どっかの分隊長
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ガタガタと俺達は荷台で運ばれる。
「ひっく……。ひっ…ル……イビンさ…。ライ…くん……。ひっく、ひっく。」
ぺトラが整った顔を歪めながら、仲間の―――――死体の前で涙を流す。
「……。」
俺達は、荷台に乗ってガタゴト揺られていた。
伝えた時はまだ作戦続行中で彼女は唇を噛み締めながら無理矢理耐えていたが……もう、完璧に感情の糸がきれてるようだ。きっと、壁の中に入って安心したせいだろう。
まぁ、それも無理は無い。彼女も俺ほどではないがまだ幼いのだ。仲間を失う悲しみに耐えられるほど、彼女は強くは無い。むしろ、その小さい身体で良く持ったほうだろう。心が耐えられなくて廃人になる奴も少なくない壁外調査。その中でここまで耐え切ったのは、敬意に値する。
俺も昔はこんなん風に耐えられてたっけ…いや、普通に外で泣いていた気がするなと、思い出して情けない気持ちになった。流石に漏らさなかったのは、不幸中の幸いだ。
「ひっく……うぅ…。」
「おいおい、また税金泥棒がきたぜ~!」
「まったく。100年間ずっと安全だった壁の外まで出て、一体何がしたいんだか。良い迷惑さ。」
「今回は何人死んだんだろうねぇ?」
…………………。
………………あぁ、……今日は、少し寒い。
肩を震わして泣いてるぺトラに、自分の上着をぬぐ。そして、彼女に耳までそれをかぶせた。彼女は少しだけ反応したが、またわっと泣き始める。
俺は、自分の自己満足な行動に苦笑いして、いずらくなった荷台を後にしようとする…
「……ひっく……隊長…………。ずみません、少し待ってください………。」
が、ぺトラに手をつかまれた。
「…………あぁ。」
この弱弱しい手を振りほどくほど俺は人間を辞めたつもりは無い。俺は、泣き疲れてやつれてるぺトラに、しゃがんで向き合った。
「ひっく…うっく……ぅ……。」
「…………。」
ぺトラはずっとうつむいて泣いている故に、俺は彼女の綺麗なオレンジ色の髪を見る。泥で汚れてくしゃくしゃになっているのが勿体無い。本来の髪は絹のような柔らかさがあったはずだ。
……壁外調査は女の敵だな。
まぁ、しばらく療養して元気になってくれると嬉しい。彼女としてはまったくもって余計な世話だろうが。
「何で…何で私達が死ぬんですか。何で、巨人は私達を殺すんですか。」
そんなくだらない事を考えていたら、彼女はゆっくり顔を上げて、吸い込まれるような瞳で俺をじっと見ぬいた。……相変わらず、強く良い瞳だ。
その勢いにのまれそうになりながらも、ここで黙ったら不味いと思い、意図的に声を張り上げて返す。
「俺達は調査団で、あいつ等が巨人だからだ。」
…それ以外の答えは、あるのだろうか。………あるのだろうな。ただ俺は、それに疑問を持つのが億劫なだけで。
勿論そんな答えでは、彼女は納得しない。ほら、表情は曇ったまま。
「じゃあ、何で、私達は…。」
「?」
「何で、何で、何で……!!!私達は………!!!ぁぁ…ぁ………………!!!!!」
彼女はそれから言葉が続かないらしく、狂ったように泣き始めた。何かを言ってやりたいが、言える事が何も無い。言うべき言葉が見当たらない、といったところか。
「……………。」
それにしても、何で私達は、、、か。
その後に、彼女は何を言うつもりだったのだろう。
何故闘っているのか、か。何故殺されるのか、か。それともまた、別の何かか。なんにせよ、それらを疑問に思えば戦場では生きていけない。少なくとも俺はそうして、流されてきた。その末生きているのだから、完全に間違いと言う訳でも無いだろう。
『隊長は……なんで闘って居るんですか…。人類のためじゃないんですか…。
じゃあ、何で彼を…私の大切な彼を見捨てたんですか…!?』
ふと、昔、誰かに言われた言葉が頭をよぎった。あの時、俺は何て答えたか………
………いや、やめよう。精神衛生上この記憶は不味い。無理やり記憶の深層に押しとどめる。
そして泣き続けるぺトラを見て、ここを離れるべきかどうか迷いながら、一緒にいることにした。
「…………ふぅ。」
隣に腰をかけた俺だが、彼女の方をずっと向いている訳にもいかない。目の前にあった、小汚い布にくるまれた仲間の死体を見つめる。
……俺がこれを見ても何も感じなくなったのは、いつからだったか。
アイツが言ってた事もあながち間違ってないのかもしれないなと、自分の乾いた心に苦く笑う。
「ぁ、すみません……!!私……。隊長、引き止めたままで……。」
ぺトラが、自分が言葉を止めてしまっいたことに気づいたらしく、慌てて謝ってきた。考え事に没頭していた俺は、慌てて「構わん。」と、だけ言って笑っておく。……うまく笑えただろうか。少々、心配である。
「隊長。」
彼女は震えた…しかし芯のある声で、俺を呼ぶ。
「なんだ。」
「何で私達は……闘っているんですか。何で私達が死ななきゃいけないんですか…。」
あぁ、さっきの話か。
「人類の為……と、言えば話は早いが、実際はどうだろうな。」
「違うんですか…?」
「違うと思えば違うし、そう思えばそうなる。…ぺトラ……お前は何のために闘って居るんだ?」
「私…ですか?」
「あぁ。」
