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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第三十四話 少年期⑰



 春の優しく包みこむような陽気な暖かさから、お前ケンカ売ってるだろと言いたくなるような暑さへと変化してきた季節。学校ではそろそろプールが始まりそうな、そんな炎天下の昼下がりである。

 今日は休日のため学校はお休み。なので本来なら、こんな日のこんな時間はエアコンのガンガンにきいた部屋で涼みながら、そうめんをちゅるちゅると食べたい。それか川遊びや山の空気のおいしいところに行って、遊んでみてもいいかもしれないなー。あははは……とにかく建物の中とかに入りたいです。

「あー、あそこのお店涼しそうだなー」
「日陰で我慢しろ」
「いや昨今の熱中症をなめていませんか、副官さん。すごいですよやつらは」
「お前ならなんか大丈夫だろ」
「わーい、副官さんからの絶大なるしんらーい! って、俺ならとかなんかって何ですか!?」 

 頭がちょっとボォーとしすぎていて、危うくうなずきかけてしまった。俺が6歳児の子どもに見られていないことはわかる。だけど副官さんと同じ人間という生命体ではありますよ? 最近の俺に対する副官さんの言葉が、果てしなく疑問なんですけど。

「大きな声を出すな。なんで俺たちがこんなことをしていると思っているんだ」
「え? そりゃストーカーをするた―――」
「ミッドの平和のためだろう」

 自分で聞いといてさえぎってきたよ、この人。俺は半眼で見上げてみるが、全くダメージを受けた様子はなく、先ほどと同じように壁からひっそりと覗く作業に戻っている。傍から見たら完全に不審者である。もうやだ、帰りたい。

 本当になんでこんなことになっているんだろう。途中までは普通に涼しいお店に入って、ランチを食べようとしていたじゃん。ほんの数十分前は、冷たいそばや辛いカレーとかもいいよねー、って夢をふくらませることができたのに。なんでこんな炎天直下の中で、男2人で尾行なんかしているんだっけ。

「……っ! 動きがあったぞ。おい、今度はあっちの建物の裏に転移しろ」
「副官さんって、今更だけど向こう見ずな性格だよね…」

 俺はとぼとぼと歩いて近づき、副官さんの服の袖を掴む。これが終わったら俺、特別給として『特大ギガウマアイス』という名前の未知の食べ物を奢ってもらうんだ。さすがに自分のお金で買うには怖かったので。

 そんなことを考えながら、俺は今まで隠れていた場所から移動するために転移を発動した。



******



 ―――今日俺は、地上部隊の方に足を運んでいた。

「それじゃあ、次はこの物資をミッドの東支部に送り届けてくれ。先方には事前に知らせておるからの」
「わかりました。えーと、地図地図っと…」

 総司令官に指示された場所を、もらった地図を眺めながら確認する。大雑把に適当なところへ転移させたらまずいため、初めて送る場所にはだいたいこんな風な作業をしている。自分ではなく、人や物だけを送る場合は、特に気を付けないとまずい。

 自分の家とか今いる地上本部みたいな俺がよく知っている場所。というか俺が訪れたことのある場所なら、こんな風に準備をする必要はない。頭の中でここらへんって目星が付くし、俺のイメージにそって転移してくれるからだ。

 でも初めての場所だと、細かい調整ができない。今だってもしミッドの東支部に行ってこーい、なんて感じで転移させたら、下手したら物資が届かない可能性が出てくる。管理局が管理している支部は1つではないため、うっかり届け先と違う別の東支部に送ってしまうかもしれない。もしうまく届いても、東支部のどっかに届きました、になったら局員全員で宝探し開始である。

 なので、まずは地図でしっかり場所を頭の中に叩き込み、次に総司令官から指定場所の情報と届け先の写真などをもらうことにしている。イメージが深まれば、届けてほしい場所に早く正確に送れるのだ。これはこの仕事を始めて、俺が知ったことだ。

