Geet Keeper ~天国と地獄の境~
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最後の今日
前書き
もし『明日』が永遠に来ないとしたら…どうしますか?
日本の首都。その中心よりは少し西にずれた場所。
繁華街の喧騒からは解放された閑静な住宅街 『関川町』。
2つの小学校と3つの中学校、そして全国屈指のトップ校2校がここにはある。
都立北高等学校 そして 都立東高等学校。
どちらとも全国から優秀な生徒が集まる高校として有名だ。
倍率は非常に高く、俗に世間で言う 『学力テスト』 で満点を叩き出さなければ入れない…なんて噂さえ飛び交うほど。
そして毎年本当に入学試験で満点を叩き出す人間がいるというから驚きである。
今年は特にレベルが高い、そう言われていた。
なぜなら北高校、東高校共に満点を叩き出した人間が10名近くいたからだ。
高校受験を経験したことがある方なら理解できるかもしれないが、特に数学の証明問題を模範解答通りに書くなんてことはそうそうできたものではない。
国語に関しても同じ事が言える。
ところが、その 『模範解答』 を書いた人間が4名もいたというのだ。
前代未聞。一体どれだけの勉強熱心な学生が入ってくるのか。
教師たちは皆期待していた。
入学式の代表演説を聴くまでは。
体育館のステージで彼女を見るまでは。
「(中略)心身共に健康に努め、文武両道に励み、悔いのない高校生活を送ることをここに表明します。入学生代表、水野希美。」
体育館がざわついていた。
本来なら拍手が起こる場面かも知れない、いや明らかにそうだろう。
だが皆それどころではなかった。
ステージから降りて席に戻るまでの間、皆が彼女を凝視していた。
「何よ、あたしなんかした?」
小声で希美は隣の女子生徒に聞いた。
「え…あ…」
女子生徒は言葉を詰まらせた。
まぁ無理もない。全ての原因は希美自身にあるのだから。
「おっかしいなぁ…噛まないように練習してきたんだけど…どっか飛ばしたかなぁ」
ほぼ赤に近い色に染めた髪に短く切ったスカート。
派手までは行かずともの若干の化粧。
どう考えても有名進学校の校風にはそぐわない格好だった。
「やっぱりおかしい!あたし噛んでないし間違ってないってば!ほら、原稿通りに読んだもん!」
1年E組の教室に戻っても希美は納得がいかない様子で、演説原稿を突きつけ友人たちに不満をぶつけていた。
「…噛んだとか飛ばしたとかそういう問題じゃねぇと思うぞ多分。」
「じゃあなんであんなに見られなきゃなんないわけ!?大体ねぇ涼介、あんたが断ったからあたしがあんな心にも思ってない演説する羽目になったのよ!?わかってんの!?」
不満の矛先は最初に口を開いた幼馴染で恋人の佳川涼介に移った。
本来なら涼介があの演説をするはずだった。
それを「面倒だ」という理由で希美に回したのだった。
「なんで俺のせいなんだよ…入学試験で首席とったのはお前なんだからお前でいいだろ。」
「話の論点ずれてるけど?」
痴話喧嘩など聞き飽きたとでも言うように吉原有菜が横槍を入れた。
「まぁしょうがないよねー。その髪の色とスカート丈じゃぁみんな見るでしょー。」
それに被るようにして双子の妹の吉原有奈が補足した。
「だってここ校則緩いって聞いたから!」
「それにしたってその色はないっしょー?みんなガン見してたよ?」
「…お前ら姉妹も他人の事言えるとは思えねぇけどな。」
涼介の言葉に有奈は黙った。
吉原姉妹は二卵性双生児で全く顔は似ていない。
性格も正反対。有菜は控えめで大人しいが、有奈は活発であまり空気を読まない。
そして涼介に「他人の事を言えない」と言われたのは、二人の生まれ持った髪の色だった。
有菜は明るい紫、有奈は薄い桃色。
それでいてゴシックロリータ系統には全く興味がないというからこれまた誤解を招く。
「私たちは”生まれつき”なの。でもあなたたち二人は”染めた”んじゃない。しかも仲良く”お揃い”で。」
言葉に若干の棘を感じつつ、希美と涼介は顔を見合わせた。
まぁ、優菜の言うことは正論だ。
中学で付き合ってそのまま同じ高校に入り、きつく縛られていた中学の校則から解き放たれた記念にと、二人で市販のカラーリング剤で染めたのだった。
「スカートに関しては私たちも希美のこと言えないけれど、髪色に関しては反論させてもらうわ。」
「相変わらず有菜はきっついなぁ。」
「あら、今に始まったことじゃなくてよ。」
チャイムが鳴った。
中学の時とはまた違った音色だ。
皆がバタバタと席に着くのと同時に女性が入ってきた。
