Tales Of The Abyss 〜Another story〜
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#6 覚醒
――……目の前の空間が止まった。
それ以外に、表現できる言葉が無かった。それは、悪夢の光景のまま、止まっていた。そう、サラに飛び掛っているモンスターが、その爪が、牙が……サラに迫るほんの数10cmの距離で、止まっていた。ただ、止まっているのではない。……空中で、固まっているのだ。
時間そのものが、止まっている。そして、何処か色も失われた様だ。
(な……、いったい、なにが……??」
突然の事でアルは理解できなかった。だけど、目の前にいるサラが心配で堪らなかった。恐怖から 涙を流し、ぎゅっ と目を瞑っている彼女の事が……。
(さ、サラっ! な、なんで、なんで動けないっ! 動けないんだっ!!)
必死に、サラに手を伸ばそうとするが、全く動く事が出来ない。先ほどのモンスターの一撃のせいで、等では無い。 自身の鼓動すら感じられなかった。今、自分は生きているのか、死んでいるのかさえ判らなかったのだ。
そんな時だ。
『アル………、 我が…を、……受……継ぎ…… よ……』
(ッ!!!)
何かが聞こえてきた。いや、身に覚えがある、自分は、この声を覚えている。これは、いつか、確かに聞いたことのある声だ。だけど、何故今、このタイミングであの声が聞こえてくるのかは判らなかった。
(な、何なんだ……? いったい……これは!)
突然モンスターに襲われ、サラが襲われ、そしてこの時が止まると言う有り得ない現象が起き、あの暗闇の中で訊いた声が流れてきて……立て続けに起きた事によって、アルは平静を保てずにいた。
そんな中でも、あの声は聞こえてくる。
『おちつけ…… 我が…… よ……』
その声は、あの時同様に 途切れ途切れであり、内容が聞き取れない。肝心の所が聞えない。だけど、次の声を訊いて アルは意識を更に集中させる事になる。
『今こそ…… 力を…… ……に 解放しろ……』
そう 力、そして解放と言う言葉だった。これまでに無かった単語だったからだ。
(な……なに?)
――……力を解放する。
その意味は判る。だが、一体何のこと、何の力なのかが判らなかった。そして、声が続く。
『解放するん…… ……よ…我が声に…… その身を委ねろ』
途切れ途切れの声が、徐々にではあるが、繋がりだした。聞き取れる範囲まで。
(力……? 一体なんの事なんだ! ……お前は、お前はいったい)
アルは意識を集中させてはいたが、……酷く動揺もしていた。
《解放》《身を委ねる》
正直、どうすれば良いのか、何をすれば良いのかが全くわからないのだ。
だけど、次の声で、動揺は消し飛び……心が揺さぶられる。
『早くせぬと…… その娘が死ぬぞ?』
「っっ!!」
その声に、その娘と言う言葉に強く反応し、時が止まっている、と思っていた世界で、鼓動さえも止まっていると感じていた世界で、どくんっ! と鼓動が高鳴る感じがした。
そう、今は判らない言葉よりも、判らない声よりも……目の前にいるサラの事だ。もし……その声の通り、身を委ねる事で、力を解放する事で、彼女を助ける事が出来るのなら。
「……お願い、あの子を、あの子だけは、助けて、助けてくれ。オレに出来る事なら、何でもする。お願い……っ!」
アルは、 今の想いのその全てをあの声にぶつけた。想いが形に……、声に、言葉に変わったのだ。
――サラを助けてくれ、と。
(我が声……身を委ねろ 主なら……… さぁ自身を解放しろ!)