 今まで初めていく場所には、旅行パンフレットなどで事前に調べてから転移していたけど……これは適当に転移しなくてよかったかもしれない。アリシアがいたから、危険がないようにかなり吟味していたからな。無意識のうちにイメージが深まっていたのだろう。実際事故直後に無我夢中で転移を発動させたときは、どことも知れぬ森の中だったし。


 あと俺の転移は、どうやら場所を基点として転移するらしい。これもここに来て気づかされたことだ。総司令官から「誰かに向けて送ることや誰かの傍に転移はできるのか?」と質問されて、試してみたができなかったのだ。俺が見える範囲でならできたけどね。

 副官さんに手伝ってもらい、俺の目の離れた場所に移動してもらう。そのあと、副官さんに向けてとぶように転移を発動したら、不発で終わってしまった。でも副官さんがいる場所を教えてもらった後ならしっかり発動したのだ。まぁ確かに、思えば俺が冒険したいがためにもらったものだからな。生き物を基点にはできないらしい。

「できたら次元犯罪者どもを一網打尽にできたというのに……」
「目の前に次々と管理局員が送られるって、犯罪者にとって超悪夢ですね」

 俺はおじいちゃんのその発想に超びびったよ。もしそうなっていたら、俺は絶対に働きづめにされていたな。


「ほい、転移っと。……総司令官届きましたか?」
「うむ、今連絡をもらった。無事届いたみたいじゃな」

 おじいちゃんのその言葉に俺は安堵に息を吐いた。さっきまで頭の中で思っていたことは、実際にやらかしてしまった失敗談だったからな。別のところに届けるとか、宝探しをさせてしまったとか。

 おじいちゃんは「始めは失敗が付きものじゃ」と笑ってくれたが、迷惑をかけてしまったことに変わりはない。謝罪文を総司令官に書かせてしまったことも事実だ。仕事をすると決めたのは俺なんだから、責任は持たなくてはならない。

「そんなに肩に力を入れ過ぎると疲れるぞ。緊張するなとは言わんが、適度に余裕をもっておらんとな」
「それはそうなんですけど」
「失敗しないように気を配るのは当然じゃ。そのために努力をするのもな。だが、人間は失敗をしてしまうものだ。そんな時ぐらい上司を利用しろ。少なくともお前の上司は、頑張っとるやつを無下にはせん、できるやつじゃからのぉ」

 かっかっか、と豪快に笑う総司令官に俺はくすりと笑ってしまう。それ自分のことできる上司だぞー、っていうことですよね。確かにそうなんだけど、それ自分で言っちゃいます? 俺はそれがおかしくて、また笑ってしまった。

 ……本当に、こういうところが総司令官らしいや。


「とりあえず、これで今日のお前さんに頼むものは終わりだ」
「あ、はい。了解です」

 結構早めに終わったな、と思いながら俺は近くのソファに座り込む。この地上本部に来て以来、ずっと座らせてもらっているが相変わらずのフカフカさ。絶対これ高級なものだ。うん、というわけで遠慮なく堪能させてもらおう。

 それにしても、地上部隊で活動するようになってもう半年ぐらいになるのか。俺ももうすぐ誕生日をむかえるし、早いと言うべきかようやくと言うべきか。ヒュードラの事故があったのは、ちょうど今日のような暑い日だったな。……そうか、あれからもう1年経ったということか。

 ヒュードラの暴走事故。これは、物語にとっても俺にとっても大きな転換期となった。俺の生活なんてそれこそガラッと変わった。クラナガンに引っ越して、友達ができて、学校に行って、管理局と関わりを持っている。

 俺の家族だって、アリシアは友達と一緒に遊びに行ったり、母さんは生き生きと魔力駆動炉の開発を続けているし、リニスはこのクラナガンの動物たちの元締め姉御として君臨している。……正直誰でもいいから、降伏ポーズを見せる動物の群れの中心に、家の猫を見つけてしまった時の俺の気持ちを考えてほしい。リニスと交渉したらそいつらもふれるかな、と1番に考えてしまった俺が言うのもなんだが。


