失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】
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第十八話「小悪魔な彼女」
同じ話を繰り返す手間を省きたいとのことでフィアナを待つ。
十数分で再びフィアナが顔を見せたところで婆さんが口を開いた。
「鉱山都市ガドを知っているか?」
「ガド? 確か数十年前に廃鉱になった都市だと記憶しているが」
精霊鉱石の一大発掘地だった都市だ。第二次ランバール戦争で鉱石を掘り尽くし、廃鉱になったと聞く。
今ではかつての面影もなく、無人のゴーストタウンと化しているとか。
「そうだ。正確には二十三年前だがな。その廃鉱で奇妙な地震が頻発しているとの報告が上がっている。君たちにはその調査に向かってほしい」
「ふむ……奇妙な地震か」
学院の調査依頼に回されるのだからただの地震であるはずがない。
土地を支配する地属性の精霊が地震を引き起こすことは稀にある。しかし、その場合は剣舞による鎮礼儀式で鎮めるか、もしくは精霊騎士団による討伐が適応されるはずだ。
そうでなく調査、そして最高難易度の任務となると――。
「そうだ。これはただの地震ではない。どうも鉱山に旧オルデシア騎士団が封印した戦略級軍用精霊が眠っているらしい」
「戦略級軍用精霊だと?」
まさかの情報に思わず呻いた。隣のフィアナもハッと息を呑んでいる。
戦略級軍用精霊。その名の通り戦略級――国一つを一夜で崩壊させるほどの力を持つ精霊のことだ。しかもその強力無比の力故に個人で制御することは不可能。何百人もの精霊使いによる儀式神楽によって初めて制御下における規格外の精霊たちだ。
「……ちょっと待て、彼の精霊たちは第二次ランバール戦争を機に大陸国家間で条約が結ばれ、七体すべてが封印されたはず。まさか、封印が解けかかっているのか?」
「そんな……っ」
絶句するフィアナ。こればかりは婆さんも真剣な顔を崩さない。
「あくまで可能性としてはだ。そのため、君たちに調査に向かってもらいたい。調査の結果、もし封印が解けかかっていたのなら――」
「……私の儀式神楽で再封印する、ということですね」
フィアナの言葉に婆さんが頷く。
「そうだ。元精霊姫候補の君がこの任務に最も適していると判断した」
「なるほど。確かにフィアナ以上の逸材はいないな」
なぜフィアナに白羽の矢が立ったのか、合点がいった。
「リシャルト君ったら……」
うんうんと頷く俺の隣でフィアナは頬を朱に染めていた。
学院に一人しかいない元精霊姫候補の学院生。希少な特殊技能者でしか成しえない任務であり、戦略級軍用精霊が関与しているとなると、難易度Sランクも頷ける。が、しかし――。
「だが、フィアナはいいのか? 護衛が俺で」
問題は護衛者本人が納得しているか否かにある。
その辺はどうかと思い聞いてみると、彼女は微笑みを浮かべて首肯した。
「もちろん。頼りにしてるわ、リシャルト君」
「そうか……。ところで、俺を指名したのは婆さんか?」
俺の実力を正しく理解している一人に訊くと。
「いいや。そこのお姫様本人さ」
意外や意外。答えはNOだった。
「そう、私が指名したの。護衛はリシャルト・ファルファー君にしてもらえるようにって」
「そうなのか?」
「ええ。だって素敵じゃない? ただ一人の男の精霊使いと旅行に行けるなんて」
そういってフィアナは俺の指に指を絡ませて上目遣いで見上げてきた。
わずかに紅潮している顔にどこか潤んだ瞳が相まって、不覚にも鼓動が一段高く高鳴りを覚える。
赤くなった顔を見られないようにと顔を背けた。
「旅行って、これは任務だぞ」
「あら、任務だけど旅行みたいなものでしょ? ガドの街まで遠いのだから」
――この娘はこういう性格だったか?
