或る皇国将校の回想録
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北領戦役
第五話 敗将の思惑 敗残兵達への訪問者
前書き
今回の登場人物
守原英康 北領鎮台司令長官 護州公爵家の次男であるが病弱な兄に代わって実権を握っている。
守原家の財源であった北領の奪還を行うべく策動している。
馬堂豊久 駒州公爵駒城家の重臣である馬堂家の嫡流で新城の旧友
砲兵大尉であるが独立捜索剣虎兵第十一大隊の大隊長を代行している。
新城直衛 独立捜索剣虎兵第十一大隊第二中隊中隊長代理の剣虎兵中尉。
剣牙虎の千早を伴い夜戦に臨む
笹嶋中佐 水軍の中佐。転進支援本部司令として地上から北領鎮台残存部隊の艦隊への輸送
等々の指揮を執っている。
後衛戦闘を行っている第十一大隊を訪問する。
杉谷少尉 独立捜索剣虎兵第十一大隊本部鋭兵小隊長。
(鋭兵とは先込め式ではあるが施条銃を装備した精鋭隊の事である)
伊藤少佐 独立捜索剣虎兵第十一大隊大隊長、叛徒の家臣団出身で軍主流から外れた中年将校。
夜戦の総指揮を執り、戦死した。
西田少尉 第一中隊長、新城の幼年学校時代の後輩
兵藤少尉 第二中隊長 闊達できさくな尖兵将校
(騎銃を装備して剣虎兵と共に前線を動き回る軽歩兵)
漆原少尉 本部幕僚 生真面目な若手将校
米山中尉 輜重将校 本部兵站幕僚
猪口曹長 第二中隊最先任下士官 新城を幼年学校時代に鍛えたベテラン下士官
実仁親王 近衛衆兵隊第五旅団の旅団長である陸軍准将 今上皇主の弟である。
皇族でありながら第十一大隊と共に後衛で粘っており、
武名を高めながら周囲の胃壁を削っている。
皇紀五百六十八年 二月某日
東海洋艦隊旗艦内 北領鎮台司令部
「速やかに夏季総反攻作戦の作成にかかれ!」
北領鎮台司令長官 守原英康大将は焦っていた。
この北領に於いての大敗は皇国全体にとって以上に守原家の痛手となっていたのである。
北領鎮台の司令官に守原家の次子にして当主代行である守原英康が任じられていた事から分かるように北領は事実上守原の領土であった。
そして、北領の利益の独占は守原家の栄華を支えるのに十二分な権益を与えていたのだ。
それこそ太平の世であった四半世紀の間、護州鎮台と北領鎮台の二軍を保有しえる程に。
だが、それは裏を返せば北領こそが守原家の生命線だと言う事である、北領から得ていた利益を失った事で守原の財政は長期に渡ると内地にて代々の領土である護州に置かれた護州鎮台の維持すらも困難な状況に陥ってしまった。
さらに、北領鎮台の惨敗と財力の大幅な弱体化により守原家の発言力は大幅に弱まってしまう、完敗を喫したばかりの帝国軍を相手に早期に勝利しなければ守原は五将家の座から転落してしまう可能性すらある。
現在の状況を打開する為には、只一つ北領の早期奪還しか無いのである。
だが、それは五将家、否、皇国の持ちうる政治・軍事力の全てを使い、漸く可能性が見える夢であった。
詰まる所、守原大将が精力的に反攻の策を作成させている理由は守原の権勢の保持の為であり、其処には表向きに掲げている皇国に対する大義は欠片も無く。
そしてそれが可能かどうかを考慮する事もなかった。
――こうして北領鎮台司令部は転進に関しては最早何も興味を示さず、水軍に転進支援本部を造らせた後はひたすらにこの無謀にして壮麗な反攻戦略の立案に全ての努力を集中していた。
二月十三日 午前第五刻 独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊本部
大隊首席幕僚 新城直衛中尉
「助かったな」
独立捜索剣虎兵第十一大隊 首席幕僚である新城直衛中尉は目を覚めて早々に細巻を吹かしながら呟いた。
――義姉が相手の淫夢を見て股間が凍傷になるなんて話は情けなくて笑い話にもならない――早々に目が覚めて助かった。
便所へと歩きながらこれからについて考える。
――大隊は真室大橋南方十里の地点に宿営している。
現在生き残った戦闘を行える士官は七人のみ、大隊長の馬堂豊久大尉、首席幕僚(本部には四人しか士官はいないが)の僕、新城直衛中尉、そして鋭兵の杉谷、尖兵の兵藤、剣虎兵の西田、漆原、妹尾。
