ソードアート・オンライン〜Another story〜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SAO編
第15話 銀髪の彼の素顔
レイナの今の心境、それはビックリ仰天。正に、その言葉が相応しいだろう。今目の前のレイナの表情を見れば、よりいっそうそう思うだろう。だが、リュウキにとっては別の話、二の次以上に関係ない。
「……うるさいぞ」
そう、至近距離でのレイナの声が。……いや、大声(咆哮?)を聞いたのだから。だが、リュウキは 何とか、そんな(大声を出す)気配を察知したから 素早く耳を塞ぐ事が出来ていた。……のだが、それでも流石に全てをシャット出来る筈も無く、やはり耳には響いてきたようだ。
「ご……ごめんなさい! でも……そんなの聞いちゃったら……、つい」
レイナが言う《そんなの》……と言うのは勿論この世界の宿事情の事だろう。叫び声、大声を上げる前の会話、最後の会話の内容がそれだったから。
確かに、初心者であるレイナが、それを知らないのは仕方ない事だ、とリュウキは納得し更に続けた。
「………確かに、知らないのは仕方ない。だが、本当の事だ。知っておいた方が良い。慣れない内は、宿事情でも精神的にも休息になるからな。……現にオレが寝泊りしている部屋は結構使い勝手が良い。飲料系のアイテムでは、《お茶》《ミルク》《ハーブティ》等が飲み放題。寝室のベッドは広めの質感も良い。……NPCの人たちも、良い感じの人だ 心穏やかにさせてくれる。それなりに自分で集めなければならない《キッチン》もある。それに、まぁゲーム世界ではあまり使わないモノだが、一応《風呂》だってついていt「ええっっ!!」ッ!!」
その瞬間だった。
――……本日リュウキが、最も驚いた事が起きたのだ。
BOSSの部屋に到達した、と言う事実を訊いた時より、キリトと再会を果たした時より……、何よりも一番。
リュウキとレイナとの距離はまだいくらかあった。そこまで密着していた訳ではないからだ。
だが、……レイナに一瞬で、間合いを詰められたのだ。
驚いたのは、その速度。……目を見張る程の速度だった。
『宿事情についてを説明をしていて油断していたたから』が要因かもしれないが、それを言い訳には、リュウキはしたくない。
それに単純な話、生半可な速度だったら、目を見張る様な事無いからだ。第1層で出会ったどのモンスターよりも、どんな俊敏なモンスターよりも早いのだから。
比喩するとすれば、《閃光》の様な速度。
「今の話、……ほんとのほんと!?」
レイナの目は、まるで獲物を狙い定めているような、間合いを計っているかの様な、そんな感じだ。
(……実は素人に見えて相当な手練れでは無いか?)
リュウキがそう思っても仕方が無い程の威圧を感じた。……が、訊かれたから 無視をする訳にもいかないだろう。
「あ……ああ。間違いなく本当だ……。その《本当》と言うのが どの部分の事をさしているのかは、わからないがな。今オレが説明した言葉に、嘘偽りは無い。全て本当の事だ」
レイナのその姿に、リュウキは、再び僅かにだが動揺してしまった。
そして、対照的にリュウキのその言葉を聞いてレイナは、心躍るようだった。
彼女が思っているこの世界で唯一本物だと思えるのは《睡眠》。彼女はそう考えていた。これは厳密的に言えば、彼女と共にいた……ひとの影響もあるのだろう。そのひとの事が大好き、だったし、信頼していたし、その言葉は間違いないとも思っていたから。
なぜなら、SAO。この世界は何もかもが幻想。
五感の感触の全てが幻想。即ち、《歩く》《走る》《話す》《食べる》。そして、《戦い》だってそうだ。
それらの動作は、SAOを動かすサーバーが演算したデジタルコードに過ぎない。現に、現実の自分の体はピクリとも動かないのだから。動いているのは、生命を維持させる鼓動のみだ。
