ソードアート・オンライン〜Another story〜
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SAO編
第48話 1日だけの
シリカは、今 目の前で起きている光景を見て、仮想世界であり非現実だと言う事は判っているのだが、それでも 仮想世界が現実だとして、その中で現実的だとは思えなかった。
それは、たった2人で、15人、ロザリアを入れて16人もの人間を包囲すると言うものだ。
そんな事ができるのは漫画等の……フィクションの世界だけだろう。だが、リュウキの言うとおりこのレベル制VRMMOなら、確かに不可能じゃない。でも、VRMMOであり、そして 死と隣り合わせの世界だからこそ、そこまで圧倒的な力を付ける事が現実的じゃない、とも思えるのだ。
最後の1人、リーダーであるロザリアを、リュウキは、ロザリアを中心へとつれて言き放り込んだと同時に。
「さて……。本題に入ろうか」
そう言うと同時に、懐から回廊結晶を取り出した。
「コイツは、依頼人が全財産。……最後のギルドの全ての金をはたいて買った回廊結晶だ。行き先は勿論監獄エリア。つまりは牢獄だ。全員入ってもらおうか。それが依頼の内容だからな」
監獄エリアと言うのは、第1層にある黒鉄宮にある牢獄。違反プレイヤーに罰を与える、と言うよりは閉じ込めておく為の場所であり、勿論 脱獄の類は決して出来ない。
本来の仕様であれば、何日まで監禁、と言った設定があるのだが この世界では違う。その監獄を管理している《軍》が解放しなければ出る事が出来ない。
つまり、人を殺す様な連中は永久に出る事が出来ないのだ。この世界が終わるその瞬間まで。
「それを断る……といったら?」
まだ、強気な姿勢を変えない男もいたが、直ぐに後悔することになる。
そう言った瞬間、男の身体を寒気が……一気に何かが体中を貫いた感覚に見舞われていたからだ。そのトリガーは、リュウキの表情を見てだった。
「言っただろう? オレは、キリト、いや 依頼者の様には 優しくないんだ。……お前たちが断るんだったらオレは、お前らに殺られたプレイヤーの数だけ其々、身体に切り刻んでやるよ。それに、オレとしてはお前らを《牢獄》より《地獄》に送ってやりたい気分なんだ。……さっきは攻撃を剣にしたが、もう遠慮はしない」
その言葉、それには既に刃が篭っているかのようだった。有言実行される事は、もう判ってしまった。
間違いなく、殆ど数秒、一瞬で地獄に送られてしまう事も理解した。
決してそれに抗う事が出来ない。そんな気配を。
「ッ………」
もうさっきの様な強気な言葉が出なかった。その言葉に殺気を……冷徹な殺意を感じるからだ。
「それとも、逃げてみるか?……このオレ達2人から」
リュウキはキリトの方を見ると、キリトもゆっくりと頷いた。
「……リュウキはオレの事を優しいって言ったがな、……それは時と場合によるぞ……? 全く同感なんでな。絶対に逃がさない」
キリトは剣を肩にかけたままそう言っていた。構えた訳でもない。
なのに、いい知れない寒気と威圧感を感じた。
キリトの体は大して大きくないが……あっという間に巨大な怪獣になったかのような気分だった。このまま抗っても、間違いなく自分達は削除されてしまう。男達は圧倒的な実力差の前に。
「くそっ………」
「ぐっ………」
もう、無理だと力なく蹲った。完全に観念したようだ。
回廊結晶の詠唱文、『コリドー・オープン』の言葉でゲートが開き、青い光の領域が出現した。
そして、悪態をつきながら15人が入っていった。
そして、この場に残ったのはロザリア1人だけ。
1人になったと言うのに、まだ強気な姿勢は崩していない。目に宿る薄汚い眼光は消えてなかった。
弱者だと感じても、まだ抗う最後の気力は残っていたようだ。
「や、やれるもんならやってみなさいよ!グリーンのアタシを傷つければアンタらが犯罪者に!」
そうロザリアが言葉を言い終える前に、リュウキは、目の前から消えていた。そして、ありえない方向から声が聞こえてくる。
「オレは、今はパーティを組んではいる。……が 本来オレは元々ソロ。それに、カーソルがオレンジになった所で、それを解除するカルマ・クエストをこなすのは訳ない事だ。……それも片手間でな。お前のそれは、全く意味の無い虚勢なんだよ」
その声が聞こえてきたと同時に……、ロザリアの喉元に冷たい何かが接触し、そして離れた。リュウキは、首を狩るように剣を背後から喉元に添えたのだ。冷たい感触が首元に当たるのをロザリアは感じた気がした。
