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無明のささやき

作者:ミジンコ
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第二十章

 顔に冷水を浴びせられ、飯島は意識を回復した。目に水が入って、ちくちくと沁みる。瞼を強く絞り、ようやく目を見開くと、灯された照明がもう一つ現実を照らし出していた。無残な現実である。
 竹内が飯島の目の前に突っ立っていた。手には空き缶が握られ、そこから水が滴り落ちている。その横に、章子が顔を伏せ、膝を抱えて座っていた。見上げると、竹内が声を張り上げた。
「残念だったな、飯島。その銃では人を殺せん。銃弾は鉛じゃなくて、軍が演習用に使うプラスチック弾だ。おー痛て、それでも相当の衝撃だったぜ。」
と言って、いきなり顎を蹴った。飯島は仰向けに倒れたが、すぐに腹ばいになり体を丸めた。ぜいぜいと息をして、横目で次ぎの攻撃を待った。竹内は飯島の腹を蹴りにきた。竹内の足先が腹に食い込む寸前、飯島は体を回して、仰向けになりながら右腕を伸ばした。
竹内の右足は空を切った。飯島は床に残された左足首を掴むと、思いきり引っ張った。竹内はばたんと勢い良く床に転げた。飯島は起きあがると、仰向けになった竹内に飛びかかり馬乗りになった。そしてその脂ぎった顔を思いきり殴りつけた。
左肩を守るようにして、ひーひーと悲鳴を上げる竹内に、尚も殴り続けた。その時、章子が叫んだ。
「もう、止めて。もう十分でしょう。」
飯島が尚も殴りながら、叫んだ。
「十分だって。冗談じゃない。殺すまで殴る。」
章子が立ち上がり、拳銃を構えながら、近づいてくる。
「それは困るの。殺されたら、お金が入ってこなくなってしまう。あの業突く張りの女が独り占めしてしまうわ。もし、止めないのなら、私があなたを殺すことになるわ。」
飯島は手を止めて、章子を見た。その手には拳銃が握られている。悲しげな章子の目は、飯島を直視できずゆらゆらと揺れている。飯島が言った。
「章子、これ以上罪を犯すのは止めろ。愛子ちゃんのことを考えろ。」
突然ヒステリックな声が響いた。
「愛子のためにやっているのよ。」
竹内がゆっくりと起きあがりながら、唸った。
「散々、俺を馬鹿にしやがって。俺がつまらん男だと、金でしか何ものも得られんだと。ふざけるな。」
「そうだ、その通りの男じゃないか。」
「そう言うお前はどうなんだ。えーっ、女房を死に追いやった厄病神だ。そうじゃないのか。」
飯島が動揺して言い返した。
「疫病神はどっちだ。お前まえにそんなこと言われたくない。」
「ふん、女房だけならいざ知らず、章子にも裏切られた。惨めな野郎だ。反吐が出るぜ。貴様が気を失っている時、章子は今のうちにお前を殺してくれって頼んだ。彼を苦しませたくないって言ってな。しかし、俺は拒んだ。幸せそうな馬鹿面に水をぶっかけて目覚めさせた。」
こう言うと、竹内はぶるぶる震える手で煙草を取り出し火を点けた。深く吸い込み、そして煙を吐き出しながら続けた。
「いいか、お前の呑気な寝顔を見ていて胸糞が悪くなった。現実を見せたかった。お前がどんなに惨めな男なのか、思い知らせてやりたかったんだ。」
竹内が章子に近付き、拳銃をもぎ取った。飯島は章子を見詰めた。章子は視線を合わそうとしない。ゆっくりと歩いて、飯島に背中を向けて佇んだ。竹内は、咥え煙草で拳銃を飯島の米神に押し当てた。そして言った。
「章子は結婚後も南と続いていた。俺は、二人を結ぶ惨めなメッセンジャーだった。しかし、今、章子は俺の女になった。」
そして竹内はここぞとばかり声を張り上げた。
「飯島、俺と章子が出来ていたとは思いもしなかっただろう。名古屋支社の駐車場で会った時、章子は既に俺の女だったんだ。俺を馬鹿にしたような顔をしていたが、俺はお前が哀れでしょうがなかったんだよ。分かったか、この頓馬野郎が。」
