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魔法少女リリカルなのはA's The Awakening

作者:迅ーJINー
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第十八話

 
前書き
 さぁてそろそろ話を動かしますよっと。フレディさんようやく帰らされました。 

 
 海鳴ロックフェスが終了した翌日、グレアムは単身ハラオウン家を訪れた。どんな用件か察していたのか、リンディとクロノはすでに出迎える準備を終えていた。

「提督、わざわざご足労いただき……」
「ここで堅い挨拶はいいよ。フレディが君に預けたというものを受け取りに来たのだが」
「奴から話を聞いて、昨夜のうちににアースラよりこちらへ運び込んであります。こちらで少々お待ちください」

 それを聞いてグレアムは驚いた。まさか一晩で転送してくるとは思っていなかったのだろう。リンディがリビングへと案内し、クロノがキッチンへと向かった。

「昨日の今日だぞ。それにまだ朝も早い時間じゃないか。流石に仕事が速いな」
「奴ならともかく、提督をお待たせするわけには参りませんしね。優秀な部下に恵まれて、私は指揮官として光栄です」
「それには同意する」

 二人が微笑を交わしながらテーブルにつくと、早速話題になるのはあの男。この街の中でさまざまなものを引っ掻き回すだけ引っ掻き回していった彼である。

「そういえば、フレディは今どちらに?」
「私の転送ポートを使って昨夜の内に帰らせた。リーゼ達がいるし、報告書は私がすでに受け取ったとレジアスには連絡済だ。奴に逃げ場はない」
「なるほど。すると奴を待っているのは……」
「書類地獄、というわけさ。可愛い我が娘達には悪いが、何を犠牲にしても奴がすべて片付けるまで机から離すなと言っておいた」

 グレアムによると、昨夜なんとか確保したフレディを自分が借りているホテルへと連行し、そこでリンディに連絡をさせて何かを預かり、すぐさま帰したという。それを聞いた二人がどこかしてやったりという顔でニヤリと笑う。そこでクロノが二人に紅茶を出す。

「失礼します、提督」
「ああ、ありがとう。ところで、竜二君に連絡はとれないか?少し個人的な用事があってね」
「おや、連絡先は既に交換済みかと思いましたが……」

 はやてとはすでに面識をもっているはずなのだから、その伝で既に彼の連絡先を入手していてもおかしくはないと考えたのだろう。だが彼からすれば、直接会ってもいないのに連絡をするのははばかられたのかも知れない。そもそもはやてから、竜二はこのフェスをすごく楽しみにしていたと聞いてしまえば、紳士たる彼からすれば、竜二の時間を邪魔すべきではないと考えても不思議ではない。

「残念ながら、彼とは直接会う機会がなくてね。住所は知っているが、直接押しかけるにもいきなりというのはいささか失礼だろう?一言入れておきたくてな」
「なるほど、少々お待ちください。我々も彼には聞きたいことがありますし、その時ご一緒でよろしいですか?」
「わかった。じゃあそれまではゆっくりさせてもらおうかな」

 グレアムがクロノの持ってきた紅茶を煽る。立場としてはリンディと同じ提督でありながら、指揮官の育成担当をしたり、管理局内部での様々な謀略と戦っていたりと、普段から気を抜けない生活を送っている。それだけに、珍しくこういった形で休憩をとれて安堵しているようだ。実際は休憩ではなく職務中になるが、本局から命じられたフレディ捜索任務を終えたために、帰還するまでは休憩時間同様で、それに文句を言える者など限られた人数しかいない。




 そのころ八神家では、この二日間できなかった戦闘訓練を再開していた。訓練そのものは彼が受け始めた梅雨頃から一日と欠かさずやっている。彼がこの街でフリーターとして生活している理由のひとつだ。現在竜二はゼクスを装備し、シグナムと接近戦の訓練をしていた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「どうした兄上殿?もう息が上がっているぞ?」
「そらお前……一時間近くもぶっ通しで全力ぶつけてたら……並の人間なら倒れとるわ……」
「ふむ。つまり倒れていないだけは成長したつもりか……」

 シグナムは考え込むようなしぐさを見せる。その間に呼吸を整えようとする竜二だが、その間もなくシグナムの一振りに弾き飛ばされた。わずかに逸れた意識の隙をついたのだが、それでも飛ばされた先で踏ん張り、倒れなかったのは訓練の賜物か。