「……そう言えばアンタ、確か言ってたよな? この世界で殺したって本当に死ぬなんて判らない。……現実でも罪にならないとか、何とか。 それなら、一度くらい試してみるのも悪くないか。他ならぬアンタ自身なら、誰も困らないだろう? ……もう戻れないと思ってるなら、此処で死んでも構わないだろ?」
リュウキは……ゆっくり剣をロザリアの首へと近づける。もう……それは数mmの距離。
視線を下にするとよく判る。その刃が、命を奪う刃がをゆっくりと自分の首筋に迫ってきているのが。
「ひっ……ヒッ………」
ロザリアは、体の真から震えていた。今まで死の感覚なんて……味わった事が無いのだ。他人に味あわせた事はあっても……自分自身には無かった。これまで他人に味合わせてきたモノが自分に牙を向いている瞬間だった。
そして……ロザリアは、自分の身体が、今どうなっているのか判らない程に震えたその時だ。
「ヒッ…………ッ……」
最後にはそのまま、頭の中の恐怖のデータがオーバーヒートしたのだろうか。或いは、心拍数が限界を越えた為、意識データを一時遮断した為だろうか。
ロザリアは、完全に気を失い倒れこんだ。
そして、リュウキは斬る事はせず、そのままロザリアを黒鉄宮に通ずるゲートに放り込んだ。
それは、今まで行ってきた所業の報い。恐らく、現実世界でも付きまとうだろう。
そう、たとえこの世界から戻れなくとも、この世界でも永遠に牢屋の中だ。例え現実に戻れたとしても、本当の意味で牢屋の中だろう。
それは、犯罪者ギルド似合いの結末だった。
全てが終わった数秒後。
「あっ………」
シリカは、腰が抜けてしまったのか、立ち上がれず、ただ震えていた。リュウキの目には自分が傍に近づけば近づくほど震えているようにも見えていた。
「………オレが怖い……か」
リュウキはそう判断しようだ。今の今まで、隠していたのもそうだ。本来の自分達の素性を。それに、今回の事件もそうだ。あのギルドに対して、心底憤怒していたから、と理由もあるが、先ほどは、まるで自分が自分じゃないくらいに感じたのだ。怒りに我を忘れる。とまではいかないが、それくらい怒っていたのだとリュウキは自分でも判っていた。
……そんな自分を見て、シリカは 怯えてしまった、怖がらせてしまったと思ったのだ。
だが、そのリュウキの考えは違っていた。
「ちが……違いますっ……。その――あ……足が動かないんです……」
シリカは……必死に首を左右に振ってリュウキの言葉を否定した。だけれども……、肝心なことが出来ない。
動けないし立つ事も出来ないのだ。
だからキリトが軽く笑って右手を差し出してきた。その手をぎゅっと握ってから、やっとシリカは立ち上がることが出来た。
「……オレもごめんな。シリカ。君をおとりにするようになっちゃって。本当は、直ぐに言うつもりだったんだ。でも……君に怖がられてしまうと思ったら、言えなかったんだ」
キリトは謝罪を行っていた。
キリト自身もリュウキと同じ気持ちだったのだ。シリカに、怖い思いをさせてしまったのだから。
「いえ、そんな……大丈夫……です。だって……だって……」
シリカは、ぎゅっとキリトの手を握りそして、リュウキの方も見て。
「お2人のおかげで……私も、ピナも……助けてもらい、ました。……命の……恩人なんですから……」
シリカは笑顔で、必死に笑顔を作って……笑おうとしていた。
でも、身体はまだ震えている。
「あっ……」
支えられていても、恐怖感はまだ拭えておらず、脚から崩れ落ちてしまう。思わず手を付いてしまいそうになったその瞬間。
リュウキが反対側からシリカを支えた。
「……街まで送るよ」
「ああ」
キリトとリュウキはシリカを連れ、この《思い出の丘》から出た。
~第35層の風見鶏亭~
シリカのホームへと戻った後。
シリカはは、キリトとリュウキに言いたい事が凄く沢山合ったんだけれど、言葉が出なかった。まるで喉に小石が詰まったかのように言葉が出ないのだ。
そこは、キリトが借りていた部屋。
その部屋の窓からはもう夕陽が差し込んでいた。その光の中……対照的な印象の衣装を身に纏う2人を見てシリカは漸く……震えるような声で聞いていた。
「……リュウキさん、キリトさん……やっぱり 行っちゃうんですか………?」
その問いに2人は暫く沈黙すると、キリトが先に口を開いた。
「ああ、5日も前線から離れちゃったからな。直ぐに戻らないと……」
キリトがそう言うと、リュウキも同じだと言う様に、頷いた。
「そう、ですよね………」
そして、シリカは残念そうに……呟いた。戻る、と言う事は もう、お別れだと言う事だから。寂しそうな悲しそうな表情をするシリカを見たリュウキは。
