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ネギまとガンツと俺

作者:をもち
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第6話「試験―①」



 タケルは学園長室に呼ばれていた。

 本来ならば各担任がHRに駆り出されている時間。タケルもネギと共に2-Aに向かおうとしていたところ、学園長に呼び止められたのだ。

 学園長室に顔を出したところ、学園長は第一声から本題に入っていた。

「少し、試験を受けてみんか?」
「はい?」

 いきなりなんだ? と首をかしげるタケルに、学園長は独特な笑い声をあげて頷く。

「お前さんの評判は聞いとる。なかなかに頑張ってくれとるそうじゃの?」
「……」

 訝しげな目をしつつ、ぺこりと頭を下げる。そんな彼の態度には構わず、学園長は話を続ける。

「そこで、じゃ。この時期ネギ君には教育実習を卒業するための課題が与えられる。生徒達も期末試験で騒ぎ出す頃じゃ。ついでだからお前さんもウチの試験を受けてみんか?」
「え?」
「お前さんに質問する生徒からは丁寧だと評判をうけておるぞ? 今なら面接その他もろもろは省いて一教科のみの課題でいいのじゃぞ?」

 念を押す学園長に、タケルは一瞬だけ嬉しそうな顔を見せて、すぐに困ったような顔をする。

 ――だめか?

 学園長が諦めかけた時、ゆっくりとタケルが答えた。

「是非お願いします」

 このところタケルの仕事は少なかった。教師にもなれてきたネギは10歳で大学を卒業する程に優秀な人間で、それほどの人間が仕事を溜め込むはずもなく、むしろテキパキと終わらせていく。そのため、タケルは自分の副担任として居場所にすくなからず心苦しい思いを抱いていた。

 先ほど少し迷った様子を見せたのはこの世界に来て、一度だけあったガンツのミッションのせい。いつミッションが入るとも知れない身で、教師を挑戦してもいいのだろうか、と逡巡したのだった。

 だがまだカメ星人に呼ばれた夜以降、それはない。

 そういったことを考えたタケルは頷いたのだった。

 試験はタケルが唯一得意教科ともいえる国語。レベルは中学校レベルなので、問題自体はさほど難しくない。

 問題点があるとするなら、それは課題がテストではないことだろう。先生たちを生徒役として、その問題の解説をすることが課題。

「期末試験日にやってもらうからの」
「わかりまし……た?」

 頷いてからその動きを止める。

 ――期末試験日って、3日後じゃなかったか?

 ギギギとまるで錆び付いた動きで学園長に顔を向ける。ロボットのような顔を向けられた学園長は、なかなかに素晴らしい笑顔で、ぐっと親指を立てたのであった。

 どうやら大変に3日間になりそうだった。




 その日の授業も終わり、タケルは自室で課題に取り組んでいた。

 夕方から取り組んでいたそれはなかなかに難しく、気付けば陽が沈み、かわりに月が映えている。それでも休憩をはさみつつ、彼の集中力は持続されていた。

 カリカリと音を立てて鉛筆がノートを走る。目は真摯に問題のみに注がれ、頭はフルに回転している。

 目の前の課題に集中しきっていたタケルの部屋に、取り付けられた電話が響いた。

 突然のコール音に背をビクリと震わせ、暫し逡巡した後に受話器を取った。

「はい」
「タケル君に生徒が来てるよ、一階ロビーで待たせてあるから」
「俺に?」

 怪訝な顔になったタケルだったが、すぐに礼を言って電話を切る。寮長の先生に指示されたとおり、一階のロビーに降りるとそこには確かに2-Aの生徒。

 早乙女ハルナと宮崎のどか、それに近衛木乃香。

 珍しい組み合わせだ。

 質問か? とも思ったが彼女達がそういった手荷物を持っているようにも見えない。タケルが首をかしげていると彼女達が今にも泣きそうな顔をしだした。さすがにギョッとして声をかける。

「どうした?」
「た、大変なんですー」
「ネギ先生とバカレンジャーが行方不明に……」

 バカレンジャーとは2-Aでも特にテストの成績が悪い5人のことで、

 綾瀬夕映、神楽坂明日菜、古菲、佐々木まき絵、長瀬楓

 ――だったか?