皆が少尉だ、少尉が中隊を率い、下士官が小隊を率いている状態であり士官不足は致命的だ。
更に猫は十匹しか生き残っていない、戦闘力を喪失していると言って構わないだろう。
幸いと言えることは、後方支援部隊が無傷で合流できた事、豊久が神経を尖らせていたお陰で導術兵と砲だけが損害を出していない事だ。
だがそれらも消耗が激しく砲は弾切れ寸前(備蓄のなかった擲射砲は完璧に弾切れしている)、導術も疲労が激しく休ませなくてはならない。
分かりきっている結論が出た。
――まともな戦争はやはり不可能だ。豊久も何か考えている様だが、真室大橋を落として稼いだ時間は無限ではない、補給が無いともはや限界だ。
本来ならば、後衛戦闘は不可能、留まるにしても一時的に後退し、補充と再編を行うべきだ。
だが豊久はこの部隊の早期撤退が許可される可能性は薄いと考えている。
――何故か?僕達と同じく最後衛にいる近衛旅団が問題である。
そう、実仁准将――皇族を戦死させる事も英雄にするわけにもいかないからだ。
陸軍の中でも衆民の将校が増えている時に皇室直属の近衛総軍、それもよりによって弱兵で有名な近衛衆兵――大半が衆民で構成された部隊――がこの負け戦の殿軍を為し遂げる。
それも親王が直々に指揮をして、だ。その意味は推して知るべし。
もし、失敗しても敗北したのは北領鎮台司令官である守原大将、畏れ多くも親王殿下を敵弾に晒したと非難されるのは当然だ。
どう転んでも守原は弱まり、皇室が強くなる。 守原英康がそれを容認する筈は無い。
――だがそれは兵にとっては関係ない話だ、誰が英雄になろうとその指揮下で死んだ者にとっては、ただ誰が死を命じたかの違いにすぎない――下らない、迷惑な話だ。
用を済ませ、本部天幕へ向かおうとすると、彼の直属の上官となった馬堂豊久大尉は天を仰いでいた。
「どうしましたか?大隊長殿」
「ん?新城――中尉か。ほら、あれ、どうも思ってたよりか守原か水軍に気が利く御仁が居るようだ」
同日 午前第五刻半 独立捜索剣虎兵第十一大隊上空
転進支援本部司令 笹嶋定信水軍中佐
〈皇国〉水軍中佐にして転進支援本部司令である笹嶋定信中佐はその時、生命の危機に瀕していた。
――凍えそうだ!むしろ鼻の穴が凍って貼りついている!
慌てて手袋越しに鼻を擦るが、その瞬間に張り付いていた鼻孔から凍てつく空気が体内に侵入し、笹嶋は悲鳴を堪える。
「頼むから早く下ろしてくれ!」
――飛龍は最速の乗り物であると聞いたが、もう二度と乗るものか!
笹嶋定信の固い決意を他所に龍士は刻時計と羅針盤をちらりと見て告げた。
「もうすぐ到着しますよ!中佐!この負け戦の最後衛で踏ん張っている勇者達の所に!」
「こいつから降ろしてくれるなら馬鹿でも勇者でも構わんよ!」
そう叫んだ直後に笹嶋は慌てて口を閉じた
風が強いので怒鳴りあいになってしまうのでどうしても体内に冷気の侵入を許してしまう。
「見えましたよ!」
目を下ろすと便所の近くで用を足し終わったらしい将校が此方を見つめている将校と話している。
――あの二人がそうなのだろう。
あたりをつけた笹嶋が云った。
「あの二人の近くに降ろしてくれ」
龍から降りる笹嶋へ二人の将校が近寄って敬礼した。
「独立捜索剣虎兵第十一大隊大隊長、馬堂豊久大尉であります。」
――幾度か身を戦塵に晒した砲術屋だと聞いているがそれでも人好きのする顔つきと声をした青年だった。
振る舞いは兎も角、顔つきは将家には見えない――その中身は如何程なのだろうか。
「独立捜索剣虎兵第十一大隊首席幕僚、新城直衛中尉です。」
その隣に立つ、剣歯虎を連れた仏頂面の男へと視線を移す。
――彼が新城中尉か、駒城家の人間だと聞いているが、とてもそうは見えない。
「私は笹嶋定信中佐、水軍だ。転進支援本部司令を任じられている。」
答礼をして、笹嶋は最初の要件を告げた。
「おめでとう馬堂少佐、新城大尉、君達の野戦昇進が正式に認可された旨、
本日中にでも連絡があるだろう」
それを聞いた二人の将校は、顔を見合わせ――顔をしかめた。
同日 第五刻半 第十一大隊本部天幕
「おい、あの龍に乗っていたのは水軍の司令殿みたいだぜ。これはひょっとしたら撤退命令じゃないか?」
尖兵小隊長の兵藤少尉が云った。
「いや、それは無いって、大隊長が言っていただろ?
