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鋼殻のレギオス IFの物語

作者:七織
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閑話 一

 
前書き
 レイフォンの兄弟についてですが、原作十四巻によるとアンリが来たのがアンリ四歳の時。レイフォンの回想からレイフォンが十歳の時には既にいた。
 で、アンリが言うところによると食糧危機は自分が生まれる前のこと。オールオブ・レギオスによると食糧危機が起きたのは当時の作中の七年前、つまりレイフォンが八歳の時
 ……あれ? 

 
「では、既に“眼”を持つ者が現れているということか?」
「ええ。身の内に茨の棘を有したグレンダンの少年がいることを確認しました。覚醒はまだであろうと、生れ落ちていることは間違いないでしょう」
「では、私はその眼の持ち主の事を確認し、覚醒しているか否か、その者とどれだけのことを理解しているかを調べればいいのだな?」
「ええ。可能ならば棘を刺された少年の事も。本当に久しいあなたとの対話が安らぎに満ちていないことが悲しいですが、頼めますか?」
「了解した、偉大なる母よ。この身は既に憎しみにより敵と戦う力に過ぎない。それに繋がるこの役目、謹んで引き受けよう」
「……そうですか。では、頼みます」










『親愛なるリーリンへ

 シンラさんに教えられて手紙の書き方を少し変えたけど、ちゃんと書けてるかな?
 今までロクに書いたことがなかったせいか、三度目だけどまだ手紙を書くことになれません。
 僕は元気ですが、そっちの皆も元気ですか?

 最初は慣れなかったバイトももう慣れてきました。食堂の店長は優しいですし、最近はバイトの時はいつもお昼を作ってくれます。工事現場の監督の大きい声も慣れてきました。他のバイトとかでも皆優しいので大丈夫です。ただ、時々シンラさんが思いつきや好奇心から僕を巻き込むことがあるから、それは止めてほしいかな。

 あ、後、前に書いたニーナさんのことだけど、人に教えるのって大変だけど楽しいかなって思い始めました。段々と実力が上がっていくのに役に立っていると思うと嬉しいです。前に僕が教えてもらってた訓練方法とかを教えてるけど、ニーナさんはもう剄息での日常生活に慣れたみたいです。才能があるからなのかどんどん慣れていって、嬉しくなって偶に僕が力を入れすぎてすごく疲れさせてしまうことがあるので気を付けたいです。でも、そういった時も「ふふふ。まだだ、もっとだレイフォン!」とか言ってくれるのでこのままで行こうかなーとか思ってしまいます。
 技とかも教えていけたらいいなと思っています。僕が使っている技に色々と興味を持っているみたいなので、出来る限りのことはしたいです。錬金鋼をぶつけ合うごとにニーナさんが少しずつ、強くなっていっているのを感じる毎に嬉しくなる自分に、武芸はやっぱり自分の一部なんだと実感します。ニーナさんみたいに武芸にまっすぐな人を見ていると凄いなと思ってしまいます。
 サヴァリスさん達もある意味まっすぐでしたし、今思うとしょっちゅう襲われていたのもいい思い出です。あれだけの間襲われて続けていたので、今の状態に違和感さえ感じています。
 会うことがあったら、元気でいると伝えてください。じゃあ、このくらいで
                                 
 レイフォン・アルセイフより』






「まだなの?」
「もうそろそろですよ。にしても珍しいですね、あなたが行きたいだなんて。何を企んでいるんですか?」
「企んでるって、やっぱそういう認識かー。ま、ま、悪いことしに行くわけじゃないんだからいいじゃない。単純に気になっただけよ。それと名前と役職で呼んじゃ駄目よ。私は品行方正で礼儀正しいあなたの遠い親戚のシノーラなんだから」
「血縁は血縁ですけど……その設定は無理が有り過ぎますよ陛下」
「いやん、私はシノーラよ。呼びたければシノーラちゃんでもいいわよ。次呼び間違えたら吹っ飛ばすから」
「ちゃんって歳で……」
「何か言った?」
「いえ何も」

 笑顔のまま視界の隅で握られたグーに気づき、クラリーベルは即座に否定の言葉を口にする。生憎、自分は自殺志願者ではない
 あ、私あれ食べたいなーなどと言う声を聞きながら、何度となく歩いた道を進みつつどうしてこうなったのかと疑問に思う

———あんた、あそこ行くんでしょ。暇だし、今日はあたしもついて行こうかな〜

 久しぶりにリーリンの所にでも行こうかと思っていた矢先、偶然出会ったアルシェイラに掛けられた一言
 そのままなし崩し的に同行しているが、何の気が有って行こうとしているのか
 本当に気まぐれなのかもしれないし、何か意味があるのかもしれない。影武者から逃げているだけなのかもしれない。笑顔を浮かべるアルシェイラからその理由を見抜けるほどに自分の眼は肥えていない

(ま、いいでしょう。気にしても何にもなりませんし。流石に初対面の一般人相手に配慮ぐらいするでしょう)

 考えるだけ無駄だと断定し、それよりも行って何をしようかと考える。リーリンが作ったお菓子でもあれば僥倖だ
 そう思いながら歩き続け、道を曲がった先に見慣れた建物を見つけクラリーベルは口を開いた

「あの建物ですよ、シノーラちゃん」
「うん、分かったわクラリーベルちゃん」

 うぇ、とえづいてしまった自分は悪くないと思った




「こんにちは」
「こんにちはー」
「あ、クラリーベル姉ちゃん久しぶりー」
「リーリンなら奥にいるよクララ姉ちゃん」
「久しぶりです。リーリンのお菓子はありますか?」
「あはは、クララ姉ちゃんリーリン姉のお菓子好きだよねー。……そっちの人誰、クララ姉ちゃんの母さん?」

 ガシッ!

「私がそんな歳に見えるのかお前は」
「ちょ、ちょ、頭痛い! 離せー!!」

 一瞬でアルシェイラに頭を鷲掴みにされた一人が喚き逃れようともがくが、笑顔のまま問う彼女の右手は微塵も揺らぎはしない

「へ……シノーラ、大人気ないですよ。トビエを離して下さい」
「ん〜、そうねー」

 そういい、手を離さないままアルシェイラは腰を下げ、目線をトビエの高さに合わせる

「悲しいなー。私そんな歳とってるようにみえるかな?」
「離せって!! このー!」
「答えて欲しいなー、そうじゃないと悲しくって力が入っちゃうかも」
「痛い痛い、離せよー!! ……うう」
「ねえ、私そんなに年上に見える? それとも若くて凄く綺麗に見える?」
「……若くて、凄く綺麗です」
「そっかー。うんうん、正直な子供は好きよ」

 そういい、笑顔でアルシェイラの手が離される。解放されたトビエがそれを睨みつけるが、いかんせん涙目なので迫力が皆無である
 はぁ、とクラリーベルは溜息を溢しながら口を開く

「この人は私の親戚のシノーラです。付いて来たいと言うので連れてきました」
「シノーラ・アレイスラでーす」

 仲良くしてね☆とばかりに笑顔で言うが、先ほどの事からか子供たちは若干引いていて誰も返事を返せない
 何せいきなり頭を鷲掴みにされる光景を見たのだ、戸惑いが皆隠せないでいるし、その内の一人は涙目だ

「そんなに感情的でしたかあなたは? 子供相手にむきにならないで下さい。私程度じゃあなたは止められないんですから」

 というよりも、止められる人物がいるのだろうか。かつてサヴァリスでさえ抗えなかったが

「うーん、ちょっと大人気なかったか。今日は気持ちが不安定なのかなー。それに、大人に言われるのなら良いけど、子供だとなんかストレートに心に来るのよね」
「知りませんよそんなこと」

 ごめんねーと言いながらトビエの頭をわしゃーと撫でているアルシェイラを見て、確かにいつもの彼女とは違う違和感を感じる。だが、だからといって言う事もないのでクラリーベルは他の子どもたちに向かう

「アンリ、リーリンは奥にいるんですね?」
「う、うん。奥で手紙を読んでるよ」
「手紙?」
「うん。レイフォン兄さんからの手紙」
「え、それはホントですか?」
「そうだよ。クラリーベル姉なら見せて貰えると思うよ」
「はい、是非!」
「何々、どうしたの?」

 聞いていたのか、アルシェイラが口を挟んでくる

「いえ、レイフォンからの手紙が来ているそうなので。リーリンに読ませて貰おうと」
「へー。レイフォンってあれよね、あなたがぞっこんの大会優勝者」
「ええ、彼は私の目標です」
「……そういう意味じゃなかったんだけどね。ま、いいか。あ、そうそう。君にこれ上げる」

 そういい、アルシェイラは左手に掴んでいた箱をトビエに渡す

「何、これ?」
「途中で買ってきたお菓子よ。さっきのお詫びにあげるわ。みんなで食べなさい」
「え、ホント!?」
「うん、綺麗なお姉さんは嘘つかないわ」
「ありがと、お姉さん! リーリン、お菓子貰ったー!」

 単純なもので、お菓子を渡すと先ほどまで睨み気味だったトビエは顔を綻ばせ、戸惑いの表情を浮かべていた他の子達も嬉しげな表情を浮かべる
 箱を持ったトビエは奥の部屋に行き、お菓子のことをリーリンに知らせに行く
 レイフォンに頼んで作ってもらう場合、大抵はリーリンに黙って作ってもらうため、ばれると怒られるので当然知らせることはない。しかし、誰かから貰った場合など、隠す必要がないのに勝手に黙って食べてしまうとそれもまた怒られる。だからこそ、人から貰った場合などはきちんと報告しに行くのだ

「あんなの買ってたんですね」
「初めてだし、手ぶらなのもあれかと思ってね。途中で買い食いした時に一緒に買っといたわ」
「そうですか。それよりも早く手紙が読みたいです」

 そんなことを話していると奥の部屋に行っていたトビエが箱を持ったまま戻り、兄弟たちに声を掛けてそのまま一緒にテーブルのあるキッチンの方へと向かって走って行き、それを追うように声が飛ぶ

「こら、走らないの!」
「「はーい」」
「まったくもう……」

 呆れる様な声を出しながら、手に封筒を持ったリーリンが部屋から出てくる
 はあ、と溜息を吐きながら眉根を寄せているリーリンにクラリーベルは近づく

「お久しぶりです、リーリン」
「あ、久しぶりクララ。お菓子有難うね」
「いえ、それは私じゃなく、シノーラです」
「クララの親戚のシノーラ・アレイスラでーす☆」

 紹介を受けたアルシェイラが前に出ながら軽快に自己紹介をする

「あ、はい。私はリーリン・マー……」

 それを聞き、こちらも返事を返そうとリーリンはそちらに視線を向け
 
「————あ」

————その手から、封筒が落ちた





———ツゥ
 呆然とした表情を浮かべたまま、アルシェイラを見つめるリーリンの瞳から涙が流れ始め、頬に一筋の道を作り始める

「ちょ!? シノーラ、何したんですか!?」
「ええ、私!? いやいやいや、何もしてないの見てたでしょ?」
「見えなかったからあなたに言ってるんじゃないですか。……リーリン、どうしたんですか?」
「その信頼が痛いわね。……えーと、大丈夫?」

 何か起こって見えなかったからお前のせい。そんなあんまりな信頼の仕方に少し悲しくなりながらも、クラリーベルと同様にアルシェイラはリーリンに声を掛ける
 それを受けたリーリンはふと我に返る

「あれ、私……。あ、はい。大丈夫、です」
「でも、泣いていますよ?」
「え?」

 言われ、リーリンは目元を手で拭い、濡れたそれをみて自分が涙を流していることに気づく
 その際に傾けたせいで頬を伝わった涙がポツン、ポツンと滴となり顎から垂れ床を濡らす

「え? 私何で泣いて……」
「気づいてなかったの? 一体どうしたのよ」
「私にもよく……。只、なんでか分かりませんがシノーラさんを見たら急に目が離せなくって、胸がいっぱいになって……」
「ほら、やっぱりあなたのせいじゃないですか。何したんですか?」
「だから何もしてないわよ……。ほら、あれじゃない。確か幼馴染が遠くに行ってるんでしょ? だから心細くなってて、包容力があふれ出る私を見て急に……リーリン、抱きついてもいいのよ?」
「ふむ、別に傷とかがあるわけじゃありませんね」
「無視は止めなさい」
「冗談に付き合う気はないのですが……」
「冗談じゃないって。……えーと、ほら。取りあえずこれで涙を拭きなさい」

 そういい、ハンカチをリーリンに手渡す

「あ、ありがとうございます」
「それと、ゴミが入ったのかもしれないし、ちょっと見せてくれる?」

 そういい正面に立ち、涙を拭いたリーリンの瞳をアルシェイラは覗き込み————そこに最悪の結果を見る

(当たり、か。これだけは外れててほしかったなぁ)

 そこに移っていたのは鏡面のアルシェイラではなく、四足の獣。そしてその後ろに映る影。この都市を支配する狂った精霊に、アルモニス家によって秘匿されるこの都市の真実。眠るもう一つの魂
 その結果が示すのは、目の前の少女がどうしようもない未来を強要されるだろうという必定

(武芸者でないこの子に“眼”が行くなんて……皮肉にもならない。ヘルダー、初めてあなたを憎むわ)

 四足の獣———グレンダンから報告を受けたときは悪い冗談だと思った
 “縁”という良く分からないシステムでシュナイバルから連絡を受け、“眼”を受け継ぐものが出たと
 レイフォン・アルセイフがその関係者だと聞き、暇つぶしにはなるかとその周辺人物の情報を手に入れた
 当たり前だが、最初はロクに信じていなかった。当たり前だ。そこに載っていたのはデルクを除けばどれも一般人ばかり。始祖の血を、武芸者として血統を高めてきた王家ならまだしも、何の繋がりもない、ましてや武芸者ですらない者に現れるなど考えられなかった
 それに、その内のほとんどの人物に関しては親などもはっきりとしていた。だからこそ、シュナイバルの見間違いだと断定しようとし———一人の少女に目が止まった
 普通なら何の気にも留めないはずの少女の経歴を見てふと、悪い考えが走った

 その少女、リーリン・マーフェスは親が分からず、その名も養父から与えられた十二歳の少女。レイフォン・アルセイフと一番長い間共にあり、一般人であるという事を除けば、可能性が一番高いだろう少女で紙を捲る手が止まってしまった
 十二年前に生まれた、身元の分からない少女。メイファー・シュタット事件と呼ばれるにおいて生還した存在
 ふと、思い出してしまったのだ。————十二年前のその時期、“王家で何があったのか”を
 悪い想像だ。そう思いながらもその少女の髪を手に入れ、身元を伏せた人物の物と共にアンノウンとして遺伝子鑑定をさせた
 それと同時に自分はメイファー・シュタット事件について調べた。そして、そこでの結果は悪い想像を強化した
 遺伝子鑑定の結果は十分な一致を示したこと。事件においては明らかに可笑しなことが起きていたことも。王家の政治的闇を担うリヴィン家に動きがあっただろうことも
 そこまでいけば明らかに思えても、それでも信じられずに今日ここに来た
 どんな結果ならば黒かなど分からなかったから、特に何も可笑しな所がなければ問題なしと断定しようと思っていた
 そう、悪い想像だったのだ。———十二年前、駆け落ちした自分の婚約者が相手との子を設けており、一般人のその子供が、“眼”を受け継いでいるなど
 だが、現実はその全てを肯定した

(運命があるとするなら、とんだ皮肉じゃない)

 望むなら、彼女が生きている内に争いが来ないことを。自分なら、それ位生きていられるのだから

(なんて。私らしくないか)
「? どうかしました?」

 少し押し黙ってしまっていたアルシェイラを不思議に思ったのか、リーリンが聞いてくる
 それを受け、こんな思考やめやめと思い、軽い感じで答えを返す

「何でもないわ。特にゴミもないみたいね」
「そうですか」
「そうよ。だから寂しければ私の胸に———」
「何言ってるんですか」

 大きく腕を広げたところにドスッ、とクラリーベルから拳の突っ込みを受ける
 突っ込みを入れたクラリーベルはリーリンの傍により、心なしかアルシェイラから遠ざけようとしている

「あいたた。いいじゃない、私の胸に包まれるのよ? 不安何て吹っ飛ぶわ」
「変な演技は止めて下さい。そんなことあるわけないでしょう」
「いやいや、あるわよ。あんた程度のじゃ無理でしょうけど」

 そう言いアルシェイラはクラリーベルの胸元を見、そして隣に並ぶリーリンに視線を向け、気づく

「これは……」
「どうしました?」
「どうしたんですか?」
「……ちょっとゴメンね」

 いい笑顔で近づき、二人に気づかれぬうちに一瞬で回り込み、後ろからその体を拘束するように右手を前に出し、掴む

「っ! ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「……これはまた、何とも」

 回した右手で掴んだリーリンの胸を揉みしだきながら、その感触を味わう

「えっ、えっ!? ちょ、やぁ……シノーラ、さん……ひゃぁ」
「う〜ん……ギリギリBかな。いや、Cあるか……」
「ちょ、シノーラ何やってるんですか!?」
「見て分かんないの? リーリンの胸揉んでんの」
「それは見れば分かりますって! とりあえずその手を離して下さい!!」

 そう言い、クラリーベルが引き離そうとするが、アルシェイラの空いている左手に掴まれ動けなくなる
 そのまま、リーリンは自分よりも大きい背丈のアルシェイラに半分覆いかぶせられるような体制のまま胸を揉まれ続けている

「いやいや、リーリンの胸って凄いわよ。若干大きさがまだ物足りないけど、フニフニしてて柔らかくって、そんでもって温かくって適度に弾力もあって……。この歳でこれだけの大きさがあるんだからまだ大きくなるし、そうすれば私の手に少し余るぐらいの丁度いい大きさに育つわ。つーか私が育てる。うーん、いいわ〜」
「何変なこと言ってるんですか!? 手を離して下さいよ!!」
「うう……、シノーラさん。やめ、て……ひゃぅ」
「無理。だって良いんだもん。……それに引き換え、あんたは……」

 アルシェイラはクラリーベルの胸元に視線を移し、ハッ!と溜息を溢す

「あんたなんか、揉むとこないじゃない」
「それがどうかしましたか!!」
「ある程度はないとねぇ……。有った方が、男の子からの受けも———」
「さっきから声が聞こえるが、客でも来ているのかリーリ……ン………」

 アルシェイラの右手がもう片方の胸へと移った所で、話し声が聞こえていたのか、ここの院長であるデルクが部屋に入ってきてその光景に言葉を失う
 そこにいるのが見ず知らずの人物だけ、もしくは男性ならばすぐさま実力行使でもしたのだろう。だが、見た目美人の若い女性が赤い顔の自分の娘の胸を揉み、すぐそばにクラリーベルがいるという状態にどうすればいいのか、幾多の戦場を経験した歴戦の彼でも答えが出てこない

「……済まないが、どちら様でどういう状態なのだろうか?」
「シノーラ・アレイスラでーす」
「その……私の親戚です」

 軽快にアルシェイラが自己紹介をし、済まなそうにクラリーベルがその付け足しをする
 それを受け、デルクが言葉を発しようとしたところでコンコンと窓が叩かれる音が響く
 何事かとそちらを見れば、開いた窓から身を乗り出しているサヴァリスがいた

「……何か用でしょうか、サヴァリス様?」
「いえ、そこの二人が見えたので、何かあったのかと気になりまして」

 デルクに返答し、クラリーベルとアルシェイラの二人をにやにやと見つめながら、それにしても、と続ける

「まさか、あなたにそんな趣味があったとは。知りませんでしたよへい」

 ———ゴキュ
 次の瞬間、鈍い音と共にサヴァリスの姿が消えた

「え、えー?」
「……一体何が?」
「あらやだ、どっかいっちゃたわね。何か用でもあったかもしれないし、ちょっと探して来るわね」

 疑問の声を上げるクラリーベルとデルクを無視し、リーリンを解放したアルシェイラはすぐさまサヴァリスを追いに外へ出て行った
 後に残るのは何が起こっているのかまったく理解できていないデルク、どうしたらいいのか分からないクラリーベル、そして一度泣き止んだのに再度涙目になっているリーリンの三人

「……本当に、どうなっているんだ?」

 途方に暮れたデルクの声が、空しく響いていた













(はぁ。まったく、あの人のせいで今日は疲れました)

 日も暮れてきた夕刻、クラリーベルは街の中を歩きながら帰路に着いていた
 あの後とりあえずデルクに事情を話し、アルシェイラが買ってきたお菓子を子供たちで食べいつも通りに時間を過ごした
 アルシェイラはもう戻ってこないのがせめてもの幸いだろう。サヴァリスがどうなったのかは知らないが
 そんなことを思いながら、それにしても、と思う

(私についてのことが書いてないって、どういうことですかレイフォン!!!)

 思い出して憤慨するのは手紙の件。あの後頼んで読ませてもらったのはいいのだが、自分ことが書かれていなかったのが腹立たしい。サヴァリスの事は書いてあったというのに、一体どういうことだというのか
 いや、正確に言うならば書かれてはいたのだ。ただ、サヴァリスさん“達”という風に。間違いなく、それは自分も含んでいるのだろう。だが自分の名前が無く、サヴァリスが主立っているようなそれが、クラリーベルにとってはどうしても気に障る

(くぅ……彼にとって、私は未だその程度の印象でしかないのでしょうか……? それに、ニーナという人が羨ましいです)

 一通目、二通目も読ませてもらったのでどういった人物なのかは分かっている彼女に、クラリーベルは対抗心を抱く
 シュナイバルにある武芸の名門の娘。そんなことはどうでもいいが、レイフォンに教導を受けているという事が、彼から直接にその技術を教えられ、刃を交わしているだろうことがどうしようもなく羨ましい
今こうしている間もその少女はレイフォンと戦い、その力を練磨しているだろうことが羨ましい
 自分とて天剣であるギャバネスト卿に直接に教えを乞うているし、レイフォンを追っていた時から繋がりで暇な時にサヴァリスに手合わせしてもらうこともあるが、それとこれとは別の話なのだ

(かくなる上は実力を上げ、戻ってきたときに存分に相手をしてもらいましょうか)

 楽しげながら、どこか凄惨に口元を歪めながらそう心に決めて歩き続ける。そんなクラリーベルは暫くし、久しぶりに来た感覚に気づく

(これは……あいつらですか。丁度いい、練習台になってもらうとしましょう)

 その思いのままに、クラリーベルは急ぎ街の中を駆け抜けていった。屋根の上を走り、極力目立たないようにしながらも目立つ場所駆け抜けながら目的の場所までかける
 いつもと違う心境が、それからくる逸る気持ちが周囲に配る配慮を無意識のうちにいつもより下にしていた
 だからこそ、いつもとは違う一つの視線がクラリーベルに向けられていたが、彼女はそれに気づかなかった













 戦いの前は空気の臭いが変わる。そうサヴァリスから教えられたことがあるが、それに例えるならばこの感覚は世界が変わるとでも言えばいいのだろうか?
 赤いキャンバスに青い絵の具を一滴垂らすような、世界に小さなズレが出来る様な、いてはいけない異物が出来たかの様なそんな感覚。言葉に表せない、敢えて言うならば痒みになる手前の様な、五感言い表しづらいそんな違和感

「つまりあなた達は、そんな詰まらない存在なんですよ」

 言いながら、手に持つ愛剣を振るい目の前の存在を切り裂く
 胴を二つに切り裂かれた狼面の者は倒れ———そのまま空気に解ける様にして消えていく
 ここは市街地の少し外れ。彼らの目的はであるだろう、奥ノ院に行くための機関部への入口のすぐ近くでクラリーベルは剣を振るう
 振るわれるカタールをその軌道の外側に体を動かし避け、横から振るわれる昆に対し斜め前方に姿勢を低くしながら移動し、半回転して目の前の相手を斬りながらクラリーベルは姿勢を戻す
 周囲に大量にいる狼面の者———狼面衆は媒介になる人物がいなければこの世界に存在できないが、ここにいない以上他の場所にでもいて、従兄であるミンスの方にでもいるのだろうと思いながら剣を振るい続ける

「イグナシスの夢想を理解出来ぬ者よ、そなたこそ詰まらぬ存在であると知れ」
「ならばその私に倒されるあなたはそれ以下でしょう? せいぜい、私の剣の露払いにでもなって下さい」

 言いながら、近くにいた個体を切り裂く

———内力系活剄変化・旋剄

 後ろから振るわれる剣が届くよりも速く動き、また一体を切り裂いたところで交差した双剣に受け止められ

———並びに外力系変化・轟剣

 それと同時、伸びた剄の剣がその狼面集に突き刺さり、無数の閃断に切り裂かれて消え去る

(中々に数が多いですね。久しぶりだからでしょうか? まあ、縛りを入れればある程度の練習台にはなりますね)

 今回クラリーベルは相手の攻撃を武器で受けず、その全てを避けた上で決めた相手から一体ずつ、尚且つその相手から出来る限り離れずに倒すといったように心がけている
 初めての試みだが、そうでもしなければ直ぐに終わってしまう可能性が高いからである。実際、そのためか今回はいつもよりも時間が掛かっているし動きも多い
 出来る限り小さな動きで、可能な限りギリギリに避ける。この位しなければ意味があるような相手ではない

「少しは頑張ってくださいよ?」
「是非もなし。我らが夢想の前に立ちはだかるものは排除する」

 言いながら、先ほど言葉を発した個体に切りかかる
 恐らくだが隊長格とでも言った存在なのだろう。他の個体よりも能力が高いのか手に付けた武器、刃物のついた拳鍔状になっている錬金鋼で真正面からクラリーベルの剣を受ける。ガチッ!という様な鈍い音と共に手に伝わる振動を感じながら、開いたもう片方の錬金鋼で殴りかかってくるのを避ける

(ふむ、中々ですね。縛りがなければ直ぐなのでしょうが)

 そう思いながら、クラリーベルは更に接近してきた相手の拳を避け続ける
 クラリーベルの剣はそれほどまでに大きいものではなく、間合い自体は通常の剣とさほど変わらず接近戦用だが、拳をそのまま使う様な相手はそれ以下の間合い、言うならば超接近戦用のそれだ
 一足一刀の間合いなどと言った物ではなく、後小幅一歩で密着しそうな間合いに踏み込んで拳を振るってくる

 明確な肉体を持たず、精神体に近いため痛みを感じないからだろうか。一切の恐れを持たないまま踏み込み拳を振り続ける相手にクラリーベルは避け続けるしかない
 間合いのが近すぎること、単純に相手の方が手数が多いこと。そして何よりも周囲の狼面達が放つ衝剄が彼女の攻勢を阻害する
 避け続ける、一体ずつ等といった縛りさえなければ相手の攻撃を受け体制を崩させて斬るか、周囲の相手を斬り崩してから一対一で相手でもしただろう。だが、その縛りが避け続けるしかない状態を生む

 右の正拳を一歩分斜めに下がりながら避け、剣を振りかぶりかけ、すぐさま地を蹴り右斜め前方に移り右方から放たれた衝剄、後方からの長巻の一撃を避ける
 そこに今度は体を捻りながら振るわれる左の正拳を体を半回転させながら外側に移り避け、そのままの姿勢でクラリーベルは袈裟に切ろうとする。が、更に体を捻りながら膝を折り、その勢いのままに間合いを詰め右の拳を下から振るおうとする相手、右方からの衝剄を避けるために急遽そのまま地を蹴り一歩後ろに下がる
 風が払われる轟音と拳の後に来た風に髪を揺られながら、槍による昆による足払いをバック転しながら回避する

(このままではらちがあきませね)

 見れば僅かだが、ひらめく服の裾に小さな切れ込みが入っている見える

(仕方ありません。ならば一撃で決めますか)

 そう決め、剣を待機状態に戻し剣帯に収める。剣を振るうことを止め、避けることに意識を置きながら意識を集中し機会を待つ
 大きく一歩避けて拳を避けた後、それを追撃しようと前に進みながら予備動作として一旦拳を引いたその瞬間を見極め、意識を一層集中し逆にこちらから一歩踏み込む

(———今!!)

 その勢いのまま錬金鋼を復元する
 何度となく繰り返し、練習した技。憧れた相手を超えて見せるといった思いで鍛えた抜打ち
 相手の拳が届く間際、今までのどれよりも速い一刀が相手の腕を絶ち、首を切り裂く

「我らは、影の……一欠けら。いくら打ち消そう……とも……意味、は………」
「ま、こんなもんですか。それと知ったことありません」
(中々に速くなりましたかね)

 結果に満足し、抜打ちを終えた体勢のままクラリーベルは周囲に意識を向け、気づく

(……囲まれてますね)

 周囲全方向からとでも言えるだろう衝剄の波。長引いたのに剛を煮やしたのか、仲間を巻き込むつもりで打ったのだろう
 上に逃げれば避けられるだろうがあいにく、それでは次が避けられない

(ま、仕方ありませんね。打ち消して抜けますか)

 ここまでか、と思い剄を瞬時に練る。縛りさえなければ抜けることなど容易い
 その考えのまま、相手のを打ち消そうと衝剄を放とうとし————

「そこまで来たんです。破るなんてもったいない」

————瞬間、周囲全てが叩き潰された






「———え?」

 叩き、潰され、折れ、何かがひしゃげる音が聞こえた。自分を包囲していた衝剄が、それを圧倒的に上回る膨大な剄で敵もろとも叩き潰されたのに気づき、クラリーベルは呆けてしまう
 何よりもその声が、その剄が知っている人物の物だという事に驚く

「サヴァリス、様」
「ええ。中々に面白いことをしているじゃありませんか。ずっと見ていましたよ」
「どうして、ここに?」
「いえ。面白げな表情を浮かべたクラリーベル様が屋根の上を駆けていくのが見えましてね。面白そうだったので後をつけたんですよ。そしたら、こんな面白そうな場面に出会えた」
「が、ぁ……」

 本来ならサヴァリスは気にも止めなかっただろう。だが何度か手合わせを行い、ある程度クラリーベルと親しくなっていたが故に興味を持ち着いて来た。その結果がこの場面だ
 サヴァリスの暴力的な剄を受け、既に残っている狼面衆は一人。その一人も既に喉元をサヴァリスの左手につかまれ、呻き声しか上げられない

「それにしても、イグナシスですか。となるとこれは狼面衆でいいんでしょうかね?」
「え、ええ。その通りですが」
「天、剣……授受者……か?」
「ええ。サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスと言います」

 呻きながら問う相手に、サヴァリスは笑顔のまま答える

「狼面衆……イグナシスの下っ端ですね。初代が戦ったことがあるそうで、話が残っていますよ。脚色された英雄譚だと思っていたのですがいやはや……中々に我が家は無駄が嫌いだったようですね。となると、他の話も本当のことだというわけでしょうか」
「知っているんですか?」
「ええ。家の初代が、彼らと戦ったことがあるらしくて。この世界には僕たちが関係しながら関われない戦いがある、と」

 その言葉は真実だ。事実、そのことを知っているだろう人物など、考えられる限りクラリーベルには王家の人間しか思い当たらない。それに、それも王家の全員ではなく一握りの人物だけだし、狼面衆と戦っている者などミンス以外には知らなかったし、そもそも普通の人間には関わることさえ出来ないといって言い
 だからこそ、サヴァリスがある意味で関係者であるという事にクラリーベルは驚く

「御伽噺も馬鹿にしたものではありませんね。この程度の相手はたいしたことありませんが、こちらの戦いには、もっと強い相手もいるのでしょう?」

 狼面衆程度の相手では気に掛ける意味などない。だが、そんな世界があることが、そしてこれ以上の存在がいるだろうことが知れたのが嬉しく、サヴァリスは嗤う

「イグナシスに伝えなさい。この程度では、僕たちに届くことなどありえないと」

 そう言い、サヴァリスは手に力を入れる。グチュ、という音と共に狼面衆最後の一人は喉をもぎ取られ消えていった

「……彼らがいる。ということは廃貴族、そしてこの都市の真なる意思と呼べる存在がいる、そしてその先があるだろうという事。実に面白い」
「それにしても、サヴァリス様が知っていたとは驚きましたよ」
「ええ。僕も御伽噺が実話だったと知って驚いていますよ。……聞きたいのですが、クラリーベル様の他にも誰か関わっているんですか?」
「ええ。陛下やおじい様などは知っていると思いますよ。ただ、私が実際に戦っているのを知っているのはミンスだけです」
「彼が?」
「ええ。私と同様に何度か戦っています」

 その言葉にサヴァリスは驚く。何せ、ミンスについて彼が知っていることなど謀反の時の事しかなく、ロクな力を持っていないという印象しかないのだから
 すこしミンスに対する意識をあらためながら周囲を見渡し、サヴァリスは気づく

「……そう言えば、この跡はどうしたものでしょうね」

 自分が放った一撃のせいか、周囲の地形が変形してしまっているのを見てサヴァリスは溜息を吐く

「ああ、それなら大丈夫ですよ」
「? それはまたどうして……」

 クラリーベルの返答に疑問の声を上げながらサヴァリスは周囲を見渡し、気づく

「ほう……これはこれは」

 見渡したそこに既に跡はなく、何事もなかったかのように綺麗に痕跡が消えてしまっているのに気づき、感嘆の声を漏らす

「なるほど、これでは気づきませんね。となると、今までも面白そうなことが起こっていたという事ですか。そう考えると損していたとも思えますが、まあいいでしょう。……それにしても本当に跡がありませんね。これなら全力を出してもよさそうだ。色々と試せますね」
「いえ、流石にそれは止めて下さい」

 いくら戻るとはいえ、天剣授受者の本気を出されるのまずいとクラリーベルは止める。そうしながら一つの疑問が浮かぶ

(記憶を失ってない……んでしょうか?)

 ほぼ間違いなく、今回の様な事に関わった人物は痕跡が消えるのと同時に記憶を失う。だが、サヴァリスにその様子はない

(実際に自分としての意識を持ったまま戦ったから? それとも関わる前からすでに知識があり、関係者の系譜であったからでしょうか……? 実際、私が関わっているのも血の濃さ、血統故でしょうから天剣授受者という才能を生む血の濃さ、それプラスの知識などがあったため? 痕跡などが戦った後戻る、というのを見ると、前からの繋がりがあったために消えなかったと考えるべきでしょうが……。ま、今考えても仕方ありませんか)

 そう結論付け、クラリーベルは思考を打ち切る
 関係があるものは失わず、無いものは失う。それで十分だと思いながら納得する
 そして再度サヴァリスに視線を向け、気づく

「……その腕、どうしたんですか?」

 見ればサヴァリスの右手には包帯が巻かれ、添え木もしてありどう見ても折れている。そういえばさき程から、右腕を一切使っていなかった
 今この時になっても治っていないだろうことから、先ほどの中で負ったもので無いことは確かだとクラリーベルは断定する。そもそもあの程度の相手に天剣が傷を負う訳もないのだからそれも当たり前だろう
 そのことについて聞かれ、サヴァリスは少し答えづらそうに答える

「昼頃に、陛下に飛ばされたことがありましたよ」
「え、ええ」

 恐らく、シノーラと名乗っていたのに陛下と呼ばれそうになり、いきなりサヴァリスの姿が消えた時の事だろうと思いながら続きを促す

「あの後、私は可愛いシノーラちゃんだとか、胸には夢が詰まってるなどと良く分からないことで陛下にお叱りを受けましてね。その際の折檻で折られました。服の下は怪我だらけですし、飛ばされた時ので肋骨にも確か罅が入ってます」
「え?」
「夕方にクラリーベル様を街で見たのも、病院に行った帰りだったからですよ」
「」

 また勝てませんでしたね。ハハハ、と笑うサヴァリスにクラリーベルは言葉が出なかった














「以上が結果だ」
「確かに“眼”の持ち主がいましたか……確認、助かりました」
「この程度のことならば、いくらでも受けよう」
「ええ、そういってくれると私も嬉しいですよ。では、またいずれ」
「ああ、偉大なる母よ。いずれまた、言葉を交わすその時まで」






 そうして最強の一角が関われぬはずの世界に関わり、ヒロインは自分たちの主についてのことを再認識し、四足の獣が初めてのお使いを果たし母に褒められながら、グレンダンの日々は続いていく
















「というわけなので、サヴァリス様が知りましたよミンス」
「……嘘……だろ」
 
 

 
後書き
 最強の存在がログインしました。後、綺麗なお姉さんは嘘つきます
 後、何をとは言いませんが、わざわざネットで平均サイズとか調べたんだ俺。

 
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