【IS】例えばこんな生活は。
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例えばこんな同居人はちょっと反応に困るんだが
前書き
ちょっと言葉汚く内容もちょいグロで書いてみる。
――いつか必ず・・・そう、必ずこの場所を・・・
気が付いたら私は物品として扱われた。それ以前の記憶はおぼろげだった。
冷たい鉄とコンクリートに覆われた、外界から断絶された世界が私の全てだった。与えられる必要最低限の粗雑な栄養食が私の食事の全てだった。能面のように張り付いた顔で淡々と実験をする研究者と時折やってきて出来の悪いお仲間を連れ去っていく兵士が私の知る大人の全てだった。
誰がいつから何のために始めたともしれない実験の被験者として、私は他の物品とともに消耗品として扱われ続けた。実験の内容は気が狂いそうなほど痛くて、苦しくて、気持ち悪いものばかりだった。子供のもろい精神では耐えられないものも多かった。使い物にならなくなった物品がどうなったかは、知らない。
いつ正気を失って兵士に”どこか”へ連れていかれるともしれない中で、私は記憶にある唯一の思い出に縋って正気を保った。それは、”家族”の記憶。既に霞がかっているその記憶の中の私はとても幸せそうで、「いつかあそこに帰れる」と、「いつか家族に再会できる」と信じてあの悪夢のような人体実験にずっと歯を食いしばって耐えた。ずっと耐えて、耐えて、耐え続けた。
薬物を注入され全身の血管が被れたような疼きに晒されて気が狂いそうになった。致死量寸前の麻酔を打たれて目の前でお腹を切開され、内の臓器が取り換えられていくのをまざまざと見せつけられたこともある。脳に用途も知らない電極を突き刺されて反吐を吐き続けたりもしたし無味無臭の液体を飲まされて全身の穴という穴から血が吹き出したこともよくあることだった。表皮に酸のようなものをかけられて皮膚の9割を溶かされた時は一緒に自分の脳も溶けるかと思った。そのうち眼球を抉られても声一つ上げなくなるほどに、私はその環境に慣れていった。
時には慰み者にされたりもしたが、それでも私は”わたし”を捨てたくなくて、いつか絶対幸せになってやるんだと何度も何度も自分に言い聞かせて狂気に耐えた。
気が付けば度重なる実験で髪の色素が全てなくなってしまっていたが、もはや気にもならなかった。生き残れば生き残るほど、人体実験はその内容を直接的な行動を起こさせるものに変わっていった。それは例えば銃器や刃物の扱いだったり、ほかの物品を素手で壊す実験だったり。巻き上がる麻薬交じりの火薬の匂いに過敏なまでに神経を刺激されながら、私は生き残るためにほかの物品を壊し続けた。床にぶちまけられたぐちゃぐちゃの脳髄を見ても、これは私の幸せのための犠牲になったんだな、と思えるようになっていった。
ある時、私の世界が何者かの襲撃を受けた。
いつもは閉まっている物品保管庫のドアが開いていた。私はそこから逃げ出した。
大人たちは襲撃者にばかり気を取られて私一人が逃げ出していても気にも留めなかった。
ふと、使い物にならなくなった物品が運び込まれる部屋が空いているのを見て、私は足を止めた。
――やめろ
私はその時不思議とその扉の先が気になった。不良品や壊れたものがどうされているのかを気にしてしまった。前々から気になっていたのだ。この部屋からは稀に運ばれた物品が中から再び出て来ることがある。だからここはただのゴミ捨て場などではないのだろう。
――やめろ!
見張りもロックもなかった。私はその時だけ子供っぽい好奇心を優先させてしまった。どうせこの騒ぎなら見た後でも逃げ出せる、あとで家族に会えばいいんだ、と。
――やめろッ!!
そこには物品の体を押えつけるベルトの付いた小さなベッドと巨大な被り物のような大量のコードにつながれた機械。近くのモニターに表示された文字に目が行った。それはデータのコピーが終わった後、偶然消去されないまま残っていたこの部屋の機材によって得られたデータの一端。
――それを、見るなぁぁーーーーッ!!!