近衛が退くまでは増援は兎も角 撤退はあり得ないよ。」
第一中隊長を任じられている西田は、それをあっさりと切り捨てた。
新城中尉の後輩で新城も高く評価している将校であり、剣虎兵少尉の最先任としてまとめ役についていた。
「それに馬堂大隊長殿達を野戦昇進させたのですから、まず無いでしょう。」
第三中隊長の妹尾少尉も口を開いた。生真面目な性質で元々は強襲を専門とする鉄虎中隊の将校であった。
本部付き鋭兵小隊長の杉谷少尉も首を振って言う。
「気持ちは分かるがね、八百人以上いた大隊も四百半ば、将校団は文字通り壊滅。
大隊長達も何か考えているようだが補給と補充がなければ何も出来んな。」
「頼りの砲は弾切れ寸前、猫は十匹しかいない、使える導術兵も疲労困憊の十人きりですからね」
本部幕僚の漆原少尉が零す。
生き残った戦闘兵科の将校の中では一番の若手であり、生真面目な性格である為に再編の苦労を侘しい陣容となった本部要員と共有した為に、大隊の悲惨な実情を最もよく理解していた。
「鎮台兵站部に物資支援の要請だけは出したのだけどね、
あの水軍司令殿がなんかしら情報を出してくれれば助かるのだが。
もしくは撤退とか、後は撤退とかも魅力的だな」
輜重中隊から引き抜かれた兵站幕僚である米山中尉が疲れた顔で白湯を啜りながら云った。
兵藤がお手上げとばかりに手を上げる
「だから撤退だって撤退!」
皆が溜め息をついた。
――そうだったらどんなに素晴らしいことだろうか。
同日 午前第五刻半 独立捜索剣虎兵第十一大隊宿営地 大隊長天幕
転進支援本部司令 笹嶋定信水軍中佐
出された黒茶を飲んで人心地ついた笹嶋を諧謔味を滲ませた目で観なながら馬堂少佐が口火を切った。
「それで、わざわざ寒い思いまでしてこの敗残兵の敗残兵達にどのようなご用件で?」
笹嶋は答える前に細巻を二人に渡す。
新城はそのまま火を着けたが馬堂は大事そうに細巻入れにしまった。
――性格の違いが見て取れて面白いな。
「その前に部隊の状態は?戦闘は可能かね?」
それを聞いて新城の仏頂面に視線を飛ばし、馬堂少佐は飄々と肩をすくめて言う
「今のままなら輜重隊相手なら目の色変えて戦えますがね。弾も飯もないとなると補給を受けないと話になりません。 補給を受けた後ならそうですね……。
後衛戦闘――殿軍なら5日程度は誤魔化し誤魔化しで何とか。」
――成程、状況によるか。
陸軍のやり口には詳しくないが、それだからこそ笹嶋は聞かねばならない。
「ならば、攻撃はどうかね? 例えば相手の後方に潜り込み、伏撃するとか。」
大隊長は目を覆って数秒考えてから首席幕僚へと目をやった。
「どうかな?」
「情報があれば可能です。兵員は半減していますが、猫が十匹います。
白兵戦では一匹で銃兵一個小隊以上の戦力になります。」
熟練の剣虎兵が発した言葉に頷いて馬堂少佐が言葉を次いだ。
「兎にも角にも補給ですね。
集積所では物質は余っている様ですが、肝心要の前線への補給が滞っています。
現状で我々は糧秣すら不足しています。戦場から馬の死体を持ってきても融かす為の火が使えません。夜は当然ですが、日中でも煙が目立ちますから。
かと言って、凍ったままでは猫は兎も角、人間には食べられません。
腹を壊しても此処では満足な治療が出来ませんからね。」
兵站が崩壊しているのは聞いている。
情報の混乱の所為で兵站部が輜重部隊を送るに送れない状況らしい。
「猫?」
新城大尉が答える。
「剣牙虎のことです。僕らはそう呼びます。可愛いですよ。」
――可愛い・・・ねぇ