飯島は章子を見た。いつ引き金が引かれてもおかしくない状況だが、佐久間を撃った銃で飯島を撃つはずもない。その銃を死体になった飯島に握らせなければならないはずなのだ。飯島が章子に話しかけた。
「いつから竹内と出来ていたんだ。最初からか?」
僅かに肩が揺れた。章子は後を向いたまま答えた。
「貴方は何も分かっていない。人の気持ちもなんて、ちっとも分かろうとしない。貴方を本当に憎んだわ。死んでしまえばいいと思った。今思い出してもくやしい。」
章子は涙を拭うと叫んだ。
「やって、もういいの。飯島を殺して。」
飯島は覚悟を決めた。既に章子は腹を括っている。まして、竹内は興奮気味で、さっき自分で言った手順など忘れているよだ。どの拳銃で撃っても関係ないという雰囲気である。 飯島の神経は米神に集中していた。衝撃を待った。しかしなかなかそれは訪れない。その代わりに竹内の声が響いた。
「飯島、良い質問だ。章子と俺がいつから出来ていたかって?俺がお前を疫病神と罵った意味を教えてやろう。いいか、よく聞け、章子はつい最近まで、俺達の犯罪とは縁もゆかりもなかったんだ。」
竹内を遮るように、章子が振り返りながら言った。
「竹内とは友達だった。いつでも相談に乗ってくれた。そして、あの日もたまたま電話してきたわ。」
飯島の心に不安が広がった。
「あの日、あの日ってどの日だ?」
章子は押し黙り、唇を噛んだ。代わりに竹内が答えた。
「お前が、章子を怒鳴りつけた日に決まってるだろう。章子を嘘つき呼ばわりして、しかも和子と別れることになったのが、章子の責任だと怒鳴ったそうじゃないか。まったく勝手な野郎だぜ。最初に章子を誘ったのはお前だろう。」
飯島は愕然として章子を見た。そしてあの時の激情を思い出した。竹内の言葉が続く。
「あれが運命を変えた。あのことがなければ、和子は死なずに済んだんだ。俺がお前を疫病神って言ったのはそのことだ。お前の激情が章子を俺達の犯罪に荷担させ、和子の運命を狂わせることになったんだ。」
こう言うと笑い転げた。その笑い声を聞いて、飯島が顔を強張らせた。竹内はひとしきり笑うと、飯島に向き直り叫んだ。
「いいか、飯島、DNA鑑定の偽造のアイディアは章子が思いついたんだ。それで佐久間は本格的に狂っちまった。和子を殺すと言い出したんだ。俺だって、まさか和子さんを殺すなんて思ってもみなかったよ。だが賽は投げられたんだ。」
飯島は、打ちのめされた。章子を憎んだ。章子が和子を殺した。一瞬、そう思ったのだ。飯島が章子に向って怒鳴った。
「なんてことをしたんだ、貴様。貴様が和子を殺したんだ。」
章子がくるりと後を向いてしゃがみ込んだ。章子の肩がぶるぶると震えている。泣いているのだ。
「・・・・・」
章子がしゃくりあげた。竹内が怒鳴った。
「おい、章子、こっちを見ろ。章子、こっちを見るんだ。お前の元恋人を、今から殺す。それをその目に焼き付けろ。お前が俺を愛しているなら、いや、もし、俺と一緒に生きて行くというなら、俺の命令に従え。」
泣きながら章子が叫んだ。
「出来ない、出来ないわ。お願い、許して、許して。」
「おい、こっちを向け、向けって言っているのが分からんのか。」
竹内が興奮して叫んだ。飯島は竹内の異常な表情に危惧を覚えた。今までの勝ち誇った表情は消えうせ狂気が漲っている。
銃声が1発轟いた。章子が前につんのめった。飯島はがっくっと膝を折り、床に手をついた。そして頭を床に叩きつけた。何度も何度も。そんな飯島の様子に、竹内は虚ろな視線を向けたまま言った。
「結局、章子は俺の伴侶にはなれなかった。もっとも、金持ちになれば、女なんてどうにでもなる。」
虚脱したように飯島を見詰めている。ふと我に返ると、右手の銃に視線を落とした。そして、再び飯島を見た。その右手がぴくりと動いた時、飯島が言った。
「その拳銃で、俺が佐久間と章子を殺したというわけだ。」
竹内は、飯島の言葉でようやく手順を思い出したようだ。すかさず飯島が叫んだ。
