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鋼殻のレギオス IFの物語

作者:七織
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十七話≪真≫

 
前書き
前に引き続き前書きにFateの綺麗な綺礼の一発ネタがあった。いつか載っけるかもしれん。

十七話≪偽≫は消しました。 

 
 空に黒点が有った
 それは広大な空の広さからすれば小さい。けれどそれ自体の大きさは人を優に超えていた
 羽を持ち、爬虫類の様な肢体を持って空を飛んでいた
 無数に空中を舞うそれはこの世界の覇者、汚染獣だ
 分類するならば、雄性体二期〜四期に該当するだろう
 巨体が宙を飛び交うその下には一つの都市があった
 休眠状態からの脱皮を済ませた汚染獣は、近くに来ていた餌の香りに誘われその都市を襲っていた

 空を飛べるという利点を生かし、街中に降り立ったもの
 外縁部に集まった武芸者に邪魔され、邪魔するそれらを押しつぶし食事をするもの
 必死に武芸者たちが戦う中、その抵抗もむなしく一人、また一人と都市の守り手たちは殺されていった

 レギオスに生きるこの世界での覇者は人間ではなく、人間は汚染獣という覇者から逃げるように生活している
 いつ彼らの牙が自分たちに向けられるのか分からない、危険と隣り合わせの世界
 それを体現するかのように怒号と悲鳴と怨嗟が叫ばれる中、その都市は只々大地の支配者に蹂躙されていた


 
 都市の住民達は不幸だったと言えるだろう
 本来、レギオスは汚染獣を避ける様にその進路を変え動き続ける
 だが、汚染獣たちが休眠状態であったため、その都市は汚染獣たちに接近するまでそれを感知することが出来なかった
 感知した時にはすでに遅く、目覚めた汚染獣たちにすぐさま追いつかれてしまった
 また、日付も悪かったのだろう。その日、都市では祭事が行われていた
 人々が多く出回り、混雑する中で告げられた緊急警報はパニックを生んでしまった
 住民の避難に時間が掛かってしまった
 警報が鳴り響く中、都市中に散らばる住民の避難の為に都市警は多くの人員を割かれた
 結果、外縁部での食い止めに失敗。汚染獣を街中に入れてしまうという結果を生んでしまった
 本来、対汚染獣戦は複数人でチームを組んで事に当たるのが常識。だが、避難が至る所で行われている以上、街中に入った汚染獣に対応できる武芸者の数は少数。住民を守りながら戦おうとした彼らは容易く殺された
 街中で殺されば、住民を守るために街中に戦力を向かわせなければならない。けれどそれを行えば外縁部での戦力がさらに少なくなる
 長い間その都市では汚染獣の襲来がなかったこともあり、戦術が纏まらず戦力の質が下がっていたこともある。悪循環を生んでしまった
 その結果、都市は汚染獣の餌場に成り果てた



 彼女の視界の中で血飛沫が舞い上がる

 ギギギギギ……と汚染獣の口蓋が開き、鋸の様な歯をつけた暗い口腔が開く
 巨体にぶつかられ、動かない体で痛みをこらえる女性の前でそれは開かれる。恐怖に固まる彼女の前で徐々にそれは近づき……バクッ、と口が閉じられる
 赤い滴を口から垂らし咀嚼をする前で、上を失った体が重力に引かれ静かに倒れる

彼女の見ている下で地面が赤く染まる

 必死の思いで男性は走って逃げる。ヒィ、ヒィと整わない息を吐き、全力で走る
 既に限界は越え、体は疲労を訴えている。だが、それでも恐怖から動く体は止まらない
 だが、それ以上の速さで空から迫る影に男は気づく。背後へと視線を向けた先の巨体が段々と近づき……
 ……グチュ
 逃げる餌を止めようとした汚染獣の巨体に地面とサンドイッチされる
 平たく、中身が散らばり赤く染まってゆく地面に汚染獣は口を近づけ、足元の残骸を咀嚼していく

 彼女の耳に濁った悲鳴が届く

 親とはぐれた子供が親を求めて歩き回り、叫び声の轟く中化け物に出会う
 弱い餌を見つけた汚染獣は近づき、恐怖に逃げる事の出来ぬ子を押さえつけ、口を開く
 ゴキ、と腕が食いちぎられる。子は痛みに泣き叫び、親を求める声を上げる
 グジュ、ブチッ、と腹が喰い破られる。腸を外気にさらされながら、不幸にも心肺は無事な子供は死ぬことが出来ない
 冷たく鋭い牙が突き刺さる。グジュグジュ、と目の前の存在が腸を喰い破り、ぶよぶよした細長い物を垂らしながら咀嚼していく
 ア゛ッ、ア゛ッ、ア゛ッ……
 少しずつ、少しずつ削られる様に喰われていく子の声は既に濁り枯れ、親の助けを求め続ける
 
 彼女の知る守り手が地に倒れる

 平時は機関部を掃除していた事もある武芸者は、街中で襲われる民を守ろうと単身汚染獣に向かう
 跳ばされた剄は外装で止められ肉に届かず、振るう一打は致命に届かない
 明らかに味方の数が足らない中、それでも民を守ろうとした彼は、無力な民に向かおうとした汚染獣を止めるために間に入り、巨体に飛ばされる
 動かぬ体を叱咤する彼は、守ろうとした存在が喰われていく様を見せつけられ無力を嘆いた
 

 最後の砦であるはずのシェルターは幾度もの巨体による突進を受け、既にその役目を果たしていなかった
 歪に空けられた穴からは汚染獣たちが入り込み、彼女の愛する民をひたすらに抉り、潰し、咀嚼していく
 安全なはずのそこは、只々無力な人々を集めた、汚染獣他にとって都合のいい餌場に成り果てた

 シェルターに間に合わぬと家に駆けこんだ者達もいた。臭いに気づいた汚染獣の突進で家ごと潰された
 汚染獣を殺した武芸者もいた。続く連戦に耐えられず、押しつぶされ地面の模様になった
 親子で逃げている家族もいた。傷で動けなくなった親は、目の前で愛する我が子が喰われていく様を見せられた
 耐えきれず出てきた彼女に気づき、助けを求めた者もいた。手の届く直前、彼女の見ている前で空から降ってきたモノに喰われ、頭を無くしたそれは彼女にぶつかり赤く染めた


 叫び声が轟き、守り手たちが減っていく中、都市はいたる所が黒く染まって行った
 彼女が敵を憎み嘆きを叫ぶ中、汚染獣襲来の次の日、その都市は滅んだ


 只ひっそりと、遠くを走る放浪バスにいた少年少女が見る中、世界の片隅で一つの都市が滅んで行った















「フッ……これで終わりだ」

 その声と同時にシンラの手が切り札を晒す
 それは最強の剣。今の今まで秘されていたそれは、この瞬間になってレイフォンに牙をむく

「————ッ!」

 その力にレイフォンは成す術がない
 抗うための力はすでに手中に無い。まさか今振るわれるなど想像だにしなかった
 見えていた勝ちの未来は今この時点で潰えた
 レイフォンはただ、敗北の言葉を告げるしかない

「————パス、です」
「なら、続けて2。上がりだ」

 道化の次に出されたのは最強の数字
 たった一枚、1の手中を見ながらこの瞬間レイフォンの大貧民が決定した


「後一枚だったのに……」
「ははは。これで五連続大貧民だねレイフォン」
「……あなたが粘着するからでしょう。それに、2上がりは禁止ですよ」

 談話室にて大富豪をしていた五人の一人、エリスがトランプを混ぜながら言う

「それはローカルルールだろう? 前もって決めてない以上問題はない」
「スピードの恨みか……大人気ない」

 アルウェイがトランプをカッターしながら言うが、シンラはどこ吹く風だ

 元々は何の気なしにシンラがレイフォンにスピードをやろうと持ちかけたのが始まりだ
 ルールを知らなかったレイフォンにルールを教え、おぼつかない手取りながらも始めたのが数十分前
 結果はレイフォンの圧勝。何せ身体能力が違う
 シンラがカードを掴み、山に置く寸前にレイフォンがやっと動いたとしても楽勝で間に合うのだ
 レイフォンの連勝数が七に届く頃、シンラは仲間を集め今度は大富豪をやろうと宣言
 結果、レイフォンの圧敗
 時には自分が貧民になってまで粘着するシンラに、レイフォンは大貧民から一度として脱出できなくなった
 他の三人からしても思う所はあるが、罰としてシンラの料理の味見係が懸っているので助けるつもりはない
 なんだかんだで全員、色々と外道なのだ


「シンラ、ちょっといいか」
「何だい?」

 カードの交換が終わり、大富豪のエリスが最初から6789四枚の階段を出したところで声がかかる

「遠くにレギオスが見えるんだが、どうも変だ」
「変、とは?」
(あ、これなら出せる)

 流され、次にエリスが出した4にレイフォンは6を出す

「動いていない。確認した所、膝を地に着け動く気配がない」
「ふむ……近くにセルニウムの山は確認できるかい? それと距離は?」

 平民シンラは7を出し、続く富豪アルウェイが8を出して流す
 4が二枚出される

「距離大よそ十五ってとこだな。それらしい山はない。確認できた限り、塔型の建築物のいくつかと外縁部の欠損が見れた。恐らく……」
「汚染獣による襲撃、か。見たところの様子とどこだかの確認は?」
(12、13、2が一枚ずつしかない……)