「失礼します。ただ今戻りました」
「ん、ご苦労だったなゲイズ」
「あ、おかえりなさい。副官さん」

 執務室にノックが響き、そこから見慣れた人物が入室してきた。防衛長官の秘書であり、右腕である副官のゲイズさんである。ちなみに俺が珍しくちゃんと名前を憶えているのは、おじいちゃんが呼んでいるからという簡単な理由。副官さんから呼び方を注意されたことがないので、俺はいつも通りに呼ばせてもらっているけど。

「なんだ。アッシーは終わったのか」
「なんか俺のレアスキルが、どっかの湖に出没しそうな呼び方で定着しそうになっている」

 能力名が『瞬間転移(アッシー)』になったらマジで恨む自信あるぞ、俺。

「実際、局員の移動や荷物を転移で送り届けるのが仕事だろ。それにクラナガンで犯罪が起きた時は、すぐに局員を現場に派遣できる」
「そりゃ、クラナガンの地図を覚えろって1番最初に無茶ぶり言われて頑張りましたからね。地理は好きだったからいいですけど」

 さすがに整備されていない場所や裏道は無理だが、だいたいの場所は頭の中に入れることはできた。クラナガンの中でなら、好きな場所に転移できるし、送り込むことができる。総司令官と副官さんにここは特に力を入れて教え込まれたからな。人を送るのだからなおさらだろう。

「かっかっか。そうふて腐れるな、おかげで検挙率は上がったんだ。それに荷物の護送や移動手段、物資の補給などに経費や人材をさく必要も減った。十分助かっとるわい」

 俺としても能力のことを新しく知れたり、給料はもらえるし、長時間拘束されることもない。総司令官なりに配慮もしてくれるから、大変な作業だってこなそうと頑張れる。それに目に見えて成果が出てきてくれるのはやはり嬉しいものだ。

 俺のレアスキルの使い方もそうだが、この人は人を使うのが上手いと思う。それに飄々とした食えない性格。さすがは噂で、地上本部の狸爺と言われているだけある。そういえば、Stsではやてさんが狸って言われていた気がする。それってこの人の後任になるような感じなのかな。

 副官さんなんだかんだで、おじいちゃんのことを尊敬しているからな。もしかしたら俺の知らないところで、原作でははやてさんを目の敵にしていた、なんてことがあったりしたのかな。小娘がその程度で狸を受け継ぐつもりか! って。……さすがにそれはないか。ツンデレな副官さんとかキャラが濃すぎるだろ。さすがにそんな原作の方がいたら、俺だって覚えているはずだ。


「そうだ。そろそろ儂らも休憩時間じゃな。昼食でも食べるとするか」
「そういえば、お腹が空いてきましたね」

 部屋にかけられている時計を確認すると、確かにそれぐらいの時間になっていた。総司令官と副官さんも俺と同じように時計を見て、それから手にしていた書類や資料の片付けに入る。俺はお昼ご飯をどうしようか悩んでいると、ふと思いついたかのようにおじいちゃんが俺と副官さんの方に振り向いた。

「そうじゃ。せっかくだから、2人で一緒に飯でも食いに行ったらどうだ?」
「「えっ」」

 反射といってもいいぐらいのスピードで2人同時にハモった。

「いえ、総司令官それは……」
「儂なら気にするな。かわいい孫が作ってくれた弁当があるからの」
「えっ、副官さんがお弁当を!?」
「作ってないッ! 孫=俺という認識をいい加減取り消せ!!」

 おじいちゃんが今言ったお孫さんは、正真正銘血のつながったお孫さんらしい。なんでも副官さんと年が近い方のようだ。へぇー、どんな人なんだろう。

「でもお昼を一緒とかいいんですか?」
「かっかっか、子どもが遠慮なんかするでない。儂から2人にお小遣いもやるから、おいしいものでも食べに行ったらいいさ」
「奢り! おじいちゃん太っ腹!」
「本人無視して話を進めないでください。そして私はお小遣いをもらう年ではないですから!」


 そんな感じで色々あったが、休憩時間がもったいないのとお腹がすいたままなのはあれなので、一緒にお昼ご飯を食べにクラナガンの街へ出ることになった。今から食堂だと混雑しているらしいし、転移があるから行き返りも楽なため外に出ることにしたのだ。日差しが暑いので、早めに店を見つけようと思う。