半眼で笹嶋は新城の背後に寝そべっている剣牙虎に目を向ける
「まぁ確かに頼もしくは見えるが・・・」
――私としては可愛がるには色々と大きすぎる。主に体と牙が
「貴方々の船の様なモノでしょう。」
新城が薄く笑みを浮かべる。
――そういうものか。
笹嶋はとりあえず納得すると顔を引き締め、命じられた事を告げる。
「君達に頼みがある。」
新城大尉が笑みを消し、馬堂少佐は飄然とした表情を変えずに僅かに姿勢を正した。
「その前に、宜しいですか?」
大隊長が軽く掌を挙げながら言う。
「失礼ながら。中佐殿の権限を伺いたいのですが。鎮台を、陸軍をどの程度動かせますか?」
その声は和やかではあったが感情は一切込められておらず、愛想よく微笑している姿も笹嶋にしてみれば、隣に座る新城の仏頂面と何も変わらないものであった。
――やはり聞くか。
「当然の質問だな。私は転進支援司令として転身作業全般を監督する権限を与えられている。」
「指揮ではなく、監督ですか・・・。鎮台司令部がいつでも口を出せる と。」
少々憐れむ様な口調で馬堂が云った。
「ん、まぁその通りだな。正直どんな権限なのか自体よく解らん。そうした次第で君達にも下手に出ている訳だ。」
馬堂少佐は考え込む時の癖なのかまた目を覆っている横で新城が面白みを覚えた表情になる。
「で、まぁ頼みたいのだ。」
一瞬静寂が降りる。
千早が尻尾で地面を叩いた音が響くと、それが合図であるかのように馬堂少佐が口を開いた。
「……何日稼げと?」
――やはり、解っていたのか。
笹島が溜息をつき、云った。
「十日だ、少佐。 鎮台を救い出すのに君達に十日稼いで欲しいのだ――そうすれば何とかなる」
「我々を除いて、ですか」
新城が冷え切った口調で訊ねる。
――そんな事を聞かないでくれ。俺も良心が傷まないわけではない。
笹嶋のなけなしの良心は弱音を吐き出させてしまった。
「美名津港が使えれば――良かったのだが」
「やはり使えないのですか?」
予想していたのだろうか、新城はそう云って頷いた。
「美名津の人口は二千以上です。
《大協約》は美名津に勝馬に乗る権利を保障していますからね。」
目を再び外界に晒した馬堂も皮肉気に口を挟む。
――そう、美名津はこの世界の共通法である〈大協約〉に記されている市邑保護の対象だ。協力を強要する事は出来ない。故に我々は寒風に兵士たちを晒したままだ。
笹嶋は首肯するとこの二人の来歴から差し出せる飴を探るべく言葉を紡ぐ。
「そういうことだ、陸にも我々にも恩を売れる状況だ。
まず間違いなく家名は上げられるぞ。君達は五将家の駒城家の関係者だろう?」
「それに、一万二千の兵たちと三百五十程度の大隊では良い取引だ、でしょう?
――まぁいいですけどね。それを命ずるのが将校の仕事ですから」
不貞腐れた様に馬堂少佐が言う。
「我が馬堂家は駒州譜代の家ですよ、家名も基盤も十分です。
まぁ確かに生還しても死んで〈帝国〉軍糧秣の礎になっても二階級特進にはなるかもしれませんね
御家が傾きかけてるならともかく、ね」
そう云いながら胸を張る年下の大隊長を横目に新城大尉も苦笑しながら答える。
「僕は駒城の育預です。血は繋がっていません。
孤児がお溢れを頂いているだけですよ。姓も「城」の一字を貰っただけです。」
――どうも私の言葉は感銘を与えるには至らないようだ。
笹嶋が天を仰ぎ静寂が再び訪れた。
大隊長は、首席幕僚へ視線を送ると歴戦の首席幕僚は無言で肩をすくめた。
そして、大隊長が決断を告げる。
「戦略上必要な事です。やむを得ないでしょう――全滅するつもりは有りませんよ?
