真剣で覇王に恋しなさい!
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第11話
日曜日、大和くんから私の正体について結論が出たと連絡があった。
こんなに早く結論が出るなんて驚いたけど、どうやら本当の事らしい。
明日の放課後、改めて屋上で……そう約束をして、私は電話を切った。
「……直江からか?」
「うん」
作業が終わったという事で一緒に本を読んでいた柳司くんが、私が電話を切るのを待って、静かに話しかけてきた。
「正体がわかった、という感じの連絡なんだろう?」
「うん……わかったの?」
「もちろんわかるさ。当然だろう?」
何年一緒にいると思ってる、そう言って柳司くんは小さく笑った。
なんだろう、今日の柳司くんはどこか与一くんみたいな感じがする。
そんな柳司くんに、改めて話題を振ってみた。
「ねぇ、柳司くんは私の正体は誰だと思う?」
「俺か? 俺は……」
「興味がないっていうのは禁止!」
「え? うーん、そうだなぁ……」
前にも何度かした事がある質問だったけど、今回はちゃんと釘を刺させてもらった。だって、前ははぐらかされちゃったから。
それに明日私の正体がわかってからだと、柳司くんがどんなイメージを持ってくれてるのかわからなくなっちゃうしね。
「案外義経たちみたいな武将だったりしてな」
「えぇ!?」
「だってほら、子供の頃の事覚えてるか?」
さすがに予想外な事を言われた私は、柳司くんに言われた通り昔を思い出す。
小笠原諸島でみんな一緒に遊んでいた頃……今でも色々思い出せるけど、柳司くんに酷いことをした覚えはないはずだ。
たぶん。
「俺達ってよく喧嘩とかしてただろ? いやまぁ、喧嘩とも呼べないかもしれないが」
そう言われて思い出した。
別に仲が悪いのが理由じゃなくて、弁慶ちゃんと与一くんがいつもやっているような事。
そういう事が、その頃の私と柳司くんの間でもあったのだ。
だって仕方ない。その頃から柳司くんには頑固な所があって、私もまだまだ子供だったんだから。
今では考えられないような理由で、小さな喧嘩を幾つもやった。
「その喧嘩で一回も勝てなかった事をふと思い出してな」
そう、そうだった。
どんな事で喧嘩をしても、結局最後は柳司くんが負けてくれていた。
……うん、たぶん負けてくれていたんだと思う。だって、柳司くんの得意な事で勝負をした時も、ほんの数回だけだけど頬を叩き合うような喧嘩をした時だって、柳司くんはすぐに自分が引き下がった。
たぶん、その頃は柳司くんの方が大人だったんだと思う。
……でも、今その事を持ち出してくるなんてちょっとずるいんじゃない?
「むー」
「睨むな膨れるな、事実だろう」
それはそうなんだけど。
結構真面目な質問だったから、ちゃんとした答えを返してほしかったのだ。
流石に、今でも武将みたいなイメージをもたれてるとは思いたくないし。
「まぁ、何にせよだ」
話を中断するようにそう言って、柳司くんは私の手を取った。
いきなりの事に私がビックリしている内に、彼は再び口を開く。
「何度も言っているが何も心配する事はない、俺はお前がどんな奴だったとしても変わらず接する。それでいいだろう?」
いつも通りの口調で、いつも通りの笑顔で、柳司くんは私にそう告げた。
本当、ずるいよね。
それで安心したような気がしてる私も私なんだけど。
「じゃあ、私も」
「え?」
「柳司くんの正体がなんでもない人だったとしても、平清盛みたいな人だったとしても、ちゃんと今までどおりに接してあげる」
「……なんか言い方が酷くないか?」
「あはは、気のせいだよー」
うん、すっきりした。
ちょっと不安だったけど、やっぱり楽しみになってきた。
早く明日にならないかな。
そうして、月曜日の放課後。
私は、川神学園の校舎の屋上で、風間ファミリーのみんなと向き会っていた。