『ケース33.仮想の恋人をインプット。前提感情が不安定だったため自我が崩壊。肉体の状況も芳しくなかったため調整を施し”納品”。ケース34はもっと抽象的な刷り込みを行う。
ケース34.仮想の家庭をインプット。今までに得られたデータを基に作成した仮想感情が上手く刷り込めた。ケース34は目的通りインプットされた情報を事実と認識して疑いを持っていない。肉体の状況もすこぶる良好なため、引き続き被験体として調整続行。このケースが他にも通用すれば被験体の精神崩壊予防と記憶刷り込みを確実なものとする足がかりになるだろう。
ケース34-2.上記と同じく仮想の家庭をインプット。途中までの経過は良好だったがロジックエラーが発生して精神が崩壊。肉体状況はまだ良好だったためケース35として再調整し、上書きする。 』
理解、してしまった。
そも、私に家族なんか本当にいたのか?いたならなぜ私はこんなところにいる?
家族の名前は何だ?国籍は?どこに住んでいた?何が好きで何が嫌いだった?夏と冬とどっちが好きだった?
その何か一つでも、私は具体的に覚えているだろうか?わたしに家族がいるという確たる証拠は?根拠は?
そもそも――ここには孤児という名の物品しかないと研究者は言ってなかったか?
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・・・・・」
全部、勘違いか。あのぬくもりと幸せは、どこかの誰かが用意した作り物か。
家族って”誰”だよ。そん な も の 初 め か ら
4月12日
「・・・最悪な目覚めだ」
荒く熱い吐息を吐き出しながら一言だけ呟いた。ふともう一つのベッドを覗くと、そこには真田がいつも通り幸せそうな寝顔ですぴー、と音を立てて寝ていた。
暢気なものだ、と吐き捨てるようにつぶやく。人が悪夢を見ているときに、こいつはさぞかし幸せな夢を見ているんだろう。まぁ、それも私には関係ないことだ。関係ないが、なぜかこいつの顔が小憎たらしい。
こいつを初めて見た時からなんとなく気に入らないと思っていた。私にべたべたくっついてくるわけでもないのだからむしろ都合のいいタイプの人間なはずなのに、気が付けば最低でも1日2回は顔を合わせる同居人だ。
どくん、と心臓の隣に鎮座する相棒が脈動したような気がした。それを無視しながらカーテンを開けて明るくなった外を眺める。――ああ、今日も無感動で無意味で無価値な一日が始まるのだな。
「で?で?どうなのよ~真田君とはっ!」
「どうもこうも、彼すぐ寝ちゃうからあんまり話できてないね」
「えぇ~?何それつまんなーい!」
「でもすぐ寝ちゃうってことはぁ・・・イタズラし放題!?」
「かもね。結構眠り深いみたいだし、キスくらいなら全然ばれないと思うよ?」
「「「きゃーきゃーきゃー!!!!」」」
クラスメイトと他愛のない会話をして、面白くもない授業を淡々と受け、次の日に備えて寝る。その過程を延々と繰り返すだけの毎日。夢も希望も特に持っていない私がなぜこんなことをしてるのかと言えば、それは私の所属する組織に関係がある。
国際IS委員会――権力と金を持ったクソの塊が人の形をして運営している(残念ながら)世界最大の権力を握った組織だ。私は生きる気力を失った後そこの非公式部隊に拾われ、物品ではなく人としての生き方を教え込まれ、諜報兼強襲要員としての訓練を受けた。同級生と話すときは潜入用の擬似人格に頭を切り替えているのでこんな興味のないばかばかしい会話でも一応話せるわけだ。
訓練を受け始めて間もなく私の胸にはISコアというものが埋め込まれた。当時まだISの存在を知らなかった私だが、それが安全なものではないだろうという認識はあった。事実、それはまともではなかったわけだし。
”破棄核”。篠ノ之束が失敗作と認定し、廃棄したISコアの総称だ。この委員会という連中が必死こいてかき集めることが出来た、アラスカ条約にギリギリで引っかからないISコア。なぜ引っかからないか?それは「ISとよく似ているが違うもの」として扱っているから、という屁理屈もいいとこな理由なのだが。
実際多くはISコアとしての必須条項を満たしてないので条約の対象外ではある。こいつらはISコアネットワークに接続されず、代わりに欠陥機同士のネットワークを構築しているためあらゆる部分で本物には劣る。が、機密性はその分高い。そして委員会の手で改造が施されたこいつは、お偉いさんのボタン一つでいつでも私の人体を破壊できるという寸法だ。首輪代わりみたいなものだと思ってくれればいい。
私に内蔵されているのはIS安全神話の要である”絶対防御”が発動しないという欠陥機の中の欠陥機。なぜそれが私に与えられたかというと、それは私の体が特殊だからだ。
