ドン=パスクワーレ
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第二幕その三
第二幕その三
これを見てパスクワーレはまた言った。
「よし、では式をじゃ」
「いえいえ、まだですよ」
だが再びマラテスタに止められてしまったのであった。
「まだですよ」
「証人も二人サインをしたのではないのか?」
「まだです。花嫁のサインが必要じゃないですか」
「おっと、そうじゃったな」
言われてそのことも思い出したパスクワーレだった。
「肝心の花嫁のことを忘れておったとはのう」
「有頂天過ぎるな、ちょっと」
またマラテスタは一人呟く。
「どうやら。思った以上に楽にいきそうだな」
「さて、どうなるのかな」
エルネストはサインを終えると部屋の隅に戻ってそこからことの成り行きを見ていた。
「何か随分と変なことになりそうだけれど」
「それではじゃ」
また言うパスクワーレであった。
「花嫁のサインをじゃな」
「わかってますよ。ではソフロニア」
「はい」
ソフロニアに化けているノリーナは慎ましやかな態度を装って楚々と前に出る。そうして彼女もサインをするのであった。これで全ては終わった。
かに見えた。パスクワーレは今度こそ、と思いここで遂に飛び上がって言い出した。
「では式じゃ、婚礼の式じゃ」
「何を言ってるのよ」
だがその彼に対して。顔を上げたノリーナがきつい顔で言うのであった。
「式なんて必要ないわ」
「何じゃと!?」
「それよりもよ。貴方はそこに立っていなさい」
いきなりノリーナが態度を変えてきたので面食らったパスクワーレに対してさらに言うのであった。
「そこにね。いいわね」
「わしに立っていろというのか」
「姿勢を正して」
しかも注文までするのだった。
「気をつけでね。わかったわね」
「わしは兵隊ではないぞ」
気をつけとまで言われて困惑しながら抗議するパスクワーレだった。
「それでどうしてなのじゃ」
「つべこべ言わないのっ」
有無を言わせないノリーナの口調だった。
「貴方は黙っていなさい」
「黙っていよとは何事じゃ!?」
また言われてさらに困惑するパスクワーレだった。
「わしはじゃな。御前の」
「亭主が何だっていうの!」
今度はまるで鬼の如き剣幕だった。
「旦那だからって偉そうにできると思ったら大間違いよ!」
「大間違いも何もあるものか!」
パスクワーレはたまりかねた顔でノリーナに抗議する。しかし彼はあくまで彼女をマラテスタの妹ソフロニアだと信じ込んでいるのであった。
「どういうことじゃ。これは一体」
「黙りなさい!」
今度はぴしゃりであった。
「いいわね。それ以上は喋ることを許さないわ」
「な、何事じゃこれは」
「こういうことなんだ」
「成程」
二人のやり取りのうちにそっとエルネストの側に来たマラテスタは彼に囁くのだった。
「ノリーナさんも完全にわかっているからね」
「そうですか。それにしても」
「いや、予想以上だよ」
すっかりノリーナにしてやられているパスクワーレを見ながらまたエルネストに囁いた。
「この有様はね」
「いや、確かに」
「さて、どうなるかな」
マラテスタは二人、というよりはノリーナの動きを楽しそうに見守るのだった。
ノリーナはベルを鳴らした。すると屋敷の使用人達が皆部屋に入って来た。彼女はすぐにその使用人達に対して告げるのであった。
「私がこの屋敷の新しい主です」
「主はわしじゃ」
「貴方に発言権はないわ」
弱々しいながらも言おうとしたパスクワーレをここでもぴしゃりだった。
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