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英雄伝説 零の軌跡 壁に挑む者たち

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25話

旧市街東側は列車、船、飛行船の貨物を一時納めるために巨大な倉庫が立ち並んでいる。しかし現在そのほとんどが廃墟と化している。
帝国共和国間の唯一の直接貿易路であり莫大な利益を上げられるが同時に両国の情勢に左右されやすく、長期間に渡る荷止めが起きれば赤字になる大量取引の時代は終わっていた。
その使われなくなった倉庫を再利用しようとライブハウスに改装したものの歌える場所は歓楽街に多くあり市中心部から離れ過ぎているという立地の問題から結局利用者は少なく事業者の撤退も相まって現在では不良たちの非合法なパーティ会場となっている。
その一つがサーベルバイパーの溜まり場になっているライブハウス、イグニスである。


「あー!お前らさっき先輩たちをボコボコにしやがった奴だな。見てたぞ!」

イグニスに近付くと入り口のサーベルバイパーのエンブレムの描かれた扉の前に、さっき戦ったメンバーよりさらに若い赤いジャージの少年が立っており、こちらを見つけると怒鳴り声を上げた。
見るからに新人という感じで気合が入って威勢良く喚いているが同時に緊張していることは隠せず、先輩がやられたんで舐められるもんかと警戒心も露わに気が立っているようだ。

「えっと、クロスベル警察の者だが、君は見張りなのかな?ヴァルドに取り次いでもらえるとありがたいんだけど。話を聞きたいんだ」

「ヴァルドさんがお前らみたいな警察の犬に会うわけないだろう。帰れ帰れっ!」

「来てるって伝えるだけでも駄目か?」

「駄目だ!テスタメンツとやり合うんだから怪しい奴は入れるなって言われてるんだ。とっとと帰れって」

身分も目的も明かしたのに取り付く島もない。
ぶちのめして無理やり侵入という選択は話を聞かせてもらうという展開上ありえない。しかもこの見張りの少年を倒したら全員が襲ってくるだろうことは広場での気の荒い言動を見ればわかる。
なんとか穏便に行きたいが。

「ねえ、ここは私に任せて。適当に話を合わせてフォローしてちょうだい」

先頭でロイドが苦戦していると少し後ろにいるエリィの小声が聞こえてきた。
わかったと頷くとロイドの横からエリィが進み出た。

「ねえ、あなた、お名前は?」

「デ、ディーノだけど」

「ディーノ君っていうの。ディーノ君はここで不審な人を見張ってるのよね?」

「そ、そうさ。ヴァルドさんから頼まれてテスタメンツが入ってこないように見張ってるんだ。し、新人だから先輩に押し付けられたんじゃないぞ」

「そうなの。でも私たちはテスタメンツじゃないわ。身分も明かしてるから怪しくもないし戦うつもりもないの。話を聞きたいだけだから案内してくれても良いのじゃないかしら?」

突然話し相手が女性に代わり、しかもエリィみたいな美人がにっこり笑いかけてくるとさっきまでロイドに向かっていた興奮がどこへやら。エリィも答えられる質問だけをして会話を続けさせたので拒絶一辺倒からすっかりエリィのペースになってしまっていた。
エリィはロイドと言っていることは変わらないのだが、会話してしまったディーノは迷ってしまう。この旧市街でバイパーと敵対しているのはテスタメンツだけなので注意すべきなのはテスタメンツだけ。新人らしくリーダーからの命令以外のことはどうしたら良いかわからず、しかし一度戦っているのを見ているため迷ってしまったのだ。

「いや、でもお前ら先輩たちと戦ったじゃないか。そんな奴らを通したら」

「戦ったと言ってもあなたたちにとっては挨拶みたいなものでしょう?あなたのところのリーダーも気にしてなかったし」

「ならさ、会いたいってのを聞いて来るだけでも頼めないか?実は俺達さっきテスタメンツのワジに会って来たんだ。ワジは会いたいつったらすぐに会ってくれたぞ。同じように戦ったの見ただろう?なのにバイパーは会ってくれないわけないだろう?」

