ドン=パスクワーレ
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第一幕その四
第一幕その四
「さて、子供は多い方がいいからのう」
「大体今まで子供ができなかったのにな」
マラテスタはパスクワーレの皮算用を聞いて内心思った。そしてそのうえで呟く。
「それでも今からだなんて」
「マラテスタもマラテスタさんだよ」
エルネストはそのマラテスタを忌々しげな目で見ながら小さな声で言うのだった。
「ノリーナとのことを頼んでいたのに」
「さて、エルネスト君の為にも」
だがそのマラテスタは彼を見るのだった。
「ノリーナさんと打ち合わせをするか。すぐに手紙を送ろう」
「さて、どんな嫁さんかのう」
パスクワーレだけが今から有頂天になっている。
「楽しみじゃ。わしの人生にまた春が来たぞ」
「僕は冬になってしまった」
「さて、それではだ」
三人はそれぞれの顔で部屋の中にいた。エルネストは絶望しておりマラテスタは考える顔になって他の二人を交互に見ていた。どちらにしろこれで終わらないのは間違いなかった。
パスクワーレの人はあまりいないのにローマでも評判になるまでに賑やかで騒がしい屋敷から少し離れた場所に彼女の家がある。パスクワーレの屋敷と比べると質素だがそれでも充分な庭と広さを持つその家に今一人の女性が住んでいる。歳は二十程度で少し縮れた黒髪を上で団子にしている浅黒い肌の小柄な女性だ。目ははっきりとしていて唇が厚めの口が大きい。顔は愛らしく愛嬌もある。鼻は丸いがそれがまた可愛らしさを演出する形となっていた。その彼女の名前だがそれはノリーナという。
まだ二十だというのに未亡人である。結婚してすぐに夫が事故で死んでしまったのだ。それで今はこの家に僅かな使用人と共に住んでいる。この火彼女は自分の今で黄色い服を着てそこで本を読んでいた。
部屋はパスクワーレの屋敷のそれと比べるとかなり狭く大人しい。暖炉があり木の椅子とテーブルがある。褐色の壁に赤い花の絵がある。それ以外はこれといって目立つもののない質素なものであった。
その部屋の中で本を読んでいる。見ればそれは中世の騎士物語であった。
それを読みながら彼女は。こう言うのであった。
「騎士はあの眼差しにしてやられたのね」
まずはこう言うのだった。
「それであのお姫様のものになった。けれど」
ここで立ち上がった。そうしてそのうえで。
「それは私もよ。恋の手管なら私だって」
そんなことを言っているとであった。家のメイドが部屋にやって来たのであった。
「奥様」
「お茶の時間かしら」
「それはまだ少し先です」
しかしメイドはそうではないと冷静に返すのであった。
「まだもう暫くお待ち下さい」
「そうなの」
「お手紙が来まして」
ここでこう言って一通の手紙を差し出してきたのであった。
「これです」
「あら、この手紙は」
差出人と見て。ふと声をあげたノリーナであった。
「エルネストからじゃない」
「では奥様」
ノリーナよりもまだ小さなメイドは無機質な様子でまた彼女に告げてきたのだった。
「私はこれで」
「ええ。お茶の時間になったらまた御願いね」
「わかりました」
メイドは静かに部屋を後にする。ノリーナは一人になるとすぐにそのエルネストからの手紙を取り出した。そうしてその手紙を読むとだった。
「えっ・・・・・・」
愕然としてしまった。何とそれは。
「別れる、ローマを去るって」
彼女と別れこの街を去ると書いてあったのだ。筆跡は間違いなくエルネストのものである。それを読んで驚かない筈がなかった。
「どういうことなの!?これって」
「奥様」
手紙を読み終えて真っ青になっているとだった。またあのメイドが部屋に入って来たのであった。
「お茶かしら」
「まだです」
お茶かと問われるとこう返すだけだった。
「残念ですが」
「そうなの」
「お客様です」
こう彼女に告げてきたのだった。
「マラテスタさんです」
「丁度いいわ」
彼が部屋に来たと聞いてすぐに安心した顔になるノリーナだった。
「すぐにここにお通しして」
「このお部屋にですね」
「そうよ。すぐにね」
「もう来られています」
こう返すメイドであった。
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