だけど、そんな偽り、幻想の世界でも《睡眠》だけは違う。
このデジタルの世界は脳を使っている。……そんなゲームをする以上は、脳を休める、と言う意味でも必要不可欠なものだろう。
だからこそ、睡眠くらいは、……せめて 安心して眠れる宿屋でくらいは熟睡したいと考えていた。
だけど……、その実、そうも言ってられない。
レイナの信頼している大好きな人。その人とあの時ナーヴギアをセットしてしまったから。
そう、この悪夢のゲーム、《SAO》に誘ったのはレイナからだった。
その人は、毎日頑張ってるから、少しでも、少しでも……息抜きをしてもらいたかったとレイナは思っていたんだ。発売前からの評判は過去にない程であり、様々なメディアが取り上げていたこのSAO。レイナは、それを見た。そして周囲の友人からも、とても面白いって聞いていたのだ。
だから、こんな事になってしまったんだ。
までの夜一緒に眠る時、レイナ自身は その大好きな人よりは少し長くは寝てられるけれど……、それでも、その時の後悔で飛び起きるように目が覚めてしまう。
目が覚めて、最初に視界に入ってくるのは先に目が覚めていた人の姿だった。
それは、ある日の夜。2人部屋に泊まっていた時の事だ。
安心さしてくれるようにしてくれてたけど、レイナはそれもとても辛かった。
だって、自分のせいなんだから、と言う自責の念が彼女の心を強く締め付けていたから。
だから……、レイナはせめて、『役に立とう。その人の為なら何でもしよう』……そう思って、頑張って付いていった。
そして……事件が起きた。
(………私はあの時……に、でも、今はその事は)
レイナは首を振った。思い出を、過去の苦悩を思い返している暇はない。……だって、時間はもう元に戻らないのだから。戻れるのなら、この世界に来る前の自分に戻りたいから。
(っ……。今はその話とは違うよね。 ……私は、やっぱり私だって、女の子だから……。 せめて、泊るところにはたとえ仮想世界だったとしても……シャワーくらい部屋につけて欲しいって凄く思ってた。 そう、それが例え虚像でも、幻想のシャワーだったとしても、良いから。 あの暖かなお湯が頭から降り注いで………、全身をつつんでくれるあの感じに、そして、湯船に入ったお湯に入り込んで、そして、湯船の中で……思い切り手足を伸ばしたい。心ゆくまで 堪能したい)
それはきっと、大好きな人だって 同じだってレイナは思えていた。
『死ぬ前に……お風呂入りたい……』
……と、訊いた事があるから。
レイナ自身も死の覚悟は出来ている、だけど、そんな言葉は聞きたくなかったんだ。
何故なら、死んで欲しくないから。そんな言葉も聞きたくなかったから。……でも、聞きたく無い言葉でも、その中身は、そのお風呂に入りたい。と言う気持ちは激しく同意した。
そんなレイナの切なる願い。2人の願い。
それを、叶えてくれる救世主と出会う事が出来た。奇跡だって思える。
その奇跡は目の前の白銀のフードをかぶった 片手剣士の言葉の中に合った。
「…………お願い。もう一度教えて」
その表情は鬼気迫る。その言葉がしっくり当てはまる。警戒心を強めつつ、リュウキは応える。レイナは一言一句逃すまい、と構えていた。
「………多種類の飲み物無料の事か?」
「そのあと」
「ん、ベッドも広め、それにキッチン付き……か?」
「そのあと……。」
「ん、風呂付きか?」
「それだっ!!」
レイナは、最後の言葉を訊いたと同時に、探偵漫画よろしく。と言った感じで ビシッ! っと人差し指を突きつけた。そして、興奮止まぬ様子で。
「あっ、あなたのお部屋! その、いくらなの? 1泊の料金を教えてっ!」
「ん……。確か85コル………だったな」
リュウキは少し考えてそう説明した。金額を聞いてレイナは自分の財布事情を思い出す。確かにこれまでの宿屋よりは若干だが高い。それでも……。
(―――……間違いなくいける!)