 貧民リュートが10を二枚出し、エリスが11を二枚、レイフォンはパス
 シンラは13を二枚、アルウェイは1を二枚。流され10が出される

「確認できる限り汚染獣の姿はない。都市については今調べさせている」
「進路についてはどうなっている」

 リュートが13を出し、エリスが1を出し、レイフォンは2を出す。流れ、9を二枚出す
 流れ、3を出す。シンラは7を出し、アルウェイは9、リュートが11を出し、エリスは12

「都市の方だ。今の所は問題なしとして、このままだとある程度までは近づくことになるが……どうする」
「聞きに来たんだ、ある程度は予想がついているんじゃないか?」
「まあな」
(13を出したい……けど、ここで使ったら……)

 考えた後、レイフォンはパス。シンラもパスし、アルウェイもパスし、リュートは2。流れ、3
 エリスは6を出し、レイフォンは7、シンラはパス、アルウェイは9、リュートは11

「上がりです。シンもしましたし、2です」
((ラッキー))

エリスが2を出して上がる。流れ、レイフォンは3、シンラは11、アルウェイはパス、リュートもパス
 レイフォンが12を出し、流れ、4。シンラはパス、アルウェイは12、リュートが1を出す

「いないか? ならこれでおわ……」
「いや、私が出す。2だ。そして9で上がりだ」
(後二枚……これで)

 流そうとしたリュートを遮り、アルウェイが2を出し流れ、9を出して上がる。レイフォンが13を出す

「いないですか? なら……」
「いや、JOKERを出すよ」
「……え、今?」

 流して上がろうとしたレイフォンを遮り、シンラがJOKERを出す。流れ、8で流れ、12を出す

(いや、でもなんとか……)
「出せる人はいないはずだから、流すよ」
「ちぇ、俺の負けかー」
「いや、そうでもないよリュート」
「おっ」

 流れ、シンラが345の階段を出し、上がる。続くリュートが678の階段を出し、上がる
 レイフォンの手札は残り10の一枚。六連敗が決まった
 
(ひどい……)
「で、エリス。頼みたいんだが」

 JOKERを使うタイミングならいくらでもあったはずだ
 あからさまに自分を狙ったプレイングにレイフォンは項垂れてしまう
 その横でシンラがエリスに頼みごとをしようとそちらを向く

「端子なら既に飛ばしました。岩陰などを注意しながら、都市へ向けて探索中です」

 される質問を予想でもしていたのか、錬金鋼を展開していたエリスが答える
 既にその周囲に端子はない。言う通りならば、見つけたという都市の方へと飛ばしている最中なのだろう

「流石。察しが早い」
「長い付き合いですからね。皆、シンの言いそうなこと位見当が付いています」
「それは助かる」

 その返答にククク、といった風にシンラが笑う

「で、どの位で終わる」
「十分な距離の周囲の安全確認だけなら、二時間ほどで」
「到着時間は?」
「やっぱりか……お前馬鹿だよな。このままなら大体三、四時間だな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」

 言い、シンラが立ち上がる

「時間もちょうどいい。進路はこのまま向かう。エリスは何かあれば直ぐに報告してくれ。フェルミは他を呼んでほしい」
「あの……」
「ん、何だい?」

 シンラが指示をだし、それを受けて三人がそれぞれ動く
 それを見て、今一どういう状態なのか分からないレイフォンは尋ねる

「向かってどうするつもりなんですか? 都市が見えたって言ってますけど」
「簡単なことだよ。知的興味を満たすための、観光だ」
「シンラ!」

 名前を呼ばれ、シンラがそちらを向く
 向かってきたのは旅団の一人、ジン・シルドック。特に特徴味もない普通な容貌をした男だ
 彼は手に一枚の紙を持ち、シンラに近寄る
 
「ジンか。どうしたんだい」
「データを漁ったかいが有った。旗から都市の名前が判明したぞ」
「へえ……で、どこだったんだい?」
「ああ、あの都市は———」

 シンラが続きを促す
 それを受け、ジンは紙をシンラに渡しながら言った


「—————舞楽都市ベリツェンだ」







 数時間後の丁度昼頃、バスは都市のすぐ近くまでたどり着いていた
 バスの中の一室にて、端子が移した都市の映像を中心に旅団の人員が集まり話し合っていた

「探査の結果、このバスを中心に周囲二十五キロメルに汚染獣の姿はありません。軽く調べましたが、都市のこちら半分においても怪しい姿は特にありません。現在、都市南外縁部の精密探索に移っています」
「ご苦労、そのまま続けてくれ。質問があれば随時言って欲しい。さて、既に知っていると思うが今向かっている都市はベリツェン。恐らくだが、汚染獣によって壊滅したと考えられる。この都市に入りたいと思っている」
「質問。行って何をするつもりだ?」

 周囲で聞いていた一人、カトラス・ウィードが質問する
 ざっくらばんに切った髪に、年相応な精悍さを携え、どことなく静かそうな印象を持っている男性だ

「探索だよ。それと、可能ならばデータを始めとした文献の収集。今はまだエアフィルターが生きているみたいだが、いつ切れるか分からない。風化させるのもなんだ。なら、貰ってしまうのもいいだろう?」
「あの……私からもいいですか?」

 眼鏡をかけた一人の女性が手を上げる
 彼女の名前はフェルミ・レトリック。明るい茶髪を後ろで三つ編みにし、大きめな丸眼鏡をかけた気弱そうな女性だ

「汚染獣で壊滅って、行くの危険じゃないんですか?」
「その点なら大丈夫だと思う。先の報告道理、周囲に汚染獣の姿はない。周囲の蔦などから見るに、恐らくある程度の時間は経っているはずだ————エリス」
「今の所、内部に家畜など除き生命反応はありません。風化具合から見て、二月程度は経っています。心配は少ないと思われます」
「なら俺からも質問。行くなら人員どうすんだ? 都市外装備って五つしかなかった気がするけど」

 寝癖をつけたままめんどくさそうな雰囲気が滲み出る青年、リュート・バジルが疑問を飛ばす
 それにシンラはニヤリ、と笑う

「僕の趣味の品が、ただの嗜好品だけだと思っていたかい?」
「お、まさか……」
「言っていないが、四つ、こんなこともあろうかと秘密裏に買ってあるのだよ」
「流石リーダー分かってるぅ」
 
 イエーイ、と二人がハイタッチを決める

「馬鹿ばかりですね……」
「今更だよエリス。で、探索に関してはバスにもある程度人員を残し、八人前後で行きたいと思っている。入った後は二組に分かれ各々探索だ。では、探索に行く人物だが……」
「まて、何故既に行くことが決定している」

 話を進めようとするシンラにアルウェイがストップをかける
 が、やれやれ、とシンラは首を振る

「理由なら今上げた通りなのだが……そうだな、逆に聞こう。目の前に廃都市がある。直ぐ近くにだ。汚染獣の心配も少ない。……多少の危険程度、行ってみたいだろう?」

 それを聞き、アルウェイが集まった人員を見渡し、溜息を吐く
 何せその殆ど、比較的気の弱いフェルミでさえ頷いているのだ

「さて、同意がとれたので続ける。今の所決定しているのは僕とエリス、それとレイフォンだ」
「……え?」
「服と残す人員的に、後五人か六人と言ったところだな。安全面を考え、武芸者をバスに一人、探索組に二名入れたい」
「おーし、じゃんけんしよーぜ!」
「うむ。注意点があるが、希望者がいれば……」
「えーと、僕もですか?」

 後ろで猛烈なじゃんけん大会が開催される中、レイフォンはかってに決められた人事に取り敢えず質問する
 別段レイフォンとしては良いのだが、もはやいつもの慣習みたいなものだ

「安全だと思うが、一応ね。一番の実力者だ。何かあっても大丈夫だろう」
「まあ、二期三期以前位なら幾らいても大丈夫ですけど……。了解しました」

 変な無茶ぶりでさえ無ければ基本的に頼みごとを断るつもりはレイフォンにはない
 そんな後ろで小さな歓声が上がる
 どうやら、じゃんけんが終わったらしい

「ああ、言い忘れていたが……」

 シンラが言い、エリスの方に軽く視線を向ける
 出ていた映像が変わる
 新しく映された映像は、上空から街を映したもの。敢えて少々荒くしてあるのが分かる
 だがそれには……

「耐性がない者は辞退するか、昼食を抜くことをお勧めする」

 荒くても分かるほど、赤黒い模様が映っていた




「ふむ、近くで見るとやはり傷跡の迫力が違うな。さて、どこからか入れればいいのだが……」
「停留所の類は壊されています。恐らく逃げようとした所を襲われでもしたのでしょう。ゲートもロックされたままです」

 シンラの声に、エリスが探査結果を返す
 彼らがいる所は既に放浪バスの中ではない
 都市の足元すぐ近く、都市外装備に身を包んで立っている
 ちなみに、レイフォンは自前の装備を着ており、各々の装備にはエリスの端子が付いている

「そうか……なら、ワイヤーを使うかジェイドに———」
「あの」
「ん、何だい?」

 道具を出そうとしていたシンラにレイフォンは話しかける

「鋼糸を使えば上げれると思いますけど、使いましょうか?」
「ああ、前に聞いた武器だね。……切れないかい?」
「大丈夫です。シュナイバルにいた時にも練習したので」
「なら、頼むよ」
「はい。レストレーション02」

