ソードアートオンライン 弾かれ者たちの円舞曲
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第参話 《第一層ボス攻略戦》〜前編〜
「《トールバーナ》……。ここか」
シキ達はキリトから送られてきた簡素な地図を確認し、半日かけて《ソエリア》から第一層迷宮区周辺の村《トールバーナ》へとやってきていた。
「……ソエリアと雰囲気がだいぶ違うな」
そう答えたのは傍らの全身刺青で半裸の少年、シンだった。
補足しておくと好きでそういう格好をしているわけではなく、武器防具問わずそういった装備品が装備できないのである。
「ソエリアが田舎村なら、この村は発展途上の村ってとこかしら?」
あたりを興味深そうに見るのは青い軽鎧の上にハーフコートを身につけ、両手剣を背負っている少女、チルノだった。
「言い得て妙だな」
苦笑して頷くのは、チルノと同じく動きやすそうな布系装備全身を固め、後腰にダガーを差している少年、シキ。
「何度も言うようだが、待ち合わせ場所は噴水広場。村の中央にあるらしい」
キリトから送られてきたメッセージにもう一度目を通し、二人に知らせる。
「何回も言わなくてもわかってるわよ」
チルノはふん、と鼻を鳴らした。
「悪かったよ。じゃあ、それまで各自自由行動で。時間には遅れるなよ」
三人は各々村の各所に散らばって散策を始めた。
○●◎
「………………」
路地に入った直後、背後から粘つく視線を感じてシキは振り返る。
振り向いた先には、背の低い女がいた。全身皮装備に特徴的な三本ヒゲのペイント。背は低い部類に入るが、彼女が放つその独特な雰囲気は年齢を包み隠している。
「相変わらずスゲー索敵能力だナ」
けけけ、と女は奇妙に笑う。
「しかもそれがスキルによる索敵じゃねーときてる。単純なカンなのか? それとも何かのスキルなのか? どっちかぐらい教えてくれたっていいだロ?」
特徴的な語尾を使う女に対してシキが取った行動はごく単純なものだった。
元の進行方向へと向き直し、そのまま歩き去ろうとした。
「ちょ、ちょちょちょ! ちょい待ってよシッキー!」
しかし恐るべき速度で近づいてきた女がシキの進行方向に立ち塞がった。
「五月蝿い。アンタに売る情報は無いと前にも言ったろう」
憮然とした表情でシキは女、《鼠のアルゴ》と対峙した。
「いいじゃんかヨ、スキル情報くらい」
アルゴは先程より幾分か余裕を欠いた声音で話す。
「いいわけあるか。……今回の依頼主サマは、そんなに知りたがってるのか?」
「まあナ。とは言っても、オイラ自身も興味あるんだが」
「いくら出すって?」
シキの問いに、アルゴはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの楽しそうな声で、
「なんと三万コルだゼ? これで少しは――――」
「少ない。俺を落としたいなら五十万コルは用意しとけ、って依頼主サマに言っておけ」
アルゴはその返答を聞き、余裕の混じる声を発する。
「だろうナ。話す気無しだろうと思ってたヨ。……しっかし、五十万コルは言い過ぎじゃないか?」
知るか、とシキはぶっきらぼうに言ってから、
「何なら体験してみるか? その感想とかを依頼主に伝えればいい」
「冗談キツいナ。オレっちがそんな自己犠牲の精神なんて持ってるハズないだろ」
それからしばらく話した後、情報交換を終え立ち去ろうとしたシキに、背後からアルゴの声がぶつけられた。
「ああ、そうそう。今回の攻略戦の人数、アンタら含めて四十八人――――フルレイドらしいゼ」
「……お前に参加すると伝えた覚えはないが」
「ここに来てるってことはそういうことじゃないのカ?」
微かに舌打ちして、シキは薄暗い鼠の領域から抜け出た。
いつの間にか作り物の太陽が沈みかけていた。ついでに会議の始まる時間になっていたらしく、噴水広場には大勢の人が集まっていた。
「やべっ!」
シキは大急ぎで駆け出した。
○●◎
「遅かったなシキ。何かあったのか?」
「あ、ああ。ちょっとした災害にな」
ゼーハーと肩で息をしながら、キリトの問いに答える。
「……? まぁいいか。レベリングはどんな感じだ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
息を整えながら、あたりを見回す。まだ会議は始まっていなかったらしく、様々なプレイヤーが友人と思わしき者達と喋っている。シキは安堵の混じった息を吐き出すと、
「レベル? 俺は今、12だったかな。シンも12、チルノは11だ」
「おい待て、何か聞き覚えのない名前があったんだが」
「気にするな。聞き間違いではないが、また話す機会もあるだろ」
言い終えると力尽きた風にキリトの隣にしゃがみ込む。
「シキ、こんな所にいた、ってキリトじゃないか」
