英雄伝説 零の軌跡 壁に挑む者たち
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19話
空調の送風機が駆動する機械音と鉄の地面を靴が鳴らす音だけが聞こえる。よく耳を澄ませれば魔獣たちが徘徊する音が聞こえるかも知れないが空調機の騒音が遠くまで気配を探るのを妨げる。
また一つ区画を仕切る隔壁扉を開けると身構えていた全身に風圧が掛かり、それでも前方から飛び出してくるかも知れない魔獣を警戒した。
魔獣が飛び出して来れないことの確認が済むと内部に入り、内部に魔獣がいないかの確認に移る。
それが済むと全員がやっと緊張を解いた。
「ロイド、そろそろ休まねえか?このまま探し回っても疲れちまうしよ。一旦建て直しが必要だろ?」
エリィとティオも疲れてきているため休憩を取ることになった。その辺にある鉄骨の機材に座れる場所を見つけると全員から溜め息が出た。
ジオフロントを2時間近く歩き回り、手配魔獣に全く接触しなかったのだ。一度下まで降りればそれで発見できると思っていたために警戒しながら動いた結果かなり疲れてしまったのだ。
飲料水は水道が通っているので得られるが食料を何も持って来なかったためこのまま無駄に消耗し続ければいずれ空腹で動けなくなってしまう。
大陸一の貿易都市で遭難寸前など洒落にもならない実に間抜けな状態だ。
失敗の挽回、自分たちがやれることを示そうと補給に戻らず捜索するという意気込みだけが空回りした格好である。
「広い空間はこれで最後なんだけどな」
ティオの個人用端末のディスプレイに表示された地図を見つつロイドたちは悩んでいた。
「やっぱり移動してるのかしら?」
「そうとしか考えられねえよ。報告通りの巨体ならダクトは通れねえはずだから人間用の通路を移動してると思ったんだがな」
ジオフロントAは巨大換気区画として性質上飛行型の魔獣は強い空気の流れに乗って移動速度が速くなってしまう。
そうなるとどうやって魔獣の居場所を掴むかが一番の問題になる。広い空間を重点的に探し回ったが入れる範囲は全て回ったのに見つからなかった。
連結している別のジオフロントに行ってしまったか地図にない工事区画にいるのかもう死んでるのか目撃情報自体が誤情報だと冗談めかして言ったりして建設的な案は出てこなかった。
「うーん」
全員が唸ってしまい、アイデアに詰まってしまった。
「探索人数を分けてはどうでしょう?もうほとんどの魔獣はやっつけてしまいましたし、エニグマの通信機能を使えば全員同時通話が出来ますから見つけたらすぐにお知らせできます」
「いや、それは反対だ。ちょっとずつ息が合ってきてるからここの魔獣ぐらいなら4人なら余裕になったが、俺ならともかく一人や二人のところを襲われたらひとたまりもない」
「そうですか」
ランディに否定されてティオが少ししょぼんとしてしまった。
「ほら、ティオちゃんが持ってる魔導杖の機能で、えっと、一昨日子供を見つけた時の、あれは使えないかしら?」
一昨日の初探索で狭いダクトのどこにアンリや魔獣がいるのかを見つけた機能、エイオンシステムの知覚増幅での探索は確かにこの手の捜索などには持って来いなのだが。
「それが、狭い場所なら良いんですが、こういう場所は空気の流れが複雑に混ざってるので分かり辛いんです」
「そうだな、この風が一番まずい」
風がなぜ問題なんだという顔をした二人のためにランディが説明した。
「ほら、風がずっと来てるだろう?ここに魔獣がいたとしても気配や臭いが流れちまう。しかも俺たちが入ってきて流れが変わってるから見当もつかん」
風というよりも空気の流れが、冷たかったり温かったりするぐらいで風というほどはっきりと感じるのは風の流れを調整する区画扉を開けた時ぐらいなので、エリィは上手く実感出来なかった。
「臭いでわかるの?」
「いや、こう、普通にしていたら、なんかいるっぽいな、って思うんだよ。そしたらやっぱりいたなって感じでさ」
「そうなの?」
戦闘慣れしてるランディは臭いや気配などが鋭敏化しているので、その場の空気を感じるだけで分かったりするのだが、口でこの感覚を説明するのは難しかった。
ましてエリィはこの中で一番戦闘経験は少ない。歴戦の猟兵だったランディと同じ感じ方をしろというのは土台無理な話なのだ。