意外な一面を見たが、とりあえず今はチームメイトにも報告するのが先決。
「じゃあ、早速クレアにもこの話をしてくる」
「ああ。だが急げよ。明日には出立してもらうからな」
「クレア?」
初めて耳にする人名にフィアナが首を傾げた。
「ああ。俺のチームメイトだ」
「ひょっとして、クレア・エルステイン?」
「ん? 既知だったか? って、ああそうか……」
元精霊姫候補なら知っていて当然か。
災禍の精霊姫――ルビア・エルステイン。彼の精霊姫と同じ【神儀院】で修業したのだ。ならば、その妹にあたる存在も知っていて当然だろう。
「あの人の、妹……」
フィアナの唇がかすかに震えた。
その瞳に憤怒や恐怖、侮蔑といった負の色は見られないが、思うところもあるだろう。
しかし、彼女は俺のチームメイト。こればかりは個の感情を優先させるわけにはいかない。
「すまないが、クレアは俺のチームメイトだ。彼女の同行は必須と受け取ってほしい」
しかし、返ってきた言葉は――。
「ええ、もちろんよ。妹にまで負けるつもりはないもの」
揺るがない瞳に、芯の通った声だった。
† † †
執務室を出た俺はフィアナに校舎の中を案内して回っていた。
楚々とした優雅な歩き方。流石、本物の王女様は所作ひとつとっても気品に満ちているようだ。
「しかし、あれから三年か……月日が経つのは早いものだな」
「ん? どうかしたの、リシャルト君?」
コテンと首を傾げるお姫様に苦笑する。
「いや、こうして顔を合わせるのは三度目だなと思ってな」
ピタッ。
唐突に足を止めたフィアナ。振り返ると目を大きくしたフィアナが俺の顔を凝視していた。
「思い出してくれたんだ……」
「ああまで露骨に言われればな。……久しぶりだな、フィア」
かつて、よく呼んだ愛称を今一度口にすると、身体を大きく震わせた彼女は勢いよく駆けて抱きついてきた。
「クー! 逢いたかったわ!」
「おっと。おいおい、いささかはしたないんじゃないか?」
「三年ぶりの感動の再開なんだから、大目に見てもいいでしょ? もう、クーったらなかなか私だって気が付かないんだからヤキモキさせられたわ」
その顔には先程までの優雅な微笑みはなく心からの笑顔が宿っている。
俺も旧知の再開に自然と笑みが浮かぶを自覚した。
「仕方ないだろう。まさか三年でこんなに成長してるとは思ってなかったんだから」
「そう? どうかしら、クーから見て」
「ああ、見違えた。綺麗になったよ」
実際本当に見違えた。三年前の彼女はまだ子供っぽさが目立つ女の子で背も低かった。それがちょっと見ない間によくもまあ、ここまで……。
背は高くなり身長は一六五センチほど。胸も三年前はまさに虚乳という言葉がしっくりきたが、今や巨乳と呼べるほどにまで成長している。
全体的に女の子から女っぽい雰囲気に変わっていると言えば良いのだろうか。あと数年すればだれもが振り向く絶世の美女に成長するだろう。
俺の言葉にフィアナ――フィアは顔を真っ赤に染めて腰に回した手に力を込めた。
「……もうっ、クーのそういうところ変わってないんだから!」
――照れ隠し、か?
なんにせよ、そろそろ離してほしいものだ。先程から外野の視線が突き刺さっているのだから。
チラッと周りに目を向けてみると案の定。
「ねえご覧になって、リシャルト・ファルファーがまた女の子を手籠めにしているわ。今度は編入生よ」
「まあ、手の早いこと」
「淫獣の本領発揮ね!」
「でもちょっと羨ましいわ……」
「なに言ってるのよ! そんなこと言ってると真っ先に食べられちゃうわよ!?」
「でも、あの鋭い目で見つめられると、胸のあたりがこう……キュ~ってなってしまいますわ」
「ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ弄ばれてみたい、とか……? ほんのちょっとだけなんだからねっ」
「そ、そうね。力づくでこられたら逆らえないわよね……ゴクリ」
「ダメよ! あいつは魔王なんだから!」
「魔王……」
「夜の魔王……」
そんな乙女のざわめきがかすかに聞こえてくる。
これは、だめだ。精神的によろしくない。
――というか、夜の魔王ってなんだ?
そして、ちょっと格好いいかもと思ってしまった俺はなんだ。これが前世の友、ロンがよく口にしていた『中二病』というやつなのだろうか?
しかし、ここ最近少女たちの怯えるような目に混ざってなにやら熱い視線を感じる。
あと、なぜだか靴箱に可愛らしいリボンつきの手紙や手造りお菓子などが見られるようになった。
いたずらにしては悪意よりむしろ好意が窺えるし、だからといってこんな精神年齢もうすぐ三十の中身オッサンが好かれるとは思えない。
――いったい、俺の周囲で何が起こっているんだ……。
おっと、思考が脱線した。なんにせよ、この心臓に悪い視線をどうにかしなければ。
「というわけで、離してもらえるとありがたいのだが」
「なにがというわけなのか分からないけど」
大人しく解放してくれる君がお兄さん好きだ。
「それにしても、クーってモテモテのようね」
「ただ単に男の精霊使いが珍しいのだろう。そうでなくても女学院に男が一人だからな」
「本当にそうかしら?」
「――っ!」
唐突にフィアは俺の手を取ると腕をからめてきた。
俗にいう『腕を組む』という行為だ。女性特有の柔らかな感覚が触覚を刺激してくる。