 俺と同じように店探しのためにきょろきょろしていた副官さん。すると、その目がふいにピタッと止まった。歩みも止まり、立ち尽くす副官さんにいい店が見つかったのかと嬉々として俺は声をかけた。

「どこか良さそうなお店が見つかりまし―――ぐほッ!」

 いきなりヘッドロックをかまされた。

「あいつは確か…」
「え、何? 副官さんの知りあ―――うごッ!」

 さらに襟首を掴まれ、壁の方へずるずると引きずられた。これ完全に誘拐現場です。お巡りさん助けてくださーい。……いや、わかっているよ。この人がお巡りさんであることは。

 よくわからないが俺絶対何かに巻き込まれている。ようやく動きが止まって解放された俺は、掴まれていた襟首を直し、いつも通りの副官さんをにらみつける。こんにゃろう。さっきおじいちゃんと2人きりの時に教えてもらった『副官さんドッキリわくわくお誕生日パーティー』をさらに盛大なものにしてやる。

「副官さん、いきなりどうしたんですか」
「……間違いない。ブラックリストに載っていたやつだ」
「リストって」

 それってつまり次元犯罪者がいたってことか。俺は副官さんのように身を潜め、そっと窺ってみる。そこにはたった今店から出てきた副官さんよりも背が高く、大柄な男が現れた。フードをかぶっていたため顔はちらっとしか見えないが、確かになんか怖そうな人だ。その人を副官さんは射抜くように見ている。

 え、これまずくない。俺はサッと血の気が引いた。ここで物語の主人公とかなら犯罪者成敗! みたいな感じで戦って勝利するとか考えられるだろう。でも、俺はそんなことできない。襲われたら一溜まりもない。しかももし相手が魔導師だったら? 犯罪者が非殺傷設定をしたまま魔法を放つわけがない。これは早く逃げた方がいいんじゃないか。

「副官さんここは……」
「……お前は転移を使って家に帰れ」
「え、あ、副官さんは?」
「俺は管理局員だぞ。みすみす見逃す理由がない」


『残念だったな。俺にはリンカーコア自体がないんだ』

 バリアジャケットの案を聞いていた時に副官さんが発した言葉。それが本当なら、彼にできることはほとんどない。拳銃のような装備は質量兵器に入るため、任務や申請書を出さない限り使うことはできない。任務中ならいざ知らず、今は休憩時間だ。武器がなければ、相手を威嚇することも反撃することもできない。自分の身を守ることだってできない。

 なのに、この人の目には一切迷いがなかった。


「……いえ、これって緊急性の任務に該当しますよね」
「おい」
「コーラルがいないので魔法は期待しないでください。でもレアスキルは使えます。役には立つはずですし、もしもの時は一緒に逃げられます」

 たぶんこの人は止まらない。怖いのは事実だが、ここで逃げてもしこの人の身に何かあったら……俺は絶対に後悔する。副官さんに転移を使って無理やりここから引き離す方法もあるが、おそらくそれは彼の思いを侮辱することになる。俺が逃げたら後悔すると思ったように、副官さんもここで逃げたら後悔するだろう。

 なら、ぎりぎりまで付き合おう。さすがにこれ以上はやばいとわかれば、転移で無理やり逃げることに異論はないはずだ。俺からの返事に副官さんは眉をひそめる。俺は正式な局員じゃないし、戦闘関連などの危ない仕事はさせないと契約している。なによりなんだかんだ言って、子どもの俺を危険にさらしたくはないのだろう。転移の有用性がわかっていても、損得だけで動くにはこの人の管理局員としての誇り(プライド)がそれを許せないのだろう。

 だけど、悪いけどこっちも引けない。

「ほら、あの人移動してますよ。追いかけないとまずいです」
「お前は」
「後で特別ボーナスをもらいますよ。こんな暑い中で仕事するんですから」

 俺は副官さんの服をつかみ、いつでも転移が発動できるようにする。この辺りの地図は頭に入っているから、死角に移動していくのはそう難しくない。俺の言葉と行動から帰る気がないとわかったのか、言っても無駄だと悟ったのかはわからないけど、副官さんは難しい顔をしながら俺が服をつかむことを受け入れてくれた。