「まだまだ甘い!」
「くぅあっ!?」

 シグナムの剣と竜二の拳。ただでさえまだまだ格下である竜二がリーチで劣っているのだから、彼女に決定的な一撃を与えるチャンスなどそうそうこない。魔力値は竜二のほうが多いが、それを余すことなく全て使いこなすには、まだまだアスカの補助が必要なのだ。自分で扱える魔力量を増やすことが、現在の目的である。

「そんなことをいっているようでは、戦場では生き残れんぞ!」
「ちぃっ……!」

 それでも反射で防いだりさばいたりできているだけ、竜二の基礎能力が上がっていることはシグナム含め騎士達は認めている。だが疲れて動きを止めれば相手の思う壺であるため、シグナムは彼の動きを止めさせないように四方八方様々な方向から攻撃を仕掛けていく。ヒットアンドアウェイを超高速で繰り返し、右かと思えば左、前かと思えば後ろから斬りかかる。

「止まるな!敵を確実に殲滅するまでは動き続けろ!」
「くっ……!」

 決して長くはない時間だが、だからこそ濃密で、かつ効率的な訓練を行っていく。竜二は自主的に筋力トレーニングやランニングなどの基礎体力作りなども行っているため、それが少しずつ実を結んでいる。週末には高町親子のいる道場で直人と一緒に稽古をつけてもらったりしているので、戦闘技術も少しずつではあるが向上している。半年も経たない短期間による急成長は、ここに理由があるのだ。それでも騎士達にはかなわないが、彼女たちは途方もなく長い時間を戦いの中で過ごしてきたのだから、体だけを使うならともかく魔力を交えた戦闘ともなれば、あくまで人間である彼が勝てないのは当たり前の話である。

「うっ……」
「やり直しだ。立て。それでも私を抱いた男か」
「そこ言うなっつの……っく!」

 倒されては立ち上がり、挑みかかってはまた倒される。ひたすらこの繰り返し。だが、倒されるまでの時間が一時間というのは、大健闘といっていいだろう。

「みんなー、お昼できたでー?」
「うっ、くはっ……」

 そのはやての言葉すら聞こえないのか、いまだ互いのデバイスを収めない二人。いや、シグナムには聞こえたのか、視線だけをはやてに向けた。

「……だそうだ。気を入れ直したところ悪いが、今日はここまでとしよう」
「終わり、か……」

 その言葉と同時に張り詰めていた気力が切れ、庭に倒れこむ竜二。これももはや毎度のことであり、はやても驚かない。

「アスカさん、いつも通りよろしく」
「はぁい」

 アスカにお姫様だっこされる竜二。これももはや毎度のことである。そのまま部屋に連れて帰って二人が何をするのかは明言を避けよう。お察し頂きたい。



 そんな中、リンディとグレアムが八神家を訪れた。普段は竜二が出ていたのだが、彼は現在部屋から出ることができないのではやてが応対する。ちなみにクロノは翠屋へと向かった。することがないとコーヒー片手に入り浸っていたり、バイトみたく店の手伝いをすることが多い。彼ら自身いつ帰るのかは明確ではないが、根を下ろすつもりもないのでこちらの学校へは通っていない。

「二人お揃いで、どないしはったんですか?」
「竜二君に用があるんだけど……」
「あー、たぶん今アスカさんに『お世話』されてると思いますけど……せっかくなんでお昼一緒にどうですか?」
「あらそう?ならご馳走になろうかしらね」
「いや、なら私は帰ろう。これを竜二君に渡しておいてくれ」

 そういってグレアムが取り出したのは、フレディから託された黒い箱。はやてがそれを受け取ると、ひざの上に置いた。

「わかりました。せっかくお会いできたのに、あんまりお話できませんで……」
「構わんよ。また会えるさ、近いうちにな」
「ホンマですか?」
「ああ」

 そしてグレアムははやての頭をなでる。どこか意味深なその一言にリンディが何かを察した。

「では失礼するよ。私も仕事が溜まっているだろうからね」
「彼にお話があったのでは?」
「今できなくても問題はないよ。私が今日ここに来た目的は、彼に『それ』を渡すことだけだ。ではまた会おう」