 青石錬金鋼で鋼糸を復元する
 あのアントーク家での事件以来、一層使用に気を付けて修練し続けてきたのだ
 既に使える鋼糸の数は数百にも上っており、このまま続ければ千も超えるだろう。使う技術も当然上がっている
 一応、という事で武芸者であるアルウェイ一人をまず絡め捕り、鋼糸の先を都市の建物に巻き付け共に上昇する
 エアフィルターを抜ける粘液の様な感触を通り抜けた後、地面に着く
 
「では、上げます」

 大丈夫だった、という事で端子から与えられてくるデータを元に他も鋼糸で上に上げる

「あれだね、下を見るのが凄い怖いね。僕には糸がよく見えないし。後、エアフィルターってあんなドロッとしてるんだね」
「ああ、凄くドロッとしてたなあれ。なんかぬるっとしてた」

 どうでもいい感想をシンラとリュートが言い合う

「さて、では二組に分かれよう。どこに向かうかはさっき話し合った通りだ」
「ああ、分かってる。じゃ」

 都市探索は二組
 シンラ・エリス・ジン・レイフォン組とカトラス・ナタリア・リュート・トリトシア・ジェイド組
 レイフォン達は役所、並びにシェルターの探索に研究所の探索、ついでに時間があれば機関部の探索。ジェイド達は図書館、並びに他全体を歩き回っての探索だ
 時間も無限ではないので、向こうはさっさと行ってしまった

「さて、僕たちも行こうか」





 所々押しつぶされたような凹みを残す街中をレイフォン達は歩いていく

「襲撃の後、って言っても、思ったより血の跡とかは少ないんですね」
「まあ、そんなものだろうね。実際の所、街中にあるとしたら武芸者の物ぐらいだろう。多分だけど、そういったもののほとんどはシェルターの方にあると思うよ」
「そう言えばそう、ですよね」

 言われた言葉にレイフォンは納得する
 今まで通った道にあった残骸は、都市一つが潰れたにしては量が少なすぎる。シンラの言う通り、そういった“人であった物”があるとしたら、一般人が避難したシェルターの方にあるのが道理だろう

(シェルターか。出来ればあんまり行きたくないなぁ)

 このままならそのシェルターを後で見に行くことになるのだが、正直行きたくはない
 もし生き残りがいたら見捨てるわけにはいかないだろうという結論は分かる。だが、だからといって見たいものではない
 戦場を経験している以上、レイフォンだって惨い死体を見たことが零な訳じゃない。見たところでそこまでのものでもない。でも、それは武芸者の話だ
 本来守るべきはずの、安全なはずの場所に逃げて死んだ、“一般人”の残骸など、関係ないはずなのに無力さを見せられるようで気が重くなる
 
 気分を変えるため、思考を変えようと気になっていたことを聞く

「そう言えば、シンラさん達は気持ち悪くならないんですか? マスクですけど」

 今歩いている四人は皆フェイススコープを小さな袋に入れて持ち、マスクをしている
 レイフォンは血の匂いにある程度慣れているし、腐臭もマスクをしていればそこまで気になるものでもない
 だが、他の三人は視覚的にも嗅覚的にもきつくないのだろうか

「旅団の前半メンバーは過去に一度、訪れた都市で汚染獣戦を経験しています。それに年齢的にも、おのおのが一度は故郷で経験していますから、ある程度なれています」
「そうだったんですか」
「ええ。まあ、武芸者でもないのに平然としてる様な人もいますが……」

 じー、とエリスの視線がシンラに注がれる

「あの時、君の端子を通して映像を見させてもらったからね。多少の耐性はついたよ」
「いや、俺も見てたがお前は全然ビビってなかっただろ」
「ジンは不安そうな顔してたけど、最後の方は平然としてたよね」

 そうなのかとレイフォンは納得する
 広場を抜けながら、もう一つの疑問を聞く

「後、ベリツェンって言ってましたけど、この都市ってどんな都市なんですか?」
「紙、見なかったのかい?」

 聞かれ、レイフォンは首を横に振る
 回ってきたが、書いてある文字が小さいのとその量の多さに読む気が起きなかったのだ

「そうか。なら説明しよう。簡単なのと、細かいの、どっちがいいかい?」
「簡単な方でお願いします」
「了解した。まず、都市の名前は舞楽都市ベリツェン。都市旗は布を纏った乙女。都市の形態としては一般的なレギオスに当たる。賑やかな都市、という事で名前が上がることもあるね。技術開発などよりも、文化発展の面が強いとされる。気候は春季帯から夏季帯だったかな。なんでも、年に二度ほど大きな祭事が行われるらしい。簡単な所はその位かな。何か質問は?」
「名前が上がるって言われても、聞いたことが無いんですけど」
「グレンダンやシュナイバルから比べられたらしょうがないよ。その辺は別格だからね。あくまでも、一般都市としては少し知られているっていった所だよ」

 別格、と言われても生まれ育った場所なのでレイフォンにはピンとこない。有名らしいというのは知っていたが、そこまでだとは認識していなかった
 特に他に聞く事もないので所々黒く染まっている道をひたすらに歩いて行く
 暫く行くと、目的地である比較的大きい建物が見えてきた




「電気系統が生きているからなんとかなりそうだ。ちょっと弄ってみるからお前らは近く漁っててくれ」

 データ端末の前を陣取ったジンが手を動かしながら言う
 既に端末には小型の記憶機がつけられている。引き出せたデータをそこに保存するのだ

「何かあったら端子に報告する」
「頼むよ。僕たちは他を当たる。行こう二人とも」

 ジンをその場に残し、少し離れた部屋に入る
 入った部屋は書架だ。古い紙の匂いとともに、数多くの本棚とそこに入れられた多くの本が目に入る

「シン。奥の方に扉がありますが鍵が掛かっています。どうやら貴重な文献の類はこちらに有る様です」
「ふむ……今の所、都市内での生命反応は?」
「家畜、蟲など類を除けば、私たち以外はまだ発見できていません。既に半分近くは探査済みです。生き残り、汚染獣が残っているのは、シェルター内部に限られます」
「ならいいか。レイフォン、こっちに来て鍵を壊してくれないか」
「いいんですか?」
「都市の人間がいないのなら構う事もないだろう。このまま朽ちさせるよりはましだよ」
「分かりました」

 展開した剣で鍵ごと扉を叩き斬る
 中の安全を確認したところで、シンラが二人に袋を手渡す
 レイフォンは軽くそれを引っ張ってみる。中々に大きく、伸縮性もあるが切れる様子はない。持ちやすいように紐も通してある

「では、各々貴重そうな文献や映像の類があったらそれに入れる様に。都市の歴史や文化・研究データなんかは特にいいね。レイフォンは……一緒に回収してもいいし、休んでいて貰っても結構だ。じゃ、そういうわけで」

 そう言い、シンラは奥へと入って行った
 レイフォンは適当に近くに会った一冊を取って中を見てみるが、良く分からないので適当に中を歩く
 歴史書や文学書、教科書っといった文字が目に映る
 
「こっちの部屋には特に珍しい物は無いようですね。どうやら、図書館の方に置けなった物やこの都市で使われる教科書の類が置かれているようです。あるとしたら、シンが入った奥の部屋か図書館の方みたいです」
「でもこれ、重要って書かれた赤いシールが貼ってありますよ?」
「それは持ち出し禁止の意味です。そもそも、住民録なんて私たちが持っても意味がありません」

 そんなものなのかとレイフォンは抜いた一冊を戻す
 どうやら、自分にはどれがいいのか判断が付かないようだ。そう判断し、何となく目についた中等数学と書かれた教科書を抜き取り、近くに座り込む

((……え、なにこれ。因数? X、Y? え、なんで計算に文字が出てるの??))

 何が書かれているのか全く分からず、レイフォンは困惑する
 なにせレイフォンが出稼ぎに出たのは十二。初等学校を卒業した時点の学力だけなのである。今現在は十三であろうと、分かるはずがないのだ
 それに、いくら初等学校を卒業していようと、武芸一筋で生きてきたレイフォンだ。学力がそこまであるわけでもない

((かつ、または?? 数字の右上に数字? ……なんでこの人髭生やしてるの? マジカルステッキって何。第三の目……え?))