「チャイム鳴ったらはよ座る!…全くここはホンマに問題児の集まりみたいやなぁ。」
関西弁。
「ほな、高校生活最初のホームルーム始めよか。ウチは担任の岡本葉月や。まぁ聴いての通り関西出身やけど気にせんといてな。」
静寂。
「…何や、そないに関西弁が気になるんやったらヒョウジュンゴ、っちゅうん?あれも喋れるけど…いや、どうも居心地悪ぅてしゃぁないわ…」
「別にいーんじゃない?何言ってるかわかればこっちは困んないし。でしょ?」
「…なんで俺に何でも振るんだよ。」
静寂を容赦なく破ったのはやはり希美だった。
そして涼介も巻き込む。
「あぁえーと…お前あれやろ、入学式でどエライ演説した首席ちゃんやろ?」
「別に思い出さなくていいし”首席”とか予備情報もいらない。」
「まぁそないに謙遜せんでもええやないか。あ、でもうちのクラスにもう一人おったな…首席ちゃうけど試験で2位だった…なんて言うたかなぁ…」
「こいつ?」
希美がバレないように机に突っ伏していた涼介を指差す。
「…てめぇ…あとで覚えてろよ…」
「えーっと…せやせや!佳川っちゅうんは自分やろ?」
「…だったら?」
流石に降参したのか口を効いた。
「あんたもエライ脳味噌しとるなぁ。落としたの1問だけやろ?」
「…俺のことはいいから首席さんの話しろよ。こいつまともに試験勉強しなかったんだから。」
教室内がざわついた。
まぁそれもそうだろう。全国各地からこの高校を目指して一日十何時間と勉強をして試験に臨むのが普通なのに、希美は涼介の言う通り全くと言っていいほど勉強などしていなかった。
周りが受験だ、やばい、落ちるかもしれないと不安がって机に向かっている間も呑気にカラオケ通いをしていたのだ。
そしてそれを中学の担任に知られて試験直前に生活指導。
だが、周囲の心配を他所に、彼女は試験当日5科目満点を叩き出し文句なしの合格を手に入れたのだった。
「いいってその話は!!!!」
ちょっと照れにも似た叫びを希美はあげた。
ホームルームも終了し、これでもかというほどの大量の教科書が配られた。
もっと大きめのカバンをもってくれば良かったと後悔しつつ、渋々カバンに詰め込む者もいればロッカーに数冊投げ入れて行くものもあった。
希美はというと、「絶対忘れる」との理由で全ての教科書をロッカーに投げ入れた。
「…いいのかよ。予習とかあるんじゃねぇの?」
「予習なんかしなくてもまぁなんとかなるでしょ。」
「これで痛い目見ないから困るのよね。」
「まぁ希美は特別だしねー」
そんな風に4人揃って下校しようかという時、聴き慣れた…いや、聞き飽きた声が飛び込んできた。
「お姉ちゃん…なんでいんの…お兄ちゃんまで…」
校門のところで希美の姉の南と兄の登が怪しい笑みを浮かべて待ち伏せしていた。
南も登もここ東高校の3年生と2年生である。
「あんた、入学式派手にやらかしたわねー。もう全校中の噂になってるわよ?”とんでもない1年がきたー”って。」
「ありゃぁ誰だって引くよなぁ。1年目でその格好じゃ…俺も引くわ。」
「あのねぇ、お兄ちゃんはともかくお姉ちゃんには言われたくない!」
「あら、生徒会長様に向かって随分じゃない。」
「その生徒会長様が金髪ってどうなわけ?」
南は2年前、希美と同じく主席で東高校に入った。
今まで受けたテストは全て満点、運動神経は抜群。
高身長でそれなりの美人。ミス東高校にも選ばれた。
才色兼備の生徒会長として今現役を勤めている。
だが、その全校生徒のトップに立つ南自身、金髪に染めているのだ。
南曰く 「生徒会長の特権」 らしいが…。
登は希美や南と比べれば至って普通の学生だ。
ただ少しイケメンすぎるがために、毎年とんでもない量のバレンタインチョコを持って帰ってくる。
年間に告白される回数は数え切れないほどで、誰に何度告白されているのか本人も覚えていないほどらしい。
こちらはこちらでミスター東高校に選ばれた経験もある。
そんなわけで 「水野家は何かある」 という変な都市伝説があるとかないとか。
「優花は?」
「あの子ならもう家じゃない?中学の方は早くに終わったみたいだから。」
水野家は4人兄弟である。
長女が南、長男が登、次女が希美で三女が中学3年生の優花だ。
そしてそこに涼介が居候として潜り込んでいる。
その事情は追々説明しよう。
それぞれ帰路につき、談笑しながら自宅へと向かった。
『また明日ね』 と手を振って。
この時はまだ、『また明日』 が今日から消えるとは誰も考えてはいなかった。
後書き
早速厨二帯びてきましたが…いよいよ黒い手紙が届きます。
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