ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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マザーズ・ロザリオ編
終章・全ては大切な者たちのために
大望のために……
前書き
本編再開!
初っ端からきな臭いスタートw
視界いっぱいに広がる大海原。ゆっくりとした水の動きが停船している船を小さく揺らす。
しかし、海に縁のある生活や仕事をしている人がここに居れば違和感は拭いきれないだろう。
動かない太陽に規則的にざわつく波、風の湿気も控えめで何より塩の香りは全くしない。
さらに言えば、水面はまるで光を反射していないかのように暗い青色だ。
急速な発展を続けるフルダイブ技術の粋と国内最高峰の研究機関に並ぶ技術力を持つ『ホークス第三師団・開発部』の非凡な英知を結集したこのVR空間でも液体環境を再現するのは現段階でこれが限界だ。
「はぁ……」
「あのな、日野坂。重要なのは液体環境じゃなくて艦の方のだから。ちゃんと再現してあるんだろうな?」
「ばーろ。設計図があるモノをポリゴンで再現するなんざ寝ながら出来る。……はぁ」
どうやらメインの艦を片手間で終らせ、正直無くても良かった液体環境の再現に情熱を注ぎ込んだらしい。相変わらず挑戦心に溢れるやつである。
「まあいい。時間もない事だし、シュミレーションに移る。配置に着け、ブレイン」
「あいよ、コマンダー」
宙にホロキーボードを出し、カタカタッ、と操作するとシュン、と甲板から消える。俺も同じようにホロキーボードを操作し、船の指令室に移動する。
「こちらコマンダー。各員、状況を報告せよ」
『応、エジニア。機関部問題なし』
『応、サーヴァンド。数値安定、目標捕捉』
『応、ガンナー。トリガーリリース。異常なし』
『サブコマンダーより指令室へ。その他各計器異常なし』
「指令室了解。これより『トライデント』を用いた仮想訓練を開始する」
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――チチッ……
「はぁ……」
午前6時30分。
電源を落としたアミュスフィアを外すと体を起こし、首をゴキゴキいわせながら頭を切り替える。
昨晩は早めに寝たとはいえ、朝っぱらから(正確には午前3時から3時間)異常なテンションの変人達に振り回されたり振り回したりしていたため、気疲れが朝からどっと湧き出て来たのだ。
(……仮想とは言え、もう朝に演習は止めさせよう)
おまけに今日は思いっきり学校であるし、後数分もすれば蓮兄が―――
「螢、朝修行しようぜ!!」
「はいはい……」
―――とか言いながら部屋に突撃してくるのだ、毎朝。
俺が苦笑しながら応じると、二十歳になっても未だに無邪気な兄はニヤッ、と笑って道場の方へ去っていった。
てか、汗臭ぇ。既にひとしきり暴れてきたなあの修行馬鹿。
待たせるとチャンバラ→試合→死合い→兄弟戦争、と段々ハードな事になるので素早く胴着に着替えると足早に兄の後を追っていった。
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一難去ってまた一難……とか言うと怒るんだろうな~……などと鬱な気持ちになった体は素直に反応し、盛大なため息を量産する。
「……螢、気持ちは分からなくもないが、手を止めないでくれ」
「……つか、そもそも俺メカトロニクスコースじゃねぇし」
「この最適化プログラム持ってきてくれたのお前じゃん。頼むよ、現状俺の手には余るんだから」
「……ぶっちゃけると師団の官物がめて来ただけだし」
「おい。てことは……」
「ちょぉとだけ公開しちゃマズイ機密データがちらほらと……」
さぁぁぁ、と和人の顔が青くなり、俺の肩を掴むと激しく揺すり始める。
「そんな物騒なもの持ってくるな!!」
「俺は『参考にしろ』って言ったよな?『使え』とは言っとらん!!」
「間違いなく『やるよ』って言ってましたけどぉ!?」
そうだっけ?何かそんな気もしなくもない。
「そうだっけ?」「とぼけんな!?」などという漫才をジト目で見ていた栗毛の美少女、結城明日奈は30分以上に渡って姿勢固定を強いられているせいか、焦れた声で2人を急かす。
「ねえキリト君、レイ君、まだー?昼休み終わっちゃうよー」
さらに、彼女の肩に乗っている半球型メカからも抗議の声が上がる。
『螢~はーやーくー。ボク待ちくたびれたよ~』
「というか、木綿季が今日ソレで来るのを知らなかったんだが……」
何でだろうね?普通俺に真っ先に連絡くれないか?
