイレクトに来たんだろうな」

 だからこそ、脳を、精神を休める意味で睡眠などの事が必要なのだろう。常人よりもなぜか、かなり強い脳を持つ、リュウキであっても例外じゃないと言う事だろう。

「リュウキ……」
「大丈夫だ」

 キリトが何かを聞こうとしたのを察知したのか、リュウキは強引にだそう返す。


――……話したくない。


 リュウキは、そう言っているようで、これ以上は何も聞けなかった。

「……キリト。心配してくれてありがとう。そして、すまなかった。これ以上は無理はしない。あの森へ行くときも整えてから行くつもりだ。説得力が無いかもしれないが、安心してくれ」

 リュウキは少し微笑むと、手を差し出す。

「ありがとう」
「……馬鹿言うなよ。オレがお前にどれだけ貰ってると思ってんだよ」

 リュウキの手をとり、共に軽く握手を交わした。

 そして、リュウキは去っていき、その場にキリトだけが残されていた。キリトは、握った手を見つめていた。あの男とハイタッチはした事はあるが、握手をしたのは初めてだ。ゲーム内での事ではあるが、その神がかり的な技を生み出しているその手。

 
 キリトは、リュウキのその手が震えていたのに気がついていたのだった。


 
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