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銀河親爺伝説

作者:azuraiiru
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第三話 臭い




■  帝国暦485年 11月 1日  イゼルローン要塞 ラインハルト・フォン・ミューゼル



「爺さん、俺は出撃するけど爺さんは行かないのか?」
「ああ、行かねえ。この辺で訓練でもしてるよ」
「上から文句言われんじゃねえのか?」
拙い、爺さんの口調がうつってる。出征前に姉上に会った時にも言葉遣いが悪くなったって言われた、気を付けないと……。

「大丈夫だ、訓練してるんだからな。俺は兵卒上がりだから文句は言われねえよ。帝国軍は俺に頼るほど柔じゃねえさ、だろ?」
そう言うと爺さんは片目を瞑ってニヤッと笑った。
「そうか、なら良いけど」
「お前こそ気を付けろ、無理すんじゃねえぞ」
「ああ、分かってる」

「本当に分かってるか? 連中、ヴァンフリートで負けたのに先手を打ってイゼルローン回廊の出口を封鎖しやがった。張り切ってやがるぜ、どうにも嫌な感じだ」
爺さんが顔を顰めた。なるほど、そう言われればそうだな。でも感じ過ぎのような気もする。帝国と反乱軍は三百回も戦っているのだ。こんな事が有ってもおかしくは無い……。
「感じ過ぎじゃないのかな?」
俺の言葉に爺さんはフムと唸った。

「お前、この要塞を落とせるか?」
妙な質問だ、思わずキルヒアイスと視線を交わしたがキルヒアイスも困惑している。
「……どうかな」
どうかな、あまり考えた事は無かったがやりようは有ると思う。だが俺が反乱軍の指揮官ならこのイゼルローン要塞にこだわらずに帝国を攻撃すべきだと考えるだろう。爺さんがまたフムと唸った。

「俺なら要塞攻防戦なんてやらねえ。負ける可能性が滅茶苦茶高いからな。わざわざ好き好んで二連敗する事は無いさ、だろう?」
「……確かにそうだな。爺さん、連中、勝算が有るのかな?」
爺さんが顎に手をやった。

「さあて、俺には分からん。このイゼルローン要塞を落とす方法なんて俺にはさっぱり考えつかんからな。だがな、ミューゼル、負けるのを承知で戦う馬鹿は居ないんじゃねえか?」
「なるほど、確かにそうだな」

つまり勝算が有るという事だ。爺さんの言葉を借りれば反乱軍は張り切っている事になる。キルヒアイスも頷いている。油断は出来ない。
「前回の攻防戦は味方殺しでようやく勝ったんだ。今回だってどうなるか……、イゼルローン要塞は難攻不落なんて浮かれてる奴の気が知れねえよ。だからな、気を付けろよ」
「ああ、そうする」
爺さんがひらひらと手を振って見送ってくれた。

旗艦タンホイザーに向かう途中、キルヒアイスが話しかけてきた。
「妙な方ですね、リュッケルト少将は」
「そうだな」
「あれは何なのでしょう。戦略でも戦術でもありませんが……」
キルヒアイスが首を傾げている。確かに妙だ、何と言えば良いのか……。

「うーん、よく分からないが、……流れ、かな」
「流れ、ですか」
自信が無かったから曖昧に頷いた。キルヒアイスも分かったような分からない様な表情だ。しかし他に適当な表現が有るとも思えない。それとも臭いか? 段々非科学的になって来るな、しかし爺さんの言う事が間違っているとも思えない。

「普通なら武勲を上げるために出撃しそうなものですが……」
「昇進には興味ないみたいだ、後方に下がりたいと言っていた」
「……」
「もう何十年も戦ってきたからな、飽きたのかもしれない。良い思い出よりも嫌な思い出のが多かっただろうし……」
キルヒアイスが頷いた。
「そうですね、……でも、惜しいですね」
「ああ、そうだな」