レイナは小さくガッツポーズをした。2人部屋を考えたら 安いから。
「ねっ! その部屋! 後、何部屋空いているの!? その、この街にあるの?? 場所は何処? お願いっ! 私も借りたいからそこ案内してっ! お願いっ!!」
早口のままにリュウキに詰め寄って、根掘り葉掘り訊いていた。。
慌てて訊きつつも、レイナはこの時、別の事も同時進行で考えていてた。
(――……この話を気に、関係が前に。……元に、戻ってくれたら、良いな。……きっと、聞いたら凄く喜ぶと思うから)
そうも思っていたのだ。だけど、その想いは音を立てて崩れ落ちてしまう。
「ああ。成る程な。 ……教えるのは全く問題ない……が悪い。オレが泊まっているその部屋は、一軒家 丸ごと借りているから空き部屋なんてものは無い。 それにこの手の宿は、もう結構出払っているから、他の物件も厳しいと思う。オレが利用し始めた当初でさえ、少なくなっていたから」
「えっ………」
その言葉を訊いて、レイナの表情は固まってしまっていた。
音を立てて崩れてゆく。……リュウキのその言葉は天国から一気に地獄へと突き落とされたような気分だった。そして、擬音をつけるとすれば。“がーん……がーん……がぁぁーーーん……”と、言った具合だろう。でも、それでも 膝から崩れ落ちそうになるのを必死にレイナは踏ん張った。
「その……そのお部屋………」
レイナは……口ごもりながらだが、凄く必死に何かを話そうとしていた。
そんなレイナの姿を見て、リュウキはその言葉を聞く以前に大体の察しは着いた。曰く女性と言うものは、そう言うものなんだろう。
だが、それに関しては、リュウキ自身には 本当に難解。今までよく判ってなかった事だから。
仕事柄、少しなら女性と接することがある。そして、彼の親に。《爺や》から教わった、と言う事もある。
紳士の嗜みだという名目でだ。今まで沢山の事を教えてくれたのだが、はっきり言って、一番理解しがたい項目だった。何よりリュウキは、興味が無かった、と言う事も理解しがたい理由として、大きいだろう。
でも、信頼をしている人の話であり、 頭の上がらないたった1人の家族からの話しだから。親からの言葉なんだから、聞かなきゃと思ってリュウキは聞いて、覚えているのだ。
幾ら覚えている、としても……ちゃんと理解は出来ていなかったけれど。
だから、とりあえず説明をしよう。彼女が聞こうとしている事の答えを。
恐らく部屋を代わってほしいと言う願いについてを。
「……オレは、もう、その部屋を1ヶ月近く利用している。……確かに、快適な環境だと思えるが、必需か? と言えばそれ程でもない。だから 譲って上げる事に関してはまるで問題はない事、……だが、 仮部屋システムの最大日数……10日分の料金を、今日ここに来る前に払ってしまったんだ。……それに一度課金したらキャンセルは不可能。そんなシステムが無いみたいだからな」
「あ……、ううっ………」
レイナは再び膝から崩れ落ちそうになる。身体がふらついてしまっている。
希望が足元から崩れるように、だ。
今から他の場所を探そうか……とも考えていたが、彼が、リュウキが、無理だと言う以上、恐らくもうその条件の良い物件は、すべて埋っている事は間違いないって思える。
ここは、迷宮区にもっとも近い街であり 十数人単位で詰め掛けている。……現にあの噴水前広場にでさえ、攻略会議の際に40人近くいた。BOSS攻略に参戦する人数だけでだ。
あれで全員だとは思えない。
それ以外の方法を考えれば、別の街へと引き返す。と言うのも手段の1つだと思えるが、この街周辺は1層の中でのフィールドで難易度が一番高い。
万全の準備をして、最速で踏破したとしても、出来たとしても、空いていると言う根拠は無いし 何より、前の街に、戻ってしまえば もう BOSS攻略の時間。明日のAM10:00に、この場所へは絶対に戻れそうに無い。
