オリ主達の禁則事項
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花の勇者と黒子の助言者
このあたりで、この世界のあり方を紐解くべきだろう。
まず、この世界には二つの国がある。
その内の一つが二人のいるこの国、ギヴィア・ジェルト・ディアント…長いので端折ってA国とB国としよう。
そして、この二つの国は現在戦争状態にある。
戦争理由は領土でも金でもなく…食糧。
この世界はほとんどが砂漠と荒れた地の為、長きに渡って食糧危機が続いている。
国が二つしかない事にしたって単純な話…この過酷な世界では互いに寄り添っていないと生きていけないからだ。
それが昨今、世界の衰退による砂漠の広がりによって加速、ただでさえ少ない食料がさらに削られると理解した瞬間に両国は戦争状態に突入した
相手の国に在る食料を手に入れるための戦いだ。
物が人の本能に直結する為、下手な戦争のお題目より分かりやすく、兵士達も必死になる。
勝って相手の国の食料を手に入れられなければ、自分と自分の国が飢えるのだ。
しかし、両国の戦力はほぼ同じ、まともにやれば総力戦で諸共に滅ぶ。
勝つのは前提として、どれほど圧倒的に余力を残して勝てるかと片方の国が考え、出した結論が勇者召喚であり、その勇者というのが来類咲というわけだ。
「…と言うのが君の現状なわけだが…」
「うう…」
改めて自分の置かれている立場を確認させられた来類咲が、俯いたまま唸っている。
こんな戦争に全く役に立たない能力で殺し合いに参加させられそうになっているのだから当然か…聞いて見れば、秋晴が入った事に気づいたのはどうしたらいいか分からず、テラスの扉を茫然と眺めていたら秋晴が入って来ただけであり、別に気配に気づいて起きたとかそういうことではなかったそうだ。
能力だけでなく、本人も紛れもない凡人である。
「えっと…幼女神からは何も聞かなかったのか?」
「…この世界をもっとずっと綺麗にして、皆を笑顔にさせてほしいとか言われた気がするッス」
「……」
あの幼女神…見た目だけでなく精神年齢まで低いのか?
綺麗にと言うのが世界を発展させると言う事に繋がるのかもしれない。
確かに衰退しているこの世界は荒廃していて綺麗とは言い難いだろう。
それは笑顔も少なくなる。
戦争の最前線に立たせる為に召喚されたことを後で知ったのだし…あの大泣きはそれが原因だったわけだし…だが、流石にこれは幼女神のフォローは出来ない。
「世界を綺麗に、皆を笑顔に…それで…花か…」
「はい」
安易と言うかなんというか…彼女の頭の中にもお花畑が咲いているのではないだろうか?
会話に困り、適当に向けた話題に来類咲が食いついてきた。
「私、花が大好きッス。…どんなに踏まれても折られても…その時が来ればきれいに咲く花が好きッス」
「……」
「花は…いなくならないッス」
秋晴は彼女の経歴を思い出す。
彼女は紛争地域で生れ、育ったらしい。
自分達の権益を守ろうとする政府軍と、現体制に不満を持ち、取って代わろうとするゲリラ、そこは人間同士が争う場所だった。
それこそ食料だけでなく、誇りや享楽、権力に金、果ては神すらも人を殺す理由になる場所…命がとても軽い場所だ。
彼女が18歳まで生きる事が出来たのは奇跡と言っていい。
それでも、来類咲は死んだ。
死因は流れ弾…撃ったのは国民を守る側であるはずの政府軍だった。
「…戦争は何時?」
「明日には始まるって聞いたッス」
時間がないにも程があるだろう。
すでに真夜中は回っている。
「長くてもあと十数時間か…」
「戦うのはいやッス…怪我をさせるのも怪我をするのもいやッス…死ぬのはもっといやッス…」
死んだ時の事を思い出したのか、来類咲の体が小刻みに揺れ始めた。
自分が死んだ瞬間の事がトラウマになるオリ主は少なくない。
特に来類咲は、これから殺し合いに放り込まれようとしているのだ。
その恐怖はどれほどの物か…。
「…一つ聞きたいんだけど…」
「はいッス…」
「何でさっきから連れて逃げてくれって言わないんだ?」
秋晴ならば、彼女を連れて逃げだす事など容易いだろう…だが、彼女はそれを望んでいるのか疑問だ。