「このジオフロントの風ってどうにか出来るのかな?」
「そりゃ通路の隔壁を閉じるとか送風機を止めれば出来るだろうが、どうやって止めるんだ?」
「えっと、制御端末室で一括制御するということになってます。ですが勝手に使われないように認証が必要みたいです」
「それは許可はいるわよね」
「あ、待ってください。緊急時の手動操作マニュアルがあります」
基本的に区画隔壁扉は人程度の大きさのものが通ろうとすれば自動で開き自動で閉じるので傍の操作スイッチで開けたままか閉めたままに出来る。送風機の方はファンの傍にあるハンドルを回すことで操作が可能なようだ。
「でも止めちゃって良いんでしょうか?」
「判断が難しいわね。無許可だからというのもあるけどほかのジオフロントに空気を送らないと困るだろうし」
市のインフラを勝手に操作しようとしたが、それがどれほど影響があるのかはさすがに想像の範疇外だった。
ロイド自身も空気の流れさえどうにかできればこの二人の力で手配魔獣の追跡は楽になるかと思ったのだが、空気の流れが止まって大変なことになるのか、確かめようがないだけに簡単には行動に踏み切れない。
「じゃあ調節とかはどうなんだ?強くするとかは」
「出来るみたいですけど、なんでです?」
「うん。ジオフロントの地図を見てたら思い付いたんだ。空気の流れの先が新市庁舎地下に繋がってるって」
「あの風が強かった場所か、あそこの向こうが行政区の工事中のところに繋がってたのか?」
「あれは工事の予算が下りてないからよ」
「そこに空気の流れが集中するなら、魔獣は蝙蝠だったし強い風で流れ着くんじゃないかな?まだ工事中なら強い風で何か起こることもないしほかの場所への影響も少ないと思うんだ」
「まあ駄目で元々だ。空気止めるよりはマシだろうし、俺は賛成だね」
ほかに良い案もないので全員が同意したが、問題は空気の出口である新市庁舎地下空間前の広い場所には誰が行くかである。
空気の流れを誘導するために隔壁を閉じたり開けたりして、ファンをフル回転させて強風を起こしても魔獣がそこに来てないと意味のない行為になってしまう。誰か先回りして確認役が必要になる。
「これは俺が引き受けよう。そっちも三人なら魔獣に遭遇しても何とかやれるだろうし、俺もデカイのが来たら逃げるから。エニグマで状況を伝えるから合流してから叩くぞ」
最初は言いだしっぺのロイドがリーダーとして危険な確認役をやると言って聞かなかったのだが、ランディがどっちがなっても良いが前回格好良いとこ見せたんだからちょっとぐらい見せ場を作らせろと言い出したのでロイドばかり良い格好させのもどうかと思うとエリィとティオも同意してしまったのでそう決まった。
まずはティオがエニグマの通信機の同時通話機能の使い方を教えていたのだが、途中から、これってさっき自分が提案したことじゃないかとわかるとちょっとムッとしていた。
通話できることを確認してランディと別れると地図上にある巨大送風機のファンを一つずつフル回転させていった。
地図上では空気の取り入れ口は市外の新鮮な空気を取り入れるためかなり遠くに作られているらしく、そこまでは行けなかったが、その近くまで行き出来るだけ広範囲に強風を引き起こした。
予想よりもかなり強力な送風装置に驚きながらも巨大地下空間の換気を行うのだからと思い、これで複数の風の流れが集約し、この風の流れに手配魔獣がいればランディのいるところに流されていくはずだ。
「ランディさん?どうなってますか?」
「お前ら風、強過ぎないか?もう跳んだら飛べるぜ?なあ、俺、吹っ飛ばされちゃうよ?」
「手配魔獣が来るまで耐えてください。本当に危なくなったら止めますから言ってください」
体が浮くほどの強風に晒されて風を避けるために壁の隅に身を隠していたランディはエニグマで通話するのも難しい状況にあったが、大型魔獣が来ない以上風を止めるわけにも行かず軍用コートで風を凌いで待ち続けることに。
しかし数分もしないうちに小型魔獣が飛び込んできた。それも廃材やらと一緒に。
「おお~い、なんか廃材とか魔獣とかいろんなもんがいっぱい飛んで来てんぞ。大丈夫なのか?というか俺がやべえよ」