―――それに約束を反故にすることだ。
レイナはそんな事は絶対にしたくない。何故なら、そんな人の背中をずっと見てきたから。
だ、とすると。もう結論はやっぱり1つしかない。
たった1つの最終手段でしか無い。
それは現実なら絶対に有り得ない頼みだ。それこそ天地がひっくり返ろうとも有り得ない頼み。
でも……ここは言うようにデジタルの世界だ。現実感のない世界。多少の事は、ぐっ と堪えてでも、とレイナはそう思った。
覚悟を決めたレイナは、恐らくは無意識下で相当力を入れているのだろう、僅かながらに身体を震えながら頭を下げた。
「お願いします……。その、あ、あなたの お、お風呂を、貸してもらえません……か………」
それは、随分時間が掛かった願いだった。所要時間1,2分程だが、かなり長く感じた。そしてその言葉から、表情から 必死さは犇々と伝わってくる。
パーティ申請をしていれば、宿泊施設のドアは解除可能だ。勿論デフォルト設定では、だが。基本的に、昨日今日の関係で 安住の地に他人を入れるのには抵抗がある様なモノだが リュウキにとっては、別に問題は無かった。何よりも、彼女は悪い人間には見えない。……思えないから。
「別に問題は無い。他のプレイヤーをいれるな、と言う制限は無い。パーティ申請を完了させていれば、デフォ設定にしてるから利用出来るしな」
だからこそ リュウキの方はあっさりとOKを出した。レイナが葛藤していた時間よりも何倍モノ速さで。
が、ここでレイナの方に問題が、猜疑心が生まれてしまう。……そのあまりの返答の速さにだ。
レイナは 逆に不審に思ってしまったようだ。
(……仮にも、幾らゲームの世界でも、女の子が、お風呂……頼んでる、んだよ? なのに、どうしてこんなフツウに……なの?)
疑問に思っていたのはその部分。
目の前のこの人はフードもかぶって、素顔も晒してない。
確かにそれはお互い様だが、何も知らない人の頼みをあっさり聞いてくれるところを見ると悪い人じゃないのはレイナにも判る。何よりあの会議で見た姿勢だってそうだ。真っ直ぐな人で、間違った事はしない人だと感じたし、悩みを打ち明け、訊いてくれた人、だから。
「その……ありがとう」
レイナは、まだ疑問が解消された訳ではないし、ギコちなさが残っていたが、頭を下げ、リュウキに礼を言っていた。彼女にとって、お風呂と言うのは、そんな疑問も不安も全て吹き飛ばす程の高威力を秘めた代物だから。
リュウキは軽く会釈をしつつ、街のある場所を指さした。
そして、更にその数分後。その《夢》の場所へとレイナは案内をしてもらった。
リュウキが利用している場所と言うのは、ここ、トールバーナの南東の隅にあった。
余程情報に精通していなければ、発見は難しいとさえ思える場所。街の建物の全てが利用できる訳ではないから。
その宿泊施設に関しての印象。……庭もとても綺麗で、庭園には小さな池がそこにはあり、鮮やかな錦鯉が泳いでいた。視覚的安らぎも与えてくれる。そう思える程だ。
そして、その宿に入ると老夫婦が笑顔で迎え出てくれた。それも彼が言うとおりだった。優しい笑顔だったから。
「どうぞ」
リュウキは、NPCに軽く返事を返すと、そのまま部屋へ招待した。
別に自宅と言うわけじゃないから、そう言うのもおかしいような気もする、と一瞬リュウキは思ったけれど、まあ特に気にする事もないだろうと思い、一足先に中へと入っていく。
「あ……ありがとう」
レイナは 幾ら《お風呂》と言う名の弾丸。射程外からの強弾装を受けた身だったが、改めて目的地へときたら、再び不安感が湧きでた。
(……やっぱり、少し不安かも……。私は、このまま彼について行っても、大丈夫なのかな……?)