来類咲は助けてくれとは言った。
それが連れて逃げてくれと解釈できなくもないが…どうも雰囲気が違うように感じる。
ここまで会話をしているのだから、助けてではなく逃がしてくれと言わなければならないという事に気づかないわけではないだろう。
そう考え…率直に言葉にして聞いてみた。
「でも、私がいてもいなくても戦争は起こるッス」
その通りだ。
元々、彼女は起こる戦争の勝利を確実な物にするために呼ばれたのだ。
いてもいなくても戦争は起こると理解はしているようだ。
話し方は少し間抜けだが、頭は悪くないらしい。
「私の世界と同じ事が起こって…きっと沢山人が死ぬッス」
それもまた…その通りだ。
国単位での人の生き死にが起こるだろう。
何人死ぬかではなく、何人生き残れるかだ。
それを超えても、世界が衰退している以上、過酷な生になるのは間違いない。
「秋晴さんは知ってるッスか?家族や友達が、ひょっとしたら明日にはいなくなるかもしれないって気持ち…」
「…似たような事なら、あった」
秋晴もまた、自分以外の人間の死を見て来た。
家族…友達…知らないどこかの誰か…彼等の死を見続けた果てに、秋晴は最後の一人になり、取り残されて…世界を失っても生きている。
あの時共に死ねなかった事を不幸と思った事もあった。
「そうッスか…私は望んだわけじゃないけど勇者ッス…なら、何か出来るかもしれないッスよね?」
「花を咲かせる事しかできなくても?」
「花を咲かせる事しかできなくても…この国の人たちはみんな食べる物がないからガリガリに痩せてるッス。死ぬ前にいた所でも同じ子がいて…あの時の私には何にも出来なかったけど…元から一度死んだ身ッス。もうちょっとだけ頑張ってみたいって思うのは我儘ッスか?」
一途で純粋…それもまたオリ主に選ばれやすい人間の特徴だ。
その…自分の選んだ能力の無能に絶望し、戦争の恐怖を誰より知りながら…それでもはにかみに似た泣き笑いを浮かべる彼女の顔は、秋晴にはとても美しく見えた。
「君は…」
「へ?」
「君は…もしこの戦争の中で、何かができるとしたらどうする?」
「どうするって…」
来類咲は、秋晴の唐突な言葉に困惑する。
秋晴は真剣だ。
「それは…止められるなら止めたいッス。でもどうやって?秋晴さんが手伝ってくれるッスか?」
「いや…力でどうにかなるもんじゃない」
秋晴がオリ主にしか力を使わないというその誓いを反故にし、片方の軍を潰したとする。
出来ない事じゃない。
出来ない事じゃないが…その結果、勝った方が負けた国を蹂躙し、すべてを奪っていくだけだ。
負けた方の国の国民は飢えて死ぬ。
仮に両方の国の軍を潰したとしても、残り少ない食料を少なく広く分配するだけで両方の国が共倒れだ。
そうならないようするための戦争なのだから…。
「ならどうするッスか?」
「…一つだけ、方法が無くもない」
「え?な、何ッスか、どうすればいいッスか、じらさないで教えてほしいッス」
「方法はある。けれど…」
秋晴は…始めて見せる鋭い視線を来類咲に向けた。
視線に射すくめられた来類咲が硬直する。
「君がやるんだ」
「え?」
「結構、危ない橋を渡ることになるけど、上手く行けば戦争を止められる」
「し、失敗したら…」
「死ぬかもしれない」
「死!」
その一文字は、一度経験した彼女にとっては劇的だった。
己の死をトラウマにしている者にとって、その一文字は恐怖以外の何ものでもない。
「…やるッス」
「いいのか?俺ならここから君を連れて逃げる事も出来るんだぞ?」
「それだけは嫌ッス…あんな気持ちは…もう嫌ッス」
彼女の言う気持ちが何なのか…秋晴には分からない。
生前か…きっと彼女は何かから逃げだした事があって、それを一度死んだ今も後悔しているのだろう。
それに秋晴が踏み込む事は出来ない。
たとえそのエピソードの内容を知ることができても、きっと実感とはほど遠い。
それは彼女だけが分かっていればいい事だ。
「分かった…なら…」
そう言って、秋晴は来類咲に彼女ができるであろうことを教えた。
運命を変えられるかどうか…後は来類咲しだいだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――
