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銀河親爺伝説

作者:azuraiiru
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第一話 邂逅




■  帝国暦485年 3月20日  ヴァフリート星域  旗艦オストファーレン  ラインハルト・フォン・ミューゼル



ヴァフリート星域に反乱軍が集結している。こんな戦い辛い星域に集結する等反乱軍も何を考えているのかと思うがヴァフリートはイゼルローンにも近い、放置しておくことは出来ない。帝国軍総司令官ミュッケンベルガー元帥はヴァフリート星域にて蠢動する反乱軍を撃滅すると作戦会議で宣言した。まあ俺としては武勲を上げる機会が訪れたのだ、悪い事では無い。

帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナで会議が終わった後、グリンメルスハウゼン艦隊旗艦オストファーレンでも作戦会議が開かれた。こちら艦隊は兵力が少ない、つまり火力の絶対数が少ないのだ。正面から何の策も無しにぶつかれば劣勢に追い込まれる事は見えている。

火力の絶対数が不足しているから機動力で補おうと意見を具申した。具体的には砲艦を最左翼の後尾において時期を見て前進、迂回させ敵の右翼に砲撃を集中させるのだ。それほど複雑な艦隊運動を必要とするわけではない、自画自賛するわけではないが良い案だったと思う。

グリンメルスハウゼン司令官も”いい案だ”と褒めてくれた。だが褒めただけだ、結局は採用しなかった。彼が選択した作戦案は彼の経験から生み出した物ー全体でみればこちらのほうが兵力が多いから無理せずに押し切ろうーを提示して作戦会議を終わらせた。

馬鹿げている、低レベルの経験が一体何の役に立つというのか……。俺はこの老人が軍の厄介者である事を知っている。いや、俺だけでは無い、皆が知っているだろう。皇帝フリードリヒ四世と親しい関係に有るから誰も手出し出来ずにいる。今回の戦いも皇帝の“連れて行け”と言う内意が無ければオーディンで留守番だったはずだ。

憤懣を抱きながらキルヒアイスとともに自分の旗艦タンホイザーに戻ろうとした時だった。オストファーレンの廊下を歩いていると
「ミューゼル准将」
と後ろから低い声がした。振り返ると初老の男がいる、アロイス・リュッケルト准将、階級は俺と同じだが年齢は俺の三倍以上、六十歳前後の男だ。俺と同じ分艦隊司令官、但し率いる艦隊は五百隻を超えるはずだ。俺の倍以上の艦隊を率いている。

立ち止まるとリュッケルトはゆっくりと近付いて来た。中肉中背 何処と言って特徴の有る顔立ちではないが右の額から眼の上を通って唇近くにまで達する傷が有る。うっすらと見える一筋の傷だ、若い頃の戦傷だろう。何度も修羅場を経験したと思わせる風貌だ。

六十近い年齢にも関わらず准将という将官としては最下層の地位に有るのはこの老人が士官学校も幼年学校も出ていない、つまり正規の軍事教育を受けていない兵卒上がりだからだ。叩き上げで閣下と呼ばれる地位に上がった。兵卒達にとっては憧れの存在だろう。

「何かな、リュッケルト准将」
俺が答えるとリュッケルトは微かに笑みを浮かべた。
「まあ余りカッカしない事だ」
「……」
「あの御老人に戦争は無理だ。それに誰もこの艦隊が武勲を上げる等と期待してはいない、お前さんにも分かるだろう」

その通りだ、誰も期待していない。何故俺はこんな艦隊に配属されたのか……。それにしても“お前さん”?
「リュッケルト閣下、失礼ですが“お前さん”と言うのは聊か非礼ではありませんか?」
キルヒアイスが咎めるとリュッケルトが肩を竦めた。

「卿と呼ばれたいか? しかしな、ミューゼル准将を卿なんて言う奴に限って陰では“小僧”と罵っとるよ。それでも卿と呼ばれたいかね?」
「……」
キルヒアイスが口籠った。多分、この老人の言う通りなのだろう。

「この艦隊はお荷物の集荷所さ。厄介な荷物は皆まとめて一カ所に、そういう事だな。或いはゴミは散らかすな、かな」
「……」
俺はお荷物じゃないしゴミでもない! あんなボンクラと一緒にされてたまるか! ムッとするとリュッケルトが今度は低く声を出して笑った。