いやにあっさりしているのだ。
この世界で、襲われる様な、そんな事は無い、って多分だが思える。訊いた話によれば、ハラスメント・コードと言うモノがあり、何かをされようものなら、即《はじまりの街》の《黒鉄宮》、監獄エリアへと送る事ができるから。
でも、それでも そんな事をする経験はこれまでには無かった事だし、いざ なったとして、冷静に対処できる自信も無いんだ。
そんな感じで、レイナは夢に向かう期待と本当に付いて行っても良いのか? と言う葛藤が頭の中で、入り混じっていた。
そして、もう1つ思うのは、『実は慣れているのではないか……?』っと思ってしまった事。
そう、所謂 女の人を部屋へ連れ込んだりしている。それに慣れていると言う事だ。つまり女ったらしじゃないか? と言う事。
一度そう思う出すと、どんどん悪い方向へと向かってしまうのも仕方が無いと思ってしまう。女の子だから、尚更。
だけど、そんな多数の想いも、レイナは彼の部屋を見て一気に弾け飛び、跡形も無く霧散してしまう。
「なっ……! ひ……広いっ!? な……なんで?? 私……、の今までの部屋……、この場所の十分の一くらい? いや……もっと狭い……かも? なのに、たった35コル差なのっ? や、安すぎるよ……? 何か……裏がありそう……」
レイナは軽くパニックに陥ってしまっていた。あまりにもかけ離れすぎているからだ。レイナのそんな姿を見たリュウキは。
「……少し落ち着け、ここは一応ゲームの中。現実じゃないし 裏も無い。ただ、オレは見つけるのが上手いだけだ。こう言った物件も重要だ。覚えておくと言い」
そう言い 部屋に備え付けられている、ソファーにゆっくりと腰掛けた。
そして、お目当ての場所を指をさし、案内を。と思ったが、最早 説明するまでもない、と結論した。
レイナは、疑いの眼差しを部屋に向けていた時。リュウキが落ち着かせる話をしている時、ある場所に釘付けになっているのだから。
その場所とは勿論《Bathroom》のプレートが下がったフロアへの入口。
現実なら、そんなプレートかかってなんかいないだろう。少なくとも自宅には立てかけていない。
その風変わりな書体のアルファベットが……レイナには魔術的な引力を放っているように思えた。まるで、引き込まれるのだ。身体が引っ張られてしまうのを、まさに今、感じていた。
リュウキは、軽くため息を吐くと。
「……そんなに物欲しそうに見なくても、時間内に入らないといけないと言う制約は無いし、風呂が逃げたりもしない。消えたりしない。……好きに使うといい。脱衣所に必要最低限のものはある。アイコンに振ればメニューが出る。その辺は他の施設と同じだ」
説明しても ずっと視線を外そうとしないレイナにそう言った。このまま、おあずけ状態にして放っておくと、暴走しそうだとも思えていた。腹を空かせた、猛獣の前に生肉を置き、お預け状態にしている印象だから。
「あ……う、うん」
何とか、それでも何とかレイナは反応する事が出来た様だ。それを訊いたリュウキは 装備ウィンドウを開き、武装解除をした。
この場所、いや 基本的に街中は圏内。危害を加えられる事態はないから。だから、リュウキはフードも解除した。
このフードは視界が悪くなるデメリットが大きい装備。主に気配を悟られなくさせる、隠蔽スキルが上昇する、と言う利点程度しかない装備。
だが、それでもこれを外す場所はこういう場所で、と固くリュウキの中では決めていたのだ。
確かに、この場所にはレイナがいるが、特に問題ないだろう、と判断した。初心者だから、知らないだろう。と言う予測も、ある程度立てていた。
このフードを利用しだした時、視界も極端に悪くなってしまっていて、慣れるまでに時間が掛かった。と言うか、流石に、部屋の中でまで、いつまでもつけているのは鬱陶しいからと言う理由が一番だろう。
室内では、幾らリュウキでも、リラックスしたいのだ。
「ふぅ……」
フードが消失し、今まで押えつけられていた彼の髪が、ふわりと靡く。それを確認した所で、リュウキは軽く左右に頭をふり、そして 簡単に髪を整えた。現実と違って寝癖の様なモノは付かないのだが、もう習慣と同じだ。
「えッ……!」
バスルームに釘付けになっていたレイナだったが……、その姿を見て、リュウキの顔を見て 驚いた。お風呂以上の事は、もうこの世界には無い! と言う根拠の無い結論まで頭の中で展開していたのに、それを早速覆す様な事態に思わず息を飲んでいた。
リュウキの。……彼の顔立ちは物凄く整っている。目を瞑っている姿、髪を直す仕草、その全てが絵になる。
靡くのは、とても綺麗な銀色の髪だ。
顔は悪く言えば童顔だと取られるだろう。でもそれ以上に美少年、という言葉がしっくりきた。言動を考えても、実年齢が低いとも思えない。
レイナは同時にある事を思い出した。
笑いながら本人が情報を教えてくれた情報。リュウキが多分レイナは知らないだろう、と勝手に思っていた情報。
それは、鼠のアルゴの情報 《銀髪の勇者》だ。
そう、キリトにリュウキが苦言をしていた情報と同じ話。
あの時は、キリトの《後ろにいた人》に凄く集中していたから、全くその会話は頭に入っていなかったようだ。
だから、その話の中心人物が目の前にいる、と言う事実を悟り、正直、お風呂並に驚いていた。
そして、更に思う。
(こんな子が……慣れているの? 女の子に? その扱い方とかに? 普段から遊んでるの? 年頃の男の子達見たいに? こんな彼が?)