少し驚いた後、彼女はポツリと話し始める。
「最初は、調査兵団に憧れて入りました…。けれど、今は……。」
少し間をあけて、ぼそりと呟く。
「……分かりません。」
「……。」
「隊長……私は何のために闘って居るんですか?仮に彼等のために闘っているならば、ソレが死んだ…無くなった、今は何のために…。」
ギリリと歯を噛み締め、こちらを見てくるぺトラ。そんなに見られても、正直その問の答えは分からない。というか、考えてすらいないし考えたくも無い。
…………でも、きっと彼女なら……。
「…死んだ彼等は敬意をはらうべき、立派な兵士だ。その死に様を俺は誇りに思う。」
「………誇り、ですか…。」
「だが、死は死でしかない。」
「な……!!!!」
仲間を侮辱されたと思ったのか、彼女は怒りをはらんだ目でこっちを睨んできくる。
「落ち着け。何をどう言ったって死は死で変わりは無いだろう。」
「ですが、彼等は私達人類の為に……!!」
「現状で役に立ってるといえるか?」
ガッ!!!今度は、俺の襟首を掴んできた。一応、俺は隊長の筈なんだがな…。
「隊長は……っ!!!!!何で…!!」
ポロポロ泣きながら、今にも殺さんとする殺気を放つぺトラ。怖いが…巨人ほどではない……いやいやいや、この判断基準はだめだろうと俺は苦笑いしながら平静を装い話し始める。
「良いか。ここからが大事だ。良く聞け。現在、人類の役に立っていないのなら、役に立たせれば良い。…そして、それを実現させるのは俺達だ。」
「っっ!!」
「俺達が行う事が人類のためになったとしたら、彼等は無駄死ににはならないだろう。」
スルッ…と、手をはなされた。俺はとりあえず一息ついて、彼女を見る。
「私達が……。私達が彼等を…?」
死体を見ながら呟くぺトラ。まるで呪詛でも吐いているようだ。
「おい、待て。」
俺は彼女の肩に手をおいて、その呟きを制止させた。彼女はゆらりと、こちらを見る。
「どうかしましたか?」
「死を役に立たせるのは俺達だがな…死人に闘う理由をあずけると、ロクなことにならんぞ。」
そう言って、苦笑する。
「―――――――な!!!!!!で、でも……!!……。……。…私は、仲間が好きでした。もしかしたら、だから闘っていたのかも…。その人たちの役に立てるなら…。」
「ぺトラ、思考を停止させるな。」
「え?」
何を言ってるの…という心の声が聞こえてくる。それはむしろこっちの台詞なんだがな。
「考えろ。お前は、本当に彼らの為に戦うのか?」
「……。」
「仲間の為に、更に仲間を殺すのか?」
「っ!!!それ、は…。」
「時間はたっぷりある。悩め。考えろ。じゃないと、世界の家畜になるぞ。ただ、目的も何もなく闘って死ぬのは嫌だろう?」
俺みたいにな、と心の中で付け加えた。
「それは…いやです。」
「じゃあ考えろ。」
「でも……分かりません。私はもう、何も………!!」
すがるように、俺を見つめる。彼女は俺にその答えを期待しているのか…?もう限界がきて、今にも崩れそうなぺトラ。その表情からは、なまじ強い精神のために何でもすがってしまいそうな危うさがある。
……もし、俺が死ぬために闘えといったら、彼女は本当に死ぬのだろうか……。
………………。
「………考えろ。」
「……はい。」
絶望したような表情で、彼女はうずくまった。そして、また泣き出す。申し訳ない気分になるが、俺は彼女に正しい道を示す自信も器も無い。俺が何も言わずとも、ぺトラは強いからきっと正しい答えを見つけられるだろう。考えろ、なんて自分を棚に上げすぎだと理解しているが、それでもどうしても言っておきたかった。彼女なら出来ると思うから。だから、これで良かったのだ。あぁ、そうだ。
「俺達は、今回も何の成果もえられませんでしたーーーーーーーー!!!!」
そんな遠くで聞こえた声と隣からの枯れた泣き声をぼんやり聞きながら、俺はこれからの予定と書類整理の事を考える。分隊長になると書かねばならない書類も多いのだ。特に壁外調査の後は口から魂がぬけそうになるほどに。あー、あー、あー、めんどくさい。誰かやってくれないかなー。…いや、やっぱ冗談。それくらいしか役に立たないんだから頑張らなければならない。本当に忙しい、忙しい。…それにしてもやっぱり今回も書類ミスして、討伐数がやばいことになってるのだろうな。あれは絶対おかしいよ本当。やっぱり、今度正式に申し出ようかな。でも、やっぱエルヴィン団長に格好いいこと言われておしまいだろう。いやーあれは本当に格好良かった。むしろあれを聞きに行くために言いに行くってのもありかもしれない。まぁめんどくさいのでしないが。あ、そうだ。そういや――――――
―――――――ツゥ…。
「!?」
頬に何かが流れた……気がした。
「……ぇ。」
焦って、急いで袖でぬぐう。
しかしまったく袖は塗れなかったので、やはり気のせいだったのか。
一応念のために、もう一回頬をぬぐってみた。
……あぁ、塗れてない。気のせいだ。気のせいだった。うん。
ガタガタガタガタ………。
周りの喧騒と泣き声が混ざり合った悲しい昼、俺達は荷台で揺られ続けた。
ガタガタガタガタガタガタ……。
後書き
………。( ̄ー ̄)
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