鋼殻のレギオス IFの物語
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十話
前書き
所々原作作画担当の深遊さんが絵を書いてる漫画版鋼殻のレギオスのイメージが入ってます
“外の世界からのキャラバン”とかその辺からです
「レイフォン、君はどうしてこんな仕事をしようと思ったんだい?」
放浪バスに乗って二日目、特にすることもないので自前の都市外戦闘服の点検をしていたレイフォンに、このキャラバン、自称『ライセンス古物・情報調査旅団』の主、シンラが話しかけてくる
見た限り、実年齢である二十六には余り見えない若々しさをした持ち小さなメガネをかけ、少し長めの藍色の髪を金属の輪で一つに束ねた細身の男性だ
「その、僕が育った孤児院の運営を助けたくて」
「ほう、立派な心がけだ。だが、流石に十二では早すぎないかね?」
「そうなんですか?」
「ああ、普通は君くらいの歳なら親の庇護下で守られているよ。汚染獣との交戦経験があると言っていたが、いつぐらいからなんだい?」
「八歳の頃からです」
「……凄まじいな。それにしても三十回以上というのは流石に嘘だろう? そんな頻繁に会う訳がない」
「いえ、少なくとも二月に一度は。酷いときには毎週ぐらいの頻度で襲われてたので、実際はもっと多いと思います」
「……嘘だろう?」
信じられないという様な表情でシンラが聞き返してくる。見れば、周囲で聞き耳を立てていた者達もこちらを向いて驚いている
「と、いうことはだ。繁殖を放棄した個体……確か老生体、だったかな? その汚染獣にも襲われたことはあるのかい?」
「僕が知っている限り、この二年間で五回襲われてます」
「……決めたよ。僕はグレンダンには決して行かない」
周囲の者達も賛同するように無言で首肯する
「となると、ますます疑問だな。僕が今まで会った中で君は、恐らくダントツの強さを持っている。それだというのに君ほどの人物が都市の外に出ているだなんてね」
「いえ、僕よりも強い人はたくさんいましたよ」
頭に浮かぶのはよく会っていたサヴァリスの姿。たとえ相手の武器が天剣でなかったとしても、ほぼ確実に勝てないだろうと確信している。それに他の天剣授受者にも勝てないだろう
「いざとなれば天剣授受者の方達がいるので、安全は確保されています」
「……何だい、それは? 聞いた限りヨルテムの交叉騎士団の様なもののようだが」
「十二本ある天剣と呼ばれる特殊な錬金鋼を与えられた人たちのことで、グレンダンにおいて最強の人達のことです」
「なるほどね、だから“天剣”授受者か。だが、錬金鋼を変える必要があるのかい?」
称号だけならまだしも、錬金鋼を与えられるということがよく理解できず、特典の様なものだろうかとシンラは首を捻る
「いえ、それでなければ彼らは全力が出せないんです」
「? 意味が分からないのだが……」
口で説明するよりは見せた方が早いだろうと思い、レイフォンは腰元にある剣帯から黒鋼錬金鋼を出して復元し、剄を込める
シンラが見ている前で黒鋼錬金鋼は赤く変色していき、臨界点の少し前でレイフォンは待機状態に戻す
見れば周囲の人達、特にこのキャラバンに所属する武芸者は呆気にとられている
「錬金鋼が持たないということがあるんだな………初めて知ったよ」
「ええ。天剣はそんな彼らが使える唯一の錬金鋼です。だからこそ、彼らに求められる最低条件は通常の錬金鋼の許容量を上回る剄を持つこと。そして一人で老生体を撃退するだけの力を持つことです」
「――――ちょっと待ってくれ。………一人で?」
普通幼生体雄性体に関わらず、複数人で組むのが普通であり、今までそれを当然だと思っていたため一人で、それも聞けば老生体という個体相手にというのだからシンラは咄嗟に聞き返してしまう
「ええ、それで十分らしいです。普通の武芸者じゃ剄量的にも技量的にも足手まといだからとか。なんでも、一人で戦場を変えられるだけの力を持たない奴は必要ないって。サヴァリスさん……知り合いの天剣授受者が言うには、楽しみの邪魔だって」
その言葉にシンラ達はもはや呆れの感情しか浮かんでこない