「んーとね……」
『驚かせたかったから!』
「……左様か」
カタカタとプログラムをいじり、和人達が開発している《視聴覚双方向通信プローブ》の許容レベルにシュリンクしていく。
(……ん?何だよ。分かってるじゃん)
手に負えないとか言っておきながら省くべき所はきちんと省いている。それだけではなく、和人か彼のグループのかは分からないが、独特の回路が敷かれていた。
「……あ、そか」
「何だよ?」
「親バカめ」
つまりはそうゆう事だ。
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調節を終えたプローブは明日奈と共に電算室を出ていき、次の授業が一緒の俺と和人は少し足早に廊下を歩いていた。
「……よく勉強してるじゃないか」
「ん……まあな」
「やっぱり進路は……そっちの道を行くのか?」
「……迷ってる。機械工学の最先端は何だかんだでアメリカだ。そうすると……」
「……難しいな」
和人の不安も最もだ。知らない国に知らない文化。何より…………明日奈の存在が和人の心を揺るがす原因だろう。
離れ離れになるのか、それとも共に歩むのか。仮に後者だとして言語や費用の問題、向こうでの後ろ楯もあると若い2人にとって何かと便利だろう。
「お前はどうするんだよ?」
「ん?ああ……」
進路。今までそんな事を考えた経験は皆無だ。物心付いた時、既に周りには歴戦の戦士達が闊歩していた。そんな厳つい大人に混じって戦い方を、実家で武術を学び、まだ年端も行かぬ内に戦場へ。
ある時、片腕の8割を失うまで銃声を聞きながら朝食を食べ、昼間はより間近にそれを聞きながら移動し、戦い、目標を撃破する毎日。
『戦力外』として日本に送還された後は本家である山東家に軟禁され、自分の中にあるまだ未完成だった《力》の使い方を教え込まれた。それすらも扱えぬ不良品だとされた後は無気力に毎日を過ごす、つまらない人生だった。
「そうだな……。特には決めてない……が、目標ならある」
「目標……?」
俺には木綿季がいた。だからまだ普通の生活、こうして学校生活を送る事が出来る。だが、
「……大した事じゃないけど……俺みたいな境遇の子供達が出来ないように、救ってやること。そんな世界にしないようにする事、だな」
「いや、それ『大した事』だろ!?」
「そうか?」
『誰もやった事がない、難しいこと』ほど大変だとは思っていない。例えば世界で始めてNPOだのNGOだので活動した人達は何も分からない、手探りの状態で進んで行ったに違いない。それに比べ、俺は『そうゆう子供達が居て、戦うことを強いられている』という事実を知っていて、それを取り除いてやれるだけの力も持っている。
最も明確な方法は紛争の鎮圧。それが国際的に難しいのは国際問題がそれだけでなく、解決できる力を持った団体が下手に動くとかえって状況を引っ掻き回してしまうからだ。
だから、それに縛られない『個人』が活動するのだ。
小さな事でいい。1人ずつでいい。汚い大人の事情のせいで選択を出来なかった無垢な子供達に選択を与える。それが俺の目標だ。
予鈴が鳴る。
「……ともかくだ、相談には乗るぜ。出来る限り」
「ああ……。頼りにしてる」
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その日の夕方。学校から真っ直ぐ千代田区の『ホークス』の第三師団が入っているビルに向かう。
今朝の仮想シュミレーションについての協議と最近気を配ってなかった各種情報タスクの処理等々、徹夜必至の事務作業が貯まっている。
面倒事は全て押し付けているとはいえ、十数人しかいない事務方の手勢では絶対に捌けない量になりつつあるので来てください……と、半ば脅すように副官に言われたため、第三師団のメンツにとってはレアな姿である制服でそのビルに入っていった。
「……案外似合ってるじゃあないか」
「お前の感想など聞いとらん。仕事しろ、日野坂」
「してるよ。ほら、今朝の」
ドサッ、と紙束を渡される……のではなくコンパクトなUSBを渡される。
「どうだったんだ?実際」
「うーん……。艦自体には問題なし。やっぱりネックは『トライデント』だね。その他の支援武装は問題なしだけど主砲がアレじゃあね。カッコ悪い」
「例の装置はどうだ?今回組み込んだだろ?」
「改良の余地アリ。でも成果が有ったことは確かさ。まあ見てなよ……笠原さんと僕が必ず完成させるさ」
「……頼む。無理を言って悪いが、時間がない」
日野坂は俺の言葉に不敵に微笑むとフラフラっと部屋を出ていった。
「さて、と……」
USBをデスクの脇に置き、部屋いっぱいに置かれた段ボールのタワーズを横薙ぎに見渡す。
今日は8時に木綿季とALOで会う予定だ。
現在は5時。何時間向こうにいるかは分からないが、なるべく片しておいて後で損はするまい。
先ずは日付の古いタワーに手を伸ばし、先の見えぬ戦いを始めるのだった。
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「やあっ!」
ユウキの神速の一閃が頭上から迫る。
神速というのは決して誇張ではなく、そのスピードに乗った一撃は無防備に食らえばただでは済まない。が、唯一にして致命的な弱点がユウキにはある。
「甘いな」