 5人の顔をどうにかして思い出す。

「先生、どどどどうしたらーー!?」

 ワタワタと慌てふためく目の前の二人を見たタケルはため息をついて詳しい事情を聞くことにしたのだった。


 

 ――どうしてこうなった。

 彼は考えていた。

 どうやら今度のテストで激しく成績が悪かった生徒は小学生に戻される、という噂話が彼女達の中で流れていたらしい。

 それに危機感を覚えた5人のバカレンジャーが、図書館島に存在しているという頭がよくなる魔法の本を探しに出発。そのついでに半ば強引な形でネギを連れて行った。

 というのが、事件の真相ようだ。

「はぁ」

 噂云々はさておいて、彼女達の気持ちもわからないではない。大半の小・中・高生にとって勉強ほど苦痛に感じる存在はないだろう。

 だが、そのために行方不明になって周囲に迷惑をかけるようであればそれはさすがに許すわけには行かない。

 報告に来てくれた3人―もう部屋に帰らせて、ここにはいないが―にも既に心配をかけている。明日になっても見つからなければ、それこそ警察沙汰になってもおかしくない。クラス全員、学校全体が心配するだろう。

 図書館島の地図のコピーを握り、頭部には探検用のライト。そして勿論、服の下にはガンツ装備一式を。

「……後でこってり絞るか」

 呟き、タケルは図書館島に突入した。

 大きな扉を開け踏み入ったその地は、確かに図書館島と呼ぶにふさわしいモノだった。前後に左右、果ては上下と、全方位に収められた本。

「……すごいな」

 つい一冊を手にとってしまう。途端に発動する罠。真後ろから放たれた矢はタケルの頭に見事にぶち当たり砕け散った。

 ガンツスーツのおかげでダメージはないが、衝撃はうける。

「?」

 ただ本人は気のせいだと判断したらしい。首をかしげて、ただそれだけ。救われたことにも気付いていないタケルは本を戻して頬をはたく。

「よし、行くか」

 既に彼女達の通ったルートも、そのルートに存在していた罠も知っている。ほうっておけばすぐに迷子になる彼だがルートを知ってさえいればそういう心配もない。

 ――行方不明になった地点まで、一気に追いつく!

「ふっ」

 床を踏み抜かないように力配分に気を配って走りだす。

 十数分でたどりついた場所には誰もいなかった。代わりに一体の巨大な石像が落ち込むような姿勢で穴を覗き込んでいる。丁度タケルに背を向ける格好でいるため彼の存在には気付いていないようだ。

「しもうた、こりゃやりすぎたの」

 と石像から漏れ出た声は、どこか違和感を覚えさせるが、確かにタケルの耳に聞き覚えのあるものだ。

「……学園長?」

 首をかしげ、呟いた声に巨大な石像はビクとその動きを震わせ、一旦停止。ゆっくりとタケルへその巨体を向けた。

「タケ……ごほごほっ。むむ、またもや侵入者か!?」
「今、タケルっていいかけ――?」
「――問答無用じゃあああ!」

 石像がその巨体と同等な大きさのハンマー振る回し、床を穿つ。タケルはそれを当然のように避けていた。後ろに飛び退き、武器を取り出そうとした彼を突然の浮遊感が襲った。

「……まさか」

 嫌な汗が頬を伝う。ゆっくりと足元に視線を送り、彼の予感は的中した。

 底の見えないほどに深く、暗い。そんな大穴が、彼を飲み込もうと口を広げて待ち構えていた。

 そして

「何~~~!!」

 重力を思い出したかのように、彼は落下した。


 

 気付けば着水していた。

 あまりの高さから落ちてきたため、大きな水しぶきが上がる。水の深さは相当なものだが、単なる水ではないようだ。異常なほどに浮力が強く、服と装備を着込んでいるタケルですらすぐに浮き上がった。

