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利口な女狐の話

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第三幕その七


第三幕その七

「それはね」
「それはなんですか」
「お互い長い付き合いになるとそんなものは贈らなくなるさ」
 そうだというのである。
「全くね」
「全くって」
「わしだって昔は」
 そして自分のことも言う彼だった。
「随分と贈り物をしたよ」
「奥さんにですね」
「そうさ。けれど今はもうしなくなったよ」
 ここで無意識のうちに寂しい微笑を浮かべてしまった。
「もうね」
「そうなんですか。何か私には」
 管理人の話をここまで聞いて応える牧師だった。
「わからない話ですね」
「結婚して随分経てばわかるよ」
 これが管理人の牧師への返答だった。楽しい中にも寂しいものがあった。
 それから随分と経ってからのことだ。管理人はこの日も森の中に入っていた。そうしてそのうえで切り株の上に腰掛けてそれで休んでいた。
「何かあの人もね」
「そうだね」
「歳を取ったね」
 森の動物達はその彼を見ながらひそひそと話す。
「随分とね」
「僕達もそうだけれど」
「死んだ人もいるしね」
「確かにね」
 そんな話をしながら彼を見ている。その彼が言うのだった。38
「歳を取るとなあ」
 首を捻りながらの言葉であった。
「何か愛情とかそういうものがなくなっていくものかな」
「寂しいこと言うなあ」
「全く」
 動物達も鳥達も虫達もその言葉を聞いてしんみりとなる。
「確かに歳を取ったけれどね」
「それでもね」
「枯れてしまったな。若い時はそれなりに愛していたのに」
「奥さんのことだね」
 皆それを聞いてすぐに察した。
「そのことなんだ」
「まあ長い間一緒にいると結構慣れるからね」
「ほら、ビストロウシカおばさんも」
 ここで彼女の名前も出て来た。
「何か最近一緒にいるのが当たり前になってきたって言ってるし」
「ズトラシュビーチクさんと?」
「子供さん達が遊びに来ても何かそれも慣れたもので」
「枯れてるんだ」
「そんなことを言ってたよ」
 そんな話になっていた。
「どうもね」
「あの人も若い時は凄い美人だったのにね」
「今も美人じゃないか」
「いや、かなり老けたよ」
 そうなっているというのである。
「若い時に比べたらね」
「そうなんだ」
「そうだよ。もうすぐお婆さんだしね」
「それでなんだ」
「誰だって歳を取るよ」
 こんな言葉も出された。
「そして死んでいくからね」
「そんなものなんだ」
 そんな話をしているとであった。管理人はうとうととしだした。しかしその彼のところに見事な毛並みと整った顔立ちの雌狐が出て来て。側に落ちていた野苺の落ちているものをさっと取って走り去ってしまったのであった。
「あの狐は」
 その雌狐を見て言う彼だった。
「あの狐に似ているな。娘かな」
「そうだよ」
 そしてここで。誰かの声を聞いた。
「そうだよ。あの人はビストロウシカさんの娘さんだよ」
「!?まさか」
「心に話し掛けてるから」
 だからわかるというのだった。相手は。
「お爺さんの心にね」
「わしもお爺さんか」
 管理人は今の言葉についつい笑ったのだった。
「もうな」
「そうだよ。お爺さんだよ」
 そうだというのだ。言いながら彼の足元に一匹の青い蛙が来た。そのうえで彼に対して言ってきたのである。
「お爺さんじゃない、もう」
「そうじゃな。わしもそんな歳じゃな」
 言われて笑顔で受け入れるのだった。
「もうな」
「それでお爺さん」
 蛙はさらに彼に言ってきた。
「僕にもお爺さんがいたんだよ」
「御前さんにもか」
「そうだよ。お爺さんが言ってたんだ」
 管理人をその黒い二つの目で見上げながら心に語り掛け続けている。
「昔ここであんたの鼻の上に落ちたってね」
「ああ、あの時か」
 言われてその時のことを思い出したのだった。
「あの時のことか」
「思い出してくれたかな」
「うん、思い出したよ」
 管理人はまさにその通りだと応える。
「あの時の蛙が御前さんのか」
「お爺さんだよ。お爺さんはね」
「うん、それで」
「いつも言っていたよ」
 こう彼に話すのだった。
「お爺さんの鼻の上に落ちたその時をね」
「そうか。その時をか」
 話を聞いてそこに深い巡り合わせと時の移ろいを感じるのだった。その彼がその中で見たものは蛙の言葉だけではなかった。また戻って来てあの時と同じ様に蛙にちょっかいをかけて彼を自分の鼻の上にやってくれた狐もだった。森の中のその不思議な輪廻を見たのであった。


利口な女狐の話   完


                 2009・12・9
 
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