渦巻く滄海 紅き空 【上】
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五十六 贖罪
前書き
大変遅くなって申し訳ありません!!
今回は三代目火影の過去です。また、今のナルトは十二歳ということにしています。
捏造多数ですが、ご了承願います!
(ちなみにストレートの赤髪は、原作で一瞬出てきたクシナ似のナルトからです)
空は灰色だった。
地上をくすんだ色に塗り替える雨雲。それは里全てを呑み込み、人々に帰路を急がせる。
当初細かかった雨粒は今や激しさを増し、けぶるような雨へと変わっている。
しかしそんな雨の中、最近再び火影の座に就いた彼はなぜか一人で歩いていた。
人一人いなくなった里。容赦なく肩を濡らされつつも、老人は護衛もつけずに捜し続けていた。誕生日だというのに、独りで心細い思いをしているであろう幼子を。
暫くすると雨音に雑じり、何かが軋むような音がした。続いて誰かのすすり泣く声を耳にし、彼は音のする方へ目を向ける。
煙雨の彼方。翳む視界の中、ブランコが微かに揺れている。そこでは老人の捜し人が膝を抱えて泣いていた。以前よりずっと細くなった肩が小刻みに震えている。
嗚咽と共に零れたか細い声が老人の心を大きく打った。
「……おにいちゃん…どこお……?」
その時、老人――三代目火影・猿飛ヒルゼンは決意した。
自らが一生かけても償い切れない罪を。後悔を。覚悟を。
死ぬまで背負い続けると。
「貸し一だ、大蛇丸」
鮮やかな金が踊る。
突如空からふわりと降りてきた少年は、その場に張り詰めていた緊張を物ともせず、静かに周囲を見渡した。ヒルゼンの背後に目を留める。
一方、突然現れたその存在に、敵対していたはずの両者は共に驚愕で目を見開いていた。
木ノ葉の暗部すら進入を許さぬ【四紫炎陣】。それを易々と通り抜けてきたナルトに言葉を失っていた大蛇丸がようやっと我に返った。自らの身体を見下ろす。
引き摺り抜かれていた魂の半分は既に死神に持っていかれた。両腕が動かぬのが何よりの証拠だ。けれどナルトが来なければ、今やあの世行きだっただろう。いや、もっと悪い事に死神の腹の中だったかもしれない。
てっきり死んでしまうのだと諦めすら覚えていた大蛇丸は、いきなり現れたナルトに感謝の念を抱いた。
「助かったわ……」
切実に呟く。大蛇丸の言葉を聞いているのかいないのか、ナルトはただじっと死神を見据えていた。大蛇丸に背を向けたまま、一言告げる。
「今が引き際だ。とっとと行け」
振り返る素振りすら見せないナルトの背中を見ながら、大蛇丸は暫し思案する。
腕を代償にした自分に比べ、命を代償にした猿飛ヒルゼンはもはや放っておいても死ぬだろう。それに今は、この腕の焼けつくような痛みをどうにかするほうが先だ。
「――――借りは必ず返すわ…」
ここはナルトの言葉に従おうと、大蛇丸は音の四人衆に撤退の号令をかけた。
結界から退いた大蛇丸及び音の四人衆。
術者がいなくなった為、【四紫炎陣】は解かれるはずだが、未だ屋根上には紫の結界が張り巡らされていた。
それはナルトによる幻術を施した結界である。
音声すら遮断するこの結界術は以前にも使っている。
波風ナルとの接触時と、一尾・九尾を鎖で戒めた際だ。
前半はダンゾウに対する用心。神農との闘い後、木ノ葉の里に帰還して以来、ナルトはよく『根』の者に見張られていた。どうやら不穏な動きを怪しまれ、九尾狙いかと思われたらしい。
そこでナルと再会する前にこの結界を施しておき、その上で「木ノ葉が憎くないの?」と訊ねたのだ。彼女が「憎い」と答えた場合、ダンゾウに危険視されるのを危惧したのである。