翌日…両国の軍は砂漠の真ん中で対峙していた。
砂漠の広がるこの世界において、複雑な地形は少ない。
どうしても直接対決の形になってしまう。
そんな、両軍に共通しているのはその指揮の低さだ。
気迫がないというか…皆疲れた顔をしている。
全員がやせ細り、兵士として満足に戦えるのかと言う有様だ。
兵士の質が悪いのではない。
戦える人間であってもそう言う状態になってしまうのだ。
両軍の将がその手を上げ振り下ろす事で戦争が開始されようとした瞬間、片方の軍から人影が飛び出して両軍の中間の場所まで躍り出る。
若い兵士の勇み足かと見るが、その正体が先日召喚された優者だと気づき、召喚した国の軍だけでなく、相手の軍も色めき立つ。
「戦争をやめてほしいッス!!」
両軍の中間で、勇者は戦争停止を願う。
その姿は普段着で、武器はおろか鎧さえ付けていない完全な無防備だ。
戦場に立つ姿ではない。
「何をバカな!!連中を滅ぼさなければ俺達が餓死するんだ!!」
「勇者様、お戻りください!!もはや戦う以外に方法がないのです」
答えは両軍からの否だった。
その答えを予想していた来類咲は、黙って両手を掲げる。
何かの魔法かと敵軍が驚き、矢を射かけてくる。
自分に向かってくる矢の鋭さを前にしても、来類咲は引かなかった。
その刃が彼女にささろうと迫り来る直前…。
「な、何だと!!」
…風が吹いた。
そよ風では無く突風と評すべき物が…その風に夜は吹き飛ばされ、来類咲に届かない。
「行くッス!!」
その間に準備が整ったのか、来類咲が両手を振り下ろす。
敵だけでなく、味方までも思わず目をつぶった数瞬後…目を開けた彼等は信じられない物を見る事になる。
「オ…オオ…」
それは誰の発した言葉だっただろうか?
そこに広がるのは緑の絨毯、所々に赤い模様があるそれの正体は、蔦を持つ植物であり、赤い物の正体は花だ。
一瞬で現れたその光景に、誰もがあっけにとられ、泣きだす者までいる。
それは両軍問わない。
何故ならそれは、この世界の人間が誰しも願う緑あふれる光景だったのだから。
「あ、勇者様が…」
誰かの声に、全員がはっとする。
見れば勇者は歩き出していた。
向かう先は、敵軍の将軍のいる場所だ。
力強い決意の光を宿す瞳と、先ほど起こした奇跡による驚きで敵軍の兵士は勇者の通る道を開けて行く。
敵の間を通りながら、彼女は将だけを見ていた。
やがて…将の前で彼女の歩みは止まる。
「戦争をやめてほしいッス」
「…出来ん」
優者の問いかけに、将の答えは簡潔だった。
「向うの人達は私が説得するッス」
「出来ぬと言っている!!」
流石は軍を率いる者…豪胆な物さえその怒声の前では怯み、逃げ出していただろう。
それでも勇者は退かない。
その様子に、本人達よりも周りの人間達がざわめいた。
自分達の将と、見た目華奢な少女である優者が真正面から対峙して互角に渡り合っている。
「ここで勝てねば、我が国は飢えるのだ!!」
将が提示した戦争理由に対し、勇者は身をかがめた。
何をするかと思えば、足元に咲いている真っ赤な花を一輪摘み取る。
そのまま、回りの人間が見守る中で、彼女は花弁を一枚とると口に入れた。
敵味方を問わず、皆があっけにとられる光景だ。
「食べてほしいッス」
勇者は花を将に向ける。
「俺に…わけのわからんものを食わせようと…毒か?」
「食べてほしいッス!!」
有無を言わせない気迫だった。
この状況を全ての人間が見ているのだと思いだした将は、ここで退く事による指揮の低下を考えた。
形はどうあれ、これは一騎討ちの形だ。
向こうが挑んで来ている以上、受けない訳にはいかない。
「…よかろう」
将が花弁を数枚まとめてむしりとると、無造作に口に放り込む。
勇猛さを示そうとしているのか、それとも彼の素かは分からないが…しばらく咀嚼していた彼の目がかっと見開かれる。
「おいしいッスか?」
「あ、ああ…美味い…」
将の言葉を聞いた兵士達は、自分の足もとで咲き誇る花をまじまじと見つめ…恐る恐る口に入れ…将の感想が正しいと実感したとたん、食欲の枷が外れた。
敵軍だけでなく、味方の軍でも同じ事が起こり、立っている兵士は勇者と両軍の幹部と将だけとなる。
