メフィストーフェレ
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第二幕その三
第二幕その三
「その糸車で」
「糸車で」
「貴女の心と私の心を合わせつぐめないだろうか」
「それは」
「できないと」
「母がいますので」
ファウストから顔を背けての言葉だった。
「ですからそれは」
「心配はいらない」
こう言ってであった。その懐から一個の小さな薬瓶を出して言うのであった。
「これを」
「これを?」
「これを飲めば御母上は深い眠りに落ちますので」
「そのお薬で、ですか」
「そうです」
にこやかに笑って話すのだった。
「だからどうか」
「私は世の中のことや愛のことははじめてで何も知りません」
そうだというのである。
「ですが」
「ですが」
「不思議な、ですが親しめそうな風を感じます」
こうファウストに話していく。
「それが私の心に吹き込み」
「心に」
「その風を感じます」
「それはです」
「それは?」
「気高い望みです」
彼の心についての言葉だった。
「生の聖なる奇跡です。終わりのない愛の奇跡です」
「愛の奇跡なのですか」
「そうです、そして貴女も」
「私もまた」
こう彼女にも話を回していく。
「同じなのです」
「同じなのですか」
「ですからこれを」
「はい、それでは」
その薬を遂に受け取った。そうしてじっとファウストを見詰める。
そうしてから。ファウストを恍惚とした顔で見詰めて。
「貴方と共に」
「有り難うございます」
その後ろではメフィストが楽しくマルタと話していた。
「ではまた」
「はい、御会いしましょう」
彼はお互いにわかっている戯れの愛を楽しんでいた。二組の愛が動いていた。
ブロッケン山。荒涼として木の一本もないその不気味な山に今恐ろしい歌声が聴こえてきている。それは人間のものかどうかさえ怪しいものであった。
そしてその中でだ。メフィストがファウストに対して話していた。
「博士」
「この歌声は」
「気になりますか?」
「人のものなのか?」
いぶかしむ顔で悪魔に問うのであった。
「私の知っているどの言葉でもないようだが」
「魔界の言葉ですので」
そうだと話す。黒い空に赤い月がある。その月は鈍い光を放っている。
それに照らされているのは奥の山の影とブロッケンの不気味な岩達だ。その山自体がまさに魔界であり異形の歌声がそれをさらに醸し出していた。
その二人の前にだ。不気味な青白い炎が出て来た。
ファウストはそれを見て言うのだった。
「鬼火か」
「そうです」
「鬼火よ」
ファウストはその鬼火に対して告げた。
「ここは暗い。私達を照らしてくれ」
「はい、それでは先に」
メフィストがすっと右手を前に出すとそれで鬼火は二人の前に来た。そのうえで照らしてきた。それを明かりにして前に進んでいく。
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