後半は、木と同化していた者への警戒。ダンゾウと別れた後、秘かに感じた視線にナルトはすぐさま気づいた。おそらく独断による監視だろう。だから敢えて我愛羅とナルの戦闘に一切手を出さなかった。まるで人柱力から尾獣が出て来るのを待っているかのような素振りを見せ、且つ鎖を用いる事で尾獣の捕獲と見せ掛けたのだ。
また、音声を遮断した結界のおかげで、『九喇嘛』との会話は聞こえなかっただろう。
現に今、火影の身を案じる暗部の眼には、未だ変わらぬ紫の結界が映っていた。
「…八年ぶりですね。三代目火影様…」
静かな声。
穏やかなその声音はどこか聞き憶えがあった。
面立ち。
その優しげな顔は、聳え立つ火影岩の一つによく似ていた。
眼差し。
突き抜けた空と深き海底を思わせる青き双眸はやはり見覚えがあった。
そう、名は――――…
「…ナ…ルト…」
辛うじて絞り出した声は掠れている。猿飛ヒルゼンは己が目にしている現実を信じられなかった。
動揺するヒルゼンに対し、微塵も取り乱していないその少年はにこりと微笑んだ。しかし寸前とは一転した冷徹な眼差しで、ヒルゼンの背後を見据える。
「…積る話はそこの部外者がいなくなってからにしようか」
鬼の如き形相にも全く怖気づく様子もなく、むしろ憎んでいるかのような風情で彼は死神を睨んだ。
直後、一瞬で死神の傍に接近。捕らえられているヒルゼンの魂を苦々しげに見遣る。
触れられるはずもない死神の首を片手で掴んだかと思うと、少年は問うた。
「お前は神か?」
次の瞬間、少年と死神の周囲を黒い炎が取り囲んだ。何が起きているのか判断出来ぬヒルゼンを尻目に、少年は猶も問い掛ける。
「お前は神か?」
少年の問いに死神は僅かに頷いたようだった。だがその返答は彼にとって最も気に入らぬ答えだったらしい。青き瞳を細める。
「…違う。お前は人が生み出した術に過ぎない―――神ではない」
刹那、何かが死神から抜き取られた。【屍鬼封尽】の術を発動中のヒルゼンにも、今度はソレが何か理解出来た。
それは死神に喰われたはずの初代火影・二代目火影の魂。
死神から手を離す。「契約は無効だ」と空々しく告げた少年は、囚われたヒルゼンの魂を再度見遣った。
「魂を封印していないお前に、術者の魂を喰う資格はない」
瞳の青に、死神の姿が映り込む。同時に、周りを囲んでいた黒き炎が消えた。
空を仰ぐ。先ほど封印した二つの魂がゆっくりと天へ昇ってゆく。それを愕然と見上げていたヒルゼンが視線を少年に戻した。
「神と名のつくモノは嫌いなんだよ」
俯き様に少年がぽつり呟く。
「たとえそれが死神でもね」
それはまるで心の底からの言葉であった。
死神の姿が掻き消える。
突然消えた死神に、ヒルゼンは瞳を瞬かせた。術を解いたわけでもチャクラ切れというわけでもない。しかし確かに今は死神の腕の感触さえも感じられない。
訝しんでいたヒルゼンは、いきなり襲ってきた激痛に顔を顰めた。ガクリと膝が落ちる。
焼けつくような痛みに見下ろすと、まるで鉛のように両足が変色していた。
完全に封印する事は叶わぬとも、魂を部分的に切り離す事で対象者の身体の一部を半永久的に動かせなくする。大蛇丸の腕と同じ症状に、ヒルゼンは苦笑を漏らした。
「…大蛇丸の腕を奪った代償か…」
ヒルゼンの動かぬ足を見て、少年が口惜しげに零した。まるで自分を責めているかのような物言いに、ヒルゼンは思わず口を挟む。
「死ぬよりはマシじゃのう…」
けれど内心、彼は死ぬつもりだった。里の為ではない。大蛇丸の為でもない。
自分自身の後悔故に、ヒルゼンは死にたかった。
「…―――わしを恨んで、里に来たのか?復讐をしに…」
暫しの沈黙の後、ヒルゼンは意を決して問い掛けた。少年はその詰問に一度目を瞬かせ、やがて苦笑した。
「…貴方自身は恨んでいないがこの里は憎い…とでも言えば満足ですか?」
辛辣な返答にヒルゼンは項垂れた。
わかっていたはずだった。この少年が、いや、うずまきナルトが木ノ葉を憎んでいる事など。
けれどどこか期待していた。切に願っていた。
それが自惚れだったと己を恥じていたヒルゼンを、ナルトはじっと見下ろしていた。ややあって肩を竦める。
「………冗談ですよ」
その軽い口調にヒルゼンは顔を上げた。悪戯小僧のように微笑む彼は、母親にそっくりだった。自分の瞳にだけ映る、ストレートな紅き髪も。
「……お主、わしの眼に細工しよったな…?」
恨めしげに言う。ヒルゼンの言葉にナルトは無言で微笑を返した。
「わしの眼にだけお主の金髪が紅い髪に見えるよう、何らかの術を掛けたのか」
ヒルゼンの話を聞きながら、ナルトがパチンと指を鳴らした。さらりと揺れた紅き髪がヒルゼンの視界で金に戻る。
受験者の名や写真が載ってある中忍試験登録書。そこに載っていたナルトの写真はストレートの赤い髪だった為、本人だと気づけなかったのだ。人は髪の色や髪型が違うだけで別人に見える。
自身をうずまきナルトだと認識した者にだけ髪が変わったように見える術を、事前にナルトが仕掛けておいたのである。
だからヒルゼンの瞳に映ったのは、うずまきクシナに似た、ストレートな紅き髪の少年。彼以外の人間は普通に金髪の少年に見える為、みたらしアンコに心配されたのだ。
「お蔭でボケとると思われたじゃろうが!」
「すまない。けれど、これではっきりした」
そう言いながらナルトはヒルゼンの身体に手を翳した。途端、大蛇丸との戦闘による傷が、両足以外、みるみるうちに癒されてゆく。全身に突き刺された刀傷までもが消えていくのを目の当たりにし、驚くヒルゼンにナルトは囁いた。
「…やはり貴方だったんですね」
神農に関してと村が焼けてからの記憶を、術で村人の頭から綺麗に抜き取る。それと同じ術を木ノ葉の里中に施した張本人を、ナルトは見つめた。
「うずまきナルトの存在を消したのは」
ナルトが知りたかった事は、誰が自分を憶えているかだった。
だから彼は術を掛けた。自分がうずまきナルトだと認識する者を突き止める為に。
結果、ナルトに気づいたのは、目前の三代目火影―――猿飛ヒルゼンのみ。
つまりヒルゼンの記憶を消したのではなく、ヒルゼンが記憶を消したのである。
うずまきナルトを知る者全てから、彼の記憶を。
「流石、プロフェッサー。その術をも会得しておいでだったか。その禁術を」
特に咎めもしないナルトの言葉がヒルゼンには辛かった。唇を噛み締めていた彼は、俯きながらぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「人道に反する事だとは思う。だが憔悴していくあの子を見るのは忍びなかったのじゃ…」
あの子。その一語にナルトの肩がぴくりと跳ねる。
「あの子はお主がいなくなってから酷かった。おにいちゃんおにいちゃんと泣いて口も利かなくなって…終いには何一つ口にせんようになった。痩せ衰え、何時も泣いていたあの子を―――ナルの記憶を、わしは……」
「…………」
「不本意だったが、お主を知る者全てから、お主に関する記憶を封印した。ナルの記憶が消えても他の者が憶えていては益々苦しめる事になる。なぜ自分だけが知らないのか、と…。だからこの里でお主の事を知っているのはわしだけじゃ。ある条件を満たさぬ限りのう」
ヒルゼンの言葉を引き継いで、ナルトは口を開いた。何の気も無しに告げる。
「三代目、貴方が死なぬ限り…ということか」
沈黙が落ちる。
周囲を囲む木々だけがその場の重苦しい空気に反して生き生きと生い茂っていた。
ヒルゼンは己の足を見た。重い両足はぴくりともせず、ただ鉛のように横たわっている。
やがてヒルゼンはナルトを真っ直ぐに見上げた。その瞳には様々な強き思いが込められていた。
後悔と決意と覚悟と、そして……---。
「わしを殺せ」
長年抱いていた、宿願を。
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