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イーゴリ公

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第四幕その二


第四幕その二

「愛するルーシーの者達よ!」
 ヤロスラーヴナの待ち望んだ声が聞こえた。
「私は帰って来た!」
「その声は」
「城壁にいるのは我が妻か!」
 彼女に対する言葉であった。
「ヤロスラーヴナ、そなたか!」
「はい!」
 ヤロスラーヴナはそれまでの暗鬱な顔から一変して晴れやかな顔で彼に応えた。それは紛れもなく愛する夫の声であった。
「奥方様!」
「まさか!」
 城壁に兵士達が姿を現わす。そうして彼女に問うのであった。
「彼等は」
「公爵でしょうか」
「はい、そうです」
 ヤロスラーヴナはその彼等に答えた。
「あの方が。ルーシーの軍勢が戻って来ました」
「何と!」
「これはまことか!」
 次々に兵士達が出て来る。そうしてその軍勢を見るのだった。
「だが間違いない」
「彼等だ」
「公爵だ!」
 彼等の英雄もそこにいた。間違いなく。
「公爵様もおられるぞ!」
「帰って来られたぞ!」
「城門を開けるのです!」
 ヤロスラーヴナはそう彼等に命じた。
「そうして軍勢を迎え入れましょう」
「はい」
「すぐにでも」
 彼等はその言葉にすぐ頷く。そうしてヤロスラーヴナと共に城門に向かいそこを開ける。もう目の前には公爵とその軍勢がいた。二人はその城門の前で再び顔を合わせたのであった。
「御無事でしたのね」
「うむ」
 公爵は妻の問いに答えた。
「こうして。そなたとルーシーのところに帰って来た」
「夢のようです」
 ヤロスラーヴナは驚きを隠せずにそう述べたのだった。
「まさか。こんなことが」
「だが本当だ」
 彼は言う。
「私は今。こうしてここに」
「愛する方が再びここに」
 彼女の声は恍惚となっている。その恍惚で愛する者を見詰めている。
「こうして来られたなんて」
「私は捕まっていた」
 公爵はこれまでのことを話しはじめた。
「ポーロヴェッツにですか」
「そうだ。皆がだ」
 そのことを今言うのだった。
「だが。何とか逃げ出しここまで来た」
「そうだったのですか。私のところに」
「そうだ、そしてルーシーに」 
 愛するルーシーと妻のところに。帰って来た喜びが今の彼の心を支配していた。それが高らかに勇気をも奮い立たせていた。彼の勇気を。
「もう一度、戦う」
「ルーシーの為に」
「そうだ、苦しみの時は過ぎ去った、これからは」
「栄光の時が」
「敵は手強い」
 それはよくわかっていた。しかもただ手強いだけではない」
「偉大な相手だ。しかし私は」
「貴方は」
「勝つ」
 一言であった。それで充分であった。
「何があろうとも。私とルーシーは勝つのだ」
「キエフは永遠に私達のものですね」
「キエフだけではない」
 あらためて辺りを見回す。ルーシーの大地を。
「このルーシーの大地は。全て私達のものだ」
「そうですね。ここは私達の国です」
 夫の今の言葉に頷く。それを今思い出す。
「ですから。何があろうとも」
「敗れるわけにはいかないのだ」
 彼等はそう言葉を交えさせる。そこにスクーラとエローシカがやって来た。彼等はこの日も朝まで飲んでいた。ここに来たのは酔い覚ましであった。
「イーゴリ公も敗れて」
「捕虜になった」
 歌いながら肩を抱き合い歩いている。完全な酔っ払いであった。
「英雄もこうなれば惨めなものだよな」
「ハーンは軍勢を集結させてこっちに来る」
「しかしこっちは西の敵の力を借りて」
「それを撃退する」
 ガリツキーの考えであった。
 
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