 あまりの高さに、落ちている途中、不幸な結果をも覚悟していた彼だが、そういった結果になることはなさそうだった。

 すぐに辿り着いた岸で、一旦周囲を見渡す。

 異様に洞窟の高い天井。壁が光を発し、至る所に本棚が並び立っていた。よく見れば建築物すら点在しているようだ。

「これは……また」

 ――すごいな。

 掠れた声で呟く。暫しの間呆然としていたが、すぐに目的を思い出したのか、ネギたちの姿を求めて歩き出した。

 歩いて10分ほどだろうか、まるで整備されていたかのように綺麗な道を歩いていると、見晴らしのいい高台に辿り着いた。

 そこから周囲を見回すこと数十秒。

「……いた」

 6人が水に囲まれた砂場で、折り重なるように倒れている。

「……!」

 ――まさか。

 最悪の状況がタケルの脳裏をよぎる。しゃがみこみ、筋力を蓄える。

 ゴリゴリゴリゴリ

 骨を擦り、肉を磨耗させるような音が響き、ガンツスーツが唸りをあげる。スーツが肉体に呼応して筋繊維の膨張を引き起こす。

 ドンと足元の道を陥没させて一気に飛び上がる。

 空中に飛び込んだその姿は、次の瞬間には6人が倒れている砂場に到達していた。

 そして、ふと気付く。

 一人一人の息と顔色を確かめようと屈みこむが、全員がスヤスヤと寝息をたてているようで、無事だと確認できた。

「……人騒がせな」

 脱力しつつも、ホッと息をつく。誰もいない事もあってか、表情を緩めたタケルだったが視線を感じて顔を落とす。

「いい顔でござるな」

 いつものように薄目で捉え処のない笑顔。カエデが目を覚ましていた。

「大きな音を立てたつもりはなかったが……起こしたか?」
「あれほど大きい音を立てて目を覚まさないほうが、忍びの拙者としてはありえないでござる
よ」

 そう言って、50m以上は離れた高台―高低差を含めればさらに距離があるだろう―を指して言う。

「……そうか」

 確かにあそこでは少々大きな音を立てていたかもしれない。だが――

 ――どんだけ凄い聴力だ。

 突っ込みを入れたかったが、早く帰りたいのでそれは我慢。

「早速こいつらを連れ出したいんだが、手伝ってくれるか?」
「にんにん」

 訳の分からない返事だが、肯定と受け取ったタケルが「助かる」と礼を言う。

 腕と肩に上手く乗せて計3人を抱えあげる。

「あと二人、いけるか?」
「「問題ないでござる」」
「……?」

 ――今、二方向から声が聞こえなかったか?

「……長瀬さん?」
「「なんでござるか?」」

 やはり、聞こえる。おそるおそる振り返ると、そこには見事に同じ人間が二人いた。それぞれが一人一人を抱えている。

「げ」

 タケルが顔を引きつらせたことに意外だったのか、カエデは少しだけ考える素振りを見せて尋ねた。

「もしかして、分身を見るのは初めてでござるか?」
「……い、いや」

 初めてではない。だが、それはミッション中の星人との対決で見ただけだ。人間が出来るとは思っていなかった。

 ――これも気ってやつか?

