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扇言葉

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第六章

「私を愛しているからですか」
「貴方もですね」
「勿論です」
 アイルマンは今も軍服だ、扇は持っていない。 
 しかし彼自身の言葉でこう答えたのだ。
「それでは」
「ではいらして下さい」
「そうさせてもらいます」
「そしてそこから」
 どうするかというのだ、彼女の家に行ってから。
「私達は」
「そうなりますね、私もこのままですと」
 独身だ、それではだった。
「困りますし」
「そうですね、私もです」
 想いの他に貴族の家の者としての立場もあった、お互い身を固めないとならない事情もあったのだ。
 そのこともあり二人は言うのだった。
「ではその日に」
「お願いします」
 二人で約束した、そしてだった。
 アイルマンは再びボートを漕ぎはじめた、二人での時を運河の中で楽しんだ。
 アイルマンはその日が来ることを待っていた、だが連隊での当直の時に。
 共に当直についていたグリドフにこう言われた。
「えっ、その話は本当なのかい?」
「うん、今聞いたよ」
 グリドフはウォッカを飲みながら共に飲むアイルマンに話す。その肴は干し肉に黒パンだ。
「報告に行った帰りにね」
「ゴルチャコワ少将が」
「お亡くなりになられたよ」
 そうなったというのだ、リーザの父が。
「急な病でね」
「また本当に急だね」
 彼の娘であるリーザの悲しむ顔を思い浮かべながら応える。
「人は何時召されるかわからないにしても」
「それで子爵家だけれど」
 少将、そしてリーザの家の話にもなる。
「ご子息が継がれるね」
「もうそれは決まっているね」
「既にね。けれどそこから色々あるだろうね」
「そうだろうね、どうなるかな」 
 この時はこれで済んだ、だがだった。
 リーザの兄である新しい子爵はすぐに動いた、そうしてだった。
 アイルマンがプガーチョフの乱の平定に出兵している間に話が一変していた、彼がペテルブルグに戻るとその時には。
 リーザは結婚していた、彼はそのこともグリドフから聞いた。
「本当にすぐにね」
「みたいだね」
 アイルマンは驚きを隠せない顔で応えた、表情は消せなかった。
「何ていうか」
「僕も昨日聞いたばかりだよ」
 話すグリドフにしてもそうだというのだ。 
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