あの私が生きる意味という名の幻想を抱きながら耐え続けたあのくそったれの計画。”プロジェクト・ウールヴヘジン”・・・後天的な肉体改造によって野獣のように激しい身体能力と通常では考えられない耐久力・再生能力を与え、同時に記憶をコントロールすることで飼い主に都合のいい最強の兵士を作る計画だったらしい。
つまり私は絶対防御がなくてもそう簡単には死なない体なのだ。
そしてそんな私がここに送り込まれた理由・・・それは男性IS操縦者の監視とデータ採取、及び命令があればその拉致だ。拉致された後の男がどうなるかは知らないし興味がないが、多分人体実験の素体になるんだろう。
どうでもいい。人がどう生きてどう死のうがどうでもいい。
自分がどう生きてどう死のうがどうでもいい。
何かを求める心はあの日に死んだ。もう私には求めるものもしたいことも何も残っていない。
ただそこにあるだけの糞尿製造機で、他人の言うことを聞くだけの使い走り。死んでないだけの人間の残りカス。
いっそここで一つ”やらかして”死んでやろうか。このまま怠惰に生きるだけよりは最後にぱっと血潮の華を咲かせるのも一興ではないだろうか。何やら日記を書き始めた真田の背中を見つめながらそう思う。そうだ、それもいいな。世界に二人しかいない一国の国家主席よりも価値のある人間をこの手で殺して晒して壊れよう。
気が付いたら私は眠る真田に馬乗りになり、爪の先を頸動脈に当てていた。私の身体能力があれば彼の首を指で肉ごと抉るのは難しいことじゃない。彼のISが警告文を放つが私は無視して突き刺そうとし―――
そこで指が止まった。
今になって思えばそれは彼のISが絶対防御を発動させただけだったのかもしれないが、その時の私は彼を殺せないことを不可思議に思った。そして思い至る。
そういえば、私は彼に初めて出会ったとき、その顔がどこか気に入らなかった。他人に興味がない癖に何を考えてるんだ、とも思ったが今ようやく私がなぜこいつをそう思ったのか思い至った。
こいつは、私が希望を持ってた頃の記憶に登場する”家族のイメージ”に似てるんだ。マイペースで人を安心させるオーラのようなものを放つ、私の居場所だと思っていたものに。
こいつの近くは居心地がいい。それはクラスの多くの人間が共通して思っているようだ。特別言葉を交わさなくても近くにいるだけで安心するそれが、私にはどうにももどかしかったのだろう。
こいつの顔を見ると苛立つのは、とっくに忘れたはずだった記憶を掘り起こされているからだったのか。
「・・・ばっかばかしい。心臓に文字通り爆弾抱えた燃えカスが、今更何を求めてるっていうんだ・・・」
吐き捨てるように一言吐いて、私は自分のベッドに戻っていった。
何もかもどうでもいいならわざわざこいつを殺す必要もあるまい、と自分に言い聞かせるように。
ああ、明日も無感動で無意味で無価値な1日が私を待っている。
後書き
同居人・・・ジェーン・ネスキオ(身元不明の誰かさん)実年齢13歳 血液型はBB型 誕生日は戸籍上は4月1日
国籍は表向きアメリカとなっている一般生徒。実際にはIS委員会の派閥が運営する非公式実働部隊『サワーアリゲーター(略称S.A.、下水道の鰐)』のメンバーの一人。おりむーとゴエモンの監視及び命令あらばその拉致を任務としている。
人格はとっくに崩壊しており擬似人格なしだとほとんど欲求や自我というものがないため、誰かもしくは何かに強要されることでしか動けない。ぼんやりとした自殺願望がある。プロジェクト・ウールヴヘジンの数少ない成功体で、年齢に反して体が発達している。その身体能力は素手で鉄をへこませたりハンドガンの弾を表皮で止めたりする尋常ならざるもの。
擬似人格:表情はほとんど変わらないがそれなりにノリが軽い人格。ゴエモンの前では微妙に動作不良を起こしているようだ。
S.A.:亡国機業の存在を恐れた委員会の一部が結束して作った非公式実働部隊。どちらかというと善の存在であり、ISなしでは防ぎえない事件を解決したり、時には亡国機業と事を構えることもある。実のところIS学園とも協力関係にあるが、それらの事情をメンバーはほとんど知らない。また、実働メンバーは訳アリが多いが基本的に仲は良好で、むしろジェーンのような直接枷をつけられた存在の方が珍しい。その枷も実は半分ハッタリであり、彼女を止めることはできても死に至らしめる機能はない。これは彼女が完全他人依存の行動者であることの危うさと本人の有用性を考えての措置であるとかなんとか。実際のところは上司さんのなけなしの優しさです。
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