光り輝く何かが、アルの体に流れ入った。そして、その光が終わると同時に、
《世界》が再び動き出した。
世界に色が戻ってくる。そして、止まった時が動き出す。動き出すのは彼女と、モンスター達、そして自分自身。
「いやああああ!」
サラの叫び声が場に響いた。そしてモンスター達の唸り声も。
「っ!!」
気付いたら、アルは、サラとモンスターの間に割って入っていた。
「お、おにいちゃんっっ!」
サラは、目の前に入ってきている正体がアルだとわかった瞬間叫ぶように声を上げていた。
「……遅くなった、ゴメン、サラ!」
絶望的な状況なのは変わらない。でも、絶望感は身体から消え去っていた。まだ無数のゴーレム、ウルフが眼前に存在していると言うのに、全くと言う程に。
その訳は、判る。あの声が消え、世界が動き出した瞬間から、身体の底から力が湧くような感覚が走ったのだ。
それは、単なる腕力じゃなかった。頭の中に描かれる図形、そして言の葉。それは譜術の力。
直ぐにその頭の中の図形や言葉が譜術の力だと判ったのは、以前 その術、音素に関する教本も見せてもらった事があるからだ。
だから、直ぐに理解出来た。そして、使い方も直ぐに。
絶望感が身体から消え、力を得たとは言え、あまり考えている時間は今は無いのも事実だから。今、目の前にモンスターが迫ってきているからだ。
アルは、素早く構えた。
「……我らを護れ聖なる盾。 干戈を和らぐ障壁となれ」
詠唱を続け、最後に掌を突き出す。鮮やかな光、白い光がアルとサラを包み込む。
「ミスティック・シールド!」
唱え終わった瞬間、2人を包み込む光は、光の壁となり具現化した。聖なる盾は邪悪なる者の侵入を拒む。……大切な人に指一本、爪一本でも触れさせない。
モンスター達は、突然壁が現れたのだが、飛びかかる勢いを殺せる訳もなく、その飛びついた勢いのまま、アルが生み出した壁に正面衝突した。ぎゃんっ! と言う悲鳴を上げながら。
本来、この譜術は守りの力なのだが、モンスターは突進の勢いそのままに来た為、カウンター攻撃になって結構なダメージとなった様だ。
何匹かが、頭からぶつかった様で、昏倒していた。
「サラ…… この中にいれば大丈夫だ。これが、この光がサラを護ってくれる。だから、ここから出るんじゃないぞ」
まだ震えの止まらないサラだったが、アルの声を聞き少し震えが収まった様だ。でも、不安感はまだ続く。護ってくれる光は自分だけであり、アルの所にはもう無かったからだ。
「お、おにいちゃん…… は?」
サラは、怯えながらどうするつもりかと聞いた。まだ、ゴーレム達も健在であり、俊敏な獣タイプのウルフだからこそ、あの壁と正面衝突して、倒れた。ゴーレムは動きがスローだから、ダメージにならなかった様だ。
「あいつらがいるとここから出れないだろ?」
アルは、そう言ってモンスターの方に向いた。サラは、その仕草と言葉だけで理解した。……あのモンスターを倒す、と言っているのだと。
「だめだよっ!あ あぶないよっ おにいちゃんっ」
サラは目に涙を溜めて、首を左右にぶんぶんと振った。危ない事をしないで欲しい。……どこにもいかないで欲しい。傍に居て欲しい。サラの中にはそれらの想いが渦巻いていた。
「大丈夫だよ。 サラのおかげで少し思い出した事があったんだ。 記憶を、ね。 ……オレの戦いの記憶を。大丈夫、ちゃんと帰ってくる。……そして、帰ろう。家に」
アルは、サラに安心できるように、笑顔でそう言った。いつもの笑顔のままで。
……厳密には、記憶を取り戻したのは嘘だ。これは、この力は思い出したわけではない。これは、この力はオレのものではないのだ。
記憶を失う前、昔から使っていたのならば、少なからず身体自身が覚えていると思えるが、全くそう言う事はなく、まるで自分の力として身体に馴染む事も無い。
そう、言わば、何かに、借りている力、と言えるだろう。
だけど、今、サラを護れるならなんだって良い。どんな力だろうと、借り物の力だろうと……。
――……サラを守れるなら、なんだって良い。
アルは、軽くウインクしながら、サラの方へと近づき、頭を撫でた。
「あ……っ」
涙を流していたサラだったけれど、安心が出来た様だ。表情が変わったのがよく判る。 大好きな人に撫でられているから、安心出来たんだ。
アルは、モンスターの方に向き直った。
「すぐに終わらせるよ。 町の皆もみんなも心配だしね」
モンスター達は、突然の譜術を使った事に警戒を現したのか、飛びかかる様な事はせず、気を伺っている様だ。だけど、それは好都合と言うモノだ。詠唱には少なからず時間を要するから。
「さて……、派手にこの得体の知れない「力」を使うとこの坑道が崩れるかもしれないから……魔物には炎龍を……だ……。 サラを襲おうとしたお前達をオレは絶対に許さない……!」
アルはモンスター達を睨みつけると共に、詠唱に入った。
「熱く滾りし獄炎、聖なる龍の姿となりて、我が敵をを喰らい尽くせ」
アルの右腕が炎で包まれると、まるでその炎に意志が宿っているかの様に形が変わっていく。
「フレイム・ドラゴン!」
灼熱の炎は、鋭い牙に、角に代わり、燃え盛る龍の身体となる。
炎龍。
炎龍サラマンダーがモンスター達に襲い掛かった。
獣は炎を怖がる。それはモンスターも例外ではない様だ。ウルフ達は、迫り来る炎龍に逃げ惑い、唯一立ち向かってきた、恐怖を感じない泥人形であるゴーレムは、とてつもない高熱に焼かれ、溶けて消え去っていった。
これが、この世界での初めての戦いだった。
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