さすがに現在工事中の場所は区画扉で仕切られているので風の通り道から外れているが、完成した区画に残された細かな廃材や機材は簡単に吹き飛んで来る。
そして弱い魔獣は竜巻状態の中で廃材やらとぶつかり合って自滅していく。
そこに灰色の巨大蝙蝠が飛び込んできた。すると魔獣たちは連携して廃材を壊してみたり防御するなど目に見えて理性的な集団行動を取るようになっていく。
そして徐々に壁を移動してこの空間から逃れようとしていた。
(デカコウモリが指揮官ってわけか。あの動きはともかくあれぐらいの早さならここで戦ったほうが有利だな)
あくまでランディの思考は冷静だった。強風に体を持っていかれれば廃材でやられるか魔物たちと揉みくちゃになって酷いことになる。
そんな危険な状況であることなどまるで感じさせず冷静に討伐対象を観察して通信を入れた。
「よぉし、本命が来たぞ!風を止めてくれ。えらい数になってる。足止めするから早く来てくれ」
「わかった。すぐに行く!」
強風の間はランディも身動きができないしロイドたちもここへ来ることは出来ない。ここから合流までの時間が元警備隊の腕の見せどころだ。
一分もすれば風が完全に緩やかになり浮き上がっていた廃材たちが地面に落ちるのと同時に自由に行動出来るようになった。それは魔獣たちも同じ。2、3アージュの巨大魔獣と百体ほどの小型魔獣が一気にこちらに向かってきた。
ランディは目の前にある区画隔壁扉を閉めに走り込んだ。
「ふー、危ねえ」
扉を起動させるスイッチを押して扉を閉めるとやっと息を吐いた。
十秒も掛からなかったがギリギリ捕捉されずに逃げ込めた。この長い足に感謝だ。
問題はここからだ。いくつもの通気路がここで合流しているため一つ区画扉を閉めても封じ込めは出来ない。流れてくるようにあえて開きっぱなしにしているからだ。
むしろ完全な封じ込めは魔獣を結束させ手強くするので指揮を離れて逃げていく小型魔獣は無視して良い。逃げてくれたほうが都合が良いくらいだ。
ランディはスタンハルバートを握り直すと扉を開いて中を確認した。
巨大蝙蝠の周囲から小型魔獣がバラけつつある魔獣の集団が別の通路に移動していた。予想通り動きは巨大蝙蝠と合わせており鈍い。
それを確認すると魔獣集団に向かって背後から走り込むとスタンハルバートの導力器から発生する衝撃波で増幅された一撃を叩き込んだ。
数匹の魔獣が消し飛ぶがランディはそのまま魔獣集団が向かっていた通路に走りこみ扉を閉めた。
小型魔獣にいくつか攻撃を喰らったがまだまだ許容範囲。
目標の大型の蝙蝠魔獣を見失わないよう、そしてこの広い場所ならば狭い通路より戦闘がしやすい。仲間たちと合流して全員で掛かれば必ず仕留められる。
足止めと小型魔獣をバラけさせるためにランディは一撃離脱攻撃を繰り返す。
そして戦闘中に入れっぱなしにしているエニグマから通信が入った。
「ランディ!」
ロイドたちは最初にランディが閉じた扉からこちらを伺っていた。
「手順は説明した通りだ。ティオすけがぶっ放して雑魚を引き剥がせなければ本体攻撃に移れない。俺が隠れたら撃ってくれ!頼むぞ!」
結局釘付けにするのが精一杯で10匹も倒せなかったが、一人でやったにしては十分だろうとランディは魔獣集団から離れるとティオが変形させた杖を構えて叫んだ。
「ガンナーモード、起動。オーバルドライバー、出力最大。エーテル、バスター!」
青白い光を放つ導力が杖の先端に集まっていく。限界まで集まった導力が叫び声と共に一気に放出され青白い光が魔獣集団全てを飲み込んだ。
しかし消し飛んだ体内にあるセピスの光が見えたのは半分程度で巨大魔獣も含めた50体近くが弾き飛ばされた。
魔獣集団の後ろから発射したために前に弾き飛ばされたが、それでも目的である巨大蝙蝠魔獣以外は瀕死ですぐさま動けるのも少なく問題にならない。
「よし。ロイド、俺たちで釘付けのする。お嬢とティオすけは離れて援護してくれ。このまま決着をつけるぞ!」
ランディの言葉に3人は大型蝙蝠を囲むように走り込んで来る。
支援課4人は巨大蝙蝠を取り囲み、少しずつ削っていく。
巨大蝙蝠はティオの導力砲を受けてもあまり致命傷は受けいなかったが、護衛の小型魔獣の多くが掃討出来たことは難易度を大いに下げていた。
