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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第十二話 ちょっとやりすぎたよね


帝国暦 486年 9月 10日  オーディン  ゼーアドラー(海鷲)  オスカー・フォン・ロイエンタール



「それにしても鮮やかだったな、ロイエンタール」
「ああ、鮮やか過ぎるほどだ」
ゼーアドラー(海鷲)はまだ時間が早い所為だろう、それほど多くの客は居なかった。テーブルもまばらに空いているのが見える。

ブラウンシュバイク公爵邸で起きた爆弾テロ事件は早い時点でクロプシュトック侯の大逆未遂事件ではないかと推測された。グリンメルスハウゼン元帥は事件発生直後に帝国軍三長官、国務尚書リヒテンラーデ侯と共に参内、討伐隊の指揮官を願い出てそれを許された。

グリンメルスハウゼン元帥はすぐさま討伐軍を発進、クロプシュトック侯を追った。侯が犯人とは確定されていない時点でだ、クロプシュトック侯が大逆未遂事件の犯人と確定されたのは討伐軍発進の一時間後、さらに自領へ逃亡中の侯が討伐軍に捕捉され逃げ切れないと悟って自殺したのがその二時間後だった。

グリンメルスハウゼン元帥はクロプシュトック侯の領民達に侯が大逆罪を犯した事、そして自殺した事を通信で伝えると領民達は大人しく降伏した。大逆事件は発生から半日と経たずに解決したのだ。討伐軍はそのままクロプシュトック侯領に進駐、後始末の後オーディンに帰還した。三日前の事だ。

鮮やか過ぎるとしか言いようがない。ブラウンシュバイク公が討伐軍の指揮官を願い出た時にはクロプシュトック侯は既にこの世には居なかった。それを皇帝より教えられたブラウンシュバイク公は驚きのあまり皇帝フリードリヒ四世の前で“馬鹿な”と呟いたと言われている。

「皆、恐れている。軍人も貴族も……」
「……総参謀長殿をか」
「そうだ、元帥閣下に出来る事じゃないからな。誰が仕切ったかは分かっているさ」
俺の言葉にミッターマイヤーが頷いた。チーズをクラッカーに乗せてつまみワインを一口飲む。美味い、酸味のある白ワインにフレッシュチーズが良く合う。

「分艦隊司令官の不足も解消したな」
「そうだな」
俺が答えるとミッターマイヤーがちょっと身を乗り出す仕草をした。そして声を潜めて話しかけてきた。

「タイミングが良すぎるな。総参謀長は事前にあの事件を知っていたんじゃないかという噂が有るが……」
「噂だ、いくらなんでも有るわけがない」
俺が否定すると
「そうだよな」
とミッターマイヤーが頷いた。

確かにタイミングが良すぎた。だがそれ以上に事が起きてからの手配りが鮮やか過ぎるのだ。その事が様々な憶測を生んでいる。今回の一件を利用してグリンメルスハウゼン元帥府の力を周囲に知らしめたのではないか、その一方で元帥府の人間達を昇進させ、分艦隊司令官の不足を解消したのではないか……。

討伐軍の帰還後、皆が昇進する中で総参謀長だけは昇進しなかった。しかしその事に不満そうなそぶりを見せた事は微塵も無い。どうやら自分の昇進を捨てて周囲の昇進をと軍上層部に願ったらしい。その姿が更に周囲の憶測を生んでいる。総参謀長は大逆未遂事件をあらかじめ知っていて利用したのではないか……。いかんな、俺まで埒も無い事を考えている。話を変えた方が良いだろう。

「まさか俺の所にあの二人が来るとはな」
「予想の範囲外だったか、ロイエンタール」
「そうだな」
俺が答えるとミッターマイヤーはクスクスと笑い声を上げた。こいつ、面白がっているな。もう一口ワインを飲んだ。

討伐軍として動員されたのはグリンメルスハウゼン元帥の直率部隊、他に准将の地位にある八人が率いる艦隊だ。帰還後八人の准将はいずれも少将に昇進し分艦隊司令官として配属された。レンネンカンプ艦隊にはケンプ、アイゼナッハ少将。ミュラー艦隊にはルッツ、ファーレンハイト少将。ミッターマイヤー艦隊にはケスラー、メックリンガー少将。そして俺の所にはワーレン、ビッテンフェルト少将……。まさか士官学校の同期生二人が俺の配下になるとは思わなかった……。

「まあワーレンに問題無い、問題はビッテンフェルトだな」
「卿に反発して猪突するかな?」
ミッターマイヤーが首を傾げた。
「どうかな、それも有るかもしれんがあいつ、防御が下手だからな、その方が心配だ」
「なるほど……」

遣り辛いと思っているのは俺だけではないだろう。ミッターマイヤー、ミュラーも遣り辛いと思っているはずだ。二人とも自分より年上の分艦隊司令官達に囲まれているのだ。決して楽では無いだろう、常にその能力を分艦隊司令官達に試されるはずだ。それを突破しなければ侮りを受けるだけだ……。