「……その装備は返さなくて良いから」
シリカにそう言っていた。
「え……?」
シリカは……驚いていた。
シリカの左手の薬指で輝いているエメラルド・リング。今回の旅で……自分を救ってくれた装備の1つと言っても過言じゃないもの。こんな高価なものを、と何度も、攻略の際にもリュウキに言っていたのだ。だけど、その度構わない、と言ってくれていた。
シリカは、最後には、返そうと思っていた。分相応の装備だと思っていたから。それをも判っていたかの様にリュウキは続けた。
「……会えた記念のプレゼントだ。……そう、と思ってくれ」
リュウキはぎこちなくそう言っていた。
その雰囲気を見て……やっぱり慣れていないのがよくわかる。そして、彼なりの、気遣いなのだともわかった。
「あっ………」
シリカは、その言葉、とても嬉しかった。
だが、それ以上に言いたい言葉が更に強く出てきたのだ。それは、『連れて行って欲しい』と言う懇願だ。
でも……口に出す事が出来なかった。
リュウキのレベルが90。
そして、おそらくはキリトもそれに匹敵するレベルであろうとも思える。
そして……自分のレベルが46。 その差は、リュウキとで44―――。
残酷までの明確な差だった。どの距離。2人の戦場についていっても……シリカなど一瞬でモンスターに殺されてしまうだろう。それに……自分を助けようとして、2人に迷惑をかけてしまうのも、シリカにとっては耐えられない事なのだ。
同じゲームなのに……同じゲームにログインしているというのに、現実世界以上に高く分厚い壁があって……到達できない。『……2人がいる世界にまで自分は行く事が出来ない』 シリカはそう考えてしまっていた。
「あ……あたしは………」
シリカはそこでぎゅっと唇を噛み、溢れようとする気持ちを必死に押しとどめた。……それは、2つの涙の形へと姿を変え、ぽろりと溢れたその時だ。
「レベルなんて、ただの数字だよ」
シリカの頭を撫でながら、キリトはそう言い、そして続けた。
「……この世界での強さは単なる幻想に過ぎない。そんなものよりもっと大事なものがある。だからさ、次は現実世界であろう。そうしたら、きっとまた同じように友達になれるよ。オレ達は頑張るから」
そう言うと……リュウキの肩を掴んだ。
「なぁ? リュウキ」
リュウキに 同意を求めるように、ニヤリと良い笑顔で笑う。
「っ……。ああ、そうだな」
リュウキは少し恥かしそうにしながらも頷いた。2人はとても温かい。
キリトはシリカにとって本当に兄の様で、そして、リュウキは、まるでアニメの世界にありような、本当に頼りになる幼馴染。
幻想の世界で出会ったこんな偶然を。
(私は、大切にしたい……。ずっとずっと……)
そうシリカは思っていた。この旅の間ずっと思い続けようと心に誓っていた。
「はいっ。きっと―――きっと」
シリカは、この時心から笑顔になれた。それを確認した2人も笑顔になった。
「さ、ピナを呼び戻してあげよう」
「はい!」
シリカは頷き、左手を振ってメインウインドウを呼び出した。
アイテム欄をスクロールし、≪ピナの心≫を実体化させる。ウインドウ表面に浮かび上がった水色の羽根を備え付けのテーブル上に横たえ、次に≪プネウマの花≫も呼び出した。
「……その花の中に溜まっている雫。それが蘇生の要だ。それを≪心≫に振り掛けるんだ。それで、魂は……≪ピナ≫はシリカの元に戻ってくる。……大丈夫。もう、シリカから離れる事は無い」
リュウキが、傍で見ながらそう言う。
「は、はいっ 判りました……」
涙ながらに、水色の心をピナの羽を見つめながら、シリカは、心の中で囁きかけた。
『ピナ……いっぱい、いっぱいおはなししてあげるからね? ……今日の凄い冒険の話を……ピナを助けてくれて、あたしを助けてくれた。』
また……シリカの目に涙が溜まった。そして、それが目から弾けて、宙に舞う。
『あたしの……たった1日だけの、大好きな……お兄ちゃん。そして……』
シリカは、指に光る指輪を見て……更に涙を流した。
『大好きな……たった1日だけの、理想の幼馴染……の事を……』
シリカは、そのまま右手の花をそっと……羽根に向かって傾けた。光で部屋が包まれる。
まるで……天国の扉が開いたかの様な暖かい光が降り注ぐ。
本当に暖かく、心まで癒してくれる様な光景が目の前に広がると同時に、この冒険の幕は下ろされたのだった。
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