決して動きの素早くない巨大魔獣が獲物を仕留めるには連携が必須であり、小型魔獣で動きを止めたところを体当たりや丸齧りするのが巨大蝙蝠の戦法だ。
それを支援課は完全に封じてみせた。
ロイドとランディが前後から交互に攻撃を繰り返し一方的に攻撃され続ける状況に陥らせず、エリィとティオも距離を保ちつつ残った護衛魔獣を一撃一撃を的確に撃ち込んで倒していく。
それは嬲り殺しのように見えるが、体当たりを受ければ大怪我する人間の確かな作戦だった。
しかし巨大魔獣もただ黙ってやられはしなかった。護衛の魔獣が全てやられ命の危機に陥ると小さく見えていた翼を大きく広げて素早い動きで体当たりを仕掛けてきた。
広い場所で戦ったことが今度は災いし少し飛べる空間があることから飛行状態からの一撃離脱を可能にしてしまったのだ。
間一髪体当たりを避ける4人だったが、ランディはこれは相手も本気で焦っているからであり逃げ出さないのはまだ余力があることを見て取る。
それはロイドも同じだった。
「俺が囮になって受け止めるからその間に仕留めてくれ」
「ロイド、お前、俺に華を持たせてくれないのか?」
「トンファーは防御に向いてるしハルバートは攻撃に向いてるからだ」
ロイドは自分に向かって滑空して体当たりしてくる巨大魔獣に対して覚悟を決めて立ち向かった。
それほど早いスピードではないが体重が乗ってる分、重い一撃に吹き飛ばされたものの蝙蝠の動きが一瞬止まった。
「お嬢、翼を撃て!」
この瞬間を逃さず、エニグマで伝わる声に反応してエリィが翼を撃ち抜いてみせた。
バランスを失って速度が急激に落ちる蝙蝠にランディが飛びかかりもう一方の翼を斬り落として蝙蝠を墜落させた。
巨体がドスンと落下して身動きが取れずゴロンと転がる中でランディはハルバートを振りかぶり熱い闘気を込めた止めの一撃を叩き込んだ。
体に深々と突き刺さったハルバートにより巨大蝙蝠は完全に動きが止まった。
4人の荒い息遣いだけが聞こえていた。そして魔獣の息遣いが聞こえないことがわかってやっと緊張を解いたのだ。
「ふう、なんとかなったな」
「ま、アリオスって遊撃士が倒したのに比べれば格下だったがな」
「ふふ。でも4人でやればなんとかなったわ」
「ですね。梃子摺りましたけど私たち、ちゃんとやれました」
「ああ。やれたな」
全員が晴れやかな顔で頷いた。
自分たちは遊撃士にはまだまだ及ばない。しかし正式に任務を一つ達成したのだ。
自力で一歩を、確かに歩めたことは、前回の失敗を挽回できたと、これからもやれるという自信を自分たちに与えてくれた。
新人の寄せ集めで急造した特務支援課にとってこの任務は大きな一歩となった。
彼らの胸には密かな自信と嬉しさが満ちてそれを共有しているお互いの顔を見合ってまた笑うのだった。
後書き
前回と同じく希望を胸に頷くという代わり映えのしない展開になってしまった。
今回は完全にノリでやってしまったので、ジオフロントAの内部構造が滅茶苦茶とか素早く動くとかどう考えてもメガロバッドじゃないだろうとか、ノリでやっちゃったのよね。だから巨大蝙蝠で濁している。
本当はジオフロント内部で竜巻起こして飛べるぐらい空気の流れがおかしいから市庁舎地下のメインシャフトのある大空洞でコウモリ相手に空中接近戦仕掛けるぐらいの派手さで行こうと思ったぐらいだし。ティオが風読めるから空飛んでエーテルバスター撃ちまくりの大活躍とかさ。
それがゲーム戦闘システムがあるから派手に出来ないんだ。それが限界。地味な話だしね。
あんまり上手くなかったけどエニグマでの通信機を使った距離感無視の連携は、それでバーニングレイジとかしたかったんだけどな。
アークスだとこういう感じなのかな。ずっと持ってるオーブメントで通信以外にもアーツを連携したりがありそうだし。
というかラストシーン、4人共任務達成で晴れやかにしてるけど、周りは魔獣の死骸百体分があってべチャべチャよ。腐ったら臭う死体処理シーンなんて見ても嬉しくないから書かないけど、やっぱり処理は市庁舎にある廃棄物処理課が担当するんだろうか。で、それを手伝う支援課は死体からセピスを回収して懐に納める汚職を目撃してしまうというエピソードが出来そうですな。
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