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シンクロニシティ10

作者:ミジンコ
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第四章

  一週間後、石田は再び晴海に呼び出され、渋谷で待ち合わせて昼食をご馳走した。晴美は起きたばっかりだという。どんな生活をしているのか不思議に思い問いただすと、大学受験資格を得るため大学検定の勉強をしていると言う。
 晴美はよく食べよく喋った。若い女のエネルギーを感じた。石田は始終にこにこと話を聞いて、頷くばかりだった。父親という役割も演じるのではなく、自然に身に着いてきたようだ。娘とのデートは、憂鬱な現実を忘れさせる楽しい一時だった。
 渋谷駅で晴美と別れ、うきうきと幸福感に包まれて山手線に乗った。晴美は更正しつつある。母親とも素直に話せるようになったという。何が彼女を変えたのか。それは、新しい彼氏の存在が大きいようだ。
 話を聞いただけだが、彼氏の牛田洋介という青年に好感が持てた。しかし、どう考えても肉体関係があると思わせる台詞に、つい目くじらを立てたくなるのだが、今の子供にとってそれはごく当たり前のことだと思っているらしく、実にあっけらかんとしている。
 次に食事をする時は洋介を誘ってもよいかと聞かれたので、歓迎すると言っておいた。晴海の彼氏なら一度会ってみたいと思った。晴海が言うには、幸子も一度会わせただけだが妙に彼氏を気に入っていると言う。
 つくづく思うことだが、人は出会いによって人生が変わる。ふと、今日の新聞の記事が脳裏をかすめた。女子高の女教師が殺人教唆で逮捕されたとあった。浮気相手が自分の旦那を殺したのだ。教唆の事実を裏付ける証拠があったからこそ、警察は逮捕に踏み切ったのだろう。
 しかし、その証拠について、その記事には何も語ってはいない。いずにせよ、その男との出会がなければ、女教師も真っ当な人生を歩んだはずだ。たとえ、旦那とうまくいっていなくとも、罪人になるよりはましな人生だったはずである。
 ふとそこまで考えて、暗い思いに直面した。そうだ、妹もその男達に出会わなければ、真っ当な人生を歩んだに違いなかった。今頃は俺に似た手の掛かるやんちゃ坊主の母親に納まっていたかもしれない。
 そう、妹は、出会うべきでない男達にたまたま出会ってしまったのだ。妹の体から複数の男の精液が検出されたのだから。


 妹、和代の死体が発見されたのは新潟の柏崎の海岸だった。男達に暴行され、最後に首を絞められ殺害された。その苦悶の表情が石田の脳裏に焼き付いて離れない。和代はまだ16歳、高校2年の夏の出来事だった。
 あれから19年が過ぎようとしている。既に時効が成立して4年が経過していた。復讐の思いは虚しく朽ち果てようとしている。そこに和代の目元を受け継いだ晴美が現れた。抱きしめたいという衝動を漸く押さえた。和代が晴美のなかで生きている、そう思った。
 しかし、晴美は和代とは性格も容姿も全く別の人間だった。清楚で純朴な少女と艶やかで早熟な女の違いである。まして一番の違いは、和代は間違い無く処女だったが、晴美は既に男を知っている。濡れたピンクの唇がそう語っていた。

 妹、和代は友人三人と泊まったユースホステルを朝一人で散歩に出てそのまま失踪した。海岸を散歩する和代を新聞配達の少年が目撃している。しかしその後、警察の徹底した調査にもかかわらず、その行方は杳として知れなかった。
 和代の死体が発見されたのは、一ヶ月後のことだ。スリップ一枚で下着も着けず、その体は痣だらけだった。和代は暴行され、陵辱され、そしてぼろぼろになって捨てられたのだ。思い出すだけで、石田の体は怒りに震える。