「皇帝の寵姫の弟など誰も部下に欲しがらない。万一戦死でもされてみろ、後々復讐の女神の祟りが怖いだろうが」
「復讐の女神? ……馬鹿な、姉は……」
リュッケルトがまた笑った。
「お前さんがどう思うかは関係ない、伯爵夫人がどう思うかもな。大切なのは周囲はそう見てるって事だ、違うか?」
「……」
「お前さんは厄介者の荷物なんだ、それも特大級のな。少なくとも周囲はそう見てる。分かったか?」
「……」

反論出来なかった。確かに俺には誰も近づかない、話しかけもしない。俺は厄介者の荷物だと見られていたのか……。キルヒアイスに視線を向けたが目を伏せて俺を見ようとしない。キルヒアイスにも否定出来ないのだろう。
「分かったか? 分かったらそんなカッカするんじゃない、お前さんはここに来るべくして来たんだからな」

「……卿はどうなのだ? 卿も厄介者の荷物なのか?」
一矢報いたくて言ってみた。だがリュッケルトは何の反応も示さなかった。
「兵卒上がりの准将など何処に配置しようと誰も気にせんよ」
そう言うと俺達を追い越して歩き去って行った。後ろ姿が少しずつ遠ざかって行く。

「カッカしても仕方ないか……」
「ラインハルト様」
「彼の言う通りだ、なんか馬鹿らしくなってきたな」
「……」
キルヒアイスが心配そうに俺を見ている。俺らしくないんだろうか?
「まあ気楽に行くか……」
「はい……」



■  帝国暦485年 3月27日  ヴァンフリート4=2 旗艦オストファーレン  ラインハルト・フォン・ミューゼル



気に入らない! 不愉快だ! 何故俺があの男の下に付かなければならないのだ。ヘルマン・フォン・リューネブルク、本当に嫌な奴だ! 何であんな奴と……、大体このヴァンフリートⅣ=Ⅱとは何なのだ。何故こんなところに待機を命じられるのか……。

分かっている、分かっているのだ。ヴァンフリート星域の会戦は酷い混戦で終わった。大体この通信の維持が困難な星域で大規模な繞回運動を行なうなど総司令部は一体何を考えているのか! 低能のボンクラ共が! 挙句の果てに混乱して艦隊の座標位置まで分からなくなるとは低能の極みだ。帝国軍が負けなかったのは運が良かったからではない! 反乱軍が帝国軍に負けず劣らずの低能振りを発揮したからに他ならない!

極め付けはグリンメルスハウゼン艦隊はヴァンフリートⅣ=Ⅱで待機だ。戦闘中何の役にも立たず漂っていたグリンメルスハウゼン艦隊にミュッケンベルガー元帥は嫌気がさしたらしい。役立たずのお荷物は引っ込んでいろ、そういう事なのだろう。

だがこのヴァンフリートⅣ=Ⅱには反乱軍の軍事拠点が有った。俺が偵察するべきだと言ったのに司令部の参謀共に拒否された。何故拒絶する? ここはイゼルローン要塞にも近い、放置する事は危険な筈だ。それなのに連中は愚にも付かない理由を述べて偵察を拒否するのだ。おまけにリューネブルクにはそれを許しあまつさえ奴を攻略部隊の指揮官に任命するとは……。何で俺が奴の副将なのだ、全く納得がいかない!

オストファーレンの廊下をキルヒアイスと歩いていると前方に人影が見えた。壁に背を持たせ腕組みをしている。リュッケルトだった。俺を待っていたのかもしれない。そう思うと憂欝になった。嫌いではないが苦手だ。グリンメルスハウゼンの捉えどころの無い雰囲気とは違うがリュッケルトは俺を憂欝にさせる何かを持っている。

無視して通り過ぎようとした時だった。低い声が聞こえた。
「相変わらず不満が有るらしいな」
「……」
「面白い話を聞かせてやる、付き合え」
そう言うと俺達の返事を聞かずに歩きだした、俺達が来た方に。

「聞きたくない、と言ったらどうする」
「いいから来い、為になる話だ、少しは利口になるだろう」
リュッケルトは振り向かない、そのまま歩いている。どうするか? キルヒアイスと顔を合わせたがキルヒアイスも困惑している。
「早くしろ」

