ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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After days
summer
棚機つ女
前書き
読み方は「たなばたつめ」
7月6日。テンション急降下甚だしい期末試験も終わり、残すは夏休みまでの数日間となったこの日の夕刻、螢は実家裏庭の雑木林に居た。
「……………」
額から汗を流し、目の前の彼の腕より一回り太い竹を忌まわしげに睨み付けてから、視線を手に持つ錆びだらけの鉈に移す。
「……はぁ」
状況を説明しよう。
明日の夜は彼の有名な『七夕』。地方によっては陰暦でやる所もあるが、ここ東京では陽歴で――少なくとも水城家では――やるのが一般的だ。
いや、正確に言うなればその昔、沙良が「やりたい」と言ってその当時、余りの無邪気なかわいさで暴走した御当主が無意味に全力でやり始めたらのがきっかけではある。
七夕と言えば竹に短冊を付け、『手習い』の上達を願掛けするものだ。最近では長い歴史の中で変質し、『願い事』を叶えるものに変わっている。
……まあ、時代のニーズによって風習が変わるのはこの間のバレンタイン然りだが。
と、そんなわけで竹を取って来いと当主命令が俺に下ったのだった。切れない鉈と共にな。
「……さて、どうしようか」
代わりの鉈が無いのは既に確認済み、他の刃物――例えば山ほどある日本刀――を使えばいいかも知れないが、なまくらなものでは逆に壊れる。例えば手に持つこの鉈とか。
―――熟慮の末、結局蹴りで叩き折って悶絶するハメになったのは終生誰にも言わなかった。
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少々歪な切り口(?)になった竹を庭に居た蓮と協力して立て、汗を拭きつつ家に入り、風呂で汗を流してから部屋に戻る。
「ん……?」
携帯がメールを受信し、点滅しているのに気がついて見てみる。
From:和人
sub 暇だろ?
ちょっとイグドラシル・シティの家まで来てくれ。
「いや『暇だろ?』って……ったく」
事実ではあるが、行ったら行ったで面倒な事が待っている気しかしない。
やれやれ、と首を振りアミュスフィアを装着すると、布団に寝転がる。
「リンク・スタート」
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「暇人共め」
「お前も来た時点で同類だ」
「まあまあ、久々に3人とユイちゃんでクエストなんだから、仲良くしよ」
数分後、セーブポイントから急行した俺を迎えたのは例のバカップルと小妖精のユイだった。
「にぃが居れば百人力です!」
「……そうかい」
なし崩しに決まったパーティだが、このメンツならヨツンヘイムに行かない限り大抵の場所は大丈夫だろう。
「で、今日から明日にかけてのだから大体予想付くが、どんなクエだ?」
「ああ、それはだな……」
曰く、天に住む何処ぞの神様が今日星を集めて明日の夜『天の川』を作るのだが、それに必要なだけの『糸』が足りないらしい。
普段は織姫さんが1年かけて紡いだその余剰分を分けてもらっているのだが、今年は天界で起こった火災の影響で余りが無いらしい。
おまけに焼失した分の糸を何とか補填しようとし、無理をした織姫さんは体調を崩し、家から出てこれない。このままでは牽牛(彦星のこと)がぶちギレて大変な事に……。
「だ、そうだ」
「やけに人間くさい神様方だな……」
なんちゅうクエだ。
「で、何?糸の材料集めて持ってきゃあいいのか?天界まで」
「いや、『紡いで』持ってくんだ。ワンパーティー《裁縫》スキル持ちを含めて3人までっていう制限があるから大変だぜ」
熟練度は低いものの、アスナが裁縫スキルを持っている。後は狩り役に高殲滅力を持つ俺とキリトって訳か。
「何時からだ?」
「夜10時から12時。果たしてどうなったかは明日の夜9時以降に分かるんだと」
「了解。30分前に集合でいいか?」
「ああ。……急だけど、頑張ろう」
少し早めだが全員で拳を合わせてその場は一旦解散した。
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何時もより一時間程早く床に就いた俺は再びアミュスフィアを装着すると、アルヴヘイムに降り立った。
クエストの形式は3人1組×10で1レイドという特殊形式を採る。
参加者はシルフ、ケットシー、ウンディーネ、サラマンダーが純種族レイドを1つずつ、混成レイドが2つ総勢180名内裁縫師60名という中々の大人数になった。
とはいえ土曜の午後、翌日が日曜日という事を考えると、少なく感じるのは、やはり裁縫師という稀少な職種故か。
かくいうアスナもスキル値は500ちょいで辛うじてマージン(500)を超えているだけだ。
アルン高原に突如として現れた祭壇。
そこには無数の機織り機があり、クエストではそこに群がる蜘蛛っぽいMobを蹴散らす。倒すと、パーティーの裁縫師の機織り機に生糸が充填される。
この際、『生糸』って蚕から採るんじゃないのという突っ込みはナシだ。
10時の5分前。
戦闘職120人の総司令官はサラマンダーのユージーン将軍になった。領主から純種族軍の全権を託されてきた各種族のリーダー達の心境は如何に、と思ったが特に依存は無いようだ。
布陣は祭壇を囲むようにして重戦士が固め、さらにその外郭をフォワードと遊撃手が囲う。
遊撃手に配置された俺とキリトは最初の内は様子を見ることにして、奥まった所に居た。
「ただいまです。パパ、にぃ」
「お帰り。アスナは何て?」
「『やること無くなっちゃうから、早くしてね!』と。後、これはお土産です」
そう言ってユイは何やらスクリーンショットを取り出し、キリトと俺の前に展開した。
「おおう……」
思わずたじろぐのは被写体であるアスナの衣装だ。
清楚な白の小袖に髪と同色の青色の袴。袴の色が真紅で榊を持たせると絵になるあれ、いわゆる巫女服だった。
種族ごとに袴の色は違うらしく、奥には赤(サラマンダー)や翠(シルフ)、黄色(ケットシー)なども見受けられた。
「俺達は鎧のまんまかい」
「いや、こんな服着たら戦い難いだろ」
「雰囲気の問題だ」
バッサリ言い切った後にため息を吐いて、キリトを睨む。
「な、何だよ?」
「……感想は?」
「は?」
「か・ん・そ・う・は!?」
それから5秒程経ってから慌ててユイに「似合ってるぞ。って伝えといて」と言う。
ユイはやれやれと首を振って再び祭壇の方へ飛んでいった。
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午後10時丁度。
地平線の彼方に赤い点がポツポツと灯り始めた。
「来たぞ!」
上空で偵察をしていたインプのプレイヤーが暗視能力によって即座に正体を看破する。
「アタッカー攻撃開始!」
ユージーン将軍の怒号がフィールドに響き渡り、最外郭のアタッカー達が飛び出す。それからきっちり10秒後、後ろの機織り機がいくつか動き出した。
遠目に見えるのはアタックエフェクトや魔法の炸裂音。プレイヤーのエンドサウンドはまだ聞こえない。事前の予想通り、敵単体の強さはそこまででは無いようだ。
「しかし、数が多いって訳か」
「あの時のガーディアン程じゃ無いけどな」
10分後、前線が安定してきた所でユージーン将軍が前衛の交代を指示した。
少しばかり早いような気がするが、いざと言うときに主力が疲弊していては話にならない。
これを機に俺とキリトは前線に躍り出る。突進の勢いそのまま大太刀を振り上げる。まとめて5体を片付け、密集している所を見つけては飛び込んでいって蹴散らす。
「……ったあ!!」
叩き潰した敵のエンドエフェクトを突っ切るようにし、奥へ奥へと集団を掻き分けていく。
時おり後ろから襲ってくる小虫は気にしない。直前に察知してひらりとかわす。今、俺に見えているのはただ一匹。
開始直後からその場を動いていない、巨大蜘蛛だ。
《Spider the starlight》―星光の蜘蛛
「……げぇ」
名前に反して、ナリは随分とグロテスクだ。いやーな音をたてながらチビ蜘蛛を産み出しているのはあえて詳しく描写するまい。
「不快だ。消えろ!」
距離10メートルで前方に跳躍、突進系ソードスキルを発動し、弱点の頭部をぶち抜く。
「フシャァァァァァッ!?」
「やかましい!」
次は連続切り、全弾頭部に打ち込み、怯んだ所でしつこくへばり付く。
「はっ!」
頭部を胴体から切り落とし、ネームドボスを撃破すると、小型蜘蛛が群がってくる前に空中に退避する。対空攻撃が届かない距離まで離脱すると、上空から戦況を観察する。
《Spider the starlight》は東西南北に一匹ずつ、俺の居た北側は倒したので残るは3体のみだ。
前進し始めた北側陣営を後にし、俺は東へと飛んでいった。
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「……おつかれ」
「……おう」
「2人とも、お疲れ様。……私を過労死させるつもり?」
「「……てへ♪」」
おどけてみたが、アスナの絶対零度の笑顔にカチンとそのまま硬直する。
あの後、《Spider the starlight》を3匹を1人で撃破。
それがトリガーとなって現れた、《The spider king》、《The spider queen》etc……のネームドボスをほぼ俺とキリトで撃破し、アスナの機織り機は終始パンク状態だったそうな。
そのお陰もあってか、12時に現れた天の神様を名乗る老人は泣いて喜び、アスナに麗美な着物風の防具をくれた(ちなみに、俺達には何も無かった)。
見てたのしめという事なのだろうか。
斯くありて、明夜のALO七夕祭りは何時ものメンバー全員で楽しみ(アスナは衆目の前に担ぎ出されbyサクヤ&アリシャ)、大いに笑った。
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一方、水城家
ドンチャン騒ぎの果てに蓮が悪酔い、建物の一部が倒壊するという大惨事が起こったにも関わらず、飲み会は朝まで続いたそうな。
――結局、人間目の前に楽しみがあれば主役の事は気にしないようであった。
―完―
後書き
ぶちゃけただの衝動書き。製作時間2Hでしたw
近いうちにキャリバーも投下します。ではノシ
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