 もはや訳が分からない。だが、とりあえず自分には理解できないことは理解出来た
 顔を上げ、右を見て、左を見る
 そそくさとレイフォンは袋の中へそれを詰めた。ついでに、近くにあった似たようなものもいくつか詰める
 これで良し、と思い、特にすることもないのでエリスの方へと向かう

「はい………で……、か——……の、———だそうです……以上です。どうかしましたかレイフォン」

 エリスはどうやら端子を通し、誰かと話していた様だ

「いえ、特にすることが分からないので。何を話していたんですか?」
「リュートとです。どうやら知りたいことが有ったようなので、ジンの方と仲介を。ここには特に何もないので、早く切り上げるとしましょう。シンにも連絡済みです」

 エリスが言うと同時、奥からシンラが戻ってくる
 何かいい物でも見つけたのか、その手の袋は膨らんでいる

「いや、色々あったよ。とりあえず歴史の文献とこの都市で特許がある研究データ、それに都市で有力だったらしい流派のデータが載っている物とか色々とって来たよ。エリス。何かあるかもしれないし、その武芸者の住宅データを向こうに送ってくれ」
「了解しました。住所を教えてください」

 部屋から出ながらシンラが一冊の本を手渡す
 それを見、エリスが端子を通して向こうの組へと伝達する
 そのまま歩き、ジンと合流する

「おう、色々取れたぞ。めぼしい研究所の場所も大体分かった」
「それは良い。とりあえずやることも終えたし、外に出よう」

 そのままレイフォン達は外に出る
 古い紙の匂いの密閉された場所にいたからか、やや腐臭がするというのに新鮮な感じがしてレイフォンは軽く伸びをする

「エリス、シェルターの場所は?」
「つい先ほど見つけました。入口が崩れた外壁などで埋まっていました。場所はここからおよそ五百メル先ですが、今の所入れるのは上部に空いた穴のみの様です。どうします?」
「うーん、調べといてくれるかい。いないだろうけど、一応生き残りとかさ。いないだろうけど、しとかないとねぇ。一応さ」
「了解しました」

 はぁ、とエリスが溜息を吐く

「大丈夫かい? きつければ辞めてくれ。続けるにしても熱探知位で十分だ」

 シェルターの中、という事はあるとすれば人であった残骸くらいだろう
だからこそ、辛ければとシンラは言うが、エリスはそれを断る

「大丈夫で………え———?!」

 瞬間、エリスが目を見開く
 感情の薄い無表情の顔を驚きに歪ませ、叫ぶ

「———南東七十メルに生命反応! 突如現れました!!」

 エリスの叫び声にレイフォンはすぐさま反応する
 即座に錬金鋼を展開。右手には黒鋼錬金鋼の剣を握り、左は青石錬金鋼を展開し鋼糸をその方向へ飛ばす
 エリスが示した場所は一度通った広場
 先に飛ばした鋼糸がその存在を感知し取り囲む。一息の間に着いたレイフォンは、その存在を直接感知
 そしてそれを視界に収めた

「———え」

 思わず声を漏らしてしまう
 丸く作られた、半径三十メルは有りそうな円状の広場
 汚染獣でも通ったのか、凸凹のタイルに、途中から折れ曲がった街灯が囲む中心
 まだ明るいというのに薄暗さを醸し出す荒れたそこにそれはいた
 動きやすそうな服を着た、青い光に包まれた長い髪の女性
 それは、どうみても人の姿をしていた









 
「やりきれねぇよな」

 図書館に着いたリュート達は文献を漁っていた
 トリトシアは鍵を壊した保存指定書架の中。カトラスとナタリアは一般図書欄。ジェイドはリュートの近くでデータ端末をいじっていた
 眼鏡越しに見る画面から目を離さぬまま、ジェイドが返す

「何がだ」
「この都市の事だよ。滅んじまったんだろ。なんかなぁ」
「そういうことがあるのがこの世界だ。どうあがいても、生きる場所が限られているのが私たちだ。関係のない所でまで感傷を抱いていてはきりがなくなる。トリトシアを見ろ。最初は怖がっていたのにさっきは目を輝かせて書架の中に入って行ったぞ」

 そう言われ、リュートはついさっきの事を思い出す
 彼女は街中にあった残骸や染みには怖がっていたのに、書架内の本を見たとたん目を輝かせていた
 興味分野には目が無い彼女は、今頃せっせと貴重な文献を集めているのだろう。そういった本の類が風化することを嫌う彼女だ、間違いはない
 最初見た時はびくびくした、典型的的な大人しい文系眼鏡だったのになぁとリュートは思う
 もっとも、興味分野に全力、というのは彼も同じなのだが

「いやまあ、そうなんだけどよ。……二つ前の都市で有った友人がさ、ここ出身だったんだよ」
「……」
「そいつ、単身飛び出したって言ってたけど色々教えてもらってさ。子供を親に合わしてやりたいとか、もう一度帰ってみたいとかさ。留学を考えてる年頃の子を持った兄の話なんかもされた。どうすべきか手紙で相談されてたってよ。
……ここの祭り、奏舞祭っつう踊り子が踊る豊穣の式典さんだけどさ。出店が上手いだの踊ってるお姉ちゃん達が可愛いだのって言われてもう一回みたいなーとか話したことあるし。そういうの思い出すとさぁ。……あいつ知らねぇんだろうな。やだなぁ、次の手紙送る気無くすわ」
「なら、教えればいいだろう」

 そっけなくジェイドが言う

「何をだよ」
「祭りの映像だ。調べてみたら、どうやら毎年映像で収め保管されているらしい。送ればいい。それとその家族がこの都市の人間なら、台帳を調べれば住所もあるだろう。そこにいけばアルバムの類も残っているかもしれん。丁度、向こうの組がいる所は役所だ」
「……おお、なるほど。あったま良いなお前」
「死んだとしても、何もないよりはましだ。写真の一つも送ってやれば慰めにもなろう」
「あれだ、アニキー!って言って抱きしめていいか」
「死ね」

 その返答にリュートは肩をすくめる。もっと乗ってくれてもいいものを
 そのままリュートは端子を通し、エリスを通してジンに頼む
 そしてものの数分で結果が返ってくる

『———だそうです。調べてみたところ、その場所はそこからそんなに遠くないようですね』
「助かる。ありがとう」
『調べた範囲内なので、そこまでの道のデータも送っておきます。では、以上です』

 送られてきた道のデータを見る。確かに、ここから歩いて一時間としない場所の様だ
 そこまでの道のりと、後で送る文面と添付物についてリュートは考える
 そしてジェイドに教えられた棚に行き、近年分の式典の映像データを持って元の位置に戻った

「———了解した。そこにいけばいいんだな」
『ええ。シンが言うには奥義書の一つでもあれば嬉しい、だそうです』
「……まあいい。時間が出来次第向かうとする」
『お願いします』
「何の話?」
 
 リュートが気になって聞く

「何、シンラが色々見つけたらしくてな。ここで有力だったらしい流派の本家の所在地を送るから、そこを漁って奥義書の一つでも見つけろという話だ」
「変わらねぇなあいつ。まあ、面白そうだけど」

 自重という言葉を覚えるべきだと思うが、覚えたら覚えたでつまらないなとリュートは思う
 今くらいでちょうどいいのだから

「そう言えば、お前はさっきから何をしているんだ?」
「俺? 俺は……」

 答えようとした途端、リュートに向かってカートが滑ってくる
 勢いのついたそれを避けようとも思うが、避けたら乗っている本が散らばってしまうのでそういう訳にもいかない
 真正面からそれを受け、両手で止める
 が、力の見積もりが弱かった

「……ゴフッ」
「あ、だめだよちゃんと受け止めてよー。本が落ちちゃうじゃん」
「アホっ、滑らせるなっつっただろナタリア! 落としたくないんなら飛ばすなって」
「え、でもそれカトラスが山盛りに積んだからだよ。私悪くない。ゆっくり押すよりこっちの方が楽じゃん」
「だからお前は——、————!」
「————! ———。—————!」
「……いや、俺が楽じゃないんだけどね。ああ、もう聞いてないね。そうだよね、うん……」

 痛む腹をさすりながらリュートが言う
 さする手はそのまま、ジェイドの方を向いて言う

「俺は、こいつらが好きに持ってきた物が、ホントに要る物か選別する仕事だよ……」
「まあ、あれだ。頑張れ」
「……ありがと」

 こっちを見る視線が、なんだか優しく感じられる
 ああ、向こうの組が良かったな……と思うリュートだった












 それを目の前にし、レイフォンはひとまず鋼糸を収め、剣を両手で握った
 目の前にいる存在の姿は、どうみても人の姿だ
 長い髪に、それを抑えるカチューシャの様な物をつけている
 動きやすそうなノースリーブは短く、スラっとした腹部を露わにしている
 サイドスリットのはいったロングスカートから伸びる足はしなやかで細く、この荒れた地面の上だというのに素足である事を除けば女性の理想的な脚部ともいえるだろう
 切れ長の目に、整った顔からはその無表情さも相まい、氷の様な印象を受ける
 歳で言うならば二十前後と言った所か。一言で表すならば、踊り子、といった印象が合う美人の女性だ
 それに相対し、けれどレイフォンは問う

「お前は……何だ?」

 誰だ、ではなく、何だ
 レイフォンは目の前の存在を、人ではないと断定して問う
 その理由は簡単だ
 青く輝く人間など、存在するはずがない
 ただ輝くだけならば、出来る人間は知っている。だが、皮膚までにもその色が及んでいるならば別だ
 そしてなによりも、目の前の存在が放たれる気配が異質すぎるが故にレイフォンは剣を下ろさない
 目の前の存在は返答を返さず、只レイフォンを見つめる
 そして不意に、その右手が上げる

「————ッ!!!」

 何かと身構えるが、目の前の彼女は意にも介さない
 胸元にまで上げられた手はそのまま真っ直ぐに横に伸ばされ、拳は解かれ人差し指が伸ばされる

 無表情なその瞳に見つめられ、レイフォンは緊張感が湧き出して止まらない
 汚染獣を前にしたような、今までの経験からの感が警鐘を鳴らし続ける

(汚染獣じゃ……ないはず)

 汚染獣が人の姿を取るなど、ありえない。あるとしたらそれは老生体。それも、三期以降という大物。そうでないでくれと願う
 だが、こちらを見る目の前の存在から与えられる気配はそれとは違う。汚染獣が放つような、餌を前にした食欲の様なものがない
 戦うつもりはないのだろう。こちらを見続けるその瞳からは、その印象は受けない
 その黒と蒼の瞳は、表情と同じ様に澄んで……

(———ちが、う?)