教えるだけなら一人でもいいのに、全員がいる事に少しだけ違和感はある。
それでも今は、興奮する気持ちが勝った。
「それで……誰だと思うの……?」
高鳴る胸の鼓動を感じながら、風間くんたちに問いかける。
「どんな正体でも気にしないっスね? 言ってもいいんスね?」
そう聞いてくる風間くんに頷きを返しながらも、思わず小声で呟いてしまう。
「あぁ……緊張してきた……清少納言かな? 紫式部かな? 紀貫之は性別違うけど義経ちゃんの例もあるし……」
私の言葉に対して、立ち並ぶ風間ファミリーの皆の顔が曇っていくのが無性に気になった。
だから不安を断ち切るように、押さえ込むように。
私は喋り続けようとした。でも。
「葉桜先輩は、項羽です」
風間くんは、私の言葉を遮ってそう告げた。
最初は理解ができなかった。
だから、思わず聞き返してしまう。
「え? コウウ? その……ごめんね、もう一回言ってもらってもいい?」
「項羽です。それが俺達の出した結論です」
「……コウウなんて文化人、いたかな? あはは、勉強が足りなくてごめんね。調べてみても、中国の項羽さんしか出てこないんだけど……」
「うん。だから清楚ちゃん、その項羽なんだ」
風間くんとモモちゃんにそう言われ、私は混乱しながら問い返すことしかできない。
私の、どこが項羽なのかと。
「先輩は本当に自分の正体を知りたがっていました。だから俺達も全力で調べて、その結論を報告しました。でも、文化人であることを望んでいた先輩にはショックだったと思います」
「…………」
「話を続けてもいいですか? 後日、落ち着いてからでも……」
「ううん……いいの、続けて」
大和君の言葉に、続行を望む返事を返す。
今更止める事なんて、できるはずがなかったから。
それを聴いて風間ファミリーのみんなが挙げていく理由に、反論もできなくなっていく。
名前も。
髪飾りも。
スイスイ号の事も。
全部が全部、その証拠だった。
「私が……項羽」
「一応自分たちで項羽に関する資料を集めてみた」
「こちらを見て何か気になる事はありませんか?」
クリスちゃんと由紀江ちゃんにそう言って資料を手渡され、目を通す。
そして気付いた。
強烈に目を引いて、意識をもっていったのは、とある一つの歌。
あぁ、そうだ。
これは……この歌は……
「うぅっ……」
「大丈夫っすか!?」
「先輩、保健室へ……!」
「い、いいの、大丈夫……なにか、思い出せそうだから……」
突然走った痛みに頭を抑えると、心配した皆が声をかけてくれた。
でも、思い出せそうなんだ。
何かを、何か大事な事を。
自分が誰なのかを。
いつか、こんな感覚を体験した事があった。
確かその時は、柳司くんと会ってしばらく経った頃。
一緒に、中国の勉強をしていた時のこと。
そう、この文だ。
「力は、山を抜き……気は、世を蓋う……これを読んだ時、その時に、私は……」
「垓下の歌……」
大和くんが呟いた通り、垓下の歌。
あの時も、これを読んでいて。
「時……利、あらず……騅、逝かず……」
周りにいた声なんてもう微かにしか聞こえない。
でも、違う。柳司くんが読んでいたのは……
「騅の逝かざるを……奈何にす可き……」
何かが昇ってくる。私自身では抑えられない何かが。
あぁ、思い出した。柳司くんが読んだのは、同じページの……
「虞や、虞や、若……を、奈何ん……せん……奈何ん、せん……」
あぁ、頭が痛い。
それに……意識が、反転、していくような――
「……んはっ!」
胸の内から湧き上がる歓びに、俺の口から笑い声が漏れだしていた。
そう。俺は今、長い眠りを経て表へと出てきたのだ。
手始めに……目の前の無礼者に判決を下すとしよう!
後書き
台詞がところどころうろ覚えですが、むしろそのままの文にならない分だけその方が良かったかな。
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