「なるほど、ね。それは確かに、ある意味じゃ世界一安全な都市と言えるだろう」
たとえ年中汚染獣に襲われていようとも、それを屁とも思わない者達が居るのなら心配などない
初めから安全が保障されている。考えようによってはめったに襲われることがない都市よりもずっと安全だと言えるだろう
「グレンダン……強いとは聞いていたが、そこまでだとは思わなかったよ。やはり、未知を知るというのは楽しいものだ」
「……シンラさん達はどうしてシュナイバルに何をしに行くんですか?」
こちらの理由を聞かれたからか、ふと気になりレイフォンは尋ねる
「……正確に言えば、別にシュナイバルでなくとも問題はないんだよ」
「? どういうことですか?」
「僕たちはね、まだ見たことがないものを、ただ知識だけで知っているもの見たいがため。ただそのためだけに都市を周っているんだよ」
どこか楽しそうに、まるで子供が夢を語るような印象を持てる笑顔を浮かべながらシンラは語る
「僕が生まれた都市、蒐識都市シュバルトは様々な情報を分野を問わずに集めていてね。それだけでなく、昔の世界のことだと思われるだろう記述を乗せた本などがある図書館なども数多くあった。僕の父親は研究者でね。僕は小さな頃から本を読み、自分が住む世界のことなどに対する興味が大きくなって、ある日他の都市から訪れた人の話を聞いて都市を出ることを決めたんだ。不安や恐怖よりも、知的好奇心が勝った。それが七年前のこと」
懐かしむ様に、その時のことを思い出すかのようにしながらシンラは続ける
「反対する親をなんとか説得して、資金を集めて、武芸者の友人にも声をかけたりして………準備をしてから実際に出るまでに一年かかったよ。最初は少なかったけど、都市を周って同じような思いを持つ相手を見つけて仲間にして、今のキャラバンになった」
聞いた話ではこのキャラバンの人員は、武芸者三名に念威操者一名。それ以外の一般人が十一名で合わせて十五名
今でこそのその人数だが、今の話では最初は一人二人の数だったのだろう。それは、どれほどの苦労か
「最初の方は苦労したよ? 護衛を雇ったり、自分たちのバスを買う資金が足りず必死で資金稼ぎもした。今でも活動資金のために情報や、他の都市での特産品なんかを運んだりして売ったりしている。シュナイバルは有名な都市だからね、ある程度の長期滞在になるつもりだよ。逆に、治安が悪かったり、都市自体が貧しかったりする所は短いけどね」
その言葉を聞き、ふと疑問に思った言葉をレイフォンは口にする
「あれ? だったら、途中で違う都市に寄った時はどうするんですか?」
目的の都市に一度で行けることなど少ない。大抵は乗り換えをすることになる。個人所有のものだとしても、物資の補給などの関係で寄るだろう故の疑問
その疑問に、今度は先ほどまでとは違い、苦笑しながらシンラは答える
「ああ、そのことなんだがね………寄るたびにあっちにこっちにと行っていたらまとまりがつかないから、どこに行くかはある程度先に決めて、あまり寄り道せずに一つ一つ行くことにしているんだ。最初の頃、計画性を全く持たずにいて苦労したことがあってね。それ以来そういうことにしている。だから、途中の都市によっても、基本はあくまで補給だけのつもりだ」
そういい、よっこいせと呟きながらシンラは立ち上がる
「色々聞かせてもらって楽しかったよ。何か聞きたいことがまだあれば、僕か他の仲間に聞くといい。よければ、今までに寄ってきた都市や集めた情報を聞かせてあげるよ。大体、シュナイバルに付くまで後十日から二週間程。その間暇だろうからね」
「あ、はい。ありがとうございます」
では、と呟き、シンラは違う部屋の中に消えていった
「……噂どうりだな」
「あれは何なんですか?」
僅かに暗さが出てきた夕方前。空を漂ういくつもの淡い光が縦横無尽に飛び交っている光景にシンラが感嘆を、レイフォンが疑問を言葉にする
あれから十一日。途中で一度他の都市に寄ったが、おおむね予定道理にシュナイバルに到着した後、長期滞在予定のため自前のバスのほかに簡単な宿屋を取った後のこと。それぞれが情報収集のためにある程度ばらばらになり、レイフォンはシンラと共に街を練り歩いて見つけた光景がそれだ