補給、補充に関しては可能な限り我儘を聞いて貰います」
そう云いながら不敵な微笑を浮かべる若き大隊長を観て笹嶋は確信した。
――成程、度胸がある。
「助かるよ。そちらは私が便宜を図る。水軍の将校は衆民が大半だ。
将家絡みの余計な面倒は無いよ。全面的に協力する。」
笹嶋がこう云った事には理由がある。
衰退しつつある五将家の中で、彼らが属している駒州――駒城と鎮台司令部を牛耳る護州――守原家はそれぞれ異なった方法で現状の維持を行っていた。
守原は陪臣格や他の五将家の分家、陪臣筋を取り込み、将家としての人脈を拡大させる事で政治的な発言権を拡大させていた。
一方で駒城は、交通の要所であり、良馬の産地である駒州を握っている為に、天領の行う自由経済の恩恵を甘受しており、天領の衆民達から選出され立法を担う衆民院に対して影響力を強める事で勃興著しい衆民勢力と協調路線をとっていた。
こうした財政面での恩恵を受けることで緩やかな衰退から衆民との利益の共有を図っていた。
これにいち早く適応したのが駒州の財政に強い影響力を持っていた馬堂家であり、他家に先じ駒城が衆民院の与党の地盤へ浸透する事ができたのは、稀代の政治家と呼ばれた駒州公・駒城篤胤の右腕となった馬堂豊長の功績であるとも言われている。
こうした政略の違いと双方共にそれが成功しているからこそ、二家の仲は険悪なものへとなっている。
もっともそうした面倒から開放されたことは馬堂少佐にとって恩にはしても遠慮する事はしない。
明日の政治より、今の戦争に生き残ることが遥かに大事である。
「それでは遠慮なく、一個中隊の銃兵――可能なら鋭兵を。
それと騎兵砲部隊を二個小隊、擲射砲部隊を一個小隊。
短銃工兵もニ個小隊、それらの増援を含めて糧秣を十ニ日分
弾薬を十五基数、その他諸々の物資、勿論、馬車でお願いします。」
そう言いながら馬堂は輜重部隊から将校を引き抜き、作らせた目録を笹島に押し付けた。
「手配しよう。」
改めて目を通すし、笹島は苦笑した。
――遠慮がないな。否、当然か。
「それと、宮様――近衛の旅団はどのような様子ですか?」
帳面になにやら書き込みながら少佐が尋ねる。
「ああ、実仁准将は中々の御方らしい。
あの弱兵部隊で撤退命令を固辞して後衛を勤めている。
負け戦にこそ皇族が良い所を見せる必要がある、と」
「そして皇室尊崇の念を、って魂胆ですかね。」
ぼそり、新城大尉が呟いた。
「正味な話、尊崇自体は否定しないが、近衛にはこんな所にいるよりも、玉体の護持に専念して貰いたいところですね――そうなったら鎮台も主力保持の為に多少は援軍を送ってくれる筈だ」
馬堂はそう云いながら肩を竦める。
――遠慮がないな。少佐も咎める様子もない、譜代と育預、か。 それだけでは無いな。
観察しながらも笹嶋は軽く戯けて見せた。
「おいおい不敬だぜ。その言い草は。」
三人共、軽く笑い空気が緩むとそれを見計らったかのように大隊長が書状を取り出した。
「まぁ取り敢えずは親王殿下――尊崇すべき御方の弟君に身罷られては困ります。
申し訳ありませんが中佐殿、これを実仁准将閣下に御願いします。」
そう云って、笹島に手渡しながら馬堂は思い出したかのように尋ねる。
「海の様子はどうですか?」
「うん? そうだな、荒れている。この季節ならそういうものだ。
輸送にも支障がでかねないが波に強い救命艇も動員している。」
その答えを聞いた少佐は一瞬瞑目し、表情を消した。
「――それでは最後にもう1つだけ宜しいでしょうか」
後書き
〈皇国〉軍の現在
上層部は(自分達が)お先真っ暗で狂乱状態
中間管理職は上の無茶ぶりと現場からの突き上げにフルボッコ状態
現場は上からの無茶ぶりと何故か現場に居るVIPの保護の為に満身創痍胃潰瘍状態
……えがおのたえないしょくばですね!!
御意見・御感想をお待ちしています。
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