レイナは、それらが頭に流れた後、直ぐに出てきた言葉が『ありえない』、そして何よりも 『あってほしくない』だった。
アバターの感じが色濃く出ている仮想世界の素顔だが、それでも 所謂チャラい男。と言う印象は無いんだ。どちらかといえば、真面目っぽい印象も無い。
(こ、こんな人が……? そんなのあってほしく無いよ……)
「……? どうかしたのか?」
髪を鋤いていたリュウキは、驚き固まっていたレイナを見て首を傾げた。レイナの驚きように理解しきれなかったからだ。風呂の1件もあるから、別に驚く様な事は無いけれど。
「いっ……いやっ! なんでもないよ? あっ おっ…お風呂っ かりますッ!」
レイナはドタバタとさせながら、素早く扉を開け、バスルーム中へと消えていった。
「………やれやれ、本当に忙しい奴だな」
リュウキは 言葉の中にもある通り、『やれやれ』……と、ため息を吐いていた。
レイナはと言うと、思わず逃げるようにして、入ってしまった。
本当にビックリしたようだ。お風呂の事を合わせたとしても、それに負けないくらいに。
リュウキのあのフードの中に、あんな素顔があった事に。
(可愛い……とカッコいい……とても贅沢な……組み合わせじゃ……)
頭の中で、さっきの映像を思い出し、流していたレイナ。直ぐに正気に戻り。
「わ……わたし何考えて……っ! あっっ……!」
レイナは、頭をぶんぶんと振った。……そして、その後は、中の目の前に広がる空間を見て目を奪われた。
今日はいったい何度目になるだろうか? また、驚いてしまい、固まっていた。明日は顔が筋肉痛になってしまうのではないか? と思う程。
彼女の目の前に広がる空間。
それを見てしまったら、さっき考えていた事もすっかりと忘れ去っていった。
確かにリュウキの素顔も負けないくらいの驚き、だが 今は彼はいない。今あるのは、目の前の空間のみだから、そちらに全神経が集中したのだ。
「すごっ………い。なに……これ……?」
レイナは、思わず小さな声を発してしまった。この部屋だって相当に広い。北側の半分は脱衣スペース。床には分厚いカーペットが敷かれて壁に無垢材の棚が作りつけられていた。そして、南側半分は石を磨いたタイル敷き。面積の大部分を船のような形の白いバスタブが占領していた。
そして、滝の様にお湯が上から落ちてきている。
シャワーが無くても良いほどの水量で、流れ落ちた先は湯船。常に満水にお湯も張っている。そして、湯船に溜まったお湯はオーバーフローして、湯は排水溝へと流れていっていた。
ここは、中世ヨーロッパをモチーフにした荘園屋敷。
そこに、こんな大掛かりな給湯設備? と一瞬思ったが、……そんな事チクチク言うつもりレイナにはまるで無かった。
レイナは限りなく速いスピードで、《装備フィギュア》の武器防具全解除ボタンを押した。
先ほどリュウキがした操作の1つである。今の今までかぶっていたフード付きケープ、そして胸を覆う鎧、両手の長手袋と両足のブーツ。そして、腰の武器。大好きな人と真似をした、細剣が一気に消滅した。
そのフードの中は栗色のショートヘアが露になる。そして、残ったのは七分袖のウールカットソーとタイト皮製ロングパンツだけだ。そうすると、さっきまでのボタンが、≪衣類全解除≫に変わっているので、それを押す。すると、今度は上着とパンツが消滅。
簡素な綿の下着二枚が僅かに残存する。
「ふう……。まあ……大丈夫だとは思うんだけど……」