「よう、シン。久しぶりだな。一ヶ月ぶりくらいか」
シンは同意の頷きを返すと、チルノを招き寄せる。
チルノは面倒臭そうな挙動でシキ達の近くに寄った。
「五分遅れたけど、まぁいいよね! 全員いるよね!」
そんな元気ハツラツな声が聞こえ、その音源に目を向ける。
「はいはーい! それじゃあ会議、始めさせてもらいます! おっと自己紹介忘れてた! 俺《ディアベル》っていいます! 気持ち的には《騎士》やってまーす!」
青髪の青年がそこで皆の注意を引いていた。どうやらこの青年がこのメンバーを集めた者だろうとシキは直感した。
どっ、とプレイヤー達が沸き、拍手や口笛、そして楽しげなヤジが飛んだ。
「さて、こうして最前線で活動している、まぁトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は…………まぁ言わなくても分かると思う」
そこで青髪の騎士様は、右手をさっと振り上げ、彼方にそびえる第一層迷宮区を指し示す。
「今日、俺達のパーティーがあの塔の最上階を完全にマッピングした! 明日には突破できるんだ……第一層、そのボスを!」
ざわざわとざわつく声。
シキ達も驚かなかったわけではないが、まぁ有り得ない話でもない。
何しろ、このデスゲームが始まってからもう一ヶ月が過ぎているのだから。
「ここまで、一ヶ月かかった。何人が犠牲になったかなんて解らない。でも、俺達は示さなくちゃいけない。ボスを倒し、第二層に到達して、このゲームもいつか終わるんだ、ってことをはじまりの街で待つみんなに伝えなくちゃいけない。それが、トッププレイヤーの、俺達の指名だ! そうだろ、みんな!!」
腕を突き上げ叫んだディアベル。そして、しばし間を置いて喝采が弾けた。
シキも適当に拍手を送る。シンも同様の拍手。チルノは腕を組んだままだった。
「ちょお待ってくれへんか? ナイトはん」
その時、喝采を切り裂く低い声。
歓声が止み、人垣が二つに割れた。その中央に立つのは、がっしりした身体の背に大型の片手剣を背負ったイガグリのような尖った特徴的な髪型をした男だった。
一歩踏み出し、ディアベルとは対照的な唸るような濁声で男は言う。
「そん前に、これだけは言わんと仲間ごっこもできひんわ」
唐突な乱入者。しかしディアベルは眉一つ動かさず、余裕の笑みを顔に浮かせたまま、
「これだけは言わせてもらいたいっていうのは、何のことかな? まぁ何にせよ、意見は歓迎するよ。でも、名前くらいは名乗って欲しいのだけどね?」
「…………フン」
男は鼻を鳴らすと、噴水の一歩手前で立ち止まり、プレイヤー達に向き直った。
「わいは《キバオウ》ってもんや」
キバオウはその鋭く光る眼で、この噴水広場に集まったプレイヤー達を睥睨した。たっぷり時間を掛けて見回した後、キバオウは先よりもドスの利いた声で言った。
「こん中に、五人か十人、ワビ入れなあかん奴らがいるはずや」
「詫び? 誰にかな?」
ディアベルの問いに、キバオウは憎々しげに吐き捨てる。
「決まっとるやろ、今までに死んだ二千人のプレイヤーに、や。あいつらが何もかも独り占めしたもんやから、たった一月でこんな死人が出たんや!」
ざわめきが消え、水を打ったような静寂が広がる。
「キバオウさん。君の言う《あいつら》というのは……元ベータテスターのこと、かな?」
当然だ、とでも言いたげに鼻を鳴らすキバオウ。
「ベータ上がりの連中は、こんクソゲームが始まったその日に、初心者達を見捨てて消えよった。奴らは旨い狩場やらボロいクエストを独り占めして、自分だけポンポン強なって、その後もずーっと知らんぷりや。こん中にもおるはずやで! ベータ上がりの奴らがな! そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出して貰わな、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれんわ!!」
ベータ経験者達への糾弾が終わったものの、声を発する者は誰一人いなかった。
「…………五月蝿い」
――――わけでもなかった。
シキの隣で話を聞いていただけのシンが、眼を閉じたまま眉根を寄せていった。
「な、なんやと?」
その怒りとも憎悪ともとれないシンの声に、キバオウは気圧されたように、一瞬足を引きかけたが、すぐに前傾姿勢を取り戻し声の主であるシンに向く。
シンはフードをかぶって静かに立ち上がり、シキの隣から離れて広場中央へと向かう。
怖気もせず、真っ向からキバオウと対峙し、まず、名乗る。
「すまない、名乗るのが遅れたが、俺はシンという。…………それで、アンタが言いたいのは、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任を取って、謝罪、賠償しろ、ということなんだろう?」