「卿の参謀長は如何だ?」
「ビューロー准将か、能力も有るが誠実で信頼できる男だ。良い男を貰ったよ。そっちこそ如何なんだ?」
「ベルゲングリューンか、こっちも信頼できる人物だと思う。割と剛直な所が有るな、そこも気に入っている」
ミッターマイヤーが笑い声を上げた。俺も笑い声を上げた。

「艦隊の編制も終わった、後は訓練だな」
「ああ、十一月になる前にはオーディンを発てるだろう。今回は俺と卿がグリンメルスハウゼン元帥の両脇を固める。楽しみだな」
ミッターマイヤーが“ああ”と頷いた。



帝国暦 486年 10月 15日  オーディン  新無憂宮  グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー



新無憂宮にある南苑の一室に四人の男が集まった。帝国軍三長官、そして招集をかけた国務尚書リヒテンラーデ侯。国務尚書の表情は苦みを帯びている。わざわざ呼び出したのだ、難事が起きた事は間違いないだろう。一体何が起きたのか……。軍務尚書、統帥本部総長も不安そうな表情を隠そうとしない。

「想像は付いているだろうが厄介な事が起きた」
「……」
「今回の遠征軍だが陛下よりグリンメルスハウゼン元帥にクライスト、ヴァルテンベルクの両大将を遠征に加えるようにとの御言葉が有った」
クライスト! ヴァルテンベルク! 何の話だ? 軍務尚書、統帥本部総長も驚いている。

「それはどういう事ですかな、国務尚書」
軍務尚書が問い掛けるとリヒテンラーデ侯が顔を顰めた。
「ブラウンシュバイク公の差し金だ。陛下にあの二人を遠征軍に加えるようにと吹き込んだらしい。有為な人材を遊ばせておくのはもったいないと……」

「馬鹿な……」
思わず言葉が漏れた。あの二人が有為な人材? 味方殺しをしたばかりか事実を隠蔽しようとしたあの二人が……。もっと早くに予備役に編入しておくべきだったか……。

「軍務尚書、あの二人、最前線より戻ってから飼い殺しと言って良い状態だが、それはヴァレンシュタインと関わりが有るのか?」
一瞬だが軍務尚書が私とシュタインホフ元帥に視線を向けた。
「……いささか」
「そうか、なるほどな……」
国務尚書は頷くと言葉を続けた。

「ブラウンシュバイク公は大分腹を立てている様だな。顔を二重、三重に潰されたと周囲に言っているらしい」
侯が分かるなと言うように我々を順に見た。分かっている、屋敷を爆弾テロで破壊され多くの客、使用人を殺された。それが一つ目。

そして討伐軍の指揮官になれなかった事、それが二つ目。そして三つ目は討伐軍の指揮官を願い出た時には既にクロプシュトック侯は自殺し反逆は終結していた事……。ヴァレンシュタインの鮮やかさに比べて不手際ばかりが目立った。

貴族社会では何よりも面子を潰されることを不名誉とする。ブラウンシュバイク公はその面子を二重三重に潰されたのだ。クロプシュトック侯が死んだ今、その憎悪はヴァレンシュタインに向かっている。何らかの動きが有るとは思っていたが……。

「あの二人が武勲を立てれば当然だが昇進しそれなりの職に就く事になる。ブラウンシュバイク公は軍内部に味方を作る事になるな」
「敗北すれば?」
「敗北の責めをヴァレンシュタインに負わせる。或いはグリンメルスハウゼンにもかな。あの二人を始末出来るのであればクライストやヴァルテンベルクなど使い捨てても十分元が取れるであろう。そうではないかな、統帥本部総長」

なるほど、国務尚書の言う通りだ。勝てば上級大将が二人味方になる、その意味するところは大きい。そして敗北すればヴァレンシュタインが失脚する。そうなればグリンメルスハウゼンなど何の役にも立たぬ存在になるだろう。ブラウンシュバイク公はこちらの弱点を突いてきたわけだ。

「グリンメルスハウゼン元帥は受け入れたのですか?」
「陛下からの御言葉だ、否と言うはずが無かろう。というより何も気付いてはおらぬようだな」
軍務尚書の問いかけに国務尚書は溜息を吐きながら答えた。全くあの老人は何を考えているのか! ……いや何も考えてはおらぬのだろうな、溜息が出た。軍務尚書、統帥本部総長も溜息を吐いている。

「あの男の才覚に頼むしかないな」
「いささか厳しいですな、三個艦隊の内二個艦隊が敵では……」
「遠征軍の規模を大きくは出来ぬか、味方を増やせば……」
「年内出兵が難しくなります、金もかかりますな」
軍務尚書が首を振りながら答えるとリヒテンラーデ侯が顔を顰めた。