「今までに集めた情報によると、あれは電子精霊の雛らしい」
「電子精霊?」
「簡単に言うと、都市の意識だよ。“自立”型移動都市の動きを司る存在のことだ。もっとも、僕もまだ本物を見たことはないがね。ここシュナイバルはその電子精霊を唯一生み出す場所らしい」
「へ〜……あれがそうなんですね」
「もっともあれはあくまでも子供で、まだそこまで育っていないらしいけどね。もっと暗くなればより一層映えると聞くし、中にはあれが集まる樹もあるらしい」
「グレンダンにもいたのかなぁ」
「きっといたはずだよ。それよりも情報を集めよう。見るだけなら、これから時間はたくさんあるのだから」
「ケルネスん時の薬、余りどこおいた!」
「赤い箱ん中に補助剤と一緒に会ったはずだ。それよりもトリデン時のデータチップどこだよ!」
「あ、スマン。それこの間割っちまった。マスターしか残りねえや」
「コピーしとけ馬鹿が!」
「ふぁ〜あ……」
放浪バスの中、聞こえてきた声に眠い目をこすりながらレイフォンは目を覚ます
昨日は簡単な情報取集に地理の把握などを良く理解できないながらもシンラについて回り、帰ってきたのが夜遅くのこと
途中で言われた通りの、ある種幻想的にも見える空の光景に少し心奪われたりもしたが、それでも知らない街を夜遅くまで歩くという心理的にも疲れる行為をしたせいか、それともやっとたどり着いたが故の安心感からか、いつも以上に眠気がある
活剄をつかえばそんなこともないが、必要もないのに使う気には余りならない
「……おはようございます」
「ああ、おはようレイフォン」
「おはよう、というにはいささか時間が過ぎているように思います。シン、子供をあまり遅くまで連れまわしてはいけません」
「はは。以後気を付けるよ」
扉を開け、テーブルや椅子がある簡単な談話室(食事も取れる)に入りながらレイフォンが挨拶を口にすると、シンラがそれに返し、このキャラバン唯一の女性念威操者エリス・ノートルがそれに悪態をついた
肩口にややかかるぐらいで切りそろえられたストレートの黒髪が、軽く左右に振られる頭につられて小さく波打つ
「どうしたんですか、皆?」
「ああ、ちょっとこの後必要なものがあってね。そのための準備をしていたんだよ。レイフォン、昨日は遅くまですまなかったね」
「いえ、僕も楽しかったです」
「シン、昔からあなたには反省がありません。少しは年相応の落ち着きを持つべきです」
「まあ、いいじゃないか。彼もこう言ってるんだ。それよりもレイフォン、午後になったら……というよりも昼食を食べたら行くところが出来た。一応、一通りの用意をしておいてくれ」
「あ、はい」
「少しは気にしなさい」
「覚えていたらな」
どうやら予想外に寝過ごしたらしく、既に今日の予定は立っていたもよう。そのことについて少し自分を正しながら、レイフォンは後ろで繰り広げられている言い争いに背を向け、自分にあてがわれたスペースに戻って行った
「どこに行くんですか?」
「……シンから説明されていないのですか?」
「ええと……はい」
「まったくあのバカは……」
街中で昼食を取った後、シンラやエリス達五名と共に言われた通りに歩く途中にレイフォンが発した言葉にエリスが溜息を吐き、先頭の方で友人と話し合っているシンラを睨む
念威操者は感情を余り大きく表さない傾向にあるため、表情をあまり変えずに睨む視線が地味に怖い
「今私たちが向かっているのは、アントーク家というこの都市での武芸の名門の家です。私たちが持っている他の都市での薬や物資の中で、貴重なものなどが売れないかと交渉に行くところです。……もっとも、シンの言葉を聞く限り他にも何かありそうですが」
「……直接売りに行くんですか?」
「ええ。映像や、知識としての情報や作物のデータなどはそういった店などに売るのが普通ですが薬、それも武芸者に良く効くようなものや彼らが使うもので他都市の物などは、こういった様に大きな家に直接売りに行った方が何かと好都合なんです。場合によっては様々な情報が代わりに貰えたりしますし、そういった家は都市内でも力があるので、仕事を紹介してもらえたりします」