 両親は事件解明の為、新潟に通いつめた。和代の写真入りのポスターを作り、目撃者捜しに奔走した。その両親も何の成果も得られないまま、高速道路で事故を起こして死んだ。全てが悪夢としか言い様がない。
 和代の味わった恐怖、怒り、悲しみ、絶望、想像するだけでも胸が張り裂けそうになる。当時、石田はその思いをサンドバッグにぶつけた。拳を思いきりサンドバッグに叩き付けることで、漸く心のバランスを保っていたのだ。
 石田は中野駅を降りると真っ直ぐに行き付けの飲み屋に向った。行き付けといっても、マスターに顔を覚えられ、親しく話しかけられるまでの話だ。話しかけられれば次ぎの店を捜す。
 じっくりと酒を飲む。それが目的なのだ。誰にも邪魔されたくはなかった。アルコールが脳神経を麻痺させるまで飲み続ける。ふらふらになって家に帰り、ベッドに直行する。何も考えずにすむように。
 ぼんやりと親父やお袋の顔を思いながら酒を飲む。家族旅行のことや、和代との口喧嘩のことなど、思い出しては懐かしむ。そして最後には妹の苦痛を思い、湧き起こる悔しさと悲しさを憎しみと怒りに変える。そうしなければならないと感じてきた。そうすることにより、必ず運命を引き寄せることが出来ると信じてきた。
 その運命とは男達と出会うことだ。会って復讐を遂げる。男達が許しを請う。石田は和代の写真を見せて泣き叫ぶ男達を次々と殺す。強い思いが現実を変える。強く念じることが男達との出会いを実現させてくれると信じていた。
 しかし、いくら念じてもそれは訪れない。何故なのだ。石田は何度もその不思議を体験してきた。日常で、仕事で、それは確かにあるのだ。深く強い思いが、現実を動かして、その思いを実現させるということが。
 一心に解決を望む心、或いは言葉を変えるなら、人の強い思いには、その強さゆえ何か不可思議な力が加えられ運を引き寄せる。それを信じてきた。だからこそ、復讐心を奮い立たせ、体を鍛えてきた。いつその男達に出会ってもいいように。
 そんな暗い思いが希薄になっていた時期がある。6年ほどだ。そうさせてくれたのは、二人目の妻、亜由美であり、愛娘、知美だった。その二人が忽然と姿を消し、代わって和代の姪にあたる晴美が現れた。石田は以前の復讐の思いに再び捕らわれ始めた。
 酔った思考がさ迷っている。亜由美、戻って来い。全て許す。何もかも、お前のとった行動の全てを許す。だから戻って来てほしい。お前を心から愛していた。知美を心から愛していた。俺はお前等がいなければ駄目になる。
 復讐に燃える心の片隅に残された微かな揺らぎ。荒んで行く心を引き止めてくれる二人の存在、その愛を求める思いが揺れていた。しかし、アルコールの力は更に脳神経を冒していった。亜由美から、晴美に、晴美から和代に強引にイメージを移し替えていった。
 憎悪が膨れ上がる。そろそろ席を立つ時が近付いている。その言葉を吐けば、そろそろなのだ。顔のない男達に対する復讐心が石田の心を占めていた。その言葉「殺してやる。いつか殺してやる」と、心の中で叫ぶ声が聞こえた。

 晴美は全身にシャワーを浴びながら、冷水が体の芯に残る違和感を拭い去ってくれるのをじっと待っていた。友人等に聞く女の喜びには程遠い自分のセックスにうんざりしながらも、体のどこかで熱く疼いているのが分かる。
 ベッドルームとバスルームはガラスで仕切られており、二回も行って満足したのか、洋介が放心したようにベッドで煙草をくゆらせているのが見える。洋介は立教大学2年生で富山の金持ちのぼんぼんである。付き合い出して二ヶ月になる。
 体も拭かずシャワールームから出ると、晴美はいきなりベッドに飛び込んだ。
「おいおい、シーツがびしょぬれになるじゃねえか。まったく晴美は子供みたいなところがあるから、参るよ。」
「だって子供だもん。体は大人だけど。」
「ほんと、体は大人そのものだ。高校生って聞いたときは俺も驚いたよ。一瞬やばいって思った。手が後に回るんじゃないかってさ。」
洋介はそう言うと晴美を後から抱きしめ、首筋に口付けをした。晴美はこそばゆいだけで感じるどころではない。首をかしげてそれから逃れようとした。石田が囁いた。
「大人の女はここが性感帯なんだぜ、まあ子供じゃあしょうがないか。」
晴美は振り向くと、両手で洋介の首を絞めながら叫んだ。
「うるさい、これでもだんだんでも良くなっているんだぞ。それより自分の下手なテクニックを反省しろ。」
二人はもつれながら互いを抱きしめた。そして、笑いながらベッドから転げおちた。晴美が上になった。尻の下で洋介の物がむずむずと大きくなって行くのが分かる。晴美は自分の下半身を押し付けてぬるぬると動かした。
晴美は体をずらせて、洋介から降りた。そして言った。
「今度は口で行かせてあげる。」
洋介は口をぽかんと開けて晴美を見ている。晴美は向きを変え、洋介と向かい合った。それを握ってぱくりと咥えた。そのまま見上げると、洋介は晴美を凝視している。まだ柔らかい。舌を動かすと、洋介はあーっと吐息を漏らし、その瞳は閉じられた。晴美は必死で舌を動かしながら、幸せを噛み締めていた。

 洋介とはまだ知り合ったばかりだが、今まで付き合った男達とは毛色が違っていた。誠実で、何よりも大人の雰囲気を漂わせている。実際、前の彼氏、ノボルは体が大きいだけで精神は子供のままだ。暴走族のリーダーで喧嘩が趣味のような男だった。
 一月前のことだ。洋介に寝取られたことを知ったノボルは、東長崎の洋介のアパートを襲った。晴美も一緒だった。僅かに開いたドアから覗いたノボルの憎悪に満ちた目が忘れられない。ドアチェーンが引き千切られた。
 洋介は一瞬ひるんだが、侵入しようとしたノボルを足で蹴って、ドアを戻すと鍵をかけた。身を翻し、押入れにしまい込んであった木製のバットを取ると、ドアの前に立ち身構えた。合板のドアが蹴られミシミシとひび割れて行く。洋介が振り返り叫んだ。
「警察だ、警察に電話しろ。」
晴美は震える指で電話をかけた。その間、ドアの鍵がキンという音と共に飛んでドアが内側に開かれた。ノボルが仁王立ちしていた。その手には金属バットが握られている。両脇からケンと佐々木が顔を覗かせている。洋介はバット構えたまま言った。
「入れるもんなら入ってみろ。」
 ノボルが三和土に踊り込み「この野郎」と叫びながら、バッドの先を洋介の顔目掛けて突いてきた。その瞬間、木製のバットが唸りをあげた。金属バットはキンという音と共にノボルの手から弾けるように放たれた。それは台所の壁にぶつかり晴美の足元に飛んで来た。晴美は「キャー」と小さく叫んだ。
その声に洋介が振りかえった瞬間、ノボルは洋介の腰にタックルをかけた。洋介は後ろに倒れ込みながら、左に払ったバットを引き戻し、両手で握り直すとノボルの喉仏を思いきり前に突き出しながら仰向けに倒れこんだ。
 ノボルは喉の痛みに堪え切れず、手を離し洋介の隣にうつ伏した。洋介はすぐさま立ちあがり、バットを構え直し、背後から迫っていたケンと佐々木を睨み付けた。そして唸るような声を発した。
「俺は中学高校と野球部の四番バッターだった。お前等、その手と足を一生使い物にならなくしてやろうか。えっ、どうする。」
二人は顔を見合わせた。晴美が叫んだ。
「もうすぐ警察が来るわ。あんた達、早く逃げて。」
二人はピクンと肩を震わせると、さっと身を翻した。ノボルが漸く起き上がり、洋介を睨むと、大きく肩で息をしながら声にならない声を発した。洋介はノボルが何を言ったのか、怪訝に思った。洋介を睨んだまま、ノボルがゆっくりと部屋を後にした。洋介は身じろぎもせず誰もいなくなった入り口を睨みつめている。
 静寂が訪れた。ハアハアという洋介の呼吸だけが響いている。バットを構えたまま、晴海に顔を向け聞いた。
「あいつ最後に何て言ってたんだ。」
晴美は思わず笑い出した。腹の底から笑った。洋介が怪訝そうに晴美の顔を覗き込む。晴海は可笑しくて可笑しくて笑いが止まらない。