「まさかキミがここまで出来るとは思っていなかった」

 もしもこの世界に、タケルと同じような世界から現れて、タケルと同じようにガンツのミッションを経験した人間がいたなら、誰もがそう思うだろう。

 だが、何を勘違いしたのだろうか。

「拙者の実力はまだこんなものではござらんよ……タケル殿と同じように」

 そう言って笑った。

 それでも、少し照れくさそうにしているカエデがひどく印象的で、タケルは不覚にも見とれてしまった。赤くなってしまった自分の顔を隠すように、歩き出す。

「急ごう。早乙女さん宮崎さん近衛さんの3人が待ちわびている」
「帰る道は知っているでござるか?」
「ああ」

 実は先程ひとりで歩いている途中、コントローラーで地形を確認していたところ、抜け道らしき道を発見したのだ。

「滝の裏側にある」

 真摯な表情を崩さず、真っ直ぐに前を見つめ続ける。その顔を、カエデは観察するように見つめるのであった。




 カエデは目の前で起こっている事態に、驚きの表情を隠せずにいた。

「……なんと無茶な」

 彼女が思わず呟いてしまうほどの光景だった。

 滝の裏側に見つけた抜け道の扉。どうやら魔法が施されてあるらしく、扉の表面に書かれた問題を解かなければ帰れないらしい。

 それに気付いたカエデが一旦停止しようとしたのだが、タケルはあろうことかそのまま突っ込んだのだ。

「ちょ、タケル殿!?」

 制止する間もなく、その扉を一息に蹴破った。

 ――……一体どれほどの実力者でござるか?

 カエデがそう考えてしまうのも仕方がないことだろう。

 張られた魔法障壁も物理防御も相当なものだった。材質自体も分厚い石壁で、唯一、問題を解く事が簡単に扉を通る方法のはず。

 決して無造作な蹴りで壊せるような代物ではない。

 その扉を越えた先には高さが見えない螺旋階段が幾重にもトグロを巻き、先々には問題付きの扉が所々に待ち構えていた。

 だが、やはりタケルは次々と出される問題付きの石壁を気にもせず、簡単な蹴りでそれを砕いていく。もはや30分以上昇り続けているが、それでもまだ先が見えることはない。

 さらに30分以上も走り続けている間に、全員が目を覚ましていた。

 最初は問題付きの扉を蹴破るタケルに「非常識です」と楽しそうに騒いでいたのだが、全員、夜通し動いていたせいか、体力の限界が近いようで今では誰も騒ごうとしない。ユエにいたってはカエデにお姫様抱っこされている。

 ――タケル殿は……まだ余裕があるでござるか?

 横目でちらりと見たタケルの姿に呆れすら覚えてしまう。カエデにも少しずつだが疲労感が芽生え始めていた。途中まで寝ていた後ろのクーも少しずつだが疲れをみせている。

 これはもちろんカエデの気のせいで、実際のタケルはバテ気味にある。タケルの無表情を勘違いしていただけだ。

「あ、携帯が通じる。地上が近いです!」

 息を切らしながら、ユエが皆を鼓舞するように声を出していた。

「ち……地上が?」

 最早、限界気味のアスナとまき絵がへろへろと最後の元気をだす。

「ああっ、みんな見てください! 地上への直通エレベーターですよっ!」

 ネギが大声で指し示す通り、確かにそこにはエレベーターが設置されていた。

「こ……これで地上に帰れるの!?」
「乗って乗って~」

 全員が弛緩する空気の中、一人だけが違う様相を見せていたことにカエデはいち早く気付いた。
 
 さっと顔色が悪くなった。血の気が失せ、唇を震わせている。

 気分でもわるくなったのだろうか?