中々に現実的な答えにレイフォンはそういったこともあるのかと素直に驚く。きっと、それもいくつも都市を回るうちに付けた知恵なのだろう
グレンダンで言えば、サヴァリスがいるルッケンスや、クラリーベルのロンスマイア家のようなものだろうかとレイフォンは思う
「あそこに見えるのが、先ほど言ったアントーク家です」
エリスの動く指に吊つられ、その示す先に視線を移す
今歩いている街中の先、ここよりも少し高い場所に設けられた家の片隅が周囲に設けられた木々と共に目に入る
「大きいですね」
「ええ。聞いた話では広い庭園を設けられた広大な屋敷だとか」
歩くにつれて少しずつ屋敷が見えてくる
先ほど見えた木々は一定の間隔、様相を持って整えられており、その中にはここからでも余計な草などないと錯覚しそうなほど平坦なに整えられた緑の芝が映える
見た限りでも周囲とは隔絶された様相を持つのに、未だに全貌が見えないためその広大さに想像が沸き立つ
「アントーク家はこの都市で名門であり、都市の警備にも尽力し広くシュナイバルの民から知られ、慕われています。………そんな相手にすぐさまアポイントを取りつけるとは、シンのことは昔から理解できません………」
「シンラさんとは昔からの知り合い何ですか?」
朝から引っかかっていたのだが、出てくる言葉がどうも付き合いが長いような印象を受けレイフォンは尋ねる
全然違うはずなのに、その話す雰囲気に幼馴染が思い浮かぶ
その質問に溜息を吐きながらエリスは返す
「同じ都市の出で、幼馴染ほど長くはありませんが腐れ縁というやつです。外のことを熱く語る姿に面白そうだと思ってしまったのが私の間違いです」
「嫌だったんですか?」
「いえ。慣れてしまえば退屈だけはしないので今はそう思っていません。たまに呆れることもありますが」
「へー」
「おーい、着いたぞ」
気づけばほどほどに長く話していたらしく、既に目標地点のすぐ近く。先頭にいたはずのシンラがすぐ近くにまで来ていた
「話してないで、早く行くぞエリス。他の連中に遅れる」
「力は弱いくせに相変わらず行動だけは早いですね。出来ればそのための情報をちゃんと伝えてほしいのですが」
「善処するよ。それよりもさっさと行こう。ほら、レイフォンも」
「あ、はい」
見えた家の全貌、それと周囲を取り巻く庭を眺めていたレイフォンはその声に意識を取り戻し、速足で少し前のシンラ達に向かっていった
「お前達が話に合った者か」
「その通りです。お目にかかれて光栄に思います」
先ほどまでの軽口を感じさせぬ態度をもって、恭しくシンラが頭を下げる
相対するは一人。輝くような黄金色の髪を後ろに撫で、鋭い目をした男性。一つ一つの動作が洗練され、枯れ草色の上着を纏い歪み一つ見れぬ姿勢はただそれだけで一つの世界を形作り、何気ない動作さえも視線を引く
「アントーク家の当主と会えるとは思っていませんでした。この出会いに感謝を」
「世辞はいい。来て早々ここへ押しかけて売りたいという意思は買おう。物は何だ?」
「こちらです」
その言葉と共にシンラはリストを、他の者は屋敷に入る前にチェックを済ませた荷物を開けその物の姿を相手に見せる
男性は渡されたリストに目を通しながら時折その実物に視線を向ける
「剄脈抑制薬に緩衝剤、鎮痛剤に弛緩剤……トラジア……泗水の酒……………それとハシトアの実、か」
「知っているのですか?」
「噂程度だ。だが、それを知っていながら武芸者の家に持ってくる意味を理解しているのか?」
「ええ。様々な使い方があると聞きましたので」
そういいながら笑顔を浮かべるシンラに相手は口元を歪める
「はっ、大した度胸だ。これだけの都市を周ったが故の物か? ……過ぎた力を手に入れても体を壊しては意味はあるまい。ましてこんな物の力に頼ろうなどとは思わん。だが、研究の余地はあろう。使えなければ食材として流せばいい。…………いいだろう。ここにあるもの一通り買わせてもらう」
「ありがとうございます。……そういえば名前がまだでしたね。私の名前はシンラといいます」