「もう、バット、下ろしてもいいんじゃない。もう誰も襲って来ないよ。いつまでその格好しているつもり。バット振り上げたまま、何、考えているの。」
こう言ってまた笑い出した。
洋介は力を入れすぎて、体が、がちがちに固まっているのを意識した。次ぎの瞬間、急に力が抜けて、腰から崩れ落ち床に座り込んだ。晴美は笑いを堪えながら、言った。
「ノボルは、覚えておけって言ったんだと思うわ。」
晴美は、ふーと安堵の息を吐く洋介に抱き付いた。しばらくして、洋介が困惑顔で言った。
「おい、晴美、俺の指を解いてくれないか。バットを放そうにも、指が固まっちまって動かん。」

 鏡に晴美のスリムな肢体が映っている。洋介は鏡の中のその横顔を見つめた。晴海は彼の胸で静かな寝息をたてている。いや、本当は眠ってなどいない。晴美が求めていたもの、静寂と安らぎがそこにある。
「お父さんに会ってどうだった。」
洋介が晴美の肩を抱きながら囁いた。晴海は厚い胸板に頬を押し付けて、こっくんこっくんという血流の音を聞いていた。晴美は少し考えて、ゆっくりと言葉を選んだ。
「不思議なんだけど、仁の記憶、つまり本当のお父さんの記憶は、恐ろしい顔から始まっているの。中野の家や仁のお友達の記憶はあるのに、仁のは鬼のような形相で睨んで、私を蹴った記憶しか残ってないの。」
洋介は押し黙ったまま、晴美の肩を引き寄せた。晴美は悲しみの原点を見詰めている。恐らくそれがトラウマになって少女の心を歪ませたのだろう。またぽつりと晴美が言った。
「ママに言わせると、蹴ったわけじゃないって、脚にしがみ付いた私を振り払っただけだって言ってた。確かに、今日も話してみて子供を足蹴にするような人じゃないてことは分かったけど…。」
晴美ははにかむように微笑んだ。
「それにママの方が誤解を受けるようなことをしたんだから。それに…」
晴美は言葉を飲み込んだ。かつて、落ちるところまで落ちてしまった自分がいた。そんな自分を正当化しようと、憎しみを自ら増殖させた。すべてが不幸な生い立ちのせいだと自分にいい訳するために。子供じみた過去の自分に溜息をつき話題を変えた。
「でも、もう、いいの、仁のことは。それより許せないのはパパよ。パパは妹が生まれて人が変わったわ。それまでは連れ子の私を可愛がってくれてたの。でも、小学6年の時、本当の子供が出来たら急に態度がおかしくなった。変わっちゃったのよ。」
洋介は神妙な顔で頷いた。
「そんなものなのかなあ。まだ子供持ったことないから分からないけど。」
「絶対そうよ。子供なんて血の繋がりがあるから可愛いのよ。ママに追い出されてから、何回か家に来たことあるけど、妹のことは可愛いみたい。目で分かるもの。いとおしいって目をして見ているわ。」
「しかし、いったい誰なんだろう。仁さんにその写真を送った人は。」
晴美が意味ありげに微笑んだ。
「分からないわ、そんなこと。でも、写真の相手が、つまりママの昔の恋人のマコト君が、誰かに撮らせて仁に送り付けたとしたら、その後にマコト君のママに対するアプローチがあってしかるべきだわ。だけど、何の連絡もなかったって。」
「お母さんは仁さんと分かれて1年後に見合で結婚したって言ったよね。」
「そう、前に駒込の叔母さんのこと言ったでしょ。その旦那の甥っ子がパパ。優しそうで、私を可愛がってくれそうだったから、決めたって言ってた。」
「しかし、その直後に、お母さんの福岡の実父と義兄、二人とも一緒に自動車事故で死んで、莫大な遺産が転がり込んでくるなんて不思議といえば不思議だよな。それで君の親父さんは、次ぎから次ぎに事業を起こしては失敗し、その財産を食いつぶした。」
「ええ、昔からやってる仕事以外に、別の事業を思い付くままに起しては潰していたみたい。でも遺産を相続したのは結婚の後だから写真のこととは関係ないと思うけど。」 
