甘い生活
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第五章
そしてだった、シャルルはさらにこうも言った。
「例え片思いにしてもね」
「相手がいるね、恋は」
「そうだよ、つまりコーヒーの甘さか」
「恋の様に甘いっていうことは」
「相手がいたんだよ」
こうなっていった、二人はケーキを食べた後にコーヒーを飲んでそれで気付いたのである。
「つまりは」
「そうなるんだ」
「タレーランは嘘を吐いていなかったんだ」
シャルルはペニーに大して語った。
「間違いなくね」
「つまりケーキなりお菓子が相手か」
「うん、そうだったんだよ」
「成程ね、だからコーヒーは恋の様に甘い」
「そうだよ、そういうことだったんだよ」
「わかったよ、僕も」
ペニーは多少愕然としながらも納得した、これは顔にも出ていた。
そしてその顔でだ、彼はシャルルに言った。
「やっぱりタレーランだね」
「タレーランはコーヒーのことでは嘘を吐いていないね」
「うん、吐いていないよ」
このことは間違いないとだ、こう言った。
「深い言葉を言ったね、彼は」
「コーヒーのことでもね」
「何故コーヒーが甘いか」
その砂糖もミルクも何も入れないと苦いだけのコーヒーが甘い理由、それは。
「相手がいるからなんだよ」
「恋には相手が必要だからこそ」
「流石だよ、タレーランは」
タレーランへの評価は懐疑から賛美になっていた。こうした人物評の変遷は世の中ではよくあることである。
「伊達に多くの恋愛を経ていないよ」
「人妻に手を出してきたわけじゃないね」
そしてその人妻達との間に何人かの子供を設けていないというのだ、ドラクロワにしてもそうなることである。
「本当に」
「全くだよ、じゃあ今からね」
「コーヒーの甘さを楽しもうか」
「うん、ただ」
ペニーはシャルルにこうも言った、そのケーキを食べながら。
「注意すべきはね」
「ああ、甘いものだから」
「あまり食べ過ぎるとね」
そうすれば、というのだ。
「虫歯になるし太るし」
「糖尿病にもなるし」
「そこは気をつけないとね」
「あまり食べられないね」
食べられることは食べられるがそれでもだった。
「沢山食べると」
「よくないね」
歯にも肥満にも病気にもだ。
「じゃあ今は」
「ケーキは一個だけにしてね」
「それで抑えてだね」
「そう、食べ過ぎないで」
「コーヒーの甘さを楽しむのも程々で」
そうなるのだった、そしてだった。
このことからだ、今度はシャルルがペニーに言った。
「この言葉はタレーランは直接言っていないけれど」
「人生は、だね」
「そう、そしてコーヒーもね」
甘い、だがその甘さを楽しみ過ぎると。
「不幸が待っている」
「いや、タレーランが愛しただけはあるね」
「全くだよ」
二人はようやくそのことがわかったコーヒーの甘さを楽しみながら苦笑いになった、確かにコーヒーは恋の様に甘いが同時に人生の様に苦かった。タレーランはこのことは言わなかったが。
しかし二人はそこにタレーランの顔を見た、右目で悪戯っぽくウィンクしながらコーヒーを飲んでいる彼の顔をである。その顔にはナポレオンさえ欺いた稀代の怪物が持っている妙な茶目っ気があった。
甘い生活 完
2013・6・29
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