トリスタンとイゾルデ
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第二幕その一
第二幕その一
第二幕 トリスタンの国
城の前の庭だった。今その庭は夜の中にあり緑の木々もその中に消えてしまっている。それどころかその木々が暗闇をより深いものにさせてしまっていた。
その夜の世界の中、城の白い壁ですらその夜の漆黒の中に消えてしまっている中に二人はいた。イゾルデはブランゲーネに声をかけていた。
「聞こえるかしら」
「何がですか?」
「狩の物音が」
こうイゾルデに言うのだった。
「聞こえる?響きは遠くなって私の耳には聞こえない」
「かなり近くで聞こえます」
ブランゲーネは耳に神経を集中させて主に答えた。
「はっきりと」
「恐れ慄く心が耳を迷わせているのね」
イゾルデはブランゲーネのその言葉を否定するようにして呟いた。
「風が笑いつつ、揺さぶる木の葉の音を間違えて聞いたのではなくて?」
「憧憬の激しさに惑わされないで下さい」
しかしブランゲーネはこう返して主に忠告する。
「狩の角笛の音です」
ここでその角笛の音が聴こえてきた。やはりかなり近くだ。
「憧れている音と間違えられては駄目です」
「角笛の響きはあんなに優しくはないわ」
イゾルデはまだブランゲーネの言葉を否定する。
「あれは泉から湧き出る水のさざめきの楽しげな響きよ」
「どう思われるのですか?」
「角笛の音はまだ聞こえる?」
そのブランゲーネに対して問い返す。
「夜のしじまの中に囁くのは泉ばかり」
やはり己の感じるものを信じようとしている。
「私を待つ人をその角笛の音で遠ざけたいの?」
「貴女様が待たれるその方には夜にも目が付きまとっています」
ブランゲーネは今主が待っているその者についても語った。
「私の警告を聞いて下さい。貴女がその目が見えなくなったとしても世の人が貴女に注ぐ眼差しまでそうなったと思われますか?」
「それは」
「違いますね」
主に問うその声が強くなった。
「トリスタン様の震える手から船の甲板の上で倒れるばかりに蒼ざめた花嫁を」
言うまでもなくイゾルデのことである。
「王が迎えられたその時周りは妙だと思いました」
「そうだったの」
「ですが心優しい王はそれを長旅の疲れだと思われ貴女を気遣われました」
「そのことはわかっているわ」
王は噂通りだった。その心優しさと徳はイゾルデも感じ取り尊敬さえしていた。
「ですがあの方だけは血会いました」
「あの方?」
「メーロト様だけは疑っておられました」
こうイゾルデに忠告するのである。
「あの方はじっと貴女とトリスタン様を見ておられました。疑う目で」
「それはないわ」
イゾルデはこのことも否定した。
「メーロト殿はトリスタンの最も忠実な友人なのに。それは」
「ないと仰るのですか」
「今日の貴女は」
遂にブランゲーネを咎める目で見た。
「あまりにも気にし過ぎよ。そこまで考えなくても」
「いいというのですね?」
「そうよ」
このことをはっきりと告げた。
「メーロト殿まで疑うとは。どう考えても」
「確かにメーロト様は信頼に足る方です」
ブランゲーネもそれは認める。
「王に対して絶対の忠誠を持たれそれが変わることはありません」
「それでは」
「しかしです」
ブランゲーネはここでさらに言うのだった。
「それは王に向けられたもので貴女様に向けられたものではありません」
「私に向けられたものではない」
「そうです」
彼女が言う問題はここにあった。
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