後ろから口を挟んだランディに煮え切らなかったディーノはテスタメンツと比べられて混乱してムッとしたが、エリィが駄目押しした。

「そんなに信用出来ないなら私の銃を預けるわ。大切なものだから帰る時には返して欲しいけど、これで入っても戦うことは出来ないわ。それでどうかしら?」

「あーもうわかったよ!そこまですることないってっ!ヴァルドさんに聞いて来るから絶対入んなよな」

いきなり武器を預けると言い出したエリィの駄目押しに、ディーノはもう手に負えないと判断して絶対入るなと念を押してイグニスに入って行った。

なんとか入れくれるかなと皆が溜め息をついたが、そこまで上手く運んだエリィの交渉力に3人は驚いていた。

「気が立っていたから落ち着かせただけよ。こういう交渉は慣れてるから任せて。でもランディ、あのフォローだとテスタメンツと通じてると思われたら危なかったわ」

「こういう手合いはライバルと比べられると張り合うもんさ。子分もそうならリーダーもだ。話が伝わればこっちにもちょっとは気になるはずさ。それよりお嬢の銃を渡す大胆さには参ったねえ。さっき戦ったのに丸腰になっても会いたいと言われたら通さずにはいられんよな」

「ふふ、ありがとう。でもヴァルドって人には通用しないと思うの。ここからはさっきみたいにあなたが代表して話したほうが良いと思う」

広場でのヴァルドの印象は獰猛で暴力的。出来るだけ交渉で済ませたいが、テスタメンツよりも衝動的な分、話して済むとも思えない。
皆、何が起こっても良いように武器や心の準備だけはしていた。

「ヴァルドさんがお呼びだ。入れ」

出てきたディーノが手招きしてイグニス内部に入るとライブハウスらしく大型の導力スピーカーから大音量が流れており、暖かい空気と共にキツイ酒の臭いがした。
百人以上が余裕で収容出来る広さでこの臭いのキツイさに酒の飲めないティオはしかめっ面になって鼻を摘んだ。
臭いの原因は暖炉代わりにドラム缶で焚き火をしており、不良たちが飲み食いしているであろう木製の机や樽、その周囲の床など酒瓶が大量に転がり、空き瓶に混じって飲みかけの瓶から床に零れて蒸発していたからだ。それに燃え移ったのか、火遊びでもしたのか床がところどころ焦げており、それが燃えたのだなとわかった。
扉を閉める音がして振り返るとどうやら見張りなのでその場から動けないディーノがこちらが気になって仕方がないようで、寒いので閉めた扉のこちら側に立っていた。
何人もの不良たちが樽に座って酒を呷りながらこちらをじっと睨みつけているが、上の方で歩く音がして見上げると2階のキャットウォークにも何人かがこちらを見下ろして伺っていた。
特についさっき外で戦った奴らは鋭い視線を向けて来る。

流される大音量の音楽のため騒々しく、全員が手に釘バットやナイフをチラつかせて、冷静な大人がいて清潔で落ち着いた雰囲気のあったトリニティとは対象的で緊張感が高まっていく。
それはステージで箱を椅子代わりにしてふんぞり返っている巨漢の青年が声を上げると文字通り爆発した。

「待ってたぜ。なあ、お前ら」

その声に反応したバイパーのメンバーたちは武器を構えて4人を取り囲むように包囲すると背後でガラスが割れる音がすると出入り口の扉の前の空間が燃え上がった。
キャットウォークにいる不良が酒瓶に火をつけて火炎瓶として投げ込んだのだ。

完全にやる気だ!
支援課の全員がそう直感した。
戦うつもりだからこそ退路を塞ぐために準備をし完全に包囲しようとしている。

「わざわざフクロにされに来たとはな」

広場での借りを返そうと威嚇するバイパーの言葉通りの状況だった。
このまま戦闘に雪崩れ込めば陣形的にも人数的にも2階からの支援攻撃もあり絶対にやられる。
そう思ったロイドは即断した。
包囲が完成し戦闘に入る前にステージ前に進み出てヴァルドに向かって叫んだ。

「俺たちは戦いに来たんじゃない。捜査に協力して欲しいだけだ!」

「青坊主共から話を聞いたんだろう?じゃあ何も聞くことはねえだろう。悪役は俺たちで、あんたらは俺たちを逮捕しに来てボコられる正義の味方ってな」

こちらを見下そうなヴァルドの言葉からなぜいきなり攻撃を仕掛けようとするのかおぼろげながらわかった。
テスタメンツから話を聞いたという情報がディーノから伝わったことでサーベルバイパーを警戒させてしまったのだ。
先に相手チームの事情を聞いた警察が現れれば、相手が悪いと吹き込まれたと警戒するだろう。
だが、ヴァルドとの会話はまだ通じている。そう思ったロイドは畳み掛けた。