 ごそごそとポケットをまさぐり、何かを取り出して一瞥をくれたかと思えば、次の瞬間には彼が声を出していた。

「急げ!」

 珍しく荒い声をあげたタケルに、バカレンジャーが背をビクリと震わせる。だが、タケルの様子に気付かないネギがのほほんとした調子で答える。

「そんな、後はエレベーターに乗るだけじゃないですか」

 それには答えず、まだ乗り込んでいないカエデに。

「……長瀬さん!」
「お……おお? どうしたでござる?」

 背を押されてエレベーターに乗り出した瞬間にブーっとブザーがなった。どうやら重量オーバーらしい。

「な」

 タケルの表情が絶望のような色を見せたことに、カエデが気付いた。彼女なりに何らかの直感が働く。

「……行くでござる」

 エレベーターから身を引いて、上昇ボタンを押す。

「長瀬さん!?」

 タケルの狼狽した声が印象的だ。

「拙者は後でタケル殿と行くからいいでござる」

 ――勉強会には後から。

 笑みを浮かべたその様子に、エレベーターの中の人間は勝手に何かを悟ったのか、やれやれと首を振った。

「わかりました、タケルさん。長瀬さんをよろしくお願いします」

 エレベーターが閉まり出した。

「……くっ」

 タケルはまだ迷っているのか、ネギとカエデに交互に視線を送り、だがついに諦めたのか、

「わかった。そっちも勉強をしっかりな」
「はい!」

 元気良く頷くネギの顔を最後に、扉が閉まった。

「……」

 ほんの少しだけ静寂が二人を包む。

「長瀬さん、隠れていたほうがいい」
「……なぜでござる?」
「……それは――」
「それは?」

 一旦口ごもったタケルを促す意味でカエデが聞きなおす。

 そして、タケルは口を開いた時、それはやってきた。




 地下から地上へと直通のエレベーターが動いていた。

 その中で女子達は先程までの冒険を楽しそうに笑い、笑顔を咲かせている。

「……にしても、一体どうしたんでしょうか?」
「――何が?」

 不審げに呟くネギに、アスナが耳を傾けた。

「いえ、先程のタケルさんの様子に何か感じませんでしたか?」
「え、ああ……そうね」

 確かに、彼の様子はおかしかった。特に焦らされることもなかったはずなのに、急に人をせかしだしたのだ。しかも、余裕のない表情で。

「……どうしたんでしょうか?」

 心配そうな顔を見せるネギ。その姿に、アスナは軽く微笑む。

「あんたって本当にタケル先輩のことをお兄ちゃんみたいに思ってんのね」

 アスナにもネギの気持ちがわかる。実際に、アスナも妙に胸が騒いでいたのだ。

「何かひっかかるのよね」
「なんの話をしているアルか?」

 アスナの背中からクーがひょいと顔を出した。その後ろではユエやまき絵も興味があるようで耳を傾けている。

「キャ!? ちょっと、急に驚かさないでよ」

 驚かされたことに文句を垂れつつも先程までネギと話していたことをみんなに話す。どうやらみんながそれを気にしていたようで皆一様に頷く。

「……うん、確かに」
「気になりますね」

 まき絵とユエが顎に手を当てて考える素振りを見せ、ウ~ンと唸ってみせる。だが、一人、クーだけは違う考え方をしていたようで能天気に笑みを浮かべている。

「どうせ急に、もよおしたアル」

 その言葉に女子達が言葉を止めて、頬を赤くさせる。しかも「なるほど」と頷いて。誰もそれを想像していなかったらしく、だが実際にそうなのだとしたら全てに納得がいく。
だが、ただ一人、ネギが首をかしげる。

「もよおす……って、なブッ!?」

 最後まで言う前にアスナの張り手が的確にネギの頬をひっぱたいて「い・ち・い・ち・言うな~~~!!」と両手でネギの頬を縦に横にと引っ張りまわす。

 意味のわかっていないネギが「はひふふふへふは~~」と抗議の声をあげている。ネギとアスナがじゃれ合いを見せる隣では残りの三人がカエデの話に移行していた。

「……では楓さんも?」

 頬を赤くさせて訪ねるユエに、まき絵がチッチッチと右に左に指を振る。

「長瀬さんは……うふ」
「マキエ?」

 突如、奇妙な笑みを浮かべたまき絵にクーがビクリと背を震わせる。だが、それだけでユエは気付いたのか、はっとした顔を見せた。

「……ま、まさか……そうだったんですね!?」
「うん……だってあの焦り方、それに地下に残された二人。やることはきっと一つしか……」

 二人が顔を見合わせて言葉を合わせる。

「「あの二人はきっと――」」 

 ユエとまき絵の話の内容が分からず、クーが首をかしげて推測する。すると、すぐに彼女も思い当たったのか、手をポンと叩いて二人の会話に参加した。

「――空腹が我慢できなかったアルか?」

 ……。

 二人がクーをジッと見つめて、ため息。そしてじっくりと間合いを溜めて同時に、

「「……ウンソウダネ」」
「あ、あれ。かつてないほど冷たい目ある」
「「……ソンナコト、ナイヨ」」
「あ、ちょ、ちょっ。どうして目をそらすアルか!?」

 カエデとタケルが危機感を募らせて地下に残ったことは露知らず、彼女達はじゃれあっているのであった。

 ピンクな誤解を残したまま。

 
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