刃の側面に捻りきった腕を突きだし、捻り上げる。
螺旋運動に巻き込まれた剣は僅かに軌道を逸らし、回転運動を伴った正拳突きがユウキにヒットする――寸前で余波を撒き散らしながら停止した。
「わ……」
「わ……、じゃなくてだな。せっかくの速さも軌道が読みやすいと今みたいになるぞ」
「だって……今までそれでやってきたんだもん」
「まあ、確かにユウキは強いさ。でもな、そのままだと俺とか、セラとか……後は数人居るバケモノには勝てないぞ?」
「バケモノ?」
「後で話すよ。……って、待て。よく考えたら何でこんな事になってるんだ?」
「え?デートでしょ?」
「……違くない?何か違ってない!?」
「…………?」
コラそこ。「え?違うの?」って可愛く首を傾げるな。少ない俺の常識が揺らぐ。
……その昔。《圏内事件》以降、頭の配線をどう繋ぎ直したのか知らないが、アスナのキリトや俺に対する態度が軟化した。
特にキリトにはあからさまにアピールを始めた(それに対するキリトの反応は既に語った通りだ)。
一方、よくキリトとつるんでアホやっていた俺に対してはキリトに対する好意を隠しながら(不成功)あれこれ聞いてきたり、末期には隠そうともせずにのろけ話を披露し、散々「知るか」と突き放したのにも関わら……(以降愚痴)。
終いには俺が仕方なく折れて協力し、すったもんだの末にゴールインした。
その初期段階、初デート(?)の際に、こんな事があった―――
55層《グランザム》
夕暮れ時。攻略を早めに切り上げて街に戻ると調度メッセージが入った。差出人は閃光様、内容は招聘だ。
「…………」
超絶嫌な予感しかしなかったが、ばっくれるとせっかく軟化した態度が再び鋭利なナイフごとき鋭さを取り戻してしまいそうで「やれやれ……」とため息を吐きながらここにやって来たのだ。
「……で?」
「えっと、その……きょ、今日の進み具合はどうだった?」
「……結構奥まで行ったと思うぜ。キリトは俺よか先まで進んでたからひょっとするとボス部屋見つけたかもな」
「そ、そう。……元気してた?キリト君」
「ああ。すこぶる元気だったぞ。……呼ぶか?」
「!?……い、いいわよ。べ、別に会いたい訳じゃ……ないこともないけど心の準備が……」
ゴニョゴニョ……。あー、はいはいオーケーオーケー、会いたいのね。さて……
「帰るぞー」
「ちょ、待っててば!?」
チッ。
「何だよ」
「……た、例えば男の子と遊びに行くとして喜びそうな所って、どこかな?」
……ここでラ〇ホとか言ったら複数の意味で殺される、かと言って適当に答えるのは2人に仲良くして欲しい俺としてはNGだ。まあ、キリトなら……
「武器屋から防具屋。雑貨屋行って最後は迷宮区踏破ツアーでゴールインだ」
「ぜっっっったいやりませんけど!?」
ふむ……お気に召さぬか。キリト好みのバトルジャンキーデートなのに。じゃあ、
「そこら辺でデュエルからのッ…ぐふぉ!?」
《体術》スキルのハイキックが顔面にクリーンヒット。その圧倒的敏捷値とスキル熟練度で放たれたハイキックは圏内でのノックバックにより俺を地面に落とし、さらにあまりの速さでミニスカ内部も見せないという超絶技巧を見せた―――
―閑話休題―
今の状況はまさにその俺がアスナに提案したデュエルな訳で、今日、木綿季と明日奈は一緒に帰ったハズ……つまり
「……明日奈から教えてもらったのか?」
「え!?何で知ってるの!?」
「いや、まあ……」
そんな訳で俺はユウキに少し昔話をしてやるのだった。
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夜の帳の中。
天窓から入ってくる月光がユウキのあどけない寝顔を照らす。家のメニューを操作し、それを遮断すると俺はゆっくりとその頭を撫でた。
すぅ、と静かな寝息をたてるユウキは寝てもログアウトすることはない。
一般プレイヤーと違ってユウキのフルダイブ機、メディキュボイドは脳波を測定する機能があってもそれが睡眠パターンになってもログアウトしないように出来ている。
それは本来、麻酔による痛覚遮断をメディキュボイドの体感覚キャンセルで代用するという仕様だが、現在のユウキのバイタルは極めて良好。
もし『神医』直々に彼女を担当していなかったならこうは行かなかっただろう。
「……だからまだ、死んでもらうわけにはいかないんだよ」
ここに来る前に読んだ報告書。
そこには非常事態を告げる物があった。
『山東家に動きあり』
その文字を見た瞬間、俺は通信規則をがん無視し、祖父そして親父に電話を掛けた。
両者の対応は素早かった。祖父は各地に散る水城家朗党に当主勅命の緊急召集を掛け、親父は彼の超法規権限による命令で英国の軍用衛生を一機確保、山東家本宅とその半径5キロ四方の常時監視を開始した。
動きがあれば水城家の連絡網に即座にそれが流され、対応が取られる。
アンダーグラウンドで《巌鉄》、《剣帝》と畏怖される2人が異常なまでの警戒心を即座に発し、備えた理由には山東家はもともと日本国内で特Ⅰ級の要注意団体であり、山東家及び他6つの《七武侠》からも忌避されている、というものの他に今回、彼らのターゲットたる人物が問題だった。
その人物こそ『神医』水城雪螺だ。
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