「聞きたい話はある。君たちの本気で潰し合う理由を確認せずに一方的に逮捕するのが不公平だからだ。そちらにも言い分があるだろうし、それを聞きたいんだ!」

「ククッ。妙な野郎だな。だがな、それをお前らに話して俺らに何の得があるんだ?俺は暴れたいだけなんだよ!この滾る血をスカッとさせてくれるんならなんだって良いんだよ!なあ!」

ヴァルドの声にバイパーたちが賛同の声を上げる。いよいよ襲い掛かってくるつもりだ。

「そうだな、俺たち全員相手に勝てりゃあ何だって話してやるぜ。広場でやったようにただぶっ飛ばすだけで良いんだぜ?悪くない取引だろう?」

包囲している絶対優位の態勢のまま戦闘に入ろうとするヴァルドは狡猾にも広場で部下をやられたことを利用して挑発してきた。だが、それはチンピラ特有の安い挑発だった。

「駄目だ!正当防衛ならともかく警察(おれたち)に私闘は許されない。間違えないで欲しい。俺たちは話を聞きに来たんだ」

そんな挑発に乗るかと警察法規を盾に戦闘を回避しようとするロイド。

「喧嘩するのに理由が必要なのか?ハッ、甘ちゃんなもんだな。俺らがそのまま襲ったら正当防衛で解決じゃねえか。やる気あんのか!」

「そうだな。やる気のある良い提案がある。あんたと俺が一対一のタイマンだ。名目はあくまでも練習試合。俺があんたを凌ぎきれば話を聞かせてもらう。良い取引だろう?」

ダブルトンファーを構えてロイドがヴァルドを見上げる。そのヴァルドは本気かと怪訝そうな表情でステージからロイドを見下ろしている。長身のヴァルドから見下ろされれば段差の上にいることもありロイドが小さく見える。

「マジで言ってるのか、そこの赤毛ならともかくどれだけの体格差だと思ってんだ」

「だからこそタイマンの価値もあると思う。こっちも捜査官としてそれなり鍛えられたんだ。街のチンピラ風情に遅れは取らないつもりだが、一番強いあんたに自分がどれだけ通用するか試してみたくなったんでね」

全員で戦うなんて安い挑発に乗るかと逆に挑発し返して一騎打ち、タイマンを提案したロイドは、勝たなくても凌げれば目的を果たせるように筋道をつけた。あとはヴァルドが挑発にどう応じるかを真っ直ぐに見つめていた。
後ろの3人はというとこの交渉を呆気に取られて見ているしかなかった。バイパーに包囲されていつ攻撃を受けても良いように武器を構えて三人共お互いを背にして対応しており、突然飛び出したロイドについていくことが出来なかった。
バイパーもまたヴァルドの命令が出ないため、囲んだままの膠着した状態にあった。
そのためイグニス内部の全員がヴァルドに注目するとひとしきり大笑いしたヴァルドが鎖付きの木刀でステージにあったドラム缶を思いっきり殴り飛ばしたのだ。
殴られたドラム缶は宙を舞い、横の壁まで吹き飛び壁にぶつかった衝撃でドラマ缶が凄い音がしてへこんだ。

「上等だ!気に入ったぜ。まさか奴以外にこの俺様にタイマンを挑む大馬鹿野郎がいるとはな。お前ら手を出すなよ。俺とこいつのタイマンだ。サーベルバイパーのヘッド、ヴァルド・ヴァレスの鬼砕き、凌げるもんなら凌いでみやがれ!」

ステージから飛び降りたヴァルドはそのままの勢いでロイドに殴りかかる。ロイドもトンファーで防ごうとするが上段からの勢いのある木刀の重い一撃をまともに受け止めきれずトンファーごと殴り倒されてしまう。
しかしすぐさま飛び退いて追撃を避けるとヴァルドが飛びのいたロイドを追い詰めてくる。
ヴァルドは決して手数が多いわけではない。恵まれた体格から繰り出される一撃一撃が荒々しく力任せながら重く確実に当ててくるだけ。しかしそれは大振りでありながら木刀に巻きついる鎖が鍔迫り合いになればガリガリとトンファーを削り、ただ振り回しているように見えて当たる瞬間に回転させて威力を上げている。
対してロイドは直撃こそ貰わないように確実に防御していくが一撃貰うたびに両腕を使って吹き飛びそうになるのを防いでいることから確実に両腕にダメージは蓄積し体全体に疲労を与えていく。