外野のざわめきが大きくなった。
「……フィアナさん、これはなんの真似かな?」
胸が当たっているのは分かっているだろうに、彼女は面白いものを見つけたとでもいうように小悪魔の微笑みを浮かべた。
「久しぶりに再会した友達がつれない素振りなんだもの。それとも――」
背伸びして耳打ちしてくる。
「はしたないお姫様はお嫌いかしら?」
背伸びしたため胸元が近づいてきた。隙間から扇情的な黒の下着がチラッと覗いている。
廊下をすれ違う生徒たちの視線が心なしか鋭くなっている気がした。
「ふふっ、みんな妬いてるみたい」
くすっと楽しげにこちらを見上げるフィア。そんな彼女に俺は重い溜息をついた。
するっと腕を引き抜き、手を手刀の形にすると脳天目掛けて振り下ろす。
「きゃっ」
「まったく、少々ふざけ過ぎだ」
思えば昔からそうだった。清楚な印象を受けるフィアだが、その実悪乗りするきらいがある。
小悪魔的基質とでもいうべきか、相手をからかうことに悦びを見出す困ったちゃんなのだ。まあ、そのからかいも子供染みたもので可愛らしいものだが。
しかし、今の彼女は昔とは違い色々と成長している。故にこのような行動をとられると俺の心臓によろしくない。
コホンと咳払いし、先程から気になっていたことを尋ねる。
「ところで、フィアはなんでこの学院に編入を?」
「それはもちろん、クーがいるからよ」
「……えっ?」
思わず歩みを止めた俺にフィアは微笑む。
いたずらが成功した小悪魔の笑みを。
「って、言ったら信じるかしら?」
「……」
無言で脳天目掛けてチョップ。今度はちょっと強めだ。
「痛っ」
「馬鹿言ってないで行くぞ」
歩みを再開した俺の後ろで小さくフィアが呟いた。
「もー、クーが先に行ってきたのに。まったく、フローレン・アズベルトはいけずね」
三度、足が止まった。
勢いよく振り返る。
「……なぜ、知っている」
俺がフローレン・アズベルトだと知っている人物はグレイワースの婆さんただ一人。これはフィアにも伏せていた情報のはずだ。
知らず知らず険しくなっていた目がフィアを捉えて離さない。その表情の変化一つたりとも逃がさん……っ!
対してフィアはきょとんと目を瞬かせた。
「なぜって……えっ? もしかして覚えていないの?」
「うん?」
「ほら、三年前のあの時、クーが言ってたじゃない。あっ、もしかしてお酒が入ってたから覚えていないのかしら」
「酒?」
三年前の出来事で酒? というと、あのパーティーになるが…………あ。
「……すまん、確かに自白したな」
「でしょ? もう、クーったら変なところで抜けてるんだから」
「……返す言葉もない」
三年前、とある事件で再開した俺とフィア。その事件を無事解決し、身近な者たちを集めてパーティーを行った。
その後、フィアと二人で飲んでいた時に酒の勢いでぽろっと口にしてしまったのだ。
――酒に飲まれるとは、俺もまだまだだな……。
自分の馬鹿さ加減に呆れる次第だ。
「あー、だったら分かると思うが、俺が本人だというのは伏せておいてくれ。知られるとまずいからな。切実に」
「ええ、それについては理解しているつもりよ。みんなには秘密にしておくから安心して」
「そうか、助かる。それと、今の俺はリシャルト・ファルファーだ。これからはリシャルトと呼んでくれ」
これも釘を刺しておかないといけない。あまり軽々しく真名を呼ばれるのはよろしくないのだ。
「そう、それよ。疑問に思ってたんだけど、なんで名前変わってるの?」
「色々あるんだよ。まあ、いずれ話すだろうから今はあまり詮索しないでくれ」
「そう……。わかった、時期が来たらちゃんと教えてね」
「ああ」
そうこうしているうちにレイブン教室にたどり着いた。
「ここがレイブン教室だ。今日からフィアが通う教室だな」
「リシャルト君もレイブンでしょ?」
「ああ。それとクレアもな」
「リシャルト!」
噂をすれば影。廊下の向こうからクレアが掛けてきた。どうやら俺を探していたらしい。
「もうっ、いったいなにをして――」
クレアの視線がフィアに向かい、ぴたっと立ち止まった。
「あ、ああああんたたち……こ、こんな廊下のど真ん中で仲良く歩いて……」
「仲良くって、肩が触れる距離にいるだけだが?」
隣で、何故かフィアが頬に手を当てた。
「リシャルト君ったら、大胆ね……」
「フィア?」
「……フィア?」
まるで地獄の底から響いてくるような低い声。見ると鬼の形相でこちらを睥睨している関発のお嬢さんの姿があった。
「ずず、随分と仲がいいのね……こ、こここの男ったら、本当に見境がないんだから」
「なんだかよく分からんが、一旦堕ち付けクレア」
「――クレア?」
俺が口にした言葉に今度はフィアが反応した。
つま先から頭頂まで見つめると、鋭い目でクレアを睨む。
「そう、あなたがあの人の妹。クレア・ルージュ」
「だったらなによ」
「……あなたには絶対負けないんだから」
見えない火花を散らす二人。
そんな彼女たちを尻目に俺は一人教室に足を踏み入れた。
「どうでもいいが、もう授業の時間だぞ」
後書き
フィアナってこんな感じでしょうか? ちなみに身長云々は独自設定です。
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