面白くなかった、だが後を追った。話しを聞くだけだ、面白くなければ怒鳴りつけてやる。でも多分そんな事は無いだろうとも思った。リュッケルトが案内したのはオストファーレンに有る士官用の部屋だった。だが中は様々なガラクタが置いてある、物置部屋だ。密談には相応しいかもしれない。

「ここは俺の部屋だ」
「卿の? しかしこれは……」
俺もキルヒアイスも混乱した。これがリュッケルトの部屋? どう見ても物置部屋だ。
「司令部が用意してくれたのさ、なかなかだろう。兵卒上がりにはこれで十分というわけだ。適当に座れ」

取りあえず置いてあった椅子に座った。
「抗議しないのか?」
「抗議などすれば奴らを喜ばせるだけだ。せっかく用意してやったのに気に入らないらしいとな。それに俺は自分の旗艦に戻ればちゃんとした部屋が有る、ここを使ったのは今日が初めてだ」
そう言うとリュッケルトも椅子に座った。

不当だと思った。抗議するべきだと思った。だがリュッケルトは気にしていないらしい。
「お前達、昇進で不当な扱いを受けた事が有るか?」
「その、お前と言うのは止めてくれないか」
「気にするな、お前達も俺の事を好きに呼べばいい。それで五分だ」

どうにも困った男だ。さっきから全然調子が出ない。
「じゃあ、……爺さんと呼ぶぞ」
年寄り扱いしてやる、嫌がるだろうと思ったが奴は頷いた。
「良いぜ、気に入らなきゃクソ爺とでも呼ぶんだな。俺もお前らの事を気に入らない時は小僧と呼ぶ」
駄目だ、益々奴のペースだ。

「それでさっきの質問だ、昇進で不当な扱いを受けた事が有るか?」
「いや、俺は無いと思う、キルヒアイス、お前は?」
気が付けば俺と言っていた……。
「私も有りません」
「そうか、そうだろうな……」
爺さんは一人で頷いている。

「爺さんは有るのか?」
「嫌になるほどな、有る。兵卒上がりだ、後ろ盾は無い。武勲なんぞ横取りしたってどこからも苦情は出ない。俺が何か文句を言えば異動させるだけだ」
落ち着いた口調だ、悔しそうなそぶりなど毛ほども見せない。本当にそんな事が有ったのだろうか、そう思った。キルヒアイスも不思議そうな表情をしている。

「兵卒上がりの大佐が准将に昇進する時には適性試験を受ける事になっている。知っているか?」
爺さんの質問に俺とキルヒアイスは頷いた。
「確か筆記試験と口述試験が有ると思ったが……」
「そうだ。正確には武勲を上げ上司の推薦状が必要だ。そして人事局がそれを認めて適性試験になる。容易じゃないよな、武勲を上げるのも大変だが推薦状だって小さな武勲じゃ貰えない。俺は四度目で適性試験に合格した」
「……」

「どう思う? 正直に言え、遠慮するなよ」
「……いや、苦労したのだな、と思った」
俺が答えると爺さんは笑い出した。
「お前は官僚か? 役人みたいな答えだな。遠慮せずに言えと言ったはずだぜ」
「……」

「小僧、お前は幼年学校首席で卒業だろう? 頭の悪い奴、そう思ったんじゃないのか?」
「……いや、まあ、少しは」
俺が口籠りながら答えると爺さんがまた笑い声を上げた。参ったな、小僧と呼ばれても反発できない。
「適性試験はな、一回じゃ合格しないように出来てる。三回目で合格だ」

えっと思った。俺だけじゃない、キルヒアイスも驚いている。
「筆記試験が合格ラインでも口述試験で落とすのさ。まあ好意的に取れば将官になるのはそれだけ大変な事だ、精進しろ、そんなところかな。悪意を持って取ればサル共が人間様の仲間入りなど百年早い、そんなところだ」
「サルは酷いだろう」
爺さんがニヤッと笑った。
「この部屋を見てもそう思うか?」
「……」

反論できなかった。司令部は物置部屋としか思えない部屋を爺さんに用意したのだ。
「あの、四度目で合格と聞きましたが……」
キルヒアイスが質問すると爺さんが無表情に“三回目の時にちょっとしたトラブルが有ってな”と答えた。

