ソードアート・オンライン〜Another story〜
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SAO編
第32話 白銀と漆黒Ⅰ
とりあえず、クラインの話を訊いて、リュウキは一頻り苦笑いした後は、『やれやれ……』と言わんばかりに、ため息を吐いていた。
本当に多い。リュウキがため息を吐くのは。 そして大体メンバーは、決まってる。クラインはその中でも1,2を争うだろう。
そして、真横で聞いていたキリトも呆れていた。
「………はぁ、何でもかんでも一直線。猪突猛進か? お前は本当に……」
リュウキは、そう返す。キリトもリュウキもクラインの性格は大体はわかっているのだ。だからこそ、ため息が多い。……不快では無いのが救いだ。
「……さっきの質問だが、当然、それは答えるつもりは無い。プライバシーだ」
返答は勿論そうだ。
自身の情報を公開する。別に自分の今のレベルを言う位なら問題ないが、それ以上《何か》を自分から、言うつもりは毛頭ない。
アルゴの様には考えられないし、そこまで金にがめつい訳でもない。
それは、大多数がそうだろう。アルゴが特殊すぎる。
「まあ……、そりゃそうか」
全く期待をしてなかった、と言えば嘘になるが クラインも流石に正直に、教えてくれるとも思ってなかったんだろう。だからこそ早々に諦めていた。
「……まぁ確かに、自分のステータスまで売れるような奴はアルゴくらいだろうさ。……兎も角、だからオレ達は互いに相手がクリスマスボスを狙っていることを知ってるわけだ。現段階でNPCから入手できるヒントも全て購入済だって事もな。……なら、オレが何でこんな無謀な経験値稼ぎしている理由、そしてどんなに忠告しても止めない理由もお前には明らかだろう」
キリトは、はっきりとクラインにそう告げた。
クラインの方だけを向いて言っているのは、リュウキには端からバレていると言う事はわかっていたからだ。
「……悪かったよ。カマかけるみてぇな言い方してよ……」
クラインはあごから離した手でガリガリと頭を掻きながら、続けた。
「イヴの日、24日の夜まであと5日をきったからな……。BOSS出現に備えて ちっとでも戦力を上げときたいのは、どこのギルドも一緒だ。……まぁ、流石に こんなクソ寒い真夜中に狩場に篭るようなバカは少ねえけどな。 だが……ウチはこれでもギルメンが10人近くいるんだぜ。十分に勝算あってのBOSS狙いだ。仮にも≪年イチ≫なんていう大物のフラグMobがソロで狩れるようなモンじゃねえことくらい、お前ェにもわかってるだろうが!? オレには自暴自棄にしか見えねぇんだよ。キリト」
「………」
クラインの言葉に、キリトは反論できないようだ。……この男が言う様に、BOSSの強さは、身に染みているからだ。
BOSSにも様々な種類が存在している。 フロアBOSS以外にも、フィールド上にいるタイプ、クエストイベント等にいるタイプ、そして 隠されているBOSS等。
一貫して言えるのは、そのどれもが決して侮れない相手だと言う事。強敵だと言う事だ。
安全マージン等は存在しない、と言える程に。今まで前線で戦ってきた身からすれば、それは痛い程、身に染みている。
「確かに……。クラインの言う通りだ。……普通、なら」
その時、だった。
クラインの話を訊いていたリュウキは、不敵な笑みを零しながら、答えないキリトの代わりに話しだした。
「あん?」
クラインはその笑みに、言葉に引っかかっていたようだ。視線をキリトの方からリュウキに変えた。
「クラインとは別の理由で、オレは此処に来たんだよ。 オレもたまにはパーティを組んでみようか? と思ってな。だから キリトを探していた」
リュウキは、そう答えると、キリトの方を見た。
「は……?」
キリトは、リュウキの思惑が全く理解出来なかった。だが、冷静に言葉の1つ1つを思い返し、そして理解する事が出来た。できて、思わず 唖然としてしまっていた。
正直、これまでリュウキから誘いを受ける事等 無かった。
《リュウキは、誘いはしても、誘われはしない》
そんな存在だったんだ。
そして、彼が頑なに1人でいる事には、何か訳があるとは思っていたが、それを訊くのはマナー違反だ。この世界ではなく、現実世界での事の可能性が高いから。
だから、訊けない。でも、リュウキとパーティを組むのは正直ありがたい事だった。多分、攻略組であれば、誰しもが そう思うかもしれない。
でも、それでも、今キリトは受けるわけにはいかなかった。
今回の戦いは、1人じゃないと意味が無いからだ。100%アイテムを入手するのには1人じゃないと不可能だから。1人加われば、確率は半分、50だ。それでは意味が無い。どうしても、欲しいアイテムだから。
だからこそ、キリトはリュウキの誘いを断ろうとしていた。キリトの葛藤は、数秒に及んだ。そして、断ろうと返答する前に、リュウキはキリトの考えを見越したように続ける言った。
「キリト。オレの目的はその年イチMob《背教者ニコラス》を《視る》事だ。……ドロップアイテムには興味はない。だから、仮に オレにドロップしたとしても無償で譲る。視る為だと言っても、キリトと一緒だったら、大分楽になるから、な」
リュウキの言葉を聞いて キリトは再び言葉が詰まる。リュウキはキリトの考えを知った上でそう言っていたのだ。
『全てをキリトに譲る』
そう、キリトの目的は《背教者ニコラス》が落とすと噂されている≪蘇生アイテム≫だ。
それが、キリトが異常なまでにレベル上げに邁進してきた理由。
全ては、あの時の贖罪の為。ギルド《月夜の黒猫団》の為に。