静かな威圧が込められた声に、キバオウは動揺の混じる声で「そ、そうや」と言う。
シンは聞くにや早く、ウインドウを出して一つの薄い冊子のようなものをオブジェクト化させる。
「これ、見たことあるか?」
「……ガイドブックやろ? それが―――」
「これを配布しているのはアンタの言う汚いベータテスターさんだ」
キバオウの言葉を最後まで待たず、割り込んでシンは言った。
キバオウだけでなく、多くのプレイヤー達がざわめきを発した。
そしてシンはキバオウだけでなく、周りのプレイヤー達にも向けて言葉を紡ぐ。
「いいか、情報はいつでも手に入れられたんだ。だが、たくさんのプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえ、俺達はどうボスに挑むべきなのか、それをこの場で論議されると俺は思っていたんだが……期待した俺が馬鹿だった」
終始静かな口調のまま言い終え、キバオウを見やる。
彼は不満げな顔と歯軋りしながら、身近の席に乱暴に座った。
シンは「会議を中断させてすまない」とディアベルに頭を下げ、シキの隣りに戻った。
「よし! それじゃあ会議を再開する!」
青い騎士は言って、ポーチからシンが先程見せたものと同じような冊子を取り出す。
「よし、それじゃまずはボスの情報だけど、ボスの名前は《イルファング・ザ・コボルドロード》、そして取り巻きに《ルインコボルド・センチネル》というモンスターが居る。コボルドロードは普段斧と盾を使うようだ。だけど、四段ある内の最後の一段になった直後に曲刀に持ち帰る。勿論、攻撃パターンも変わる」
薄い攻略本を閉じて、ディアベルは顔を凛とした声で、
「攻略会議は以上だ。最後にアイテム分配についてだが、金は全員に自動均等割り振りされ、経験値はモンスターを倒したパーティーのもの、アイテムはゲットした者のものとする」
依存はないな? という騎士の声にまばらながらも肯定の声が上がる。
「さて、それじゃ今日はパーティーを組んで解散だ! 明日の十時、またここに集合! 役割分担はその時にするぞ!」
○●◎
「フルレイドの人数居るんだから、自ずと役割分担ははっきりされるわけか」
シンの呟きに、「そうだな」とシキは頷く。
「しかし、何であんなことしたんだ? シン」
シンはその問いに沈黙してから、ぽつりと、
「我慢ならなかったんだ」
小さく言った。
「我慢ならなかった?」
「……何か、差別してるみたいだろ? そういうの、嫌いなんだ」
それより、とシンは強引に話題を逸らす。
「パーティー、どうする?」
「そうなんだよなぁ……」
シキ達は別段人間関係を築くことが苦手なわけではない。が、どうも皆さっさと人数を集めてパーティーを編成したようだ。
残っているのは――――。
「俺達と……」
隅々まで目を向け、あぶれているプレイヤー達を探す。見つけられたのは隣のキリトと広場の端に佇んでいる赤いフード付きマントを目深に被ったプレイヤー。そして、広場の中央のあたりでパーティーメンバーを探している、赤髪の女プレイヤーがいた。
「よし、キリト。あっちの赤ずきんちゃんをよろしく。俺はあの女性をエスコートしてくる」
ばこーん、とキリトの背中を押して、シキ自身は赤髪の女へと向かう。
「あ、おい、シキ!?」
戸惑った声が背後から聞こえるが、無視する。
「すみません。パーティーメンバー、お探しですか?」
出来る限りの爽やかな声音で挨拶し、赤毛の女の注意を引く。
「は、はい。そうです」
女は少年に疑念を持ちながらも頷く。
真っ赤な頭髪に、右腰にはキリトが背負っているものと同じ――確か《アニールブレード》だったか――片手剣を装備し、赤一色の軽鎧、更にそれを隠すように白いコートのような上着を羽織っている女性だった。
「俺達のパーティー、二人メンバーが足りなくて……入ってくれます?」
「…わかりました」
僅かな間を置いての言葉だったが、疑いのない声と表情に、顔には出さないもののシキは驚いた。
「じゃあ、パーティー加入の申請送ります」
シキとしては話がこじれなくてよかったのだが、どうにも女の奇妙な雰囲気が否めない。
「(これは、もしかすると…………)」
そこまで考えた所で、了承が返ってきたので思考を中断させて名前を確認した。
そこにはAty――《アティ》とあった。
「えーと、よろしくお願いしますね? シキ君」
「え、えぇ。こちらこそお願いします、アティさん」
はい、と微笑みと共に頷くアティ。
アティを連れてシンとチルノが待つ場所に戻るとそこには、既にキリトと赤ずきんのような赤マントのプレイヤーが待っていた。
「遅いぞ、シキ」
「悪いって、だけど俺的にはかなり早く終わらせたつもりだったんだが……」
赤マントのプレイヤーの名前は、視界右上のHPバーに表示される名前を見たところ、アスