炎髪灼眼の討ち手と錬鉄の魔術師
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”狩人”フリアグネ編
十一章 「交戦」
「さて、俺も準備をするか」
シャナと別れた俺だが、ともかく、何処か人目に付かない場所を探していた。
「取り敢えず、あそこで良いか」
目に留まったのはコンビニエンスストア。
日頃は、行く用事もないため滅多に行かない場所だ。
それが原因で今日も昼飯を購買で調達する羽目になったのだが………。
あの独特の入店音に出迎えられながら、俺は店の隅にあるトイレに向かった。
ここなら人目に付く心配はない。
車椅子を使用している人にも使い易いよう、トイレの中は広々としていた。
バリアフリーって奴か…、最近のコンビニも侮れないな。
衛宮の家も、離れにはウォシュレットを導入して久しいけど、それ以外の改修はしていない。
本邸に至っては和式であり、それ故、女性陣――特に遠坂からは苦情が相次いでいた。
もっとも、遠坂に関しては離れのウォシュレットの導入で更に一悶着あったことから、聞かないことにしているが。
一応、屋敷の主は俺だし。……形の上では。
皆が幸せな世界を目指す俺としては、バリアフリーに気をつかわないといけなかったのかもな
ドアの鍵をかけたか確認して、俺はトイレの中央に立つ。
さて、いつもより時間が掛かるんだ、早く終わらせよう。
「―――投影開始」
用意するのは『全て遠き理想郷』
聖杯戦争で共に戦った『剣の少女』に返還した聖剣の鞘―――、俺の半身とも言える存在だ。
だが本来なら、俺は鞘の投影が出来なくなる筈だった。
ロード・エルメロイⅡ世と遠坂の手によって、冬木市地下の『大聖杯』が破壊された時、騎士王との繋がりは完全に絶たれ、自分の中から鞘のイメージが消え去ってしまう筈だったからだ。
錬鉄の弓兵『英霊エミヤ』が俺達の最強の守りたる鞘の投影をしなかったのは、しなかった、ではなく、出来なかった、というのが正しいのだろう。
使えたとしても、アイツは使わなかっただろうけどな。
俺自身もそれで良かったのだが、遠坂曰く。
「これからの士郎には必要になるでしょ? このまま消してしまうなんて勿体無いわ。それに『思い出の中だけ』っていうのも衛宮くんらしい話だとは思う、けど『思い出の品』ってのもある位だし、物として残すのも人間には大事だと思うの」
――との事。
何処か丸め込まれてる気もしたんだが、遠坂に力説され「それもそうだな」という事になって予定変更。
『大聖杯』破壊前夜に『全て遠き理想郷』を投影、そのまま遠坂家の宝箱に鞘を保管する。
破壊した後、改めて自分の投影品を『再読み込み』して。新しく自分の中にイメージを作成するという運びになった。
―――結果は大成功。
予想された通り、破壊した瞬間に俺の中から完全にイメージは消去されたが、翌日の昼過ぎに宝箱を開けたら鞘はちゃんと残っていた。
それもその筈、俺達にとっては八時間程経過していたが、鞘にとっては二十分程しか経っていない。
俺が複製した宝具はランクが一つ落ちてしまう為、再複製でもう一つランクが落ちると思ったが、幸いにもランクはそのままだった。
まぁ、防御用の宝具としてはもう使用出来ないから、ランクはさほど気にする必要はないんだが。
しかし、遠坂の言った通り『全て遠き理想郷』はその後の俺には必要不可欠な物になった。
何せ、治癒魔術なんか使えない俺だ。
流石に、あの吸血鬼じみた強力な治癒能力は、セイバーとの契約が切れた以上無くなってしまった。それでも、魔力を込めれば治癒能力を発揮してくれる鞘は重宝したよ。
生前のアーチャーは、一体どうやって傷を治していたのか、疑問も生まれたけどな。
だが、俺の再投影した『全て遠き理想郷』には欠陥というか、欠点の様なものがあった。
俺の投影した物は基本的には、致命的な損傷を受けるか、俺がイメージを破棄、またはイメージが崩れない限りは半永久的に存在し続ける。
これは『全て遠き理想郷』にも同様だ。
正し、それは鞘の形態に限られる。
だが『全て遠き理想郷』の治癒能力は鞘の形態より、分解して身体の中に埋め込んだ方が向上するようだった。
第一、鞘の形態だと邪魔になるだろ?
従って、いつもは分解して体内に取り込んでいるんだが………
どうも、分解して埋め込んだ『全て遠き理想郷』は、どうも俺の身体が勝手に取り込んで吸収してしまう様なのだ。
まぁ、元が複製品だし、分解してるから魔力に戻り易いんだろう。
元々、俺の半身の様な物だから身体の方も取り込もうとするし。
鞘は大体、五時間から六時間程で取り込まれる。
消滅するまでは、魔力を込めるだけで簡易的な治癒魔術代わりとして使用可能だ。
投影した後でも、イメージを補強できれば便利なんだけど、そんなに都合の良い魔術なんてない。
イメージの補強・投影品の改造は、完成する前にしないといけないからな。
という訳で戦闘前にはいつも、こうして鞘を投影して取り込んでいる。
体内から取り出せば、鞘が取り込まれることはないんだから、一度出せば良いじゃない………、と思ったら大間違い。
戦闘中にそんな時間はないし、分解した鞘をもう一度組み立てるより、鞘を再投影した方が容易なのだ。
その分、魔力は減るけど、それは贅沢な悩みだろう。
十分程かかって投影した『全て遠き理想郷』を体内にセットしてトイレを出る。
幸いにも投影中にトイレの扉が叩かれる事はなかった。
人が来てしまえば、投影を中断してトイレから出ないといけなかったからな。
結構、長い間入っていたから少し不安だったのだ。
まぁ、誰も来なかったんだから良しとしよう。
さて、鞘の投影も終わった。
後は間抜けな面構えで人気のない場所でもウロウロしていれば、囮になれるだろう。
とりあえず、トイレを利用するだけではコンビニにも失礼なのでミネラルウォーターでも買っておく。
会計を済ませた俺は、来たときとは逆に入店音に送り出されてコンビニを出た。
◇
「まぁ、ダメ元ではあったけどさ……」
コンビニを出てから四時間程経った。
その間、人気のない場所を転々としているが、全く収穫はない。
路地裏を歩く俺は空を見上げた既に日も傾きだしている。
コンビニで買ったミネラルウォーターも、とうに飲み干してしまった。
シャナの方では、もうトーチを消し始めているのだろうか。
先程、結界に近い物の発生を感知している。
昔から俺はこの手の物には敏感だからな。
封絶は大体、夕方に行うらしいから、日が暮れてしまっては意味がない。
「やっぱり駄目なのか………」
結局、犠牲は出てしまった。
いや、正確に言うと『既に犠牲になっていた人達が消えた』か………
だが、俺のワガママに付き合わせて、もっと多くの犠牲者が出るよりは良い。
それは分かっているんだけどな。
「やっぱり、力不足だな」
今回は状況か不利というのもあるが、それでも何か事前に手は打てなかったものか。
何か他に手があったかもしれない。
家に帰ったら、もう一度状況の再検討をしよう。
また、同じような状況の時に、最善の策を取れるようにならなければならない。
立ち止まって嘆いている訳にはいかないからな。
「さて、俺もそろそろシャナと合流するか」
囮作戦が失敗した以上、シャナと別行動をする理由もない。
消え行く『トーチ』をせめて看取る事が、今の俺に出来る唯一の事だ。
「――――っ!?」
だが、通りに戻ろうとした時、再び封絶を感知した。
場所は―――、この路地裏だ。
「何処に行くつもりなんだい?」
路地裏は薄白い炎に埋められる。
地面には紋章が表れ、周囲に陽炎を残して世界が静止した。
シャナの紅蓮の炎とは違う薄白い炎………。
「この色、シャナとは違う。“狩人”―――フリアグネか!」
「ご名答。いやはや、全く困った子だね。あのおちびちゃんは」
街灯の上には、前回と同様の全身白ずくめの男がいた。
「真名の割りには、ずいぶん我慢弱いんじゃないか? “狩人”さん」
―――ギリギリで餌に掛かったって所か。
そう言って、俺は学ランのボタンを外し、背中に手を回す。
こうすれば、相手からは背中に隠した武器を取ろうとしているように見える筈だ。
「――――投影開始」
小声で呟き、夫婦剣を用意する。
相手はまだ動きを見せていない。時間が許すうちは出来るだけ丁寧に投影をしなければ………
一見すると、まだ牽制をし合っているだけだが、戦いは既に始まっている。
「折角、描いた絵を無粋な鼠の足跡で汚されそうになったんだ。いかに温厚をもってなる私でも怒るさ。それに目の前で、獲物の宝箱が囮の役目をしているようだし、私も少し大胆に動いてみようと思ってね」
でもフレイムヘイズがあんな事を企てるなんてね、と続けるフリアグネ。
「幸い、封絶を感知したときに気付くことが出来たから、お礼にプレゼントを送っておいたあげたよ。今頃は自分の目的も忘れて、夢中になってくれている筈さ。それにしても、なかなかどうして、あの手は盲点だったよ」
聞くところ、シャナはまだトーチを消してない様だな。感謝するぜ、フリアグネ。こっちも間に合った様だ。
「まぁ、君達が別行動をとった真意を考えていて初動が遅れたのは、私としては格好がつかなかったけどね」
フフっ、と肩を竦めるフリアグネ。
「そこまで分かってるんなら、この後の展開も分かってるだろう。もうすぐシャナも来る。どうするつもりだ」
「それには及ばないよ。さっきも言ったろう? あのおちびちゃんには少しばかり、絵を汚そうなんて企ててくれたお礼に、プレゼント、を差し上げて来たところさ」
プレゼント………、なるほどな。
おそらく今、シャナは何らかの足止めを食らっているのだろう。
つまり、シャナからの援護はしばらく期待出来そうにない。
「それで、どうする? 役不足で悪いけど、しばらく俺と遊ぶか?」
軽く挑発をしてみるが、内心ヒヤヒヤものだ。
事実、役不足だからな。
満足に投影を使用できない衛宮士郎の、人外の存在との継戦能力は無いに等しい。
「そうだね。けど、遠慮しておくよ。君にはおちびちゃんが来るまで、この子達と遊んでおいて貰おうかな」
そう言って、フリアグネは右手を掲げる。
パチン、とフリアグネが指を鳴らす。封絶で隔離された空間が、淡く輝きだした。
「さっきまでは、僕をおびき寄せる為に君が餌になっていた。今度は僕の為に、おちびちゃんをおびき寄せる餌になってもらうよ」
瞬く間に路地裏は大量のマネキンで埋めつくされる。
狭くもないが、それほど広いわけでもない路地故に、敵の正確な数は分からない。
「どうだい? 余興代わりにはなるだろう?」
余興………、ね。
とんだ意趣返しだぜ、全く。
仕方がない、シャナが来るまで精々足掻くとしよう。
セイバーと共に駆け抜けた聖杯戦争の教訓で、戦闘前には退路を出来るだけ確保するのが習慣だ。
だが、今回の戦場は路地裏なので退路の確保は出来ない。
俺の後ろは行き止まりになってるから、敵を突破する必要がある。
出口は一つ―――、つまりは路地への入り口だ。
となると、そこにたどり着くためには、どうしても敵に背中を晒す必要がある。
その、一瞬生まれる『無防備になる瞬間』を襲われてしまってはひとたまりもない。
両腕に確かな手応え―――、夫婦剣の投影は完了したようだ。
たっぷり時間をかけれたから、夫婦剣の完成具合に不備はない。
敵のマネキンは視認できる範囲でだが、武装はしていない。
ちなみに本来の用途の使用法は無視され、服は着ておらず、間接部はむき出しになっている。
防具を纏われていると厄介だが、
こいつはツイてるな。
―――が、数だけは多い。
数とは戦闘に置いて、最も単純かつ強力な力だ。
一騎当千の騎士とて、圧倒的な数で攻められれば負けるのが条理だろう。
生憎、騎士ではなく魔術師の俺には『とっておき』が有るため、それなりに善戦は出来るが、それとて自由に使える訳ではない。
むしろ、今は使えないし。
定石なら大火力の武器を持って制圧攻撃の後、残敵の掃討をする。
だが、今の俺はそんな大火力を満足に使用できない。
シャナの大太刀の様に、敵をまとめて薙ぎ払える武器ならなんとかなるだろうが、干将と莫耶ではそんな芸当は無理だ。
一対一が前提の武装だからな。
干将と莫耶で、多数を薙ぎ払う方法は二刀の投擲しかない。
だが、その手を使うと俺は丸腰になってしまう。
とてもじゃないが、今の俺に万全の夫婦剣の連続投影は無理だ。
投影が満足に扱えれば状況は違うが、そうならば、そもそも別の武器で敵を一掃している。
無い物ねだりをしても無駄だ。今は、敵を一体ずつ地道に潰していくしかない。
一足で踏み込んで、可能な限り敵を潰す。
敵に反撃される前にどれだけ多く敵を潰せるかで、この戦闘の流れは決まると言って良い。
出来れば五体、良くて十体は潰したい所だ。
踏み込みの為に足も強化しておくが、魔力消費量の増加は強化も例外ではない。
俺は既に『全て遠き理想郷』と『干将・莫耶』を投影している為、それなりに魔力を消費している。
多勢に無勢な上、フリアグネも控えている事を考えれば、可能な限り魔力は温存したい所だ。
それに、そう簡単に夫婦剣を破壊されるとは思わないが、何が有るか分からない。
魔力が切れ、武装を失えば、魔術師とはいえ、ただの人間と大差はない。
足の強化も完了、用意した夫婦剣を構えて、戦闘準備をする。
夫婦剣での戦闘の調整をしていなのが、気がかりと言えば気がかりだが、誤差の範囲は戦闘中に縮めるしかないな。
「やってやろうじゃないか。―――よし、戦闘開始だ!」
強化された脚力を活かし、手近なマネキンまで一足で踏み込み、干将で横薙ぎに切り捨てる。
―――まずは一体。
思った以上に頑丈なマネキンだな………。
武装をしていないのではなく、する必要がないってことか。
こいつらの頑丈な体はそれ自体が凶器と言える。
単調が故に捌きやすい単純な殴打でも、貰えばタダでは済まないだろう。
横薙ぎの勢いのまま体を左にねじり、反動をつけて一気に右に振る。
「はっ!」
振った遠心力を使って莫耶を別のマネキンに叩き込む。
―――二体目。
そのまま目の前にいるマネキンを二刀でX字に切りつける。
―――これで三体。
踏み込んで、正面にいるマネキン蹴り飛ばす。
動きを止める訳にはいかない。
数で勝る敵に、俺から攻撃するのはこれが最初で最後だ。
一度、防戦に回れば、後はそのまま迎撃戦になる。
蹴った勢いで方向を変え、自分の後ろに配置していた敵の懐に飛び込む。
右腕で殴りかかってきたか、――なら。
そのままスライディングして回避。
「下だっ!」
同時に、下からアッパーを繰り出すが如く左の干将を振り上げマネキンを破壊。
―――四体目。
右にいるマネキンに二刀を横薙ぎに叩き込む。
―――五体目、そろそろ限界か?
後ろから攻撃の気配。
叩き込んだ勢いのまま、回転扉のように半回転し、莫耶を構える。
振り落とされるマネキンの腕。
しっかりと受け止め、干将で切り捨てる。
切り捨てた傍から、次のマネキンが腕を振り下ろしてきた。
行き足を止められたか―――。
それを干将で受け止め、先程とは鏡写しの様に莫耶を振るう。
仕方がない、ここからは迎撃戦だ。
五体も喰えれば上等か。
通常では、防戦になった途端に勢いは失われる。
だが、俺の本来のスタイルは攻戦ではなく、防戦にある。
そして、俺の剣技は二刀流だ。アイツ譲りの剣技は、セイバーでさえ打ち破る事に時間がかかる。
平行世界上の、俺とは別の衛宮士郎は、あろうことかセイバー打ち破る事に成功しているらしい。ただ―――、トドメをさしたかどうかは分からないが。
ともあれ、こと防戦において俺とアーチャーがそう易々と遅れを取る事はないと自負している。
簡単に言えば、二刀流とは右の剣で攻撃して、左の剣で防御をする戦い方だ。
だが、俺とアーチャーの剣はそういったセオリーを守っていない。
敵の攻撃に対して、最短距離の方の剣で防ぐ。
時には左でも攻めるし、逆に右でも守る。
二刀流の性格上、敵の攻撃を受け止め、空いている剣で攻撃するのは共通だ。しかし俺の場合は、時には剣を投げつける事すらもある。
残念ながら、エミヤシロウ、は才能に恵まれていない。
そんな俺達が、才ある者達と戦うには真っ直ぐに突っ込むだけでは足りなかったのだ。
セイバーとの鍛練は、俺にそれを教えてくれた。
思えば、この俺自身は彼女には一度も勝ってない。
平行世界の俺じゃなくて、今、ここにいる俺だ。
………何だかややこしくなってくるな。
まぁ、セイバーがサーヴァントっていう規格外の存在ってのもあったんだが。
どうせ、俺には取り柄が無いんだ。なら一つの物を極めるよりは、多くを修める道を選んだ方が良いだろ?
俺の魔術の性質上、色んな種類の武器を持ってるようなもんなんだし。
さらに言うなら、どうせ俺は騎士じゃなくて魔術使いだし。
ともかく、奇策を尽くせばどんな相手にも一度くらいは勝ちを掴めるもんだ。
まぁ一応、剣術自体は基本を守ってはいるんだけどな。
だが、戦術は性格の悪い物だと言える。そりゃ、あのアーチャーの野郎の戦術だからな。
欠点と言えば、二刀流の時は剣技の性格が故に攻勢に適していない事だが。
元より俺は、他者を護るための剣だ。専守防衛、大いに結構。
そんな事は些末な問題だよな、アーチャー。
赤き弓兵の幻影に自分の姿を重ね合わせるように、ギアを一段上げて体を加速させる。
前の身体でもあれほどの剣技には、まだ至っていない。
聖杯戦争当時まで劣化したこの身で何処まで出来る―――。
◇
撃破した敵の数は二十から数えていない。
フリアグネは相変わらず傍観を続けている。
最初の内は、それなりに関心を見せていた様だが、やがて俺の戦い方が防戦主体の面白味のない物と分かると、興味を無くしたようだ。
先程言っていた通り、奴にとっては単なる余興なんだろう。
敵の攻撃を受け止めては、切り捨てる。
余興にしても、華のない俺の戦いは、お気に召さなかったようだ。
だが、そんなことは俺にはどうでも良い。
前の一太刀より鋭く、今より速く踏み込む。
身体の調子を確かめるように戦う。
この向かい来る木偶達を倒している時間は、俺自身との戦いだった。
目の前にはアーチャーの野郎の後ろ姿。奴の動きと、俺の動き。差は一向に縮まらない。
ただひたすらに剣を振るう。
いつしか、えらく懐かしい事を思い出していた。
今と同じように木偶を相手に武器を振るう。自分の動きをアーチャーに重ねていく。
あれはいつの事だっただろうか。
「そうだ、遠坂と一緒に学校で竜牙兵を潰してた時と似てるな」
感慨に更ける。
無論、防御と攻撃の手を抜くことはない。目の前には近づいては引き離される、アーチャーの背中があるからな。
確か、あの時は学校が結界に覆われてしまったんだ。
今、考えると良い思い出―――ではないか。
学校の皆が殺されかけたんだし。
けど、懐かしい出来事だ。
あの時は、俺の投影について、だ俺はまだ知らなかったから、強化した得物でアーチャーの剣技を真似てたんだったか。
そういや、この世界に来たときも椅子の脚を強化して使ったよな。
ま、人間の考える事なんて、そうそう変わらないか。
上段から振り下ろされる攻撃を払い、放たれる拳を流して、切る。
竜牙兵と同様、腕を振り下ろすか、殴りかかってくるだけの単調なマネキンの攻撃。
この分ならまだまだ耐えられる。
本当にキリがない。シャナの方は大丈夫だろうか。
背後よりまた腕の振り下ろし。それ右で受け止めて、左を突き刺す。
ふと、街灯の上で見ているだけだったフリアグネから、クスリ、と笑い声が聞こえた。
仕掛けていた罠に、引っ掛かったな、と言わんばかりに。
すると、先程までとは明らかに違う手応えを感じた。
「くっ!?」
―――腹部の強度が他の奴と違う。
今では、突き刺して切り払うことでも敵を破壊できた。
過去の回想、シャナへの気掛かり。俺自身は意識していなかったが、一瞬油断出来てしまっていた。
ちっ、外見は同じだが別のタイプか。
狙いはなんだ――?
腹に突き刺さった干将を、マネキンは振り下ろした方と逆の腕で掴む。
引き抜けない上、切り払うことも出来ない。
莫耶で切り飛ばしたいが、振り下ろして来ている腕を防ぐので精一杯だ。
だが、このままでは別のマネキンにやられてしまう。
「引いて駄目ならっ!」
押し飛ばしてやる。
「うおぉぉッ!」
干将から手を離し、左肩でタックル。
腹に干将を刺したまま、マネキン(マネキンBと呼称する事にするか)を群れに押し飛ばす。
入れ違いにマネキンが右腕を突き出してくる。
同じように俺も莫耶を両手で持って突っ込む。
「くっ」
こいつもマネキンBの様だ。
腹に突き刺した莫耶を、突き出してきた右腕も使って、ガッチリとホールドしてくる。
ただでさえ、硬い身体に突き刺してるから抜きづらいのにその上、両腕を使われると、剣は微動だにしない。
―――つまり、フリアグネの狙いは。
「武器破壊って事か」
こうなったら、仕方がない。
緊急手段だ。
「そんなに欲しけりゃ、くれてやる!」
莫耶から手を離し、群れに目掛けてマネキンBを蹴り飛ばす。
強化で増した脚力は、蹴り飛ばしたマネキンBごと、他のマネキンを何体も巻き込んで群れの中央部に雪崩れ込んだ。
「吹き飛べっ!」
夫婦剣を爆破、群れを焼き払う。
干将と莫耶の特殊能力―――なんて物ではなく、『壊れた幻想』という技だ。
宝具を魔力に還元し、爆破する。
宝具を大量に用意でき、なおかつ魔力が切れない限り弾切れを起こす事がない、俺とアーチャーはこれを常套戦術としている。
通常の英霊は自らのシンボルであり、替えが利かない宝具をこんな使い方はしない。だが、投影でいくらでも宝具の複製品を用意出来る俺達だ
この強力な攻撃法を使用しない手はない。
奴の目的が武器破壊だってんなら、先にこちらから武器を捨ててやるよ。
それに、これで目に見えてマネキンは減ったからな。
あと数体ってところか。いちいち数えるのも面倒だ。
ランクはそれほど高い訳ではないが、それでも夫婦剣はれっきとした宝具である。
流石の威力だね、全く。
「これは………。いや、まさかね。コレと原理は似ているような気はするけど………」
フリアグネは何か言っていた様な気がするが、爆発の破壊音でよく聞こえない。
が、今は気にする必要はないだろう。
「投影開始!」
再び背に手を回し、夫婦剣を用意する。
先程より速く完成する夫婦剣。それを構え、斬り込む。
今が好機だ―――。
「このまま、押しきる!」
◇
俺からの二度目の攻勢により、マネキンの残りは三体まで減っていた。
爆破で潰しきれなかったマネキンは、全てマネキンBの様だ。
偉そうに「押しきる」なんて啖呵を切った割には、戦い方は先程までより神経を使わせられていた。
マネキンの、いやあらゆる可動物の構造的に脆い間接部を斬り、姿勢を崩したところを強化した脚で蹴り倒し、夫婦剣を突き刺す。
敵を切り飛ばす度に夫婦剣は悲鳴を上げている。
先程までとは違い、マネキンBの胴は硬い。故に、夫婦剣にもかなりの負荷が掛かっている。
だが、投影の露見を防ぐ為には追加の投影をする訳にはいかない。
折角、背中から取り出すように偽装していても、あまりにも無尽蔵に取り出すと、いくらなんでも感付かれてしまう。
となると、今、手に持っている夫婦剣が頼みの綱だ。
フリアグネはマネキンを追加してしまえば形勢を逆転出来る。
余興と言っていたから、追加される事はないと思うが、そんな事を保証できる筈もない。
俺は武装を失えば、否が応でも投影を使わざるを得ない
そうなれば完全に消耗戦だ。相手の総戦力が不明な以上、魔力量に限りがある、俺が不利なことは疑いようもない。
だが、戦闘を開始してかなりの時間が経過している。
―――そろそろ、時間の筈だろう。
突き出されるマネキンの腕を、干将の刃を這わせるようにして受け流す。
先程までは直線的に敵の攻撃に対して二刀を打ち付け、受け止めていた。だが、今の俺は円を描くように動いている。
無論、行動が複雑化するが、今はそうしなければならない事情がある。
懐に潜り込み、莫耶を敵に叩き込んで撃破。
―――残り二体。
軋みを上げる莫耶。
防御の時は、刃を這わせるようにすればある程度の衝撃は受け流す事が出来る。だが、攻撃の際はどうしようもない。
その身を削りながら戦う夫婦剣。
すまない、もう少しだけもってくれ……。
マネキンから、右が振り下ろされる。大振りな攻撃だ。当たれば、ただでは済まないだろう。
だが受け止める必要もない。
敵の数も少ない。この間も後ろから最後の一体に接近されているが、四方から集中攻撃されることはない。
つまり、行動に余裕がある。
攻撃してくるマネキンの右側から後ろに回り込む。
こいつを撃破すれば、マネキンはラスト1。しかも俺の正面に位置するようになっている。
回り込んだ勢いで莫耶を振るう。
ガラスが砕ける様な破壊音が響く。
それは、莫耶の断末魔の悲鳴だった。
マネキンは腹部から破壊されたが、同時に莫耶も砕け散る。
「――――ッ!」
先程より速く、投影が出来たのは、俺の不具合が治ったからではなかった。
そもそも、こんなに速く治る筈もない。
もしそうなら、ここまで苦労をする筈もないからな。
速度を稼ぐ為に、俺は投影に必要な工程を幾つか省略して、夫婦剣を用意した。
だが、これは突貫工事と同じ様なものだ。
不完全な工程で完成した夫婦剣は、元の性能の四割程度も出ていない。
しかも、『投影』で消費する魔力は、いくら工程を省こうが、基本骨子の想定が甘かろうが、通常時と変わらないのだ。
以前の俺ならこんな使い方をする事はなかった。
いや、する必要がなかった。
大して投影速度も変わらない上に、そもそも致命的な欠陥がある。
自分で言うのもなんだけど、この投影品を見ると、どう見ても欠陥品にしか見えない。
当たり前だ、工程省略の手抜き製品だからな。
俺自身によって否定された投影品は、その時点で幻想から妄想に変わり、実用に耐えうる性能を維持できない。
だが、通常の工程を踏んだ、投影の速度が大幅に低下している現在、以前に近い速度を出そうとするには少々の劣化はやむを得ないだろう。
―――速度を取るか、精度を優先するか。
武装を失った俺は速度を優先する他の選択肢がなかった。
おかげで聖杯戦争の時、俺の投影を見たアーチャーの心情が分かった気がするよ。
莫耶が消えて、マネキンの体に刀身が食い込まなかった為、勢いを殺されない俺は、そのまま前のめりに倒れそうになる。
だが、砕け散る莫耶に目をくれる間もなく、最後の一体の攻撃が来た。
両腕を組んで、さながらハンマーの様に振り下ろされる腕。
こいつは避けれない、か。
体勢が崩れている。直ぐに回避行動に移れない。当然、攻撃を受け流すのも無理だ。
体勢の崩れたまま下手に受け流そうとすれば、返ってこちらが不利になる。
こうなったら仕方がない。一か八か受け止めるしかないか。
干将を両手で掴み、前傾していく姿勢から立ち上がる勢いも使って、攻撃を受け止める。
ぶつかり合うマネキンの腕と陽剣。
一瞬、拮抗するが次第にこちらが不利になる。
干将にはヒビが入ってきた。
このままだと後、数秒も持たないだろう。
だが、こちらは受け止めるので精一杯。
このままでは干将も莫耶と同様に砕け、俺はあの鈍器の様な腕に潰されてしまうのだろう。
「もう、剣が持たないか―――」
今にも干将は砕け散ろうとしている。
俺は死ぬのか?
こんなところで…………。
通常の消え方なら、またミステスとして何処かに行くのだろうが、フリアグネに回収されればそうもいくまい。
「すまないなシャナ、邪魔ばかりしちまって」
このまま俺はフリアグネに回収されるだろうが、せいぜい、俺の中の宝具が大した物じゃない事を祈るしかない。
ここには居ない少女に詫びる。
本当に邪魔しかしてなかったな………。
もっと立ち振舞い方があったのかもしれない。
だが、今となってはそんな後悔も手遅れだ。
――――だが、干将が砕け散った瞬間、時が止まったように思えた。
――――彼方より声が響く。
「いいから、右に避けなさい。そんな泣き言、聞く気はないわ」
それは、確かにあの少女の声だった。
干将が砕け、拮抗していた力が消える。
その刹那、俺は無意識の内に体を右に投げ出していた。
マネキンの腕が俺の肩を掠める。だが、直撃を避けれたようで、俺は前のめりに路上へ倒れ込んだ。
入れ違いに後ろから、轟音をならして何かが突撃して来る。
体を起こして振り返ると、そこにはマネキンに深々と贄殿遮那を突き刺したシャナがいた。
そして、灼眼の相貌でこちらを見つめて、言った。
「待たせたわね」
後書き
皆さま大変お久し振りです
更新ペースも乱れがちですが、最新話になります
私的には戦闘シーンがメインで、少々どころじゃないレベルで苦戦してました(^^;
誤字脱字や描写の不可解な点、後は感想があればよろしくお願いいたします。
それでは、次話でお会いしましょう。
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