レイナは、一瞬だけ扉の方を見た。
鍵をかける様な事は出来そうに無い……けど どうやら覗かれているような気配はない。
索敵のスキルも少しは上げているから、もしも覗いているのなら感じ取る事が出来る、と思う。
だから、問題ないと思っていた。
「そう……だよね。あんな可愛い子が……ううんっ!」
レイナは首を振った。リュウキの事を信じている、と言うよりは、早く心ゆくまで堪能したいと言う欲求が優っていた様だ。
そして、更に変化した≪下着全解除≫ボタンを押す。
それらの操作でアバターである自身の体は完全な無装備状態になり、仮想の冷感が肌を冷やりと撫でていた。そして、直ぐに風呂の方へと入っていく。
湯舟に、まずは左足から付ける。ゆっくり、ゆっくりと……。
「ッ……ああ……、ああっ………!」
足の指先をつけたところから、感覚信号が頭へ脳内へと直撃したような気がした。
そして、上から絶え間なく落ちてくる滝の湯に頭をあてる。全身満遍なく温まったところで。
“どばしゃーーーん!”と水音を立てながら湯の中へと一気に全身を浸からせた。
「う、あぁぁ………」
レイナは、自分の声とは思えない。まるで、悶えているような声を思わず出してしまっていた。
こんなの、声を堪えることなんて、絶対に出来ないと心底感じた。
確かに、ナーヴギアと水分の相性もあるのだろうか。現実と違ってお風呂そのものを再現なんて出来ているわけじゃない。だけど、所謂『入浴している感覚』が脳へと送り込まれているのだろう。
そして、何よりも、眼を閉じて……手足を伸ばしてみると些細な違いなんて、なんとでもない。
これは、ずっとずっと入りたくて入りたくて……たまらなかったモノ。そして、叶ったのがこんな超高級のお風呂。
そう、まるで宝くじが当たる確立だって思える。
(こんな所で手足を伸ばせるなんて……、本当に……夢のよう。―――ああ……《おねえちゃん》じゃないけど……私も思い残す事ないかも……)
湯舟の中に頭まで浸からせながら、レイナはそう思ってしまっていた。身体を完全に沈めるレイナ。
彼女はこの数日、凄く辛かったのだ。今までに合った大好きな人、とは彼女の。……レイナの姉だった。
その姉とある日 別れてしまい、危ない道も何度もわたり。無茶もして。それでも、レイナも貴重な時間が失われて行くのも嫌だった。
でも、常に失われていく貴重な時間だけど、1つだけ思うところがある。
このお風呂を利用している時間だってそうだし、食べ物だってそう。
現実の世界でこれ程までにもの恋しくするだろうか……?と。
これだって、ありふれた毎日のお風呂だ。それでも、恋しくて仕方が無い仮想世界のお風呂だった。
こうなったら判らない。
――……いったい、今の私にとってどちらが現実なんだろう?
その疑問の答えは、わからないし 答えなんか出ない。 だけど、とても大切な事だとレイナは息を詰めていた。
「このお風呂……お姉ちゃんにも……教えてあげたい。……でも」
レイナは今はとても天国気分だけど、それでも、大好きな姉がいない今の状況はとても寂しい。この気持ちで姉と一緒だったらどんなに嬉しかった事か。
「ううん……明日……明日話してみよう……。もう……10日以上話をしてない……けど」
レイナは不安はあるが、リュウキが言っていた言葉を思い出していた。
――……心を決めておこう。
そう、改めて心に刻みつけたのだった。
ページ上へ戻る