「もうたくさんだ。早く、俺を殺せ。俺も和子や章子の世界に送ってくれ。もうこんな現実はたくさんだ。さあ、殺せ。」
竹内は頷きながら、銃を左手に持ち替え、飯島から奪った拳銃を尻のポケットから取り出した。
「飯島、言われるまでもない。殺してやるよ。この銃を佐久間に握らせておけばすべてシナリオ通りになる。向田からこの銃のことは聞いていた。さあ、目をつぶれ。お前に見詰められては、俺も撃ちずらい。」
飯島は目を閉じた。
 銃声が響いた。飯島はゆっくりと目を開けた。竹内はあんぐりと口を開けて信じ難い光景を見詰めていた。右手の指が3本飛び、残った薬指と小指の骨が剥き出しになっている。心臓の鼓動に合わせて、ぴゅーぴゅーと血が吹き上げていた。
竹内は、これが突発的な事故なのか、それとも仕組まれたのか確かめようと飯島に視線を向けた。飯島がぼそっと言った。
「ざま見ろ。」
竹内は手首を握り締め、跪くと「うぎゃー、うぎゃー」と悲鳴とも怒声ともとれる声を張り上げた。飯島は竹内の顔を思いきり殴った。竹内は仰向けに倒れた。飯島は床に落ちたもう一丁の拳銃を拾い上げ、起き上がろうともがく竹内に話しかけた。
「俺は向田がお前の仲間だと確信していた。だから銃身の真中に鉛を詰めておいたんだ。ざまあ見ろ、この野郎。」
そう言うと、竹内の腹部を思いきり殴った。竹内はうーんとうめいて転げたが、血だらけの顔に憎悪を漲らせ、唸った。
「この疫病神が。」
飯島はが突然狂ったように叫んだ。
「ふざけるな、貴様こそ厄病神じゃあねえか。この蛆虫野郎が。」
そしてもう一度腹を蹴った。竹内はどさっと大の字に倒れた。
 後で章子の声がした。飯島は駆け寄ると跪いて上半身を抱き上げた。右胸が真っ赤に染まっている。章子が口を開いた。
「やっぱり天罰が下ったわ。そんな気もしないではなかったの。ずっと迷いっぱなし。悪魔になったり普通の人間に戻ったり。結局悪人になりきれなかった・・・あの日、貴方に恥をかかされて、私、正気を失ったの。それがこんな結果を生むなんて。」
「ごめんよ、あの時、何故あんな風に怒鳴ってしまったのか。嘘つき呼ばわりまでしてしまった。」
章子は泣きそうな声で言った。
「嘘をつく気など無かったわ。時期的にみてぴったりだったから、あなたの子供だと信じた。神様が今頃になって、昔の願いを叶えてくれた。そう思ったの。」
「本当にご免。あの時、俺はどうかしていたんだ。本当にご免。」
「謝らないで。かえって辛いわ、私のしたことを思うと。まさかあんなことになるなんて信じられなかった。和子さんが殺された時、本当に恐ろしかった。その原因を作ったのは私だもの。自殺しようかとさえ思った。佐久間の狂気の炎に油を注いだのは私だったの。」
飯島は涙声で叫んだ。
「そんなことはない、決して君のせいじゃない。」
「いいえ、私のせいよ。うまくやれば、佐久間の3億の保険金が手に入るかも知れないって、何かいい知恵はないかって竹内が言ったの。それを聞いた時、私も狂ってしまった。本当にお金が欲しかったから。」
こう言って、ごほっと咳き込み、血を吐いた。飯島は章子の唇についた血を指先で拭った。
「もう、喋るな、今、救急車を呼ぶ。」
章子が続けた。
「いいえ、もうすぐ死ぬわ。だから最後まで話をさせて。竹内が言った通り、DNA鑑定のアイディアを出したのは私だった。あの時、一瞬、魔が差したのね。そのアイディアに竹内は飛びついた。もう後には引けなかった。あんなことさえ言わなければ・・・すべて後の祭り。」
最後の言葉を遮るように、叫んだ。
「違う、それは違うんだ。俺は奴の遣り口をよく知っている。DNA鑑定の偽造なんて、奴はとっくに考えていた。それを君の口から言わせただけだ。俺は奴のそんな遣り口を何度となく見てきた。君は、奴に乗せられただけなんだ。だから自分を責めるな。」
「ふふ、そういうことにしておくわ。少し、気持ちが楽になった。どうも有難う。でも、嬉しい、こうして貴方に抱かれて死ねるなんて、本望だわ。それから、愛子のこと・・・お願い。」