「はぁ……やっぱり あの話のせいかよ」
クラインも、全て判った様だった。それ程までに あのイベントの噂は蔓延しているから。
「《蘇生アイテム》。……まぁ気持ちはわかるぜ? 正に夢のアイテムだからな。『ニコラスの大袋の中には命尽きたものの魂を呼び戻す神器さえも隠されている』だったか。 ……でもな、大方奴らが言ってるとおり、ガセネタだと思うぜ。 ガセと言うか、SAOが大元の……普通のVRMMOとして開発されてた時に組み込まれていたNPCのセリフがそのまま残っちまった。……つまり本来はよくある経験値の罰則を回避する為に、死んだプレイヤーを無償で蘇生させるアイテムだったんだろうさ。……だが、今のSAOじゃ、ありえねえ。罰則……それは即ち、プレイヤー本人の死なんだからよ。思い出したくねえが……あの時、茅場の野郎が言ってたじゃねえか」
クラインのその言葉を聞いて、あの時の茅場の言葉が蘇ってきた。
『HPが0になった時点で、プレイヤーの意識はこの世界から消え……現実の肉体に戻ることは永遠に無い』という言葉だ。
その茅場の言葉が欺瞞だったとは思わないし、思えない。
「それによ……、死んだ連中が実際にどうなるのか。知っている奴はここには1人もいねえ、死んだら向こうに戻ってて、『全部は嘘でした!なーんちゃって』とか、茅場が言うのか? ふざけんなよッ手前ェ! そんなの1年も前に決着が付いている議論だろうが。それが本当だって言うなら、速攻で現実の連中が皆のナーヴギアを剥ぎとりゃ一瞬で終わりだ。だが、出来ないってことは……、本当ってことなんだよ。HPが0になった瞬間、……ナーヴギアが電子レンジに早変わりして、俺らの脳をチンするんだよ。じゃなけりゃ、これまで、糞モンス共に殺られて、死にたくねえ、って泣きながら消えていった連中は何の為に……」
「……それ以上、何も言うなクライン」
クラインの言葉を制したのはリュウキだ。理由は明白。キリトの表情が暗く……冷たくなってゆくのを感じたから。
「……クライン。お前はオレやキリトが今更そんな事わかってないと思ってるのか? そう思ってるのなら、もうオレは、いやオレ達はお前と話すことはもう何も無い」
それを最後にクラインから視線を外すと、リュウキはキリトの方を見た。
「オレも、蘇生の可能性は たった1%でも、極論すれば0でなければ、十分だと考えている。 確かめもしないで、予想だけで結論付けるのは どんな事でも愚かな事だ。 ……そして何より、オレとお前なら2人でも十分に狩れる。あのアイテムを手に入れられると言う可能性の話なら、100%だ。保障しても良い。 オレはソロだ。……あのアイテムもオレには必要ない」
そこまで言いうと、一呼吸置く。
リュウキは、キリトの目をしっかりと見つめ。
「……だが、そこから先のメリットとデメリットは キリト自身が考えてくれ。組むのを断るのなら、これ以上、無理にとは決して言わない。オレは手を引こう。……約束はしてもらうがな」
「……約束?」
「ああ。『死なない』とだ」
「っ……!」
リュウキの言葉を聞いてクラインは何も言えず、押し黙った。
そして、キリトは目を瞑った。目を瞑り考えた。自分にとって最適な選択はなんなのか?
それを導き出したのだ。
「オレは……」
目を瞑ったまま、キリトは思う。以前の自分なら、このSAOがデス・ゲームとなったとしてでも、多分、負けたくない と言うプライドが邪魔して、組むのに、少しは躊躇をしていたって思える。だが、今は違うんだ。
リュウキの言葉は心強く、そして、温かかった。何よりも、誰の言葉よりも。
「……よろしく頼む。リュウキ」
目を開けた時、キリトはリュウキの手を取った。これほど心強いものは無い。
この男のゲームの強さ。いや、ステータスの強さだけじゃない。
クラインの存在も、間違いなくキリトにとって助けになっている。
――……だが、なぜだろうか?
キリトにとって、リュウキの言葉はそれ以上だった。なぜ ここまで心に響いてくるのかは、キリトにはこの時知る由もなかった。
「ッ!! 待てよ、考え直せ! 2人とも無茶なことはやめるんだ。お前らの実力は疑わねえよ。そりゃそうだろう、この世界でトップクラスのプレイヤーだぜ? でもよ……いくらなんでも無謀すぎるだろ!たった2人で、年イチのBOSSとやるなんてよぉ! 今までのBOSSの定冠詞持ってた野郎共の事を思い出せ!」
クラインの言葉は、決して自分の為に言っていない。
自分達以外のプレイヤーにアイテムを取らせないように、少しでも手に入れる可能性を上げる為に、等と言った類のモノじゃない。
それは本当にわかるんだ。純粋に、自分を心配をしてくれている事が。そして、フラグMoB。BOSSクラスのモンスターをたった2人狩る。それが、如何に無茶な行動なのかもクラインは知っている。最前線にまで 戦い抜いてきた強者だからだ。
だが、それでも2人の意志は堅かった。
「確実に狙ったモノを獲るならこの方法しかない。増えれば増える程、確率で言えば下がるばかりだ。ドロップアイテム目当てじゃないのにBOSSに挑もうとする酔狂な男はオレくらいだ。……そして、キリトが了承してくれた以上やる」
リュウキはそう言った。
「悪いな……リュウキ」
キリトは、感謝してもし足りない程、だった。
「……気にするな オレ自身の情報収集にもなる」
リュウキはそう言うと、この場を離れた。そして 声を限りなく小さくする。……キリトに聞こえないように。
「何より……、お前を死なせたくない……からな。」
そうリュウキは呟いていた。
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