「いや、そうとも言えない。写真を使って仁さんと分かれさせる。そして自分の親戚と結婚させ、そして…」
「そして…?」
晴美は目をきらりと輝かせて続けた。
「つまり、駒込の叔母さん、或いは叔父さんが、…」
「いや可能性だ。一つの可能性を言っているだけだ。」
こう言いながら、洋介は肌が粟立つのを感じた。晴海の叔母或いは叔父が自動車事故を仕組んで姪に遺産を相続させた。そんな馬鹿な。
「何考え込んでいるの。」
洋介が顔を上げると、晴美がにこにこしながら顔を覗き込んでいる。
「いや、何でもない。」
「何考えていたか分かるわ。いいと思うわ、その推論。駒込の叔母か叔父が黒幕ってことでしょう。でも、パパが独自に仕組んだ可能性だってあるわ。」
「ああ、確かに。でも、叔母さんが二人を、つまり高校時代の恋人二人を会わせたわけだろう。君を預かってまで。ってことは二人の写真を撮ることが出来たってことだ。」
「やっぱりその結論に行き付くしかないわよね。」
「ああ、それしかない。最後まで仁さんとの結婚に反対していたのはその叔母さんだ。仁さんと別れさせる絶好のチャンスだった。」
晴美が真剣な眼差しを向けてくる。
「そして思惑通りに仁さんは動いた。」
「ええ、ママはキスなんかしていないって言ってた。抱きしめられそうになって、それを拒絶したんですって。」
「遺産相続後、親父さんは何の商売を始めたの。」
「バブル時代に不動産を買いあさって失敗したって言っているけど、具体的には何も知らない。いつの間にか、財産がなくなってしまったみたい。確信はないけど、叔母も甘い汁を吸っていたと思う。だってすっごく強欲だもの。あの頃、しょっちゅうパパに電話してきていたわ。最近は、ママとは絶縁状態。」
「つまり、晴美も財産を吸い上げたのは叔母さんかもしれないって思っているわけだ。」
「ええ、そうとしか思えない。だってパパは馬鹿じゃないもの。前からやっている事業はそのまま順調みたいなの。なのに、新たな事業だけが全部駄目になってしまうなんて考えられる?」
「よし、調べてみるか。親父さんの会社って何を扱っているの?」
「メインは大理石の輸入加工販売だけど、他にも何かやっているみたい。でも、詳しくはしらない。興味ないし。」
「でも、本当に全部使っちゃったの、君の親父さん。それを許していた君のママもちょっと考えられないな。」
「ママはそういう人なの。降って沸いたような財産だったから実感がなかったみたい。まして、人を疑うことを知らないし、欲ってものがないの。残ったのは株券だけだって。でも、その中でかなり急成長している会社があって、その配当がすごいらしいの。パパが離婚届に判を押さないのはそれを狙っているからじゃないかしら。」
「その辺は分からない。でも間違いなく女がいると思う。その証拠を掴めばすぐ離婚出来るんじゃないの。」
「それが、だめみたい。尻尾を掴ませないんだって。私立探偵雇ったけど、それらしい人がいないのよ。不思議なんだけど。」
「ふーん、手始めに親父さんが借りているマンションでも張ってみるか。」
「わー、かっこいい。何だかわくわくしてくる。兎に角、駒込の叔母さんっていうのも、パパもどっか変なのよ。暗くって、何考えているのか分からないって感じ。ママと結婚するまで猫を被っていたんでしょうけどね。」
洋介は退屈な大学生活に辟易していた。何かわくわくするものが欲しかった。目的が欲しかったのだ。もし、野球を続けていればこんな気持ちにはならなかっただろう。しかし、今さら野球でもない。
 可愛い恋人に手を貸してやるのも悪くはないと思ったのだ。人のプライバシーを覗くのも一興だった。女がいないはずがないと思った。証拠を掴んで、晴美とその母親を喜ばせてあげたかったのだ。
 
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