章子の目から涙が溢れた。同時に、飯島の胸に顔を埋めた。微かな息が飯島の胸に小さな温もりを作った。しかし、その温もりも次第に小さくなっていった。最後にはその唇の感覚だけが胸に残った。章子は眠るように息を引き取った。
 涙を堪え、章子を抱きしめた。すると、「おい、疫病神」と竹内の弱弱しい声がする。振りかえると、大の字に倒れた竹内が顔だけ上げて飯島を凝視していた。瞼は赤黒く腫れ上がり、鼻孔から血が吹き出している。しかし、裂けた唇はまだ薄笑いの形を保っていた。
「おい、疫病神。疫病神が、何を泣いているんだ。」
飯島はぶるっと体を震わせた。手から、だらだらと血をたれ流し、死に体となった竹内がまだ憎悪を剥き出しにしている。体中の血液が沸騰した。殺すしかないと思った。和子を、そして章子を殺した張本人がまだ息をしている。許せなかった。
 章子の上半身を静かに床に降ろすと、すっくと立ちあがった。その時、一瞬、肘を引っ張られるような感覚があった。見ると、章子の腕がぱらりと床に落ちた。章子は死の間際まで飯島のジャンパーの袖を握っていたのだ。
 飯島は殺意を顕わにして竹内を見下ろした。竹内は薄笑いを浮かべ、腫上がった瞼を必死で持ち上げた。白目ばかりで瞳は見えない。それでも必死で笑みを浮かべているのだ。飯島は竹内の傍らに立った。竹内がうわ言のように言葉を発した。
「そうだ、飯島、ここで一気にけりをつけろ。」
飯島が右手に持った拳銃を竹内の顔に向けようとした瞬間、さっきと同じように右肘を引っ張られるような感覚を覚えた。革ジャンの袖が脇に擦れたに過ぎない。しかし、章子がジャンパーの袖を握っている感覚が残っていた。飯島が呟いた。
「馬鹿な、偶然だ。ただの偶然に過ぎない。」
章子が飯島の激情を諌めようとしているように感じたのだ。心の中は葛藤が渦巻いていた。ただの偶然だ。思い込みに過ぎない、と。しかし、そんな理性を排除しようとする何かが心の奥底から湧きあがってくる。
 確かに、飯島の激情が章子をどれほど傷つけたか、計り知れない。その章子が最後に言った。貴方に抱かれて死ねるなんて、本望だと。最後に、章子は飯島を許したではないか。許せと言うのか、章子?いや、激情を抑えろと言うことか?飯島の拳銃を握る拳がぶるぶると震えている。竹内が肩で息をしながら、
「どうした、飯島、早くしろ、この疫病神。」
と声を振り絞った。この声を聞いて、肩の力がすっと消え、少しだけ竹内が哀れに思えた。飯島は腰を屈め、竹内の襟首を左手で掴んで語りかけた。
「そんなに怖いか。絶望の淵で生き続けるのがそんなに怖いか。お前は、今、大量に血を失って、恍惚として、死を受け入れようとしている。死など怖くはないって、そう思っているんだろう。」
竹内は目を閉じ、薄笑いを浮かべていた唇を大きく開け、吐息を漏らした。血の滲んだ目から一筋の涙が流れた。飯島が続けた。
「だけど、お前は生きるんだ。生きるしかないと悟れば、今度は苦痛が襲う。その苦痛を味わうしかない。自分のやったことの罪を償うんだ。」
言い終わると、飯島はベルトをはずし、竹内の上腕部を締め付け、止血した。そして、立ちあがり、章子の傍らに行くと、その場にへたり込んだ。携帯で救急車を呼んだ。呆然と二人の死体を見つめていた。そして呟くように言った。
「章子、章子、許してくれ。俺は君を深く傷つけてしまった。こんな犯罪に追い込んでしまった。俺はやはり疫病神だった。」
 それは章子だけではなかった。同時に和子をも、死の淵に追いやったのだ。あの時、もし、じっと孤独と絶望に耐え、章子と関係を結ぼうなどと思わなければ、佐久間を狂気に走らせることも、そして佐久間が和子を殺そうと思うこともなかったのだ。
 突然、飯島の口から嗚咽が漏れた。張り詰めていた心に小さな穴が開いて、ひゅーと何かが漏れ出したように。咽び泣く声が広い空間に吸い込まれてゆく。
「和子、和子。済まない。君は俺に会わなければ良かったんだ。俺と知り合いさいしなければ、・・・・」
