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ドン=パスクワーレ

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第一幕その一


第一幕その一

                     ドン=パスクワーレ
                     第一幕  老人の野望
 十九世紀はじめのローマ。ナポレオンやハプスブルク家の思惑の中で揺れるこの街はあれやこれやと騒動が立て続けに起こっていた。
「何だ?教皇様がフランスと和解したって?」
「そうらしいな」
 ローマは教皇がいる場所である。従って巷で教皇のことが話題にならない筈がなかった。それはこの時も同じだった。
「何でもな」
「また急に和解したな」
「ほら、あのコルシカの」
 ここである人間の名前が出て来た。
「チビの奴がいるだろ」
「ナポレオンとかいったか?」
「そう、あいつがな」
 ここで名前が出たのはナポレオン=ボナパルトであった。ローマをその騒ぎの中に入れている張本人である。ローマだけでなく欧州中であったが。
「結局和解の道を選んでな」
「あそこまで司祭やら何やら殺したのにか?」
「殺したのはあいつじゃないからな」
 それは否定されるのだった。
「前のロベスピエールだからな」
「それであいつは問題ないのか」
「一応そういうことになってるからな」
「やれやれ、節操のない話だ」
 政治に節操は時として縁のない話である。状況によってそうしたことは変わってしまう。それはこの時も同じでそれでそういうことになったのである。
「何かな。どうなるんだ?」
「それで」
「さあな」
 これからの話になると誰もが首を捻るのだった。
「とりあえずあのチビが偉そうにするんじゃないのか?」
「はっきり言って嫌だけれどな」
「やれやれだな」
 その話が出るとこれまた誰もが溜息をつく。今度は溜息であった。
「全くな」
「どうしたものやら」
 こう言い合うのだった。そうした混沌としたローマの中に一つの立派な屋敷があった。バロック調で左右対称の大きな屋敷と緑の庭のここに今一人の老人がいた。
 彼の名をドン=パスクワーレという。丸々と太った小柄な老人であり髪は完全に白くなっており頬髯と顎鬚が完全に一緒になっている。
 丸く小さな眼鏡をかけており洒落たシャツに地味なブラウン系統の色のズボン、それとチョッキ、上着、ネクタイは紐の赤いものである。
 その老人が今広い落ち着いた趣の部屋の中で大きなソファーに腰を埋めて座りそのうえで。傍らに立つ若者に顔を向けていた。
 若者は黒く癖のある髪を持っておりそれを上にあげている。黒い目ははっきりとしており眉も見事な黒さである。程よい彫のある顔であり端整であると言っていい。口元も目元もしっかりとしたものである。中位の背の身体で黒い上着に灰色のズボン、それと洒落た赤いアスコットタイという格好である。
 パスクワーレはその彼を見ながら。こう問うのであった。
「のうエルネスト」
「何だい叔父さん」
「この前の話じゃがな」
 まずはこう切り出すのであった。
「考えてくれたか」
「あの話はいいよ」
 彼は顔を顰めさせて叔父に言葉を返した。
「あれはね。断ったじゃないか」
「しかしじゃ」
 パスクワーレはその甥エルネストの今の返事を聞いて顔を顰めさせて言うのであった。
「いい話じゃろうが」
「縁談なんて」
 しかし彼はまだこう言って断った。
「僕にはいいよ」
「何を言うか。御前もいい歳じゃぞ」
 パスクワーレもパスクワーレで言う。
「それを考えたらじゃ」
「結婚しろって?」
「御前はわしのたった一人の肉親じゃ」
 こうも彼に話した。
「妻にも先立たれ子供もいないわしじゃ。御前だけじゃぞ」
「それはそうだけれど」
「ならわかるな」
 あらためて甥に問う。
「早く結婚するのじゃ。相手はわしが決めてやる」
「だからいいって」
 エルネストは顔を顰めさせて叔父に向かい合って言葉を返した。
 
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