「もし敗北すれば、連中は必ずヴァレンシュタインの処罰を求めてこよう。となると彼の後釜が要るな」
リヒテンラーデ侯が我々に視線を向けてきた。誰が居るかと問い掛けている。非情な事だ、所詮ヴァレンシュタインもこの老人にとっては駒の一つなのだろう。

あの老人を補佐出来る者、野心を持たぬ者と言えば……、メルカッツしかおらぬ。ヴァレンシュタインに比べればいささか臨機応変の才に欠けるが……、今は辺境だな、早急にオーディンに呼び戻すか……。



帝国暦 486年 10月 15日  オーディン  グリンメルスハウゼン元帥府  ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン



グリンメルスハウゼン元帥府の会議室には正規艦隊の司令官、参謀長が集められていた。会議室の空気は硬い。会議室の参加者はただ一人を除いて皆表情が強張っている。
「そういう事での、ロイエンタール提督、ミッターマイヤー提督、今回の遠征はクライスト、ヴァルテンベルク大将に譲って貰わなければならんのじゃ。悪く思わんでくれ」

グリンメルスハウゼン元帥の言葉にロイエンタール提督が
「承知いたしました」
と答えミッターマイヤー提督が無言で頷いた。皇帝陛下の御意向が有っては否などと言えるはずもない。どれほど不本意で有ろうともだ。それにしてもクライスト、ヴァルテンベルクとは……、あの味方殺しの一件以来閑職に回されていた。日の出の勢いの総参謀長を快くは思っていまい。

「総参謀長、後は頼んで良いかの」
「はっ」
グリンメルスハウゼン元帥は満足そうに頷くと席を立って会議室を出て行った。呑気な老人だ、欠片も危機感が感じられない。自分がどれほどの厄介事を抱え込んだのか分からないのだろう。

「どういう事かな、唐突だが」
「誰かが皇帝陛下の耳元に吹き込んだ。それが出来るだけの人物が動いた、そういう事だろう」
ミッターマイヤー提督とロイエンタール提督の遣り取りに皆が頷いた。おそらくその人物も想像が付いただろう。

「どうやらブラウンシュバイク公にしてやられたようです。かなり不満を持っているとは聞いていましたが……」
「何を呑気な事を、あの二人は卿に恨みを持っているんだ。とんでもない事になるぞ」
普段穏やかなミュラー提督が声を荒げて総参謀長に忠告した。言葉使いも上位者に対する物では無くなっている。それにしても恨み? 何か有るのか……。

「分かっている、分かっているよ、ナイトハルト。その事は誰よりも私が分かっている」
「拒否する事は出来ないのか」
総参謀長が首を横に振った。
「無理だね、陛下の御言葉が有った、そしてグリンメルスハウゼン元帥はそれを受け入れている。もう取り消しは出来ない……」

「余計な事を……。役に立たないばか……」
「ミュラー中将! 言葉を慎みなさい」
「はっ、申し訳ありません」
総参謀長の叱責にミュラー提督が慌てて謝罪した。危ない所だ、もう少しで上官の批判をするところだった。総参謀長が溜息を吐いた。

「ナイトハルト、心配してくれるのは分かるが気を付けてくれ。私達には敵が多いんだ」
「済まない、つい興奮した」
ミュラー中将が項垂れている。それを見て総参謀長がまた溜息を吐いた。
「各艦隊司令官は訓練を行い艦隊を鍛え上げてください。いずれ戦う時が来ます」


総参謀長が所用が有ると言って会議室を退室しても残された人間達は誰も動こうとはしなかった。暫くの間沈黙が有ったがロイエンタール提督がそれを破った。
「ミュラー中将、先程卿はあの二人、クライスト、ヴァルテンベルク大将が総参謀長を恨んでいると言ったがあれはどういう意味かな? 嫉んでいるなら分かるのだが何か有るのか」
皆の視線がミュラー中将に向かう。誰もがあの言葉に不審を感じていたのだろう。

「……」
「ミュラー提督?」
沈黙するミュラー提督にミッターマイヤー提督が声をかけるとミュラー提督がビクッと身体を震わせ大きく息を吐いた。どういうことだ、怯えているのか、その様子に皆が顔を見合わせた。

「申し訳ありません、今は話せないのです」
「……」
「何時かは話せる時が来ると思いますが……」
苦しげな声だ。
「それは何時になるかな?」
「……五年先か、十年先か……」
皆が驚いている、五年先? 十年先?

「どういう事かな、ミュラー提督。クライスト、ヴァルテンベルク大将の事なのだろう」
レンネンカンプ提督が訝しげに問いかけた。
「確かにあの二人が関係しています。しかしそれだけでは済まないのです」
それだけでは済まない?

「一つ間違えば軍はとんでもない混乱に陥るでしょう。そうなれば帝国は、……内乱状態に突入しかねません」
振り絞るような言葉に会議室が凍りついた。




 
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