 そしてグレアムは去っていった。ちなみに彼は、もしかするとリンディが聞かされていない話があるかも知れないために彼女にこの話を持ちかけたのだが、竜二本人が動けないとなれば時間があまりないグレアムからすれば、別にさしあたって異常がないのならば急ぐ必要はなかった。

「お忙しい人なんですね……」
「ええ。私以上にそんなあちこち飛び回る時間なんてない人だと思うわ」
「ならなんで来てくれはったんでしょうか……」
「さぁ……あの人のお考えは、私にはわからないわ。でも多分、竜二君に話があったのは確かだと思う。今日はたまたま時間が差し迫っていたのかも知れないわね」
「飛行機の時間とかですかね?」
「おそらくね」

 はやてはグレアムが何の仕事をしているのか、なぜ彼女の肉親と知り合うきっかけがあったのかは知らない。イギリス人であることは聞いていたので、本国で何かしているのだろうと思っている。

「さて、絶品料理と噂されるはやてちゃんのご飯、楽しみねぇ」
「そんな、あんまり持ち上げんでくださいよぉ……」

 美しき未亡人であるリンディに褒められ、照れて反応に困るはやて。そのまま突っ立っていてもしょうがないので、とりあえずリビングに案内しようとすると、再び来客を告げるベルが鳴った。

「あれ?なんやろ、今日はお客さん多いなぁ……シャマルー?」
「はーい……あれ、リンディさん?」
「おはようございます。あ、もうこんにちはの時間かしらね?」

 するとリビングでくつろいでいたのか、シャマルがぱたぱたとやってきた。

「うーん、どっちでしょう?まぁとりあえずこちらにどうぞ」
「お邪魔しますね」

 彼女がリンディを中へと通し、はやてはもう一人の来客へと向かう。金髪のウルフヘアに浅黒く焼いた肌の精悍な青年で、半袖の白いB系Tシャツに青く太いデニム、黒いスニーカーというラフな姿。しかし彼女はこんな青年に覚えはない。

「ごめんください。こちら、八神竜二さんのお宅とお伺いしまして」
「はぁ……兄は今手が離せないんですけど、どちら様ですか?」

 彼女は、彼の見た目からは想像もつかない丁寧さに少々面食らったような表情を浮かべた。それでも警戒は怠らないが。

「申し遅れました。大阪から来た西村と申します。でしたら、こちらの連絡先を彼にお伝え願えませんでしょうか?」
「はい、わかりました」
「ありがとうございます。では、失礼します」

 彼ははやてにメモを渡すと最敬礼し、乗ってきたらしいバイクで去っていった。

「西村 京介さんか……顔がエラい真剣やったけど、兄ちゃん何かしたんか?」

 首をかしげながら中へと戻るはやてであった。



 リンディをシャマルとシグナムが応対する中竜二はシャワーを浴びていた。色々していたので色々流したのだろう。そしてアスカはいつも通り残念そうな顔をして部屋へと戻っていく。色々していたのでその後片付けだろう。

「アスカさんもこりないわねぇ……」
「まぁ、主への愛だろう。行き過ぎてる気がしなくもないが」

 あきれるシャマルとシグナム。竜二曰く、一緒に風呂に入ると色々始めてしまうからしばらく出てこなくなるため、はやてが大人になるまでは我慢しろ、と以前釘を刺されたらしい。それでも懲りないのはご愛嬌。

「……いつもああなの?」
「ええ、いつもああです」

 リンディが表情を固まらせたままシグナムに聞くと、バッサリと返ってきた。

「今、彼はどのくらい強くなってるの?」
「私もそろそろ本気を出したくなる程度には。かなり成長していると思いますよ」
「ずいぶんあいまいね……直人君かクロノをぶつけてみようかしら」
「あなたは出ないのですか?」
「私が出たら彼がかわいそうよ」

 平然と言い切るリンディ。フレディの言う「鋼の艦長」の名前は伊達ではないらしい。

「以前話に出ていた、フレディという男と戦ったらどうなりますか?」
「殺されるわね、間違いなく。今のままなら、早いか遅いかの違いだけよ」
「……そうですか」
「間違っても関わろうなんて思っちゃだめ。あなたたちの性質上嫌でも関わらなきゃいけないときがくるかも知れないけど、アレはただの暴風雨。そこにあるものをただ壊して殺していく。そして死なない」
「……」