 今更になって気付く
 これは違う。感情が無いのではない
 どうしようない何かを必死に押しこめている様に、我慢しているように感じられる
 こちらに対し何かを訴えかけているようにさえ思える
 そして不意に気づく。真っ直ぐに伸ばされたその腕と指は、どこかを指し示しているようだと

「……そっちに何かあるのか?」

 問いに無言で返される。そもそも、この相手には喋るという事が出来るのかさえ分かっていない
 それとも、と少し考え、改めて問う

「僕にそっちに行って欲しいのか?」

 それが合っていたのかは分からない。だがそれを受け、相手は腕を下しそちらに体を向け、そのまま歩き出すようにしながら姿を歪ませ消える
 
『行きたまえ。どうやら害はないようだからね』
「了解しました」

 相手が消えると同時にレイフォンはそちらに向かい、辺りを探りながら走り出す
 今の相手が何なのかは分からない。だが、そちらに向かったというのなら放っておくわけにもいかない
 既に感じていた危機感は薄れているが、それでも害が無いと決まったわけではない
 だが、それでも何かあるという思いからそちらへ向かう
 
 視線の先、突き当りの所に再び彼女が現れる
 此方を見た相手は、再び腕を上げ右を指し示すと同時にフッと姿を消す
 それはどう見ても、行く先を指し示しているように見える

(合っている……のかな?)

 疑問を浮かべながら曲がろうとし、

『———レイフォン』

 エリスから連絡が届いたのはそれと同時だった






 少し前、エリスは新たに端子を飛ばしていた

「エリス、映せるかい」
「今、映像を出します」

 エリスが端子から得た情報を映像として出す
 彼らがいる場所はレイフォンの後方五十メルの地点だ
 ここからでも直接見えるが、端子の方が精度は高い
 出された映像には正体不明の女性と、それに相対するレイフォンが映し出される

「ジン、エリス。記録を直ぐに。エリス、ズームを」
「セットすんの時間が掛かるんだよ。……よし、セット出来た」
「映像、ズームします」

 映し出された映像の倍率が上がる
 女性の姿が大きくなり、その詳細が見て取れる様になる

「青い女性? ……何だ彼女は」
「分かりません。ですが、探査結果より人間ではないと判断できます。正体不明」
「何か怖い美人さんだなおい。踊り子みたいなかっこじゃねぇか」

 三人が呟く中、解析結果で出る

「対象の足元を解析した所、歪なし。負荷がかかっていないようです」
「浮いてるか、彼女にほとんど体重と呼べる物がないかのどちらかか。そんな事ありえるのか……?」

 不意にシンラは背後の空を見る

「踊り子……まさか。いや、だが……」
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
「あの腕、どっか指してんじゃないのか?」

 ジンの言葉と同時、件の女性が消え、レイフォンから動いていいか聞かれる

(あの様子なら、特に問題はないか……それ以上に気になるな)

 すぐさまレイフォンに許可を出し、レイフォンが動いたのを確認する

「エリス、あの方向には何が?」
「特に何も……しいて言えばシェルターの———っ!」

 その瞬間、調査に向かわせていた端子からある情報がエリスの元に届けられる

 そしてそれは、すぐさまレイフォンの元に届けられた








————始まりは二か月前に遡る









———都市が、汚染獣に襲われた

 私を連れてシェルターに逃げ込んだ母はそう言って私を抱きしめた
 お父さんは? と聞くと母は分からない、分からないと繰り返した
 抱きしめる力が、強くなった
 
 お祭りがあるはずだった。私が、毎年楽しみにしていたお祭りだった
 友達と一緒にお店を回って、近所のお姉さんが踊るのを見るのが恒例の行事だった
 おこずかいを貰って、それでどれを食べようかって話し合うのがいつも難しい問題だった
 そのお祭りの日が今日だ。お祭りはなくなってしまったのだ

———今日じゃなければ……なんで、なんで今日なのよ……

 お母さんが言っていた
 なんでも、そのせいで避難が遅れたって。お父さんがまだいないのもそのせいだって
 お父さんは祭りを作る人だ。重い木を運んで、組み立てる仕事だ
 普段は、武芸者の人の仕事だけど、いつもお祭りの時は人手が足りないのだと笑っていた
 きっと直ぐに来るはずだから、とお母さんは私に言った
 なぜだかお母さんは泣いていた

———大丈夫だからね。武芸者の人達が守ってくれるから

 いつまでここにいるのかと聞いたら、そうお母さんは言った
 武芸者の人達は都市を守る正義の味方。そう小さいころから教えられて来た
 武芸者の人達は私の憧れだった。凄い力持ちで、困ったら助けてくれた
 今はいないひいおじいちゃんは武芸者で、お父さんは自分の憧れだっていつも言ってた
 お父さんは武芸者じゃなくて、私も違うけど、いつもその話が楽しみだった
 近所に住む、武芸者のお兄さんは私の初恋だったのはお母さんには秘密だ
 お母さんの右手にある指輪は、小さな頃に貰う約束をした指輪だ。お母さんの大切な物だって
 いつか、あなたも大切な人にねって。お兄さんにそれで思いを伝えたいのも秘密だ
 だからきっと、直ぐにここから出られるのだと思った
 直ぐにお兄さんたちが汚染獣をやっつけて、お祭りに出られるのだと思った
 そう聞くと、そうよ。お祭り楽しみね、とお母さんが笑って言ってくれた

 けれど、お祭りは開かれなかった

 暫く眠ってから起きたら、皆が悲鳴を上げていた
 なんでだろう、と思ったら音が聞こえた
 ドシーン、ドシーンて音が聞こえた
 私たちが入ってきた扉と、上の方から音が聞こえてきた
 お母さんは起きた私を強く抱きしめた
 あの音何。お父さんは? と聞いたら大丈夫、大丈夫だと呟いていた
 何度か呟いた後、お母さんは私を端っこに置いて少し待っているようにと言ってどこかへ行った
 
 暫く待っている間に悲鳴はどんどんおっきくなっていった
 ドシーン、じゃなくてもっと大きな嫌な音がして悲鳴がもっとおっきくなった
 空に穴が開いていた。そこから、大きなトカゲみたいなものが見えた
 ああ、あれが汚染獣なんだって直ぐに分かった。周りの声で、お兄さんたちは負けちゃたんだって分かった
 正義の味方が、負けちゃたんだって
 汚染獣はシェルターの中の人にぶつかって行った
 ドンっ、ていう大きな音がして、悲鳴がもっとおっきくなった
 ああ、私死んじゃうんだなって思った。死にたくないな、もっと生きたいなって
 お兄さんに言いたいことだってあったし、遊びたいことだってあった
 遠くで男の人の頭が無くなったのが見えた。赤い噴水が見えた
 少し遠くで、お姉さんのお腹が出ているのが見えた。ぶよぶよしてて赤かった。もう、踊れないのかな
 私ああなっちゃうのかな。痛いのかなって思って涙が出てきた

———良かった、無事でよかった!!

 涙が流れそうになったとき、お母さんが戻って来た
 無事でよかったって私を強く抱きしめて、直ぐに走り出した
 あんまりにも速くて、何度も転びそうになってついて行った
 付いて行ったらトイレだった。綺麗で、広いトイレ
 そこにお母さんと一緒に入って、お母さんがカギをかけた
 なんでも、隠れても汚染獣は人の臭いが分かるから、普通に隠れても駄目なんだって
 トイレなら、他の臭いに隠れるから大丈夫かもしれないって
 汚染獣が去るまで、隠れられるかもしれないって
 お母さんは天井の板をずらして、そこから何かを取り出した
 缶や、乾パンがたくさん出てきた
 お母さんがさっき行ってたのは、ここに籠る為の食べ物を取りに行ってたんだって笑って教えてくれた
 とってもたくさんあって、何日でもいられるって思った
 ドンドン、ドンドン。助けてくれ。ドンドンドン。開けてくれ
 扉から聞こえてくる音を無視したまま、お母さんは笑っていた
 頑張ろうねって、ワラッテいた
 いつか、正義の味方が来てくれるよって、言ってくれた


 ねえ、お母さん。正義の味方なんかいなかったよ。なんでお母さんは死んじゃったの?

 それから何日もたった。何日も何日も、トイレに籠っていた
 ある日ご飯が無くなった。お母さんが取りに行った。もう大丈夫かもねって、笑って出て行った
 一応、教えておくねって、ご飯の場所を私に教えてから出て行った
 暫くしても戻らなかったら、ゴメンねって言って鍵をあけて出て行った
 暫く待ってもお母さんは帰ってこなかった

 何時間かして、我慢できずに私は扉を開けた
 開けた途端、嫌な臭いがしてきた。トイレよりずっと臭かった
 お母さんに教えられた所に行こうとして歩いていたら、お母さんが倒れていた
 お母さんはカバンを持って倒れていた。腕が一本なかった
 私が近づくと、カバンを渡して直ぐに戻りなさいって言われた 
 まだ、汚染獣がいたって。直ぐに戻ってくるから行きなさいって
 私が嫌だって、お母さんも行くっていったらダメだって言われた 
 でも私がそのまま動かなかったら、お母さんは頑張って立った
 私も頑張って支えて歩いた
 白い虫がついた死体に、なんでかわからないけど焦げてた死体の傍を通ってトイレに戻った
 戻って二人でご飯を食べた。お母さんは、私がお前のご飯に成れたらなって
 どうしてもご飯がなくなったら、私を……って言ってから、直ぐに泣いてた
 ご飯食べて、寝て起きたらお母さんは死んでた


 ねえ、お姉さん。お姉さんは誰?

