ソードアート・オンライン パースペクティブ
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第一話 クレイジー・フォー・ユー
前書き
「ソードアート・オンライン」
2日がかりで首尾よくソフトを入手できた俺たちは、
サービス開始当日、ゲーム内「中央広場」で待ち合わせていた。
約束の時間には、まだ少し余裕があった。
リビングでコーヒーを飲んで、脇にあったマンガ雑誌を手に取る。
もう何度目かになるそれをさっさと通読すると、ぴったり5分前になった。
「――リンク、スタート」
部屋に戻ってからベッドに横たわり、合図を唱える。
すると、体の力が抜けるような感覚とともに、意識が遠のいていった。
目を開けると街の中にいた。
気がつくと同時に、バランスをくずして後ろに数歩下がった。
さっきまで寝ていたはずの体が立ちあがっていて、脳が驚いているのだ。
思いのほか初期設定に時間がかかってしまった。ここが約束の「中央広場」だろうか?
足を一歩踏み出そうとしたその時――
「や、遅かったね」
肩をたたかれて後ろを見る。腰にひと振りの剣を携えた男性が立っていた。
「・・・・。」
俺は少しおどろいてから
「ハル?」
と呼びかけた。呼びかけられた方は顔いっぱいに笑う。どうやら当たっていたらしい。
あらためて相手の容姿をながめる。背は高く、細い体躯はしなやかに引き締まっている。
なるほど、ハルは「こうした」のか。
「あんまり変えなかったんだね。すぐに分かったよ」
笑ったままハルがいう。俺はうなずいた。
ソードアート・オンラインでは、自分の見た目を好きなようにいじることができる。性別を変えることすら可能だ。
俺は現実の容姿を、そのままとは言わないが変えることをしなかった。
実際の生活と変わらないこの空間において、
自分の容姿にあれこれ手を加えるというのが、どうにも気恥ずかしかったのだ。
アバターの、どこか人形めいたツルツルした手足をながめてハルに向き直る。
「それじゃ・・」
「うん、武器を買いに行こうか」
言葉の続きを引き取って、ハルはずんずん歩き出した。
向かう方向に迷いはない。先にログインしていたハルは、すでにひと通り広場の周りを見て回ったらしい。
俺は色々なことを訊いた。
「なぁ、あれは?」
指差したのは街の北にある黒い建物。
「あぁ、あそこはね」
ハルはこう答えた。
「死んだ人が生き返る場所だよ」
武器屋に着いた。さっさと目的を果たそう。目当ては俺の武器だ。
ハルはもう自分の買い物を済ませている。腰に吊ったそれは<片手用直剣>というジャンルの武器らしい。
<スモールソード>と銘打たれたそれは、余分な装飾のないオーソドックスな剣だった。
俺は短剣を買うことにした。投擲用-投げたりもできるんだな、このゲーム-のナイフよりは少し高価ものを。
それでも他の剣種よりもやや安い。俺が金を支払うと、待ちかねたようにハルが俺の手を引いた。
「行こう!」
ずっと我慢していたのだろう。うなずいて全力で走りだした!
そのまま街の外へ出る。「狩り」にでるのだろうか。
オンラインゲームでは、敵を倒しに、冒険に出ることをそう表現する。
ハルの方をみると、なにやら左手を動かして、ウィンドウを操作していた。
しばらく眺めていると、俺の方になにやら画面が表示された。
<<HAL から1vs1デュエルを申し込まれました。 受諾しますか?>>
こっちを見て、ニヤリとする。こいつ・・!
ハルに笑い返す。「YES」だ!
<はじまりの街>を背にして二人で立つ。初撃決着モード。
頭上にデュエル開始のカウントダウンの数字が表示されている。
3,2,1・・ ゼロになると同時に駆けだした。
ハルが走りながら剣を振りかぶる。俺はそれをいなしたり、受け止めたり。体が軽い。
通常、短剣で普通の剣と打ち合ったりすれば、
重さの関係ですぐにハジかれてしまいそうなものだが、そこはゲーム。
補正されているのだろう。受け止めるときに多少の重さは感じるものの、
まったく勝負にならないということはなかった。
右、右、左、左。お互いにわざとらしく大振りし、剣の感触を楽しむ。
ときおり剣先が軽く触れてダメージを受けるも、痛みという痛みはほとんど感じなかった。
SAOには(記述方法)痛みを調節する仕組み(ペインアブソーバ)がある。それのおかげだ。
じゃれているうちに、フィールドの一番はしっこまで来てしまった。
その時、上段に剣を構えていたハルの体が青く輝いた。一瞬ポカンとした俺は、あわてて防御姿勢をとる。だが遅かった。
ズバンッ!!
閃いた剣は、目にもとまらぬ速さで振り下ろされた。
まぬけに掲げた右手の短剣ごと斬られて、俺は吹っ飛んだ。
必殺技ぁ!?
「な・・んっだよ、それぇぇぇ!!」笑いながら言った。
「なんなんだろうねー!!」ハルも腹を抱えて笑い転げている。
やがてハルはフィールドのふちに足をかけると、
「ソードアートオンライン、さいっこー!!」
両手で拡声器を作り、大声で叫んだ。
<winner>と表示された文字が、ハルのわきにふよふよと漂っている。
叫んでもやまびこは返ってこない。「最高!」と呼んだ声はひびいて、蒼穹の向こうに消えた。
デュエルの結果。勝者ハル、敗者オレ。
なっとくがいかない。
それからは二人してモンスター相手に「必殺技」の練習に励んだ。
暗くなる前に街へ戻った。やがて夜が来る。
街に着くなり、ハルはウィンドウを開き、そして言った。
「ちょっと呼ばれちゃった。言ってくるね」
この世界にもメールのようなものがあるのだろうか。どうやら呼び出されたらしい。
見送った俺は、広場へ向かった。
さっきは慌ただしくてロクに見ても回らなかった。じっくり街を歩いてみよう。
路地を通って広場へ出る。視界が開けてすぐ、俺は異変に気付いた。
空気がおかしい。
昼間にログインした頃は、ここにいたプレイヤーたちは皆、これからの期待に沸き立っていた。
今は、どうやらそれとは違う理由で浮き足立っている。
「・・・・・で」
「――――!―だ!」
「―――。」
広場のあちこちで、数人が固まってヒソヒソと話している。
SAOは感情の表現が大げさになる傾向がある。どの顔も暗い。
なかには怒っていると見られる者もいる。
「ハルを――」
探すべく、広場を離れようとしたその時だった。
突如、鐘の音が鳴り響いた。
大きな音。体の内側と共鳴するように、空気を揺らす。
とっさに時計を見た。半端な時刻。
なにかのイベントの前触れだろうか?
音が鳴り止まぬうちに、視界が暗転した。
次に目をあけた時、俺はもとの位置から100メートルほど移動した所にいた。
どうやら瞬間移動したらしい。
「な・・」
辺りを見回すと、光に包まれて無数のプレイヤーが姿を現してきた。
広場はたちまち埋め尽くされる。
いくら広大なはじまりの街といえども、広場ひとつにこれだけの人数を集めるとただごとではない人口密度になる。
(全プレイヤーがここに集まっているのか?)
そうこうしているうちに光が落ち着いた。
よどんでいた空気が、はっきり悪態の形をとって人々の口から漏れ始める。
(なんだ?何が始まる?)
混乱のさなか、俺はハルの姿を探そうとする。
人、人、人で周囲が見通せない。
(広場のどこかにはいるだろう)
そう考え、俺は楽観して肩の力を抜いた。
――この時のことを、あとから何度悔やんだかわからない。
俺は大声を出して、周りの人間を突き飛ばしてでも、ハルを探し当てるべきだった。決定的な分岐点(ポイント・オブ・ノーリターン)は、ただ過ぎて行く―
暗い天蓋から血の色のスライムがしたたり落ちるように降りてきた。
スライムはやがて人の形をとり、困惑するプレイヤーをよそに、こう言ったのだ。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
これは・・なんだ?
何度目かになるその問いを、自身へと向ける。
「カヤバアキヒコ」と名乗ったその男が続けた言葉のいくつかを理解したとき、俺は駆け出していた。
「ハル!どこだ!!!」
人ごみを掻き分け進む。背の高いアバター達に囲まれて、やはり先は見えない。
(邪魔だ!どけ!!)言葉にはならない。心のなかで思うだけ。
押しのけ押しのけ進む。茅場が何かを言っていた。
そのとき、しゃらん、とあちこちで鈴を鳴らすような音が聴こえた。
周囲のプレイヤーが一斉に青い光に包まれる。
発光は一瞬、その後は信じられない光景が広がっていた。
すべての人々の顔が、体格が、ことごとく変化していたのだ。
SAOのゲーム内衣装を着た、平たい顔の男女が元のアバターと同じところに佇んでいる。
それらは現実の顔だろうか?
自身を確認すれば良いのだが、あいにく自分では見えない。
だが、アバターの平均身長が縮んだ分、
さっきよりずいぶんと見晴らしも良くなった。
今度こそハルを、『彼女』を探す。
ヤツも現実の姿に戻っているはずだ。
やがてチュートリアルが終わる。
街のBGMであるのんきなワルツが、夜用にアレンジされて流れ始めた。
音が戻ってくる。
どこか遠くで細い悲鳴が一本上がった。
それに釣られて、プレイヤー達の、声が爆発する。
「「「「「「「ア゛ア゛ア゛アァァァァ!!!!!!!」」」」」」」
耳をつんざくほどの大音声だった。
1万人からなるプレイヤー達の、悲鳴、あるいは怒号。
周囲の感情に感染するように、俺もまた叫んでいた。
「ハル―――!!!!」
広場は恐慌状態となっていた。
暴動といってもよいくらいの騒ぎようだが、
団結して、打ち倒すべき敵ははるか上層にいる。
各人が、それぞれの仕方でいっぱいいっぱいだった。
彼女の名前を呼びながら、俺もまた広場を闇雲に駆け回る。
街の外に出られるようになっていると気づいたのはしばらく経ってからだった。
広場を覆っていたシールドが解除されている。
怒りも悲しみも、瞬発力はあるが長く続かない。
噴水の周りにいた人々は、やがてその数をゆっくりだが確実に減らし、
バラバラに散っていった。
静まり返った広場に、ときおりすすり泣くような声が聴こえる。
ハルはここにはいない。待っていても戻ってこない。
「合流・・しないと」
ようやくベンチから腰を上げる。
探すアテはないが、ひとまず動こう。
広場の北に、人が集まっているところがあった。
いくつかのグループに分かれて、暗い面持ちで何かを話している。
ふらり、とそちらに向かって歩を進める。
暗くて遠くからはわからなかったが、どうやらそこは真っ黒な建物の前だったようだ。
中に立ち入る。薄青い灯りに照らされたそこは、異様な雰囲気に包まれていた。
前方に巨大な鉄壁がそびえている。
のっぺりとしたそれに近づくと、何やら文字が刻まれていた。
「名簿・・?」
左はアルファベットのAから。
無意識に視線を右のほうへなぞる。
頭がずきずきする。
まんなかより少し手前に差し掛かったところで、目を留めた。
視線がある一点にくぎ付けになる。
HAL モミジの月23日 18時25分 高所落下
彼女の名前に、真っ直ぐな線が引いてあった。
意味がわからなかった。
震える足で後ずさりする。
そのまま黒鉄宮をでると、そばの路地に駆け込んだ。
「げええええええええ!!」
そこでえずいた。何度も、何度も。
この世界で胃の中身を吐きだすことなどできないというのに。
ひとしきり悶えたあと、俺は路地に倒れ伏した。
後書き
コラムその1 「最初に死んだのは?」
※細かい話ですので、そういうのべつにいいやって人は読み飛ばしてください。
電撃文庫版の1巻を読むと、
「ゲームスタートから3時間後に最初の死者が出た」とあります。
さて、これ、いつのことなのでしょう?
ゲーム開始は13:00ですから、素直に考えると死亡時刻は16:00になります。
でも茅場はチュートリアルでこう発言しています。
「今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない」と。
彼の性格からして、デスゲームでないことを報せないうちに死んだものは、蘇生させている気がします。
チュートリアル終了時をゲーム開始と解釈するなら、死亡時刻は21:00前後でしょうか。
ただ、これだと(当物語が。勝手に。)すごく困ります。だからここでは
・黒鉄宮には最初から戦士の碑があった(蘇生場所として機能していた時間はなかった)
・チュートリアル前だろうが、死んだ者は死んだ。
・最初の死者は16:00
こんな設定で、お送りしています。
Web版だと、クラインとの出会いは描かれずに最初からチュートリアルがはじまるんです。
だからフィールドに出る人々はみな、デスゲームであることを知っていたわけですね。
(この物語の主人公のように、茅場の話をちゃんと聞いてなかったor理解できなかったor理解できたけど受け入れなかった人はまぁ・・)
ですからWeb版(最初のSAO)の場合、最初の死者がでた時間もきっちり決まります。
アインクラッドを舞台にした物語には5つの「設定」があります。
川原先生が別名義で書いていたWeb小説版SAO、電撃文庫版SAO、「SAOP(プログレッシブ)」、
アニメSAO、PSPゲーム「ソードアートオンライン-インフィニティモーメント-」
よく見ると細かいところが違います。
そういうのも、SAOの楽しみ方の一つかもしれません。
以上筆者あとがきでした。それではまた次回お会いしましょう。
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