惜しいと思う。爺さんの用兵家としての力量は決して低くない。俺とキルヒアイスは何度か爺さんとシミュレーションを行った。爺さんの用兵家としての実力を試してみたいと思ったのだ。嫌がるかと思ったが爺さんは“年寄りを苛めるんじゃねえぞ”と笑いながら応じてくれた。五戦ずつしたが俺は全勝、キルヒアイスは四勝一敗だった。

戦績だけ見れば圧倒的に俺達が優位だ。だが実情はちょっと違う、爺さんは嫌になるほどしぶとかった。なかなか崩れないのだ。優勢だが圧倒できない、隙を見せれば逆撃をかけてくる怖さを持っている。実際キルヒアイスの一敗は勝利を確信してほんの少し油断したところを一気に押し返されたものだ。押していただけに自分のミスで押し返されて慌ててしまった、そんな感じだった。

実戦ならもっと手強いだろう。多少不利でも味方の増援が来るまで持ち堪えるはずだ。問題は信頼できる味方が居るか、だな。兵卒上がりだからと言って見殺しにするとは思えないが救援に手を抜く奴はいるかもしれない。爺さん自身、それが分かっているから出撃をしないのではないかと俺は思っている。或いは後方に下がるために戦意不足を装っているのか。どちらも有りそうだ、喰えないジジイだからな。

「妙な爺さんさ。強かで喰えない、でも悪い奴じゃない。リューネブルクなどよりはずっとましだ」
「良いんですか、そんなこと言って。この要塞に居るんですよ」
「構わないさ、リューネブルクだってこっちに好意なんて欠片も持っていないからな」
キルヒアイスが“またそんな事を”と苦笑した。

リューネブルクが今回の出兵に参加している。気になるのはオフレッサーも今回の出兵に参加している事だ。爺さんの話ではあの二人は上手く行っていないらしい。それが一緒に居る……。抑えようというのか、それとも武威を見せつけようというのか……、それとも俺の考え過ぎなのか……。



■  帝国暦485年 12月 1日  イゼルローン要塞 ラインハルト・フォン・ミューゼル



反乱軍の狙いは読めた。本隊を囮として利用しミサイル艇を使っての攻撃か。面白い作戦だ、爺さんの言う通りだ、連中は勝算有りと見てこの要塞に押し寄せたのだ。残念だな、俺がいる限り要塞が落ちることは無い。ミュッケンベルガーに出撃の許可を取りキルヒアイスと旗艦タンホイザーに向かう。後ろから声が聞こえた。

「よう、出撃か、頑張るな」
爺さんだ、俺達に声をかけてくる人間など爺さんくらいしかいない。振り返ると爺さんが近付いて来るところだった。
「俺もこれから出撃だ」
キルヒアイスと顔を見合わせた。爺さんはまだ訓練だけで戦闘はしていない。ようやく出る気になったのか、それとも……。

「上から何か言われたのか?」
「違うよ、どうも嫌な予感がするからな、外に出る事に決めた。中に居るより外の方が安全そうだ。いざとなったら逃げられるからな、足だけは確保しておかねえと」
爺さんが俺達を見てニヤッと笑った。相変わらずだ、とんでもない事を平然と言う。ミュッケンベルガーが聞いたら目を剥くだろう。

「外れじゃ無かったようだ、お前らが出るんならな」
「どういう意味かな?」
「良い事を教えてやる。こういう嫌な予感がする時はな、出来る奴、運の良い奴を見習えって事だ」
「……」

なるほど、と思った。爺さんは反乱軍の狙いを見破ったわけではないらしい。だが何かがおかしいと見て外に出るのだろう。臭いだな、と思った。爺さんは嫌な臭いを嗅いだようだ。可笑しかった、キルヒアイスも可笑しそうな表情をしている。