「俺は帰れと言ったからな。レアスキルが使えるなら遠慮なく使うぞ」
「はいはい。アッシー君、出撃ってね」

 こうして、俺たちの炎天下でのストーカーが始まったのであった。



******



「……うん。あの時の俺は間違いなくハイになっていたんだろうな。やっぱりあの時点で副官さんつれて転移しとくべきだったか」
「何をぶつぶつ言っている。見失ったら今までのこのくそ熱い中での尾行が水の泡だぞ」

 副官さんも結構イライラしていますよね。暑さで頭がオーバーヒートしていたが、頬を両手で1回叩いて正気に戻す。最初は無言で追いかけ、緊張の糸を張り続けていた。でもおじいちゃんにも言われたが、緊張ばかりでは持たない。だけど、先ほどまでの軽口を言い合えるぐらいには、お互いに余裕が生まれてきたって感じかな。

「ムカつくのはなんであの人、フードかぶっていながら涼しげなんだ」
「おそらくだが、魔法だろうな」
「うへぇ。魔導師の可能性大か」

 コーラルがいれば、もう少し詳しいことがわかったんだろうけどな。今のところ相手に気づかれた様子はない。これでもサーチ関係には力を入れているんだ。サーチャーが発動されているかぐらいなら俺にだってわかる。だけど、このままの状態だといずれ気づかれてもおかしくない。でも、下手に動くこともできない。

 俺と副官さんがこうして大人しく尾行しているのは、相手を現行犯で捕まえるためだ。あのフードの人はそれなりにやり手らしく、管理局でも証拠をつかむことができていないらしい。限りなく黒に近い灰色。あと一歩で追い詰められるが、その一歩が遠い。なんとか捕まえさえすれば、埃がいくらでも出そうな人物らしいけど。

「やっぱり応援を呼びましょうよ。絶対に俺たちが捕まえないといけないわけではないですよね。というか相手が魔導師なら無理でしょ」
「人数が増えれば気づかれる可能性が増える。それにどちらにしても証拠がなければ意味がない」
「それはそうなんですけど」

 俺は顎の方に流れてきた汗を手で拭いながら、小さく肩をすくめる。やっぱり諦めてくれないか。レアスキルのある俺だって怖いのに、ほぼ一般人の副官さんがこれだもんな。怖くないのか? 正義のためって言えば聞こえはいいけど、俺には絶対に無理だ。

 なんせエイカの時だって、本当はびくびくしまくっていたんだぞ。あの時は事前に防御魔法を張ったり、相手の攻撃手段がわかっていたからなんとかできたんだ。もちろんアンノウンと相対することだってあるだろう。でも、そんなの極力避けるべきことなんだ。


「副官さんってなんでこんなに頑張るんですか」

 あっ、と言ってしまってから慌てて口をふさぐ。まずい、意識せずにしゃべってしまっていた。俺はちらりと副官さんを見ると、バッチリと目があってしまう。これはさすがに聞かれたか。かなり不躾すぎた。でも、副官さんはクッ、と口元に笑みを浮かべるだけだった。

「その質問はわざとか?」
「え?」
「いや、いい。なんで頑張るのかか…」

 副官さんは一度深く目をつぶり、すぐにそのまま視線を壁の向こうへと向ける。俺もつられてそちらに視線を移すが特に変わりはないようだ。どうやら相手は端末を使い、どこかに連絡をとっているらしい。さすがにこれ以上近づいたらばれる為、様子を見るしかないけどな。


「―――憧れたんだ」


 沈黙を破った副官さんの声に、俺はそちらへと顔を向ける。そして目を見開いた。眩しいものを見るような、一途な思いが伝わってくるようなそんな目。これは彼の本心なのだとそれだけでわかる、真っ直ぐな目。