「あれだけデカイこと言ってたわりにはその程度か!」「ヴァルドさんやっちまえ!」

ロイドとヴァルドをバイパーたちが囲み騒ぎ立て、エリィたちもその端で対決を見守るが、ランディは手こそ出していないが囲むバイパーたちに移動方向が誘導されていると見抜いていた。

「やばいぞ」

お互いに息も切れない互角の戦いを繰り広げているが、ロイドは確実に追い詰められていた。

「火達磨になって帰りな!」

ライブハウスの一番奥にあったステージ前から防戦一方で徐々に後退して燃えている出入り口まで追い詰められていたのだ。
まだまだ防御するだけならばいくらでも防ぎきれる自信はある。警察学校時代のダグラス教官はヴァルドよりもさらに体格が大きく一撃はさらに鋭く強かった。多人数相手に実戦演習をやったこともある。それに比べれば勝てずとも負けない自信はある。
しかしバイパーに囲まれ退路を誘導されて燃えている出入り口まで追い詰められたこの状況ではもはや防ぐだけでは火の中に叩き込まれてやられるだけだ。
だがロイドはこちらから攻めることを恐れていた。ヴァルドは長い抗争に身を置き豊富な実戦経験を持つはずなのに反撃しようと思えば出来る隙が一撃一撃に混ざるようになっていたからだ。
必ずこちらから仕掛ければ対応する策があるに違いない。
その可能性を頭に入れながらこのままでは火に追い込まれることを防ぐために突っ込むしかなかった。
ヴァルドの一撃を左手のトンファーで防ぐと反撃に転じる。しかしやはりそれこそがヴァルドの狙いだった。木刀から伸びる銀色に光る鉄の鎖が鞭のように伸びて突き出した右手のトンファーを弾くとそのままがら空きになった右から真正面に木刀で殴りつけた。
体の右肩に強烈な一撃を食らうが、ロイドは食らうと同時に左手のトンファーを防御ではなく攻撃に使いヴァルドの顔を殴りつけた。
絶対に何かあると相打ち覚悟で挑んだ攻撃だったがヴァルドは一歩怯るむも、むしろ接近し過ぎたロイドの攻撃の隙を見逃さず首に鎖を巻きつけて締め上げる。

「へっ、あれを食らっても怯まず一撃食らわせるとはやるじゃねえか。だが、もう終わりだ」

ヴァルドとの体格差から体が少し浮いておりギリギリと鎖で絞められた首には捻じ切らんばかりの力が込められ、あと数秒もすれば失神してしまう。
苦悶の表情でトンファーを振り回して暴れるロイドだったが、両腕を使って防御出来ないヴァルドに抜け出せるほどのダメージを与えるより先に自分が失神するほうが早いと負けを悟った直後、目の前にある火の中にヴァルド共々飛び込んだ。 
 

 
後書き
話の分からない不良ヴァルドとの対決。
ヴァルドさんは蚊に苦戦したりエステルに負けたり、そもそも零ではフェイドアウトしたりとネタキャラ化してしまうのだが、中ぐらいに強いのよね。一般兵よりは強いけど幹部より弱いぐらい。実際、下手な猟兵や警備隊よりは強いです。

今回、意外とロイドがピンチになりましたが、ヴァルドさんのバイパー含めた連携攻撃で単に首絞めが決まっただけで負けない戦いをすれば余裕。ロイドは基本的に一対一よりもチーム戦の囮役で活躍するので単独勝負は不利なのです。

交渉は単に筆が乗っただけでロイドが無茶苦茶言い出したらヴァルドさんが一騎打ちに舐めんなとと応じたのはノリです。

ところで閃の軌跡をやっていて2ヶ月書かなかったのですが、傑作でしたね。
零で不満に思う要素がことごとく改善されて。仲間が一気に集まらず、掘り下げに時間差付けているし、それぞれがバラバラに生活してパーティーキャラだけの狭い関係だけじゃなく部活でモブキャラの友達作ったりそれとの関係に本気で悩んだりしてメインキャラはもちろん学院生一人一人に主人公のように物語があるというのがさすがでした。学校内とはいえ世界がとても広く感じさせられて。零だと課の中だけの関係が強くて親密性が高い反面、ほかの人の動きが描かれてないので自分達だけが動いている窮屈な感じがあって。閃だとほかにも動いていくドラマがあるから感じないのよね。碧だとまた違うのだけど。

閃でわかった設定とかちゃんと入れますよ。実はこの零の序章が1月半ば、ほぼ2月とかね。クロスベルは季節感皆無だけど新年過ぎた頃でまだ冬ですから、本来は寒い。 
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