 お母さんが死んだ日、お姉さんがトイレの中に来た
 青くて綺麗な、とっても美人なお姉さん
 お姉さんは私を悲しそうに見て、抱きしめてくれた。なんだか温かかった
 お姉さんと私は色々な事を話した
 お姉さんは、私が武芸者だったら助けられるのにって、泣いてた
 力が無くてゴメン、守れなくってゴメンって抱きしめてくれた
 お姉さんは毎日トイレに来た。毎日話した
 お風呂に入れなくって、汚い私を抱きしめてくれた
 けれど、段々お姉さんは話さなくなっていった。言葉が難しくなってきた
 気付くのが遅かったって。もっと早くに私の事を知っていたらって
 なんでも、新しい自分になるから、“ヘンカク”するから話せなくなってきてるんだって
 

 お母さん。約束、守るね?

 二日したらご飯が無くなった
 お母さんとの約束を思い出した
 きっとこの時の私はおかしかったんだと思う
 お母さんゴメンって言って、お母さんの残った手を口に近づけた
 お姉さんは駄目だって、私を止めようとした
 泣きそうな顔をしながら、必死で抱きしめようとした
 けれど、お母さんとの約束だからって言って、私は腕にかみついた
 固かった。けれど頑張って噛んで、一口分だけ噛み切った
 必死で我慢して噛んで、何とか飲み込んだ
 もう一口分噛み切って、飲み込んだ
 気持ち悪くなってトイレに吐いた
 ゴメンね、もう無理だよってお母さんに謝った
 お姉さんは泣きそうな顔をしながら、ずっと私を抱きしめてくれた


 ああ。痒いよう、痒いよう

 ご飯がなくなったら、外に取りに行く必要があった
 まだ、汚染獣がいるみたいで危なかった
 お姉さんが、大丈夫な時と道を教えてくれた
 何度も取りに行った。数は減って来たけど、まだ外は危ないから、トイレからは出られないって教えてくれた
 友達も見たけど、転がる頭が怖くて見ずに歩いた
 けど、ある日間違えちゃった
 持ってく量を多くしようとしたら、汚染獣に見つかっちゃった
 逃げようとしたけど、爪が顏に当たって右の景色が見えなくなった
 顔があったかくなって、ジーンとして、次の爪が避けられなかった。そしたらお姉さんが助けてくれた
 ちょっとだけど汚染獣の動きを止めてくれた。その隙に走って逃げた
 トイレに戻ったら、少ししてお姉さんが来てくれた
 私の右目の所を触って、泣いてた。もう、見えないって泣いてた
 ゴメンね、もっと早く助けられたって言ってたけど、助けてもらったのは私だからありがとうって言った
 見えないけど、死んじゃうよりは良かった。死ぬのはとっても怖かった
 何日かしたら、右目がとっても痒くなった
 もっと何日かして起きたら、もっと痒くって、少しこすってみたら白い虫で落ちた
 お姉さんはそれを見て今にも泣きそうだった
 前に見た死体にいた虫だなって、怖くなった。けど、傷の所に付くんだってお姉さんが教えてくれた
 それからずっと痒くって、起きるといつも虫がついてた
 どうしようって思ったら思い出した。焦げてた死体には、虫は付いていなかったけって
 外に出た時に集めた物から、小さなライターを出した。熱いのは嫌だけど、虫はもっと嫌だった
 それにキズはほっとくと、かのうして酷くなるって聞いたから。長くって軽い板を炙ってじゅ
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイあついあついあついあつい
 気が付いたらお姉さんが泣いて膝枕してくれてた
 もう、痒くなかった



———ああ、これで終わりなんだ……

 もうどれだけ時間が経ったのか分からない。あれからずいぶん時間が経った
 一月は経っただろうか。時間の感覚が狂った私は、今が昼なのか夜なのかさえ満足に分からないのが普通だった
 何故だか知らないが、お姉さんは少し前にふっと消えた
 いつも通りに食糧を取りに出た私は、しかしいつもとは違い汚染獣に会ってしまった
 いつもなら音でわかるのに、どうやら眠っていたらしい
 気づき、必死でトイレの方に走って逃げようとしたが、躓いてしまった
 長い間運動をしていなかったから、歩く分にはよくとも急には走れなかったようだ
 それに、視界が狭い分見えなかった死体に右足がぶつかってしまった
 無様に転び、肢体にぶつかる。足の痛みからすると、捻ってしまったらしい
 せめてもの幸運と言えば、ぶつかったのがあの焦げた死体だったことだろう
 脂だろうか、唇が変にベタベタする
 だが、蛆が蠢くものよりはずっとましだと思う
 そんな私に向かって汚染獣が迫る。きっと、私など一撃で命を奪われるだろう
 
((本当は、信じてたんだけどな……))

 いつか助けに来る正義の味方
 実際の所、今の今まで信じていたのだ
 もしかしたらお姉さんがそうではないのかと思った時もあったが、彼女自身に否定された
 悲しそうに、何度も何度も否定された。そんな力はないのだと
 だが、そんな幻想も直ぐに終わる。私が死んでそれで終わりだ

 世界がスローモーションに見える
 出来るならば、いや、今でも死にたくない
 やりたいことはたくさんある。見たいものもたくさんある
 好きな人を見つけて、デートして、キスして、結婚して、両親の様な家庭を作りたかった

 あんな狭い部屋にこもり、親の肉を齧ってまで生きてきたのだ 
 腐臭漂う道を歩き、顔を焼いてまで生にしがみ付いたのだ。死にたくない

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。どうしても死にたくない
 だが、現実として死は目の前だ。逃げる手段などない。お姉さんは現れない
 嫌われたのだろうか、と不意に思う。それならば納得がいく
 急にいなくなったのも、自分に嫌気がさしたのだろう。そうだそうに違いない

(なら、別にいいかな)

 唯一の味方にまで嫌われたのだ、もう、生きていてもどうしようもない
 汚染獣の口が開くのが見える。鋭い牙が生えたその口が
 あれで自分の体は裂かれるのだろう。お母さんのように
 あれで抉られるのだろう。あの日見た友達のように
 体から力が抜けていく。世界が一層綺麗に、それでいて醜く思える
 そんな世界が滲んでいく
 けど、やっぱり、

(死にたくないな……。ああ、誰か。正義の味方が来てほしいな……)

 最後に及んでまでそれかと、少し思うがやはりそうなのだ
 結局のところ、憧れが捨てられないのだ自分は。その存在を信じているのだ。そんな自分に呆れてしまう
 正義の味方が来てほしい。どうしても来てほしい
 

 不意に、疑問に思う
 どうしてまだ爪が自分を貫かないのだと。まだ、命が有るのだと
 滲んでいた視界が焦点を結ぶ。世界が形を得る
 そして気づく
 汚染獣が、止まっている

「対象発見しました。敵、雄性二期。駆除に移ります」

 声が響く
 そして閃光。汚染獣の体を一つの線が上下に走る
 そして世界が割れる
 自分の口が笑っているのが分かる。来たのだ。そう、来たのだ
 
 汚染獣の体はその線に沿い、左右に離れていき、断面を見せ地に落ちる
 自分の前にいるのは、一人の少年。恐らく、そう自分と歳の違わないであろう少年
 その背には不釣り合いな大きな剣を手にした、一人の少年
 彼が、切ったのだ。自分を殺そうとしていた汚染獣をその手で、血の滴るその剣で、一刀のもとに
 自分は助かったのだ。そう、

 正義の味方はいたのだ
 この存在の為に私は生きよう。私の正義の味方だ!

「大丈夫? それにしても、さっきの青い女性はこの事を教えてくれたのかな……」

 それを聞き、より嬉しくなる
 お姉さんは私を見捨てていなかった。私を助けてくれた
 正義の味方を、私の元に届けてくれたのだ!
 お姉さんごめんなさい。そしてありがとう。感謝してもしきれません
 どうしようもなく心が浮き足だっているのが分かる。今ならそう、それこそ空でも飛べそうだ
 今が人生の転機だと分かる。この瞬間こそが絶頂だろうとさえ確信できる
 私の人生は、彼と出会うために有った!
 お母さん、すみません。やっぱりいました。正義の味方はいました。いたんです。ここにいるんです
 
「……あは」

 私は、彼の胸に飛び込んだ












 レイフォンは困惑していた。何せ、助けた女の子にいきなり抱きつかれたのだ
 
(それだけ怖かったのかな?)