「この後仕事が少し入っているのでな、代金は別の者からすぐに払おう。私のことはアントーク当主と覚えてもらえば結構。それが済めばもう用はないだろう、どうせここだけの縁だ」
「いえ、きっとそうはならないと思います」
「……ほう」
紙にサインを済ませ、近くにいた従者に荷物を運ばせ踵を返し始めていた足を止め、男性が返された言葉に不敵な笑みを浮かべ視線を向ける
その言葉を発したシンラは今までの慇懃な態度をやや崩し、口の端をやや曲げた面白そうな表情を少し浮かべ口を開いている
「実は、先ほどの中になかったもので一つ、買ってしてもらいたいものがあります」
「ほう、言ってみるといい。先ほどの私の言葉を聞いた上で止めたのだ、それだけのものなのだろう?」
「ええ、きっと気に入ると思います―――レイフォン」
「………あ、はい」
呼ばれ、今までずっと蚊帳の外で半分とんでいた意識が戻りレイフォンはシンラに近づく
呼ばれ近づいてきた子供に、男性は視線を向ける
「随分と幼い子供だな」
「ええ。実は、買ってほしい物とは彼のことです」
そういい、シンラは面白そうな笑顔を浮かべ、困惑しているレイフォンの背を押す
「正確に言えば、彼の力です」
「何が言いたい?」
「聞きましたがここの御嬢さん、人を呼んで稽古をしているそうではありませんか。それに是非この彼をと思いまして」
「……ふざけているのか?」
こちらを一瞥し、男はシンラに眼差しをきつくした視線を返す
「どこで聞いたかは知らんが、確かにニーナの教導の為に必要な人材を呼んではいる。だが、こんな子供を出されるとは随分と舐められたものだ」
「いえ、見た目で判断するのは早いかと。彼、レイフォンは十分な力を持つことは確認済みで、護衛として雇わせてもらいました」
「貴様らの認識が何の保障になる。こんな子供に頼るなど、その程度の者だということだはないか?」
「耳に痛い言葉ですが、レイフォンの力は今まで私が見た中でも最上位の物。グレンダンの出だとか」
「――――始祖の都市、だと?」
先ほどまで険しい視線を向けていた男性はその言葉に反応し、小さく何かを呟いて顎に手をやり考え始めた
注意がそれたことでレイフォンはシンラに視線を戻し小さく抗議の声を上げる
「ちょ、どういうことですかシンラさん!?」
「ほら、バスの中で言っていたじゃないか。シュナイバルに着いたら何かバイトをするつもりだって。手伝おうと思ってね」
「え、えー!」
今現在レイフォンがシンラ達といるのは護衛のため。帰りの分まで契約しているとはいえ、あくまでも道中の護衛の側面が大半のため、都市についてしまってからはすることなど殆ど無い
そのため、空く時間をバイトに当て様と思っていることを話した。ヨルテムの時のように年齢で跳ねられた際、実力を保障していざという時は仲介するという風にシンラが言ったのも覚えている。だが、ここでそれが出るとは思わなかった
混乱しているレイフォンとは対照的にシンラは面白そうにしている
「な、何で前もって言ってくれなかったんですか!? 普通のバイトにしようと思っていたのに!」
「いや、情報を集めているときにこのことを聞いてね。子供同士でいいかと思って。そのために錬金鋼を持ってくるようにも言っていただろう?」
「……このためだったんですか?」
確かに、起きた際に準備するよう言われた時、錬金鋼を二つとも持ってくるように言われたのに少し疑問があったが、このためだとは思わなかった
「ああ。それに君は武芸者だ。こういった方が向いているんじゃないか? それだけの強さがあるんだ、選定条件は満たしていると思うよ」
「いや、でも……」
「それにこれだけの名門だ。そこらの店でバイトするのから比べれば、ずっと金額が大きいと思うよ」
「うっ。そ、それは……」
確かにそうなのかもしれない。出稼ぎに来ている以上、少しでも多くの金額を稼げることすべきだ
だが、今まで人に教えるといった経験がなく、不安がなくならない
そのことを見越してか、苦笑しながらシンラは口を開く
「何、何事も経験だよ。一度やってみればいい。ダメなら向こうから言ってくる」
「……う〜ん。あー、うー。………んー、分かりました」
「―――いいだろう、興味がわいた。そこの子ども、レイフォンといったか。力を見せてみろ」
声に振り向けば、男性が思考を終えたのかこちらを見ている
その声にはどこか不敵な、面白そうな色さえ混じっている
「ニーナの為に呼ぼうと思っていた武芸者を今庭に呼んだ。その相手に勝って見せろ。そうすればその者の代わりにお前を雇おう。着いて来い」
そういい、歩き始めた男性にレイフォン達はついて行った
連れてこられた表向かって右の端の開けた場所。既にそこにいた男性にレイフォン達を連れてきた当主が近づいていき、言葉を交わす
その言葉を受けた男性は怪訝そうな顔をしながらレイフォンの方を見やる
「そういうわけだ。これに勝てたら今日からニーナの教導を任せよう」
「意図は分かりました。ですが、あんな子供を相手にするというのは……」
「向こうから言ってきたのだ、気負う必要はない。気になると言うのならニーナの前の試だとでも思え。それと、もし負けるようならばあの少年に任せることとなる」
「あんな子供に、でしょうか?」
「歳が近い分、刺激も受けるだろう。それだけの力があればだがな。グレンダンの者らしい」
「グレンダンの………分かりました」
幾ばくかの会話の後、待っていた男性がレイフォンの方へと錬金鋼を復元しながら歩いてやってくる
その間に、シンラがレイフォンの肩をつつき復元を終えたレイフォンがそちらを向く
ちなみに、既にシンラとエリス以外の者はキャラバンの方に戻っていった
「何ですか?」
「いや、少し助言をと思ってね。力でのゴリ押しはあまりしない方がいい。教導である以上、技術で相手を打ち負かした方が受けがいいと思うよ。無論、抑えろという訳ではないけどね」
「うーん?」
「……要は、錬金鋼の許容量を超えないように十分剄を下げた方がいいということだ」
「分かりました」
レイフォンの返答を聞き、シンラが下がるのと同時に相手の男性が十分な距離にまで来る
復元された対の武器、トンファーと呼ばれる様相をした武器を握ってレイフォンの方を向いて口を開く
「君が相手でいいんだよ……ね?」
やはり戸惑いがあるのか、男はレイフォンに目を向けたまま一瞬口ごもる
「えーと、はい」
「そうか、では始めようか」
互いに力を抜き、柔らかく其々の武器を構える。既に先ほどまで会った緊張感はレイフォンの中から消えている
レイフォンは剣先をわずかに下げて重心を僅かに前に移し、相手の男は胸の前で二つのトンファーの先が触れるか触れないかぐらいになるように腕を構えてやや体重を下に落とし、二人は全身の活剄の密度を高めていく
「いい活剄だ。もしかしたら俺の剄量を超えているかもしれない。グレンダンではそれが普通なのかい?」
「普通かはわかりません。けど、低くはないと思います」
「そうか」
軽く言葉が交わされる間も、剄は丁寧に練られていく。そしてそれが全身を満たし――――――二人は同時に地を蹴った
間の距離を埋め、互いが触れ合うまでの時間は一瞬。刹那の間にぶつかりあった互いの武器は己が所有者の優劣を明確に分かつ
重心を下に移して体勢を下げ、身を捻りながら振るわれ斜めから向かいくるその攻撃を、振るう動作の時点でもって剣を斜めにぶつけ潰し、そのままの力でガードごと飛ばす
防いだ方のトンファーをとばされ、片手持ちに相手に追い打ちをかけようとし
「そこまで」
不意に現れた気配に対しレイフォンの剣が反射的に振るわれる
ギィン! と金属的な衝突音を発しながら鉄鞭が振るわれた剣に斜めにぶつけられる。その衝撃を自ら体を斜めに引いて殺した上でもう片方の鉄鞭を別の方向から重ね弾き、男は佇む
技を持ってレイフォンの剣を完全に弾いたアントーク家当主の姿がそこにはあった
明確に狙ってはなく、許容量は超えてさえなけれど十分なだけの剄が込められた一撃を受けてなお表情を変えぬまま男は口を開く
「お前の勝ちだ。剣を引け」
その言葉を受け、レイフォンは錬金鋼を待機状態に戻し、それを確認した相手も武器を収める
その間に吹き飛ばされていた男性がこちらに向けて歩いてき、それに男は視線を向ける
「お前の負けだ。十分な技量も確認した以上、今回の件はこの少年に任せる」
「分かりました。まさか、ここまでだとは……」