「最初は魔力がないことに絶望した。直接自分の手で救えない現実に腹が立った。だからたとえ魔力がなくても救える側の人間になれることを、周りに証明したかった。俺の手は特別な力を持つ者よりも優れているんだと……」

 魔力がないこと。このミッドチルダは別に魔力を持たないものを差別なんてしないし、優劣をつけるようなことはしない。現に管理世界で偉い役職についている人の中には、魔力がない人だっているんだから。

 それでも、魔力があることで決まる世界はある。守られるものと守るもの。管理世界は質量兵器を禁じ、魔法を積極的に取り入れている。それはつまり、魔導師でなければ誰かを直接守ることができないということだ。もちろん間接的に助けることや、魔力とは違う別の力で助けることはできるだろう。それでも、魔力がない者が伸ばせる手は限られてしまう。

 ……そう考えると俺は、かなりズルい人間だ。転生して魔力をもらうことが決まっていた人間。本当に魔法の力がほしい人にではなく、ただ使ってみたいと思っただけのことで得てしまった魔法の力。俺が魔力を持たなかったからって、副官さんが魔法を使えるわけじゃない。魔力を持っている人だって大勢いる。珍しいということでもない。だけど―――

「そんな風に俺は……昔は思っていた」
「昔?」
「総司令官の副官になった時、チャンスだと思った。歴戦の魔導師として有名だったあの人を超えられれば、証明できると思ったからだ。だから、有能さを見せ、時に刃向って、そして―――」


「一蹴された」
「え、えぇー」

 何したんだ、おじいちゃん。

「その後大笑いされたな。笑われたことにキレた俺が殴り掛かってしまったが」
「ちょっ、アグレッシブすぎるよ。しかも相手は一応おじいちゃんだよ」
「若かったんだ。あとそこは心配なかった。カウンターで逆に殴り飛ばされた」

 本当に元気だね、おじいちゃん!

「その後も色々ぶつかったが、あの人は1度も魔法を使うことなく俺をのしてしまったな」

 懐かしそうに、煤けたように笑う副官さん。あなた方も結構自由の人だったんですね、と俺は心から思ったけど。たぶん今の形に収まるまで、その後も色々あったんだろうな。副官さん諦め悪そうだし。

「まぁ、それのおかげかその後にあったゴタゴタかはわからないが。魔力があるなしとかものすごく小さな悩みだった気がしてきてな。あの人に勝つために悩んでいた俺からしたら」
「大きな悩みができると、それより小さいやつはどうでもよくなる感じですね」

 ある意味納得してしまった。俺もあのおじいちゃんに勝てる気がしない。

「いらないことまでしゃべったな。なんだ、結局俺は魔導師に認められるよりも、あの人に認めてほしいと思った。総司令官ならきっと俺と同じ状況になっても、切り抜けられる。魔法が使えようと使えなかろうと、持てる方法すべてを使って乗り越えて救ってみせる」

 総司令官のようになりたい。憧れの人に認められたい。……なんだ、この人もちゃんと18歳の少年だったんだな。正義のためっていう答えよりも、俺はこっちの方が好きだ。あと、副官さんの強さの一部を見れた気がする。この人の図太さと強引さは確実におじいちゃんの影響だ。


「総司令官ならこの状況でもきっと乗り越えていける。このまま野放しにしてもいい方向には進まない。ならこちらから仕掛けるしかないな」
「仕掛けるですか。……でも直接接触するのは無謀ですよね」
「いっそお前が大声で、『この人に誘拐されました』と喚いてみるか。証拠をこちらで出させるとか」
「それ警察のセリフではないですよね」

 さっきからすごく饒舌だと思っていたけど、この人もしかして暑さで思考力低下しているんじゃね。滝のように汗を流しているし、否定できない。たぶん副官さんの現在のテンションは突き抜けてしまっている。こりゃ何をするかわからないかもしれない。

 しかし、こちらででっち上げるか。さすがに誘拐は難しいな。事情聴取はできるかもしれないが、逃げられる可能性がある。確実に相手が犯罪を犯したという証拠を作らないとダメだろう。俺にできることは転移だけだ。周りに怪しまれず、あの人がいくら否定しても逃れられない罪状を作り出すなんて……。