 そう思う。何せ、殺される直前だったのだ
 そもそも、ここにレイフォンがいるのも運と言えよう

 エリスが感知した存在と広場でレイフォンは出会った。出会ったが、彼女は特に何も言わず、唯一点を示し始めたのだ
 ひたすらに示し続けるそれに根負けし質問。シンラ達に確認を取ってその方向へ移動した
 彼女が示す先へ向かうとそれはシェルター方面。そこでエリスからの連絡が入る
 なんでも、人間が一人残っており、近くに汚染獣が一体いるとのこと
 急いでエリス指示のもとで急行。塞がれていた入口を一瞬でこじ開け、向かった先にいた雄性二期と少女の間に先行させた鋼糸で壁を形成、剣で一刀のもとに切り捨てた
 少しでも遅れれば襲われていた彼女は死んでいただろうという状況だった
 そう考えるとやはり、いつのまにか消えたあの女性は彼女の事を示していただろうと思う
 恐らくだが、きっと助けてほしかったのだろう

(どうしよう……)

 抱きつき続ける女の子を見てそう思う
 見たところ色々と酷い
 右目の所は一本の傷跡が走り、やけどになっている。見れば元々は大きな裂傷の様だ
 これでは眼球まで傷がいき抉れ、失明しているだろう
 体もそうだ。長いこと運動をしていなかったのか、腕の中の体は細く、驚くほどに軽い
 汚れてはいるが、見る限りとても整った顔立ちのように思える
 汚れている今でさえその端正さは窺えるのだ。服を変え、体を洗い伸びた髪を切ればずっと綺麗になるだろうと思える

 シンラ達の話では、汚染獣にこの都市が襲われたのは大凡一月半から二月前。その間ずっとどこかに隠れ続けていたのだろう
 怖がるのも仕方ない。何せ、すぐ近くに汚染獣がおり、いくつもの死体に囲まれていたのだから。むしろ、どうやって生き延びていたのだろうとレイフォンは疑問に思う
 むしろ不思議過ぎる

「もう大丈夫だよ。立てる?」
「……はい。ありはとう、こさいます、たすかり、ました」
「助けられたならよかったよ」

 風が抜ける様なかすれる声に答え、手を取り肩を貸して立たせる
 こちらの声に答える声も、掠れていることを除けば特に問題はないように思える
 
(大丈夫みたいだな。良かった)

 一歩進めた足が何かを踏み潰し、プチュ、と小さな音が出る
 蛆だ
 死肉が散乱するここには蛆がその肉を貪っている
 本来動く者がいないはずの視界の中、けれど無数の蛆はもはや模様だ
 小さな白い物が絶えず視界の中でウゾウゾと蠢いている
 一歩進むだけでそれを踏み潰さざるを得ないほどに床にもそれらが這っている
 こんな空間の中にいたというのに、少女がこちらの問いに問題なく答えを返せる状態であるという事にレイフォンは安堵する

『そっちはどうだい?』
「女の子を一人助けました。今そちらへ向かいます」
『それは良かった。どうやって生き延びていたのか気になるが、今は助けられてことを喜ぼう。さっきの青い彼女にも感謝しなければ』
「ええ、そうですね」
『こっちもそちらへ向かっている。シェルターの前で落ち合おう。手が必要ならば向かうが』
「こっちは大丈夫です」
『了解した。それと、そっちの明りはどうだい? 暗い所に居続けたのなら、急に強い光の下に出すと眼が心配だ』
「薄暗いですがある程度の明りは有ります。……これってどうなんでしょうか?」
『武芸者基準だからね……なら一応、外に出る際はその辺りに注意してほしい。辛そうならフェイススコープでも被せた方が良い。……それにしても、運がよかったね。さながらレイフォンは、その子にとっての王子様かな?』
「違いますって。まったく」

 相変わらずなその言い方に苦笑してしまう
 返答し、隣の少女がこちらを見ているのに気づく

「どうかした?」
「いへ、とくには。……(王子様じゃありませんよ)」
「?」

 何か聞こえたような気がするが、声がかすれていてレイフォンには上手く聞こえない
 まあ、いいかと思う
 そういえばあの青い女性はどこに行ったのだろうとレイフォンは思う。シェルターの前まではいたが、入口をこじ開け中に入った所から一度も見ていない
 それを考え、ふら付く少女にすぐさま思考の彼方に追いやる

「僕の仲間の人達が外にいるから行こう。歩ける?」
「はい。……あ、すみません。すこし、まってもらっても、いいへすか」
「え……いいけど、何かあるの?」
「はい……。すこし、れすか、にもつを」

 少女はレイフォンから離れ、一人で立つ
 少々不安はあるが、どうやら一人で動くこと自体は大丈夫の様だ

「そういうことなら僕が……」
(あ、でもそれだと一人にしちゃうのか)

 自分で自分に突っ込む

「いへ、ひとりへ、へいきへすのて」
「流石にそれはちょっと。……一緒について行くよ」

 流石に一人で行かせるわけにはいかないのでそう申し出る
 少女はそれでも少し遠慮したが、再度駄目だと言うとレイフォンがついて行くことを了承した
 レイフォンはシンラにその旨を伝え、少女について行く
 少し歩き、二三度角を曲がると少女が振り返る

「ここへす」
「え、ここ?」

 たどり着いた先は女子トイレ。男子禁制の場。もちろんレイフォンは入ったことなどない
 直ぐそこにある禁断の場所にレイフォンは若干戸惑う
 これが緊急事態ならばいい。だが、既に汚染獣は倒し平常思考に戻ったレイフォンはそこに足を踏み入れる事に少し気後れしてしまう
 それに気づいたのか、少女はレイフォンを見る

「ここへ、まっへへくたさい。すく、れすのへ」
「う、うん。そうするよ。何かあったら言ってね。直ぐ行くから」

 エリスの報告で、既に危険がもうない事は分かっている。そのため、レイフォンは少女の願いもあって頷いてしまう
 そのまま、何となくの後ろめたさからレイフォンは後ろを向きながら、少女が動いたのを感じ取った




 私は、彼が後ろを向くのを確認してトイレのドアに近づき、しゃがみこむ
 そこには一つの死体。私の母の死体だ。母が死んだ数日後、蛆が沸くからとお姉さんの勧めもありすぐそばだが外に出したのだ
 あれから優に一月以上経っているのだろう。既に腐り、そこに置いたのが自分でなければ誰なのかが分からないほどだ
 残ったもう片方の手、母の右手を持つ。腐りぶよぶよになったその指から、約束の指輪を貰いうける
 もはや輝きは無く、薄汚れた小さな輪。けれど、母との大切な思い出の品

(お母さん、大切な人が出来ました。貰って行きます。今までありがとうございます)

 時間を掛ければ彼に不信がられる
 だから、目を閉じ心の中で短く感謝を、そして別れの意を伝える
 きっと、今日から自分は変わるから。もう、両親の娘であった自分とは変わってしまうから
 だから、どうしようもない一際の感謝を今

 ありがとうございます。そしてさようなら
 
 目を開け指輪を指につける
 目の前にある死体の手を払い落とす
 そして立ち上がり、トイレの中へ入って小さなカバンを取る
 祭りの日母が持っていた手提げカバン。財布等の小物の入った、カバンだ
 それを持ってすぐさま出ていく。■の死体には目もくれない
 そもそも、ここにある死体に違いなどあっただろうか?

「用は終わった?」
「はい。すみませんへした」

 掠れた声で返事をし、私は彼と合流し出口に向かった





 シェルターを出てすぐ、レイフォンがこじ開けた入口の脇でレイフォン達はシンラ達と合流した

「そっちの子は大丈夫かい?」
「明りがちょっとだけ辛いみたいですが、大丈夫みたいです」
「そうか。リュートが居れば良かったのだが」

 軽く、シンラとエリスが少女を見る

「リュートさんって何か持ってるんですか?」
「ああ。リュートはマイアイマスクを常備しているんだよ。しかも高性能。三枚の膜状になってて、シートを抜けば暗さが調節できる優れものだよ。……うん、眼の傷が酷いが、それ以外に特に目立って酷い所はないみたいだね」
「目の傷も焼いてあるので、特に化膿の心配は薄いようです。……何か気になる所はありますか?」
「いへ、とくにありません」
「それは良かった。辛い事ですが、もうこのレギオスには私たち以外の存在はいません。着いて来てくれますか?」

 その問いに、少女は無言で頷く

「分かりました。シン、この後どうします?」
「それだけど、このまま最初の目的通り、研究所に向かうよ」
「何アホなこと言ってんだ! さっさと戻るバス戻るぞ!」

 シンラの答えにジンが声を出して反対する

「その子をそのまま連れまわすわけにいかねぇだろ。直ぐにバス戻って休ませた方が良いっつーの!」
「僕もそう思います。シンラさん、それはちょっとアレですよ」
「どういうつもりですかシン?」

 二人の反対と一人の疑問を受け、シンラは頬を掻きながら曖昧な笑みを浮かべる

「そう言ってもね、無理だから。戻るの」
「ああ? 何でだよ」
「いやさ、ほら。無いじゃない」

 そういい、シンラはトントンと自分の体を指さす
 指差された部分は胸の辺り。そこを見るが、レイフォンには何が無いのか理解できない

「……何が無いんだよ。ふざけたこと言うなよおい」
「シンラさん、自分が見たいからって変な事言うのは駄目ですよ」
「……僕の評価低いね。エリスは分かったみたいだけど」
「ええ、まあ。確かに、無いと無理ですね」

 振られたエリスが頷くのを見て、二人は再度考える

「エリスの言う事なら信じるんだね二人とも……」
「普段の行いの差ですよ」

 考えた結果、レイフォンは何も思いつかない
 どうやら、ジンも思いつかないようでシンラを睨みつけている

「……なんへすか?」

 疑問に思ったのか、少女も聞いてくる
 そんなこちらを見て、だからさ、とシンラは溜息を吐く

「いや、だからさ、ないじゃない都市外装備がさ。このまま出たら彼女死んじゃうよ?」
「「……あー」」
「そうなんへすか」
「研究所とかならさ、一着ぐらい多分あるだろうさ。探しに行った方がいいじゃないか」
「まあ、ぶかぶかのでいいならバスに戻ればありますがね」

「「「……っは!」」」

 向こうの組にも連絡し、レイフォン達はバスの方へと歩き始めた







 途中で戻ったとはいえ時間は結構過ぎ、旅団の人間がバスに戻った時には既に日は暮れていた

「あー、まだ臭いが取れん」
「うう、私もまだ臭います」
「ああいった匂いって、取れませんよね」
「私もう臭いしないよー」
「お前は香水ぶっかけたからだろ。逆に臭ぇって」
「カトラス煩い。ならあんたにかけてやる!」
「んなもんくらうか!」
「ちょ、何で俺の方———アガッ」
「……不憫な」

 思い思いに煩い中、パンパンとシンラが手を叩く

「静かに。後、香水臭いからリュートは隣部屋に行ってくれると助かる」
「……酷い」

 なんで俺が……、と呟きながらリュートが出ていく
 放浪バスにおいて、水は貴重。浴びて直ぐに二度もシャワーを浴びるわけにはいかないのだ
 その背中に思わずレイフォンは同情してしまう
 リュートが出ていくと同時、シャワー室へと通じる別のドアが開く

「終わりました。本当ならもう少しなんとかしたかったのですが、髪などが随分痛んでいるようでしたので……」

 微かな花の香りと共に出てきたのは助けた少女とエリスだ
 汚れていた少女をエリスが洗う事になり、一緒に入っていたのだ

「随分変わったなおい……」

 誰かがつい、といった様に言葉を溢す
 無論、エリスに対してではない。もちろんエリス自身も美人と評されるだけの容姿はしている
 シャワーから上がったばかりの上気し赤らんだ頬などは容姿も相まってつい視線を向けてしまうが、それではない
 今回評されたのは隣にいる少女だ
 長い間洗っておらず、汚れ黒くくすんでいた肌は綺麗に洗浄され、白い肌を露出している
 外に出ていなかったのだろうその肌は白く、汚れを洗い流すために少し熱めの湯を浴び桜色に上気し、長らく見せていなかったであろう健康的な色を浮かべている
 肩を越える長さの黒味がかった枯茶色の髪はくすんだ色が無くなり、まだ拭いきれていない水気は光によってその色味を深め濃い茶色を映しだしている
 綺麗だと感じたレイフォンの感性は間違っておらず、汚れを拭われたその顔は幼さを残しながら整っており、可愛い、というよりも端整だと評される部類のものだ
 此方を見る感情が読み取れないその表情も合いまり、人形の様な印象も受けてしまう
 細かった体は今は少し大きめな服に隠されており、最初ほどの不健康さはなりを潜めている
 袖の余るぶかぶかの服を着ている所に愛らしささえ生まれている
 細い体に年相応の肉が付けばより一層見栄えがするだろうことな想像に難くない
 仄かに香る花の香りは、消しきれなかった臭いを隠すための物だろうか。化学的な臭いとは異なり、自然の香りを元としたそれは不快な調和を成していない

『俺もみたいぞおい……』

 端子から誰かの声が聞こえた気がする
 さて、とシンラが声を出す

「では、報告に移りたいと思う。……と、そういえば今更だが、名前を聞いていなかったね」

 バスの方にも端子を残していたので、ある程度の事情は残っていた人員も知っている
 だが、集めたデータや細かいことは互いに知らないので、それを報告し合うのだ。だが、その前に、とシンラが少女の方を向く
 そう言えば、今まで聞いていなかったことを思い出す
 そもそも、こちらの名前さえ教えていなかったなとレイフォンは思う

「僕はシンラ。そっちの彼女はエリス。そしてそこにいる、君を助けてくれた王子様がレイフォンだ」
「ちょ」
「レイ…フォン……?」
 
 否定しようとした途端、少女がこちらを見て声を出したのでレイフォンは続く言葉を言えなくなる
 掠れていた少女の声は多少戻り、最初から比べれば随分と聞こえやすくなってきている
 ゆっくりとこちらに歩いてきた彼女の、未だ少し掠れながらも年相応で、高く透明な声が耳に届く
 
「ええと、その……レイフォンです。えっと、君の名前は?」
「アイシャ……アイシャです。その……ありがとう、ございます」
「アイシャちゃん……でいいのかな? 助けられた良かったよ」
「アイシャで、いいです」
「僕もレイフォンで良いよ。それと、その……年の近い子に敬語で話されるのってちょっと苦手だから、普通に話して」
「……は……分かっ…た」

 小さく頷いたの確認してレイフォンの表情が緩む

「はは、アイシャはレイフォンが気になってしょうがないみたいだね。じゃ、名前も知ったことだし続けようか。……その前に、レイフォンとアイシャ。時間もあれだし、寝たければ君達は寝て貰っても結構だよ。特にアイシャの方は疲れていて眠そうだしね」

 その言葉に横にいるアイシャを見れば、確かにどことなく眠そうにしている気がする
 確かに、長い間あんな空間にいて助かったというのなら、精神的な負担などから疲れていても可笑しくはない

「寝た方が良いと思うよ。シンラさんの話は聞く価値ないから」
「……君も僕に対して言うようになったね。距離が近くなったと喜ぶべきか、悲しむべきなのかな。とりあえず覚えておくといい」

 単純にアイシャにとっては聞く価値が無いと言う意味だったのだが、シンラは誤解したらしい
 が、訂正すべきかと考えていると袖を引かれたのでそちらを向く
 横にいたアイシャが、小さく袖を引っ張っていた

「レイフォン、は…?」
「えーと、僕はまだ……」
「懐かれているね。一緒に行ってあげたらどうだい? そもそも、寝る場所用意してないから今日は一緒に寝て貰う予定だし」
「おうそりゃいい!」
「なん……だと……!?」

 シンラとその周りの言葉にレイフォンは驚愕する
 確かに、普段使われていない部分は荷物スペースになっている。戻って来てからその部分を片付けているのを見ていない
 周りを見渡せば皆面白そうな目をしている

(こ、この人たち……絶対手伝ってくれない———ッ!!)

 今までの付き合いから、この状況になった彼らが手伝ってくれるとは思えない
 もし、空きスペースを作るために片付けようとしたなら、邪魔さえしてくるだろうことがレイフォンには確信できる
 文句を言おうにも、袖をつかんで離さないアイシャが傍に居る状態では言いづらい

「あんな状況にいたわけだし、今日ぐらいは助けた君がいた方が精神衛生上良いと思うんだが」
「……くっ」

 そうシンラに言われ、返す言葉が出ない
 正論は正論だが、なら口元を歪めながら言わないで欲しい

「必要ならエリスが端子を飛ばしてくれる。リュートも一人で聞いてて寂しいと思うし」
「……隣に行ってます」

 続く言葉の余りの不憫さについ言ってしまう
 眠さで目が細くなっているアイシャと隣に行くと、リュートが二段ベッドの上で一人で横になっていた

『まず、集めた情報で共有していた方がいいと思う物を出してくれ。それ以外は後で分別しておけばいい。僕達の方からは————』
「お、レイフォンじゃん。その子がか〜。で、どしたの?」
「いえ、まあ……夜も遅いので」

 あはは、と笑う
 嬉しげなその姿に、リュートの一人でこっちに来た姿、聞いてる姿に同情したからとは言えない
 香水の匂いがきついが、レイフォンは我慢する

『特に気になるのは、僕たちが会った女性体。あれは恐らく————』
「そっかそっか。じゃ、寝るまで一緒に聞いてようぜ」
「はい」

 嬉しげな声に頷き、反対側のベッドの上の段に上る
 アイシャは壁側になり、そのまま横になる

「眠いだろうし、寝た方がいいよ」
「はい……。お休み……なさい」

 アイシャはレイフォンの片腕を掴んだままシーツにくるまり目を閉じる
 そのままさほど時間が経たないうちに穏やかな呼吸音が聞こえてくる

「寝ちゃったか……じゃ、静かにしながら聞いてようぜ」
「はい」

 嬉しそうな顔で言われた言葉にレイフォンは笑顔で返す
 十三歳にして気の使い方をどんどん上達させていく少年の姿が有った
 ついでに、二十四歳にして十三歳に気を使われる大人の姿がそこには有った
 


 
 世界を闇が染める中、一つの都市から去って行くバスが有った
 その中では自身の興味から世界に出た者達が今日得た情報を話し、これからの事について話し合っていた
 二つの出会いを通し、少年の未来は少しずつ少しずつ前へと進んで行った
 その出会いの意味する所も分からぬままに、夜は更けていった



 ついでに、二人の不憫な少年と大人の仲が一層良くなった夜だった

 
 

 
後書き
「聖遺物が届いていない?」
「ええ。どうやら、雪で配送が遅れていて今日中に届かなくなってしまったって」

省略

「問おう———」

 不思議な艶を有した、蠱惑的な声がその空間に響き渡る

「———汝が我を招きしマスターか」


 今、第四次聖杯戦争の火蓋が切って落とされる




そんな後書きがあった。いつか(ry
あの人を切嗣が喚んじゃったら普通に勝っちゃう。聖杯に気づく
切嗣ハーレムが書きたかった。第五次まで生き延びちゃって、第五次でマイヤやイリヤとかあの人に囲まれるやつ。


クエスチョン
最後、ヒロインさんがレイフォンの腕掴んでますがどんなカッコでしょうか?

①手を握ってる
②腕を普通につかんでる
③腕を抱きしめてる

……心に浮かんだ映像が正解です。答えはありません
妄想、それは偉大な力なのだ
具体的に言えば、前書きので言凛って良いよね、と言い出すほどに
 
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