本当なら彼らも参加したいのかもしれないが、そこは根性とプライドでとどまる。
「…何のつもりだ?」
「おなかがすいたのならいくらでも出すッス。だから戦争をやめてほしいッス」
「馬鹿な…この程度の事で腹がふくれるわけがなかろう?」
所詮は花弁だ。
空腹を満たすのにも限界がある。
「それでも、誰も戦争なんてしたくないはずッス」
「分からん奴だな…俺だって戦争がしたいわけではない」
思わず、将がその本音を漏らした。
その腰に帯びる剣を抜き、優者の頭上に掲げる。
「それでも戦わねばならん。祖国の為に…」
「苦しいのは貴方の国だけじゃないッス。二つの国共に苦しいッス」
「ならばどうする?その花で両国を救えるのか?」
「私だけじゃ無理ッス!!」
全員が青ざめた。
誰もが将の剣が勇者に振り下ろされ、切られる未来を幻視する。
「私にできる事なんてほとんどない!!今日のことだって教えてもらって、助けてもらってやっとッス」
「ならば話しにならんな…」
「だから助けてほしいッス!!」
勇者の行動は…誰にとっても予想外だった。
彼女は、今まさに自分を殺そうとしている相手に助けを乞うたのだ。
しかもそれは自分の身の安全では無く、この戦争の…果ては両国を救うための協力要請だった。
「なん…だと?」
「私に一人協力してくれただけで、戦争を止められたッス」
「止まったんじゃない!!継続中だ!!お前の言う事は綺麗事でしかない!!」
「どっちでもいいッス!!綺麗事結構!!二人でこれだけの事が出来るんなら、皆が協力してくれたらもっとすごい事が出来るはず!!きっと世界だって救えるッス!!」
世界…その誰も考えなかったレベルの救済に、誰もが声も出せないほど驚いた。
その中心である少女の目は、将から離れない。
自分を即座に殺せる体勢のままの将の下で…彼女は震えていた。
瞳は潤み、今にも泣きそうになっている。
足は小刻みに揺れ、ちょっとおしてやれば転ぶだろう。
「もうちょっと、後少しだけ一緒に頑張ってほしいッス。これが勇者としての私からの最初で最後のお願いッス…助けてください!!」
それなのに…彼女は立っている。
文字通り自分に降ってこようとしている死を前にして…それでも逃げずに立っている。
戦争を止めるために…この世界を救うために…戦場にいる全ての人間が、真の勇者の姿を目にしていた。
長い…長い沈黙の果てに…無言と無音のままに終わりを告げた。
―――――――――――――――――――――――
「秋晴さん!!」
来類咲は自分にあてがわれた部屋に向かって走っている。
戦争は将が己の剣を下し、軍を退いた事で終了した。
敵軍の将も、武器も鎧すら帯びず、まっすぐに見つめてくる来類咲の純真と真摯な眼差しを切る事が出来なかったのだ。
この戦争の勝利者は両軍のどちらでもない。
来類咲の勝利だ。
「上手く行った。上手く行ったッス!!」
戦争を止める事が出来た。
悲劇の先送りかもしれないが、これで時間を稼げた。
問題はこの時間をどう有効に使うかである。
「うまくいったッスよ。秋晴さん!!」
体当たりするような生き王で扉を開け、中に飛び込むが…そこには誰の姿もなかった。
「秋晴…さん?どこにいるッスか?」
名前を呼んでも答える者はいない。
その内、来類咲は部屋のテーブルの上に、出る時にはなかったものが置いてあることに気がついた。
自分にはこれがあった記憶はないのでおそらく秋晴が置いた物だろう。
何だろうかと“それ”を手に取り、よく見た所ではっとする。
「これは…秋晴さん…」
これを置いたのは秋晴だと、来類咲は確信した。
同時に、秋晴が行ってしまったのだと言う事も…。
「秋晴さん…私頑張るッス」
それ以降…来類咲と秋晴が合う事は終生なかった。
―――――――――――――――――――
「…と言う訳で、来類咲はあの世界の中で普通に生きていけるでしょう。第弐条に抵触する事もなく、馴染んでいくだろうと判断しました。能力にしても花を生み出す能力では世界の崩壊どころか衰退にもつながらないでしょう」
『フフフ…』
「…何ですか?」
今回の一件の報告をする秋晴を見る大母神は非常に上機嫌だ。
何かいい事でもあったのだろうか?