途中で別れ俺はタンホイザーに爺さんは自分の乗艦エルバーフェルトに向かった。俺はキルヒアイスと一緒だが爺さんは一人だ。爺さんには副官が居ない、なり手が居ないそうだ。兵卒上がりでこの先出世するとも思えない、周囲はそう思って人事局からの打診に辞退しているようだ。爺さんも無理に求めようとはしない。こういう事も爺さんが後方に下がろうとしている一因かもしれない。馬鹿馬鹿しくなったのだろう……。

要塞の外で待機する。反乱軍も帝国軍も要塞主砲トール・ハンマーの射程距離のラインでぎりぎりの駆け引きをしている。反乱軍は帝国軍を引き摺り出そうと、帝国軍は引き摺り込もうと。但し反乱軍の動きは陽動だ、本命のミサイル艦はまだ動いていない。俺は駆け引きには参加せず静かに時を待った。爺さんも動いていない、年寄りは疲れるのは御免だ、そんな事でも考えているのだろう。

暫くの間、反乱軍が動くのを待つ。いい加減焦れて来たころ、そろそろとミサイル艇が動き出した。
「キルヒアイス、来たようだ」
「はい」
念のため全艦に油断するなと命令を出した。もう直ぐ、もう直ぐ反乱軍は動く筈だ……。

五分、……十分、……十五分、……動いた! ミサイル艇が急速接近し要塞めがけてミサイルを放つ! 要塞の外壁が爆発して白い閃光を噴き上げた!
「全艦最大戦速! ミサイル艇を撃破せよ!」
俺の命令とともに艦隊が第二次攻撃をかけようとするミサイル艇に近付く。射程内に入る、そう思った時だった。

「閣下! リュッケルト艦隊が先に」
「何だと?」
オペレーターの声に愕然とした。気が付けば爺さんの艦隊が俺の艦隊の前に出ている。何時の間に? ミサイル艇には俺の方が近かったはずだ。俺よりも先に動いたのか? いや、それよりも何故だ? 爺さんも反乱軍の作戦を見破ったのか? あの時はそんなそぶりは無かった、あれは嘘だったのか? キルヒアイスも愕然としている。

爺さんの艦隊がミサイル艇の側面を攻撃した。防御の弱いミサイル艇はあっという間に爆発していく。艦内のミサイルも誘爆したのだろう、凄まじい火球が両軍の間に出現した、一方的な攻撃だ。爺さんから通信が入ったとオペレーターが報告してきた。正面のスクリーンに爺さんの顔が映った。

『悪いな、ミューゼル少将。獲物は先に頂いた』
「……」
『この先だが並んでは攻撃出来んな』
「ああ、そうだな」
そして爺さんの方が敵に近い。負けた、そう思った。俺だけかと思ったが爺さんも反乱軍の作戦を見破ったのだ。俺と同じ事を考えている。

『お前さんが行け』
「何?」
『俺はここまでだ。この先はお前さんが行け』
「俺に譲るというのか?」
『元々お前さんの獲物だ。元の持ち主に返すだけさ、急げよ』
爺さんはウインクすると通信を切った。

爺さんの艦隊が速度を落としている、冗談ではないようだ。譲られたのは不本意だが反乱軍を撃破する機会を失うわけにはいかない。速度を維持したまま天底方面から反乱軍本隊を攻撃した。
「反乱軍、混乱しています!」

オペレーターの報告に歓声が上がった。反乱軍は効果的な反撃が出来ないのだ。俺を包囲しようと艦隊を動かせば要塞主砲トール・ハンマーの射程距離内に踏み込んでしまう、それを避けるには縦長の陣形で俺と戦わなければならない……。俺の戦力は二千二百隻、反乱軍の戦力は十倍は有るだろう。だが要塞主砲の存在が反乱軍に無理な陣形を強いている……。

少数の兵力でも十分に戦う事が出来る。爺さんはそれも分かっていた、“この先だが並んでは攻撃出来ん”。今心配なのは反乱軍よりも帝国軍だ。反乱軍は無防備な側面を晒している。この側面を突こうと要塞から艦隊が出撃してくるかもしれない、しかしそうなれば反乱軍は予備を投入して混戦状態を作り出すだろう、そして正面の反乱軍は俺を包囲殲滅しようとするはずだ。

