トリスタンとイゾルデ
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第三幕その四
第三幕その四
「クルヴェナール」
「何でしょうか」
「決めた」
まずはこう告げた。
「若しあれがイゾルデの船なら」
「はい」
「私のものは全てそなたに譲る」
こう言うのである。
「全てな」
「勿体なき御言葉」
「それでだ」
己のものを全て譲るとしたうえでさらに問うのだった。
「あれは本当にイゾルデの乗っている船なのだろうか」
こう疑念を抱いたのだった。
「果たして。本当に」
「間違いありません」
だがクルヴェナールはこう答える。
「あれはイゾルデ様の乗っておられる船です」
「わかるのか?」
「はい。何故ならあの船の帆は黒ですね」
「確かに」
見ればその通りであった。
「それが何よりの証拠です。イゾルデ様は私の文への返信でこう書いておられました」
「どういったことを?」
「若し自分の船がカレオールに向かうならば」
「うむ」
身を乗り出してクルヴェナールの話を聞く。
「その帆は黒だと」
「では間違いないのだな」
「はい、間違いありません」
しっかりとした声で主に答える。
「あの船にはイゾルデ様が乗っておられます」
「そうか」
それを聞いて安堵した顔になるトリスタンだった。
「では。やはりあの船には」
「イゾルデ様が乗っておられます」
クルヴェナールはトリスタンを励ますように告げた。
「間違いなく」
「間も無くここに来る」
トリスタンは船を見詰めながら言う。
「この城に」
「では私がお迎えの用意を」
クルヴェナールはすぐに部屋から出ようとする。
「それでは。また」
「昼は過ぎ去り夜が戻って来た」
トリスタンは一人になるとベッドの中で言うのだった。
「私の血潮がはやり心が喜びに湧く」
このことを実感していた。
「限りなき快楽と喜ばしき狂乱。この寝床にいながら心の高鳴るところに行きたい。今私は夜の喜びの力を以てイゾルデの前に向かう」
ベッドから起き上がった。
「幾多の戦いで血を流しあの男との闘いでもそうだったが私は今日もその血を流そう」
言いながら傷口の包帯を引き千切る。血が出るのも厭わない。
「我が血よ。楽しく流れ出よ」
やはりその血が流れても構わなかった。
「この傷を永遠に閉ざしてくれるイゾルデが祝福の為に来る。この世界が滅びようとも」
「トリスタン」
城の外から声がした。
「この城にいるのね」
「夜の世界がここに」
光ではなく夜の世界を見続けている。
「今ここに」
言いながら城の門に出るとそこにイゾルデがいた。そして今イゾルデと抱き合った。
「トリスタン・・・・・・」
「イゾルデ・・・・・・」
イゾルデを抱き締めるのと同時に身体が崩れ落ちた。
「私は夜の世界に永遠にいよう」
こう言って完全に崩れ落ちた。そうしてその場で言葉通り永遠によるの世界に入ったのだった。
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