苦笑いを浮かべながら言われた言葉を受け止めた男がレイフォンに視線を移す
「負けてしまった以上、身を引かせてもらうとするよ。………では、私はこれで失礼させてもらいます」
「ああ。また機会があれば頼むこともあるだろう」
「分かりました。……それじゃあな少年」
そういい、レイフォンに対し小さく手を振った後姿勢を正し、軽く頭を下げ男は背を向けて歩き去っていた
そして当主の視線がレイフォンに向けられる
「レイフォン、だったな。お前にこの話を受けてもらう。細かいことは中で話すとしよう」
屋敷に向かい歩き始めた男性に、レイフォンは戻ってきたシンラ達と共に再び屋敷へと向かっていた
「なんだお前は?」
今現在、レイフォンの前には腰まで届く長い金髪を持った強気な瞳の少女が立っている
「えーと、その……ニーナさんですか?」
「ああ、そうだ。だが、人に名を尋ねる時は先に名乗るのが礼儀だ」
「すみません。僕はレイフォン・アルセイフです」
彼女の名前はニーナ・アントーク
レイフォンが引き受けることとなってしまった教導の相手である
既に黒のスポーツウェアに身を包んだ彼女は、自分の前に立つ年下の少年を疑わしげな視線でもって見やる
話は既にされているのか、レイフォンの名を聞いた彼女が向けるその視線は主に疑惑、そして年下ということへの憤りの二つ
「そうか。では、お前が今日から私の相手ということだな?」
「はい」
「……父上は何を考えているのだ」
そういい、ニーナは自らの武器、双鉄鞭を復元してその手に握る
「レイフォンと言ったな。お前の力を見せてもらう。父上が許したとはいえ、自分の目で確かめなければ納得が出来ない」
「分かりました」
鉄鞭を突き付けられながら言われた言葉にレイフォンは軽く首肯する
当主からシンラ達と共に話を受けた際、レイフォンの歳からニーナが納得しないだろうことが言われた。故にこの展開も織り込み済みであり、当主からもそれだけの技量を持つとニーナに示せと言われている
故に、レイフォンは既に刃引きを済ませた剣を復元し握る
「行くぞ」
その言葉と同時にニーナが飛び込み、鉄鞭を振りかざす
最短距離をまっすぐに胸元へとのばされた右の鉄鞭をレイフォンは剣でもって上に弾き、斜めに振るわれた左の鉄鞭を重心と足の移動によって最小限の動きでかわす
相手の力量が分からないのはレイフォンにとっても同じ。そして既に、レイフォンはニーナの力量を大まかにつかんだ
故に、すぐさま体を翻らしながら旋回運動によって振るわれたニーナの右の鉄鞭、その薙ぎ払いをレイフォンは――――
――――そのまま、素手で殴り飛ばした
「なっ!?」
ギンッ! という硬質的な音を発し、固いものにぶつけたような衝撃に握力が持たず、鉄鞭はニーナの手から零れ、後方へと落ちる
―――活剄衝剄混合変化・金剛剄
それが、今殴る瞬間にレイフォンが使った技である
活剄による肉体強化と衝剄による反射を行うこの技は、受けた側からすれば固い金属に打ち込んだかのような衝撃を受ける
それを武器に受けたニーナはその光景にやや放心し、すぐさま我に返る
その眼には、既に先ほどまで会った疑惑の感情はない
「……今、何をしたんだ?」
「金剛剄という技を使って殴りました。本来は、防御に使う技です」
「私にも、使えるのか?」
「原理自体は簡単なので。受けてもらえるのなら」
「……私の負けだな。納得がいった」
そういい、ニーナは勝気な瞳をレイフォンに向け、近寄ってきて微笑を浮かべながら手を差し出す
「これからよろしく頼む、レイフォン」
握り返したその手はとても力強く、柔らかく、そしてまっすぐに感じられた
新しい都市での生活が、ここから回り始める
後書き
ニーナフラグゲット。というかこれ以外に早期フラグは無理だと思う。
フェリ? 知らねぇよ。
ニーナの父ちゃんは強キャラ
流れの傭兵なシャーニッドの父ちゃんが原作レイフォン相手に善戦したのに、シュナイバルで古くから続く名門武芸者一家の当主が原作以下のレイフォンに善戦できぬわけがない。そんな感じ
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