「口述試験の時なんだがな、首席審査官はシュターデンという男だった」
「シュターデン? 総司令部の作戦参謀に同じ名前の男が居るが?」
「そいつだよ。そいつがな“三回目か、残念だな”と言ったよ。そしてネチネチとどうでもいいような事を質問してきた。揚げ足とってその度に“所詮は兵卒上がり、この程度で将官になろうとは”、そう言って嘆かわしげに首を振ったよ。厭味ったらしくな。楽しかったんだろう、嬉しそうだったぜ」
シュターデン、弱い立場の人間を弄って喜ぶ、吐き気がするような男だ。

「普通はな、口述試験は三十分から一時間程度で終わる。だが奴は二時間近く俺をいたぶった、うんざりしたぜ。同席していた審査官も顔を顰めてたくらいだ。最後に“まあ仕方ない、合格させてやるか、最低点だがな”そう言ったよ」
シュターデンは合格点を付けた?
「良く分からないな、シュターデンは最低点とはいえ爺さんに合格点を付けたんだろう? 何故落ちたんだ?」

「同じ時にもう一人適性試験を受けた奴が居たんだ。そいつが合格した。但し、そいつは一回目だったがな」
どういう事だ? 何故その男が合格する?
「そいつの上げた武勲ってのが或る門閥貴族の子弟の命を救った事だった。助けられた奴の父親は喜んでな、望みを言えと言った。奴は適性試験に合格したいと言ったんだ。そしてその貴族は必ず望みを叶えてやると請け負った」
「それでか……」
思わず溜息が出た。爺さんが何度も不当な扱いを受けたというはずだ。

「人事局の担当者は奴を准将にするのを渋った。未だ一回目だし口述試験の成績は合格ラインに達していなかったからな。だがその貴族は諦めなかった。俺の試験結果を見て最低ラインだ、こいつを准将にするのなら自分の推す人間を准将にしろと捻じ込んだのさ」
「……」

「二人昇進させるという手も有っただろう。だが人事局の担当者は本来合格するのは一人だからと俺を落した。デスクワークの官僚だからな、前線で武勲を立てるという事がどれだけ大変か分かって無かったんだ。俺は大佐から准将に昇進するまで五年半かかったぜ」
五年半、少なくても十回以上は戦闘が有ったはずだ。

「……その男は如何しているのかな、爺さんの代わりに昇進した男だが」
「分艦隊司令官になったが死んだよ、戦闘中に首の骨を折ってな。二階級昇進で中将だ」
首の骨を折った? 分艦隊司令官が?
「こういう話は直ぐに広まる。汚い手を使って他人を蹴落とした、そう思われたんだろう。きつい任務にばかり当てられたようだ。部下にしてみればたまったもんじゃないさ」

「……では殺されたと?」
質問した声が掠れていた。戦闘中に味方の手で殺された……。
「そうじゃなきゃ首の骨なんか折るか? 奴の乗艦で死んだのは奴だけだったんだ。……奴とはあの後一度会った。向こうから訪ねて来たよ。何度も俺に謝っていたな、こんなつもりじゃなかったと言って泣いてたぜ。もしかすると自分の運命が見えてたのかもしれないな」
「……自業自得かもしれないが哀れだな」
俺がそう言うと爺さんが俺を見た。如何いうわけか悲しそうな眼に見えた。

「俺は奴を責めなかった。奴はな、自分には後二回武勲を立てる自信が無かったと言ったんだ。死ぬ前に一度でいいから閣下と呼ばれてみたいと。悪いとは思ったが貴族に縋ってしまったと……」
爺さんが首を横に振った

「責められねえよ、俺だって同じ立場なら同じ事をしただろう。兵卒の中で大佐まで進むのはほんの僅かだ。そして大佐で三回武勲を上げるのがどれだけ大変か……。兵卒上がりの大佐なら大体は戦艦の艦長だ、しかもボロ船を与えられる。それで誰もが認める武勲を上げなきゃならない、容易じゃないぜ。無理をして大佐で戦死する奴は結構多いんだ。俺には奴を責められなかった……。お前なら責められるか?」
「……」
爺さんが俺を見ている。悲しそうな眼だ。答えられなかった。爺さんの言う通りだ、俺にもその男を責める事は出来ないだろう……。




 
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