三十分ほどの間俺が優位に戦闘を進めていると帝国軍が要塞から出撃してきた。やれやれだ、ミュッケンベルガーは戦争は下手だな、爺さんの方が余程上手い。そう考えているとその爺さんから通信が入った。
『残念だな、ミューゼル少将』
「ああ、ここまでのようだ」
爺さんが頷いた。

『まあ世の中こんなもんだ、そうそう上手くはいかん。混戦状態になったら撤退しろ、飲み込まれる事はねえぞ、援護する』
「分かった」
キルヒアイスが反乱軍が予備を動かしていると報せてくれた。やれやれだ、ミュッケンベルガーは自らの判断で混戦状態を作り出そうとしている。いずれ自分のした事を呪うだろう。第六次イゼルローン要塞攻防戦は第五次イゼルローン要塞攻防戦と同じ展開になりつつある。どうやって収拾するつもりなのか……。


俺の艦隊が撤退した後、戦場は予想通り収拾のつかない混戦状態になっていた。俺と爺さんは巻き込まれないようにしながら遠距離砲撃をするだけだ。殆ど意味は無いだろう、戦闘に参加というより観戦に近い。爺さんとの通信は維持したままだ。思い切って気になっている事を訊いてみた。

「爺さん、爺さんは何時反乱軍の作戦を見破ったんだ?」
『ふむ、正確には俺は反乱軍の作戦を見破った訳じゃねえんだな』
えっ、と思った。スクリーンに映る爺さんは困ったような表情をしていた。どういう事だ? キルヒアイスも訝しげな表情をしている。

『俺はな、お前さんを見ていたんだよ、ミューゼル少将』
「俺?」
爺さんが頷いた。一体爺さんは何を言っているんだ? 俺を見ていた? 訳が分からない、キルヒアイスも困惑している。そんな俺達を見て爺さんが笑い声を上げた。

『他の連中が一生懸命反乱軍を挑発している時、お前さんは全く動きを見せなかった。ボンクラ指揮官ならともかくお前さんがだぜ、有り得ねえ話だ。どう見てもあれは獲物を待ち伏せするトラかライオンの姿だぜ。何かを待っている、そう思ったよ』
「……」

『だから俺も待った。お前さんが何を待っているのか見極めようとしたんだ。そうしたら反乱軍のミサイル艇が妙な動きをするじゃねえか、ピンと来たな、お前さんの狙いはこれだって。つまりお前さんはミサイル艇が攻撃を仕掛けてくる、そう見ているんだって分かったのさ』
「爺さん、あんた……」
爺さんがまた笑い声を上げた。

『そこで初めて反乱軍の狙いが見えたんだ、お前さんの作戦もな。後は競争だ、そしてほんの少しだが俺の方が早かったって事だ。狡いなんて言うなよ、武勲は横取りしていねえ、獲物を先に獲っただけだ』
「……」

信じられない、爺さんは反乱軍じゃなく味方である俺の動きを見ていたのか……。そこから反乱軍の作戦を読んだ……。こんな戦い方が有るなど幼年学校では教わらなかった、実戦でも見た事も無ければ聞いた事も無い。キルヒアイスも呆然としている。臭いだと思った。爺さんは戦場で臭いを嗅いでいる、獲物が何処にいるか臭いを嗅いでいたんだ。

「途中で俺に譲ったのは何故だ? 俺に悪いと思ったのか」
爺さんが苦笑を浮かべた。
『違うよ、戦闘ならば俺よりお前さんの方が上手いと思ったからだ。俺じゃ反乱軍を持てあましちまうがお前さんなら叩き潰せる、そうだろう?』
「……まあ、そうかな」
爺さんが笑った。喰えないジジイだと思った。敵にしたら厄介だし味方にしても油断出来ない、全くもって喰えないジジイだ。




 
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