蒼天に掲げて
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八話
ジジイと旅を始めて約一年後。
今俺とジジイは賊の強襲を受けていた。
「やっちまええぇェェ!!」
合図と共に剣を振りかざす賊に、ジジイの大鎚が当たる。当たった賊はそのまま空中へと投げ飛ばされた。
「柏也、ちゃんと後ろにおれよ」
「分かってる、そんな馬鹿な真似はしねえよ」
ちなみに俺はというと、ジジイの後ろで縮こまっていた。理由は単純、ジジイの邪魔になるからだ。
俺自身はそろそろ戦えると思っているのだが、まだ人を殺したことがない者が戦えるほどこの時代は甘くないし、今の強さだとジジイの邪魔にしかならないと分かっているので後ろに下がることにしていた。
「なんだこいつ、強ぇぇ!?」
「怯むな馬鹿! 相手はジジイ一匹だぜ? 負けるわけねぇよ!」
「それはどうじゃろうな?」
「あン?――ッ!?」
余裕綽々と話をする賊共に、ジジイが鉄槌を振り落とす。それだけで、賊はただの壊れた人形になってしまった。
「舐めてかかるな野郎共!! 相手は一人なんだから囲んで潰せ!」
賊の指揮官のような者が命令すると、賊共は一斉にジジイを囲む。
「はっはっは、舐められたもんじゃのう」
ジジイが腰を屈め、大鎚を振り回す。その一瞬の出来事に囲んでいた賊共はまさに不意を突かれたのだろう。勢いよく回る大鎚にぶつかり、賊は弾丸のように周りに吹き飛び他の賊共を倒していく。見ていて気分の良いものではないが、ここは三国時代、俺も人を殺さねばならないのだ。慣れとはいわないが、自分を守るため、この程度の光景で臆することがないようにしないといけない。
「んだよコイツ、化物かよ!?」
「逃げろおおぉぉ!」
「うわああああああああああぁぁ!!」
「助けてくれえええええええぇぇ!!!」
「おかっつぁあああああん!!!!」
各自色々なことを叫びながらジジイから逃げていく。
なるほど、人間離れした技を見れば、どんなに殺しに慣れていようと恐怖を覚えるのは当然か。
「ふう、まあこんなものかの」
いつものようにジジイがこちらに戻ってくる。俺はその光景をゆっくり見ながらジジイめがけて野太刀を振り回した。
瞬間、ジジイがそれを避け、振り回しをしゃがんで避けていた賊を俺が一突き。
これが俺の初めての人殺しとなった。
「――、おお、気づかなんだわ、流石じゃの柏也」
「俺的にはジジイの反射神経に驚いたがな」
「はっはっは、その速さじゃまだまだ先は長いのう」
「うるせえ!」
「まあしかし、人が死ぬのを見て吐いておった頃に比べると随分強くなったの、次からはお主も戦うとよいぞ」
ジジイから許しをもらい、俺はため息と共に愚痴を零した。
「そりゃジジイ、今逃げたフリをした賊共を殺せってことかい?」
「そういうことじゃ、危険になれば儂もでるが、必要ないじゃろ?」
「もちろん、今さっきのが初めてだったんでトラウマでもできるかと思ったが、大丈夫そうだ」
「今夜はうなされるぞ?」
「そっちのほうが嬉しいね、そうじゃないと俺が人じゃなくなりそうだしな」
俺は二本の太刀を抜き、森の中に突っ込んでいく。
「やっぱり重いな」
「くそ、おめえら引き上げだ! バレてやがるぞ!!」
「待てよお前ら、逃げる前に今まで自分がしてきた罪をいってみろ」
「うああ!? こっちにくるな!!」
「まあ落ち着けよ、お前らが誰も殺したことない人畜無害なら手は出さねえよ」
「賊にそんな奴いるわけねえだろ!!」
「おっとそうなのか? だったら全員殺さないとな」
「うわあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
その夜、森の中に絶叫が響き渡り、その声は段々小さくなっていき、しまいには聞こえなくなった。
◆
『あー、暇ね、暇だわ』
(そんなことばっかいってるとニートになるぞ?)
『だって仕方ないじゃない、神の仕事って基本管理だけなのよ? ずっとモニターで映像見てるだけじゃつまんないわよ』
(神の仕事ってそんなのだったんだな……)
ジジイと旅を始め、照姫がいうには大体五年。俺は村の前でジジイの帰りを待っていた。
『そういえば柏也、なんであのお爺さん村の中に入ったの? 村なら三日前も寄ったじゃない』
(ああ、なんかジジイがいうにはこの村が飢餓に陥っているらしい)
『で、また人助けってこと?』
(まあそうだな、俺的にも人助けしてるほうが嬉しいし、いいんじゃないか)
『相変わらず根っこの部分は変わってないわね、まあいいけれど。それで、お爺さんは今村長と話をしてるってこと?』
(そうだろうな、で、俺は賊がこないか見張り中だ)
『なるほどね、貴方大分強くなったし千人くらいなら一人で殺っちゃえるんじゃない?』
(さあな、確かに野太刀を一日中振り回していても疲れることはなくなったが)
『それはそれは、大分人間離れしたわね』
(そりゃジジイのせいだ、あんな修行させられるとは思ってなかったからな)
ちなみにあんな修行とは、滝の下で俺が野太刀の素振りを行い、ジジイが上から丸太を落としてきたものを叩き斬ることや、背中に直径二メートルの丸い岩を乗せ、一日中走り回ったりや、針葉樹の木の上で逆立ちになって腕立て伏せをしたり等々。
本当に死ぬかと思うようなことばかりをしてきたのだ。
『貴方もよく耐えられたわね、普通死ぬわよ?』
(まあ運がよかったんじゃねえか? それに強くなった方がいいんだろ?)