 飯島が自分のプライドを捨て、和子に本当のことを打ち明けていれば、状況は変わっていただろう。それが出来ず、章子に救いを求めた。それが負の状況を作り出し、さらに負の連鎖を呼んだ。そして最も残酷な今という未来を用意していたのである。
 遠くでサイレンの音が聞こえる。飯島はおもむろに銃口を米神に当てた。しかし、手がぶるぶると震えて、とうとう引き金を引くことは出来なかった。銃を床に放り投げた。そして呟いた。
「忘れいていた、章子の最後の頼みを。死ぬわけにはいかない。でも、俺に何が出来るというのだ・・・せいぜい保険金が愛子ちゃんに渡るよう、ストーリーを創作するくらいだろう。」
サイレンの音が次第に近付いてくる。飯島はゆっくりと立ち上がった。

 翌日の事情聴取は10時に始まり、昼を挟んで終わったのは夕刻近くだ。花田刑事も呼ばれ、飯島の証言の信憑性は裏づけされ、今後も呼び出しに応じることを約束し、開放された。警察を出ると携帯が震えた。何度も無視し続けてきたが、そろそろ、許そうと思った。携帯の受信ボタンを押した。相手はすぐに出た。
「飯島か、今、どこにいる。」
「お前こそ、どこにいるんだ。」
「今、駒込の奴のマンションを見張っている。俺もお前に言われるまで気付かなかった。お前に悪いことしちまったと思って、奴の動きを監視しているんだ。もし、奴が佐久間の仲間なら何らかの動きをすると思ってさ。」
 力なく微笑んで、飯島は言った。
「すべて片付いた。南、西野会長、佐久間、そして彰子も死んだ。みんな死んでしまった。竹内と俺だけが生き残った。」
 箕輪は絶句している様子だ。しばらくして漸く言葉を発した。
「どういうことなんだ。いったい何が起こったというんだ。」
「すべて、ここ数日のうちに起こったことだ。電話で話せる内容じゃない。」
「つまり、俺は無駄骨を折ったってことか。」
「いや、やはり、向田敦は奴らの仲間だった。お前が、見張っていたから、奴は佐久間達に合流できなかった。本当に助かった。」
 最後に飯島を救ったのは箕輪だ。向田が佐久間等に合流していたら、飯島は今頃こうして息をしているはずもない。箕輪の満足そうに頷く顔を想像し、思わす微笑んだ。そして続けた。
「捕まった竹内が喋れば奴も芋づるで逮捕されるだろう。」
「そうか、やっぱり仲間だったか。俺も、人を見る目がないってことだ。」
「それより、別れてから何日になる。」
「一週間だ。けっこう大変だった。張り込みなんて初めてだし、夜は結構寒いし。」
「会社の方は大丈夫なのか。」
「しょうがないから、例の民間受注の話を出して、休暇の延長をたのんだ。」
 飯島はまた力なく笑った。友のいかつい顔を思い出した。たった一週間しかたっていないのに、懐かしく、心が和んだ。その顔が見たいと思った。
「もう、そっちの方は放っておいても大丈夫だ。警察にまかせればいい。どうだ、これからどこかで合流しよう。お前にだけは全てを話しておきたい。佐久間さん、祥子、南、会長、それぞれがどう生きて死んでいったか、正直に話したい」
「ああ、いいだろう。俺だって最初から関わってきたんだ。聞く権利があるはずだ」
「ああ、それにお前は俺の命の恩人だからな」
「そんな大袈裟な。ところで、お前、これからどうするつもりだ。就職のことだ。」
「さあ、考えていない。」
「お前、心機一転して、仙台に来ないか。仙台は本当にいい所だぞ。人情が細やかで、物価は安い。冬はスキーそれ以外の季節はゴルフ。自然はたっぷりある。お前の就職は俺が何とかする。」
 箕輪は精一杯の心遣いをしてくれている。就職は、箕輪の世話にならなくても、贅沢さえ言わなければどうにでもなる。かつて、和子と歩いた仙台の街を思い浮かべた。仙台か。それも悪くない。死ねないのなら、どこかで生きていかなければならないのだから。  
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