「あの…何か言いたい事があるなら…ひどく気になりますし…」
『そうね…秋晴』
大母神は名前を呼びながら、秋晴に手を差し出してきた。
これは乗れと言う事なのだと判断した秋晴は、不気味な物を感じながらも大母神の手に乗る。
箸が転んでも笑う年代でもあるまいが、大母神は秋晴を持ち上げると自分の目線の高さまで持ち上げた。
水平になった事で、大母神の弓なりに反った瞳が間近で見える。
本当に機嫌が良いようだ。
『来類咲に手を貸したようですね?』
「大したことはしていませんよ。ちょっと拳圧で風を起こしたのと、花の中でも食べられる物があるというのを教えただけです」
来類咲が出した花は薔薇だ。
薔薇と言うのはその昔、旅人の疲労を癒すために用いられた事もある。
瑞々しいその花びらは、喉の渇きをいやすだろう。
何より彼等は皆空腹だ。
空きっ腹以上のスパイスはないと言う奴である。
「あの戦いを止めたのは“勇者”です脇役の出番なんてありませんでしたよ」
『そうね、所で秋晴?実はあなたがいない間に、世界を渡る魂の気配を感じたのです。それも二回も』
「う……」
実は心当たりがありまくるため、秋晴はとっさに大母神から目を逸らした。
彼女に嘘をつく事は上位の神格を持つ神でさえ不可能だ。
顔を逸らした事で誤魔化せるとも思えないが…それでも反応してしまうこれは多分本能だ。
『所で秋晴?私が貴方に上げたのはオリ主を抑えるための“戦うための力”とある程度世界を修復出来て通信にも使える“リモコン携帯”そして“世界を渡る力”ですよね?』
「…どれも必要な能力ですので…罰はいかようにでも…でもかなうならば手加減をお願いします。俺は人間であって神ではないので…」
『役目以外での使用を責めているわけではないのですよ?いつ何時、貴方が能力を使う事を私が制限しました?』
「は?それならどういう…」
思わず振り返ってしまった秋晴は、慈愛にあふれた大母神の満面の笑みを正面から見る事になる。
『私の孫達は、とても優しく、そして強く生きてくれていると、それを確認できたことが何よりうれしいのです』
「…ハア?」
大母神の言葉に、秋晴は間抜けな返事を返す事しかできなかった。
―――――――――――――――――――
後日談…と言っても百年程度後の話になるが、秋晴は再び彼の世界の土を踏む事になる。
ただしそれはあの幼女神がまたオリ主を送り込んだというわけでは無く…ちなみに事情はどうあれ悪い事をした反省として、神の力を使わない漢字書き取り2千京文字が大母神から彼女に下された罰だった…幼女神の神格が一つ上がったと、大母神が妙に楽しそうに語ったからだ。
神格が一つ上がったという事は、来類咲が“上手くやった”のだろうと判断した秋晴だが、大母神は何か含みのある、しかし悪意は欠片もない笑顔であの世界の視察に行って来いと勧めて来た。
バカンスとして…気が進まないと断る秋晴を無理やり気味に促し、最終的には半ば追い出すような形で世界を渡らせたのだ。
「これは…」
大母神と契約した時点で時の縛りから外れた秋晴は、100年前と同じ姿で同じ場所に降り立ったとたん…まず我が目を疑った。
風光明媚…今度は冗談でも皮肉でもなく、そう評するに相応しい光景が広がっていたのだ。
地面が100年前と違うと言うべきか…それとも秋晴だけが100年前と変わっていないと言うべきか…視界の果てまで広がる草原…所々に咲く花々…この場所がほんの100年前には命の存在しない砂漠だったと、誰が信じられるだろうか?