 今度はシグナムが絶句した。

「私はアレに関して嘘は言わないわ。それにしても、ベルカの人間ならあなたたちのほうが詳しいと思っていたのだけれど」
「我々は確かに長い時間動かされてきました。ですが、実際の活動期間など10年にも満たないのです。今くらいの時期になれば、皆闇の書を起動していましたから」
「そう……そして眠っている時間は、当然あなたたちの外で起こっていることを自ら調べることはできない、と」
「はい。今の主といると、色々なことに気を使っている気がして、こんなことは始めてです」
「なるほどねぇ……」

 これまでの主との時間は、戦うことしかしてこなかったというのなら、それに間違いはないだろう。

「でも、今のあなたたちは幸せそうに見えるわ」
「そうですか?」
「ええ。そんなに大きな問題を起こすことなく、ただゆっくりと主と過ごす。戦いの中に身をおくと、そんな何気ないことが幸せに思えるものよ」
「……確かに」

 するとようやく竜二がシャワーから出てきた。適当に引っつかんだTシャツと短パン姿である。

「どうもこんにちは」
「こんにちは。そこにかけてもらえる?あなた達は外れてもらってかまわないから」
「はい、失礼いたします」

 そしてシャマルとシグナムの二人が席をはずした。テーブルを挟んで向かい合う二人。

「リンディさん自らお出ましとは、よっぽどの重要案件ですか?」
「ええ。あなた達にも直結する話になるわね」
「お聞きします」

 真剣な表情を浮かべる二人。

「貴方たちの対闇の書の作戦案、グレアム提督より聞かせてもらったわ。正直、実行可能かどうかが運に頼りすぎてる気がするのだけれど」
「それは否定できません。ですから貴方方には、襲撃してくるであろう第三者勢力に備えていただきたいのです」
「第三者勢力……それは、これまでに貴方たちに襲撃してきた集団のことかしら?」
「はい。それだけではないかも知れませんが」
「なるほどね……まぁ、検討させていただく、といったところかしらね。ただし、貴方たちの策が失敗した場合、何があろうと現場の指揮権はこちらに移していただくことになるわよ?」
「構いません」

 毅然として言い切った竜二の目を見て納得したのか、リンディは数回うなずいた。

「それでは決行の日時が決定し次第、こちらに連絡をいただけるかしら」
「わかりました。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
「いいわよ別に。アースラまで話に来いとか言えないしね」

 すると、タイミングを見計らったかのようにはやてが昼食をシャマルとザフィーラがはやてを手伝いながら昼食を持ってくる。どうやらそうめんらしい。 

「夏といえばこれやでな」
「せやでな~」

 そして、リンディがそばつゆにミルクを入れようとしたのを全力で阻止した竜二とはやてであった。



 昼食を終え、リンディを見送った竜二は、はやてから長方形をしたそこそこの重さの薄い箱とメモ用紙を渡され、自室で確認していた。箱をあけた途端、竜二とアスカは呆れかえる。

「これ……財布やないか。しかもフレディが使ってた奴ちゃうん?」
「中身は……ひぃふぅみぃ……えっ!?」
「え、ちょ、見せて……ハァァアアアッ!?」

 どうやら、かなり膨らんでいたらしい。十分に驚いた後、最も持ち歩くことの多いショルダーバッグに入れて、箱をさらにひっくり返すと、カツラとボクサーパンツが出てきた。それはすぐさま見なかったことにして箱に戻し、メモを確認する。

「西村……ああ、あいつか」
「ご存知ですか?」
「ああ、大阪におった時にちょっとな。一昨日の夜しかけてきた連中の一人や」
「え!?」
「とはいっても、今どうしてんのかは知らんけどな。裏切ったっちゃ裏切ったんかも知れんけど、俺に言わせりゃあんな先のない世界で生きてたってしゃあないって思っただけの話なんやけどな」
「それが気に食わなかったのかも知れませんね。で、彼と会うんですか?」
「大阪からわざわざこっちまで出張ってくれたんやし、会わんわけにはいかんやろ」

