恋姫無双~劉禅の綱渡り人生~
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劉禅、助けられる
「桃香、ごめん。劉禅を捕まえられなかった」
北郷は桃香に謝罪した。
「……そっか。出来れば話し合って解決したかった。話をすれば、ご主人様のことも分かってくれると思ったのに」
「それは無理だよ桃香。劉禅は僕をかなり嫌っていたからね。真名も預けてくれなかったし」
「それでも、烈が身投げしたのは悲しいよ。あれでも私のたった一人の弟なのに……」
「桃香、泣かないで。代わりといってはアレだけど、僕が桃香の傍にいるから」
「ご主人様……」
桃香は北郷の胸に顔を埋め、思い切り涙を流した。
数刻後、北郷の自室にて。
「一刀様、劉禅の死体は見つかりませんでした」
北郷はとある兵の報告を受けていた。
「やはりそうか。草の根を分けても、劉禅を探し出せ。そして、生きていたら内密に殺してくれ」
「……しかし良いのですか? あれでも劉家の血を引く公子では」
「かまわない。あれは蜀を滅ぼす人間だからな。国の為ならば仕方ないだろう」
「承知しました」
北郷の密命を受け、兵は出て行った。
(史実とは少し変わっているが、劉禅という男は蜀を滅ぼす原因を作った暗君だったはず。劉禅には死んでもらうよ)
北郷は部屋で一人、笑みを浮かべていた。
*****
目が覚めると、知らない天井が広がっていた。
「……俺、助かったのか?」
身体を起こそうとすると、脇腹などに激痛が走る。どうやら俺はまだ生きているらしい。
「おや、気がつかれたかの」
横から声をかけられ、俺は視線を走らせる。すると、俺が寝かされていた部屋の入り口に一人の老人が立っていた。
「貴方が俺を助けてくれたのですか?」
俺は老人に問いかける。俺の問いかけに対し、その老人は笑いながら言う。
「お主が川から流れてきたときは驚いたわい。最初は死体かと思ったぞい」
どうやら俺は、成都城のそばを流れる川に流されたらしい。川に飛び込んだ覚えはないんだが……。
「助けていただいてありがとうございます。それで、ここは何処なのでしょう?」
「ここは益州巴郡から少し西に外れた村じゃよ」
ふむ、蜀のど真ん中か。それなら長居は危険だな。俺の死体が見つからないとなれば、あいつは俺を探させるに違いない。このまま此処に居ては、すぐに北郷の手の者に捕まってしまうだろう。そうなったら、今度は本当に御陀仏だ。
「ご老人。助けていただき感謝する。俺はもう発ちます」
痛むからだに鞭打って無理やり立ち上がる。
「お若いの、無理に出て行くことはあるまい。しばらく此処に居て、傷を治すがよかろう」
「しかし、いつまでも此処に居ては……」
「お主が反逆者だからか、劉禅殿?」
老人がうっすらと笑い、俺に問いかける。俺は全身に鳥肌が立ったのを感じ、サッと老人を睨む。
「警戒せずともよい。ワシは密告する気はないわい」
そう言って老人は笑う。
「俺をかくまって大丈夫なのか?」
「おとなしくしておれば大事ない。ワシの家は村から少し外れておるからのう」
「なぜそうまでして俺をかくまう?」
俺は警戒を解かずに問いかけた。
「なあに、ワシの自己満足じゃよ。年寄りのやることじゃ、有難く受けるが良い」
俺の刺すような視線も気にすることなく、老人は笑い飛ばした。
しかし、平穏は長く続かなかった。老人が人を匿っていることは村で噂になり、俺が意識を取り戻してから十日後、成都の兵らしき者どもが数人押しかけてきたのだ。
「老いぼれ、正直に言わぬと痛い目を見るぞ」
「ふん、お前らに媚びるワシではないわい」
「この死にぞこないがっ!」
兵達は散々に老人を殴りつける。それでも老人は弱音一つ吐かない。
(もう見てられるかっ!)
俺は物陰から飛び出していって、兵を殴りつけた。
「居たぞ、劉禅だ!」
兵達は俺の名を叫び、包囲する。
俺は後先考えずに飛び出していったので、武器は持っていない。
(やっちゃったな俺)
斬りかかってくる兵を避けるのに必死で、とても反撃なんて出来ない。俺って馬鹿だよな。
「若いの、これを使えっ」
すると老人が包囲の外から突っ込んできて、何処から持ってきたのか一振りの剣を俺に託した。
「邪魔だ老いぼれっ」
兵の一人が老人の背に斬りかかった。俺の目の前で血しぶきがあがる。
目の前で老人が倒れる。それを見た俺は、逆上して老人を殺した兵を斬った。
あとの事はよく覚えていない。
気がつけば、周囲は兵が倒れており、皆事切れていた。
(全部、俺がやったのか)
手に持った剣を見ると、血糊で汚れてしまっていた。
「……若いの」
弱弱しい呼びかけに、俺は現実に戻された。声のした方を見ると、老人が俺を呼んでいた。
「今手当てをする」
様子を見ると、かなり流血している。早くしないと、手遅れになってしまう。しかし、傷はあまりにも深く、出血を止めようがない。
「……ワシはもう助からん。それより、聞いてくれ」
「ご老人、何故そこまでして俺を助けたのだ?」
「……お主が、ワシの死んだ息子に似ておった」
老人が話し始める。
「……息子は国の為に戦争に駆り出され、死んだ。しかし、この国の主は快楽に走り、ワシら下々の者らを気にかけてはくださらなんだ」
「いいからしゃべらないでくれ。手当てが出来ない」
俺は老人の話を止めようとする。しかし老人は話し続けた。
「……息子は何のために死んだのか。劉禅殿、頼む。この国を、変えてくれ」
「おいご老人、気を確かに持て」
俺は老人の声に力が無くなっていくのを感じ、必死で呼びかけた。
「……劉禅どの、頼む」
しかし俺の呼びかけも空しく、老人は天に召されて逝った。
「国を変える、だと……」
老人は俺に頼みごとをして逝った。しかし、俺にはどうしていいか分からない。ただ一つ言えるのは、北郷が元凶であるということか。
北郷には借りがある。俺の真名を勝手に呼んだこと。許婚を奪ったこと。奴だけは、必ず殺す。
俺は、老人が持ってきた剣を握り締めた。
「……この剣、貰ってくよ」
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