『まあね、でも多分だけれどもっともっと強くならないと、アイツには勝てないと思うわ』
(そこまでか、まあ幸いまだ黄巾の乱が起こってないんだろ?)
『ええ、大体あと五年後ってとこかしら』
(あと五年もあるのか、それは長いな……)
『なんか今の貴方の言葉、残り五年が長いには聞こえなかったんだけど?』
(気のせいだ、きっと十話には五年後になってるよ)
『あ、やっぱりそっちの意味だったのね!? ダメでしょそういうメタな話をす――』
「戻ったぞ柏也」
ナイスタイミングでジジイが来たので、照姫との念話を切りジジイの方を向く。
「おー、ジジイか。それで、どうだったんだ?」
「どうやら飢餓がひどいらしくての、村長は死んでおった」
「じゃあどうするんだよ? 村に制限がなかったら賊の連中が来た時、やりたい放題になるぞ?」
「それは分かっておる、じゃから儂が村長をやろうと思っての」
「ああ、それならこの村も絶対安泰だ――ってジジイが村長やるだと!?」
「そうじゃ、村の者は皆弱っておるし、他に方法もなかろう」
「そうだとしても外から来たような奴を村長になんてするか普通?」
「そこは信用問題じゃよ」
俺が必死に反対してもジジイは折れず、またジジイの頑固さもこの五年で把握していたので、俺が渋々折れることになった。
「ほれ、今から村の食料を調達しにいくぞ」
大鎚を担ぎ森へ歩いていくジジイにため息を吐き、俺もゆっくりと後を追っていった。
◆
「なるほど、道理で村人がこの森に手が出せんわけじゃ」
森に入って少し奥に来た時、ジジイが呟くようにそういった。
「なにか他の森と違うことでもあるのか? 俺には普通の森にしか見えないが」
「お主の森の基準が間違っておるのじゃよ、お主が住んでおった森基準じゃろ?」
そりゃそうだ、俺は五年もそこに住んでいたんだからな。
それがどうかしたかと問うと、ジジイはやれやれとでもいいたげに首を振った。
「あの森は動物達の殺気が強く、どいつも他の森より強いといったことがあるじゃろう」
「確かにそれは聞いたが、もしかしてここにいる奴等も強いのか?」
「そういうことじゃ、まああの森よりはマシじゃがのう」
へー、と相槌をうち、なにか食えるものがないかと森を探索していく。
「お、あの草いけるんじゃね?」
木の下に生えていた草を発見し、ジジイに渡す。
「ふむ……。これはダメじゃ、毒があるわい」
しばし草を吟味していたジジイが草を捨て、また歩き出した。
おかしいな、これ昔食べたことがあったような気がしたんだが……
「柏也」
ジジイがいきなり腰を屈め、俺を小さい声で呼んだので、俺も屈み、音を立てないように近づいていく。
「なにかいたのか?」
「猪じゃよ、しかもとんでもなくデカいやつじゃ」
ジジイが草の間から指を指したので見てみると、乙事主のような馬鹿でかい猪が、呑気に木の実を食べていた。
「儂が頭を狙う。お主は足を切り落とすんじゃぞ」
「え、もうあいつ食料にするのは決定なの――」
俺が変更を希望しようと、ジジイに目をやると、既にジジイは猪に向かって突進していた。
「あーもー、これだから頑固ジジイは!!」
そういって俺も飛び出し、二本の太刀を抜くと猪の斜め前から太刀を振りかぶる。
ザザンッ
ドンッ
という二つの音が聞こえ、右の前足を斬ったのを確かめジジイを見ると、ジジイは猪の牙を一本へし折り、猪の眉間を大鎚が直撃していた。
「なんか、手ごたえなかったな」
「はっはっは、お主もいうようになったのう。それだけ強くなったということじゃ」
ジジイが笑いながら猪を担ごうと、俺に大鎚を渡してくる。
「まて、俺が持つ」
なので、ぎっくり腰になられてもかなわないと、俺が大鎚を返し、猪を背負う。
『柏也はツンデレね!』
(うっせー! お前にいわれたくないんだよ!)
いきなりでてきて変なことをいう照姫に声を荒げて反論した俺は、こうして無事村に戻り、村人達に食料を分け与えてあげた。
もちろんその後、ジジイが村長になったのはいうまでもない。
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