 そう言うと竜二はメモに残された電話番号を携帯に打ち込んで耳に当てた。



 数時間後、日も暮れようかという夕方のとある公園で、竜二は西村と落ち合う。

「……久しぶりやの、八神」
「せやな……」
「こっちは蜘蛛、お前らは蛇……大阪の不良グループでは北と南の覇権争い」
「前置きはええ。何の用でこんなとこまでわざわざ来たんや?」

 竜二が西村の話を無理やり切って目的を尋ねた。すると西村は突然頭を下げる。

「今回のお前らへの襲撃、俺が下の人間を抑えきれへんかったから起こったことや。あいつらのことは勘弁してやってくれへんか」

 大阪を出て海鳴に向かったメンバーがいると聞いて慌てて追ったはいいものの、間に合わず襲わせてしまったことに、集団のリーダーとして責任を感じているのだろう。しかし竜二はそれを聞いても平然とタバコをふかして答える。まるで最初から気にかけてすらいなかったように。

「……ま、そんなことかと思ってたけどな。こんな片田舎、ぶんどったところでお前らのチームには何の影響もあらへんねしな」
「うちのチームの成り立ち、ここまでの抗争の歴史からして、うちのチームは確かにお前のことを憎んでいるような奴らばかりや。見つけてもうたら戦場になるとは思ってたが……なんにせよお前が無事でよかったわ」
「堅気に戻ろうが、下っ端には関係ない話か……お前も下の人間、もちっと教育せぇや」
「面目ないわ」

 かつて敵対していたチームのメンバー同士とは思えない会話である。竜二が既に脱退しているからか、西村が頭を下げてまで見せた。

「それでな、俺がわざわざこっちに出向いてきたことには、もう一つ理由があんねん」
「ほう……何やそれ」

 西村の雰囲気が張り詰めた。竜二もタバコを消し、正面から向き合う。

「……俺は今回の件で、引退させられることになった。お前を襲撃することに反対したことで、チームのリーダーとしては信用がおけん、ということらしい」
「ふーん。それで?」
「さっき部下の失態を謝っておきながら、今から俺は図々しい頼みをする。できれば受けてもらいたい」
「……聞くだけ聞いたるわ」

 西村は再び頭を下げて言い放った。

「頼む。俺の引退試合、付き合うてくれ!」
「……ハァ?」

 流石にこれには竜二も呆れざるを得なかったらしい。反応した声は裏返っていた。

「俺はチームを、不良を引退することに否やは一切ない。俺自身、そろそろそんなことをしてれる状況やなくなってきてたし、それそのものは渡りに船みたいなもんやった。せやけどただ一つ、どうしても決着を付けておきたいことがあんねん」
「……そういや、俺が引っ越すまでの戦績はタイスコアやったかの」
「ああ。でももうこれで終いや。お前より遅くはなったが、堅気に戻れる。その前に、最後の勝負はお前とって決めとったんや」

 西村にとってみれば、勝っても負けてもどうでもよかった。ただ残してきた唯一の決着を付けに来たというだけのことなのだから。しかし、竜二は引退して半年、それも今は素手での喧嘩などほとんどやっていない。

「……今更迷惑な話やのぉ、こっちからしたら」
「そんなことは俺だって百も承知。せやけど頼む!これ受けてくれたら、二度とお前には手は出させんと約束しよう」
「そんなんが何の保証になるんや、これからクビにされる人間が」

 口調は受けたくなさそうな雰囲気を出しているが、本人は仕方ないという表情をしている。

「ほな受けたるわ」
「ホンマでっか!?」
「あの出っ歯の御大のセリフはいらんで。俺にとってもやり残したことっちゅうたらせやし、二回三回と繰り返されると流石に鬱陶しいしな」
「すまんな、最期まで巻き込んで」
「問答無用でシバきにきたアイツらよりはマシじゃ。さっさと始めよか?」

 そして竜二も乗り気である。

「勝負はいつも通り、先に立ち上がれなくなった方か、降参を申し出た方が負け。ええな?」
「ああ。本気でいかせてもらうで」
「お前が本気じゃなかった時なんかあったんかい」

 そして、二人の最後のタイマン勝負は同時に拳をぶつけあって開幕した。はたして二人の決着やいかに。 
 

 
後書き
とりあえず話を進めなければ。 
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