正気に戻った秋晴が、慌てて来類咲の事について調べたのは言うまでもない。
こんな事が出来る者がいるとすれば、彼女しかいないはずだからだ。
結果は案の定…そして簡単に秋晴は来類咲のその後の事を知ることができた。
百年前、勇者として召喚された来類咲…前代未聞、長い歴史の中で唯一花によって戦争を止めた彼の英雄はその後、砂漠を緑あふれる土地に作り替えるという偉業を成し遂げ、戦争よりもこちらの功績が高く評価されている
どうやらその時に、彼女の花を生み出す能力がかなり貢献したようだ。
本人でさえも手品程度にしか使えないと評価した彼女の能力だが、そこはやはり神の補正の入った能力だけの事はあった。
それが花であれば、種類の違うものであろうと掛け合わせ、咲かせる事が出来たのだ。
彼女はこの能力を使い、砂漠でも生え、花をつけるサボテンを筆頭に、熱帯地方の花をつけつつ食べられる実をつける植物と掛け合わせることで、全く新しい品種を作り出す事に成功…これを広め、世界の緑化に貢献したらしい。
これが幼女神の神格が一つ上がった理由のようだ。
これは“似たような事”を勧めた秋晴にも予想外だった。
オリ主の力はその解釈と応用で無限の広がりを見せると言う事を知ってはいたが、やはり花を生み出す程度と侮っていたのを認めない訳にはいかない。
無論、衰退につながる物ではないので問題はないが、一番の驚きは彼女にこんな偉業を成せた事だ…きっと、相当に努力したのだろう。
彼女はこの世界で生き、歳をとり、最後は多くの人に看取られながら静かに逝ったらしい。
享年97歳…二度目の死に顔は安らいだものだったという。
そんな彼女が愛用していた物、残した物がいくつか保管されているらしい。
その中に彼女が生涯手放さなかった一冊の本があると聞いて、その正体にすぐ気がついた秋晴に確かめないという選択肢はない。
原書は本人とともに埋葬されたらしいが…写本があると聞いて急いだ。
「勇者…来類咲の本は本人以外誰も読めなかったんです。解読も試みられていますが、かろうじて挿絵が彼女の生み出した花である事が分かるくらいで…文字に関しては全く理解できていません」
そんな風に、写本を管理している図書館の受付の女性は詳しく説明してくれた。
「何で?本人は読み方を誰にも教えなかったのか?」
「…これは自分だけが読めればいい物だからって…“家族”にも…やむを得ず、文書官と芸術家は本の内容を正確に書き写す事しかできなかったのです。挿絵にしても、来類咲の持っていた原書では色鮮やかな絵であったのですが」
言い淀んだ事が気になったが、追及はしない。
“花”と言うこの世界では珍しい名前と、どこか懐かしい物を感じさせる容姿の彼女の案内で写本に対面した秋晴は…。
「ぶ!!」
思わず吹き出し、ついで笑いだした。
「ッスって…ッスって…あの口癖、死ぬまで治らなかったのか?いや、一度死んでも治らなかったけど…絶対これを読まれないように読み方を教えなかったんだろ?…その気遣いには感謝するよ来類咲さん」
「あ、あの…曽祖母の本に何か?ひょっとして読めるんですか?」
やはり彼女は来類咲の血縁者…しかも曾孫だったかと納得しつつ、もう一度写本を見る。
確かにこれはこの世界の人間には読めまい…もし読めたら、そいつは別の世界の人間と言う事になる。
何故ならば…本の表紙には来類咲の世界の言葉で【食べられる花をつける植物図鑑】と書かれているからだ。
そして続く明らかに手書きの文字は彼女の直筆だろう。
【秋晴さん、とっても役に立ったッス。ありがとうッス】と書かれている。
「もしかして、曽祖母を知っているんですか?」
「うんまあ…俺も来類咲に救われた人間の一人って事になるんだろうね」
彼女のような人間のおかげで、秋晴は全てのオリ主を憎まずにすんでいる。
それはきっととても大事なことだと思うから…。
「は、ハア…」
花は秋晴の言う事が理解できなかったらしい。
秋晴も理解してほしくて話たったわけではないのだから、これでいいのだ。
「御祖母さんの代わりに受け取ってくれないかな?ありがとうの言葉を…」
「よ、よく分かりませんが。ど、どう致しましてッス」
その時…周囲の時間が止まった。
少なくとも、秋晴にはそう感じられた。
「…ッス?」
「あ、曽祖母の口癖だったんです。気を抜くと時々出ちゃって…」
真っ赤になって恥ずかしがる彼女をみながら、秋晴は確信した。
大母神は間違いなくこれを知っていたのだ。
その上で今日この時に秋晴がここに来るように仕組んだに違いない。
確かに秋晴はおおいに癒されている。
大母神主催、秋晴のサプライズ込みバカンスは大成功だ。
「よ、よく分かりませんが、嬉しそうで良かったッス」
彼女には悪いとは思うが……もはや秋晴自身にも笑いが止められない。
花の勇者の伝説は、その中に出てくるこっそり勇者に助言をしたらしい“隠者”の事も含めて…きっと長くこの世界で語り継がれるに違いない。
誰かを救い…誰かに救われる。
きっとそれが絆と言う物なのだろうと…そんなふうに秋晴は思うのだ。
ゆっくりと…ゆっくりと彼女の生み出した優しさ(花)がこの世界に広がる様にと…そう願う。
―――見てくれたッスか、秋晴さん?私頑張ったッスよ!!
緑と色取り取りな花の咲く草原を吹く風の中に…笑う彼女の声を聞いた気がする。
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