 ……あっ。どうしよう、思いついちゃった。


「あの、副官さん。要はあの人を捕まえられる理由があればいいんですよね」
「そうだが。しかし、それができれば苦労は」
「1つだけあったりするんですけど」

 俺と副官さんは無言で見つめあう。正直俺もこの方法はどうかと思うが、ほかにいい方法が思いつかない。俺たちで捕まえることが難しいなら、別の方面から攻めるべきだ。足りないならよそから持ってくるしかない。

「それが本当なら早く実行すればいい」
「それはそうなんですけど、その……本気でやりたいですか」
「犯罪者を捕まえることをためらう必要がどこにある」
「その捕まえる方法が、俺たちも犯罪を犯すことだったとしても?」

 副官さんの言葉が止まった。不機嫌そうだった表情が、さらに悪くなっていく。犯罪者を捕まえるために犯罪を犯す。これって漫画とかだと必要悪って言うんだっけ。


「俺は……できますよ。考えたのは俺なので責任は持ちます。それに初めてってわけではないですから」

 なんせ俺は盗撮という立派な行為をしていたからな。母さんたちを助けるために、上層部や関係者を無断で撮り続けていたんだ。抵抗だってあったけど、俺のちっぽけな脳みそじゃ他に思いつかなかった。ならやるしかない。何があっても、みんなを救いたかったんだから。

「綺麗ごとばかりで生きていくなんてできない。必要だから犯すことに俺はとやかくいうつもりもない」
「それは必要なら犯罪を犯してもいいということか?」
「わからないです。けどこれだけは言えます」

 あの時の俺の判断が間違っているとは思っていない。上層部のやつらに一切同情もしていない。それでも、これだけは言える。

「やったことに後悔をしてはならない。そして、最悪なことをした自覚は決して忘れてはいけない」

 必要だから―――この言葉を当たり前にはしたくないし、絶対にしてほしくない。誰かを救うために犯し続ければ、必ずいつかすべて零れ落ちる。

 副官さんは静かに腕を組み、沈黙する。それは数秒だったかもしれないし、数分ぐらい経っていたのかもしれない。双方にとって長く、遠い時間。暑くて眩しかった日差しや、どこかで鳴いていたセミの鳴き声すら忘れてしまうようなそんな時間だった。

 そして、副官さんは組んでいた腕を解いた。その顔には先ほどまでの不機嫌さはなく、落ち着いた表情だった。鷹のように鋭い目は凛と前を向き、しっかりとうなずいてみせた。


「……やろう」
「……はい」

 これ以上言葉はいらなかった。俺は副官さんに魔導師の派遣をお願いする。あと数刻で犯罪者となる男を捕らえてもらうために。俺は下準備のために転移で一時離れ、副官さんには見張りを続けてもらう。そして俺が戻ってきたことで作戦を開始した。

 副官さんの的確な指示と見通す目、そして俺のレアスキルが組み合わさる時、奇跡は起きたのだった。



******



『えー、それでは次のニュースです。今日のお昼頃にクラナガンにて下着泥棒が捕まりました。犯人はフードをかぶった大柄な男で、通報を受けて現場に駆け付けた局員に取り押さえられたそうです。最初男は暴れていたようですが、それによって服の隙間から出るわ出るわ下着の山。彼の持っていたカバンにも余すことなく下着が詰め込まれていたそうです。途端に男は突如暴れるのをやめ、呆然と下着を見つめていましたが、急に「俺はやっていない!」と錯乱し始めました。「さすがに無理がある」とその場にいた局員の誰もが口を揃えたところ、突如泣き出したとのことで―――』


「……俺は一体あの時何をしていたんだろう。相手は犯罪者なのに、この胸に渦巻く罪悪感はなんだ」
「きっとこれが罪の意識なんですよ。……あと同情」
「必要悪の恐ろしさがわかった。あと、今までの犯罪はきっちり償わせるが、……下着に関してはちょっと弁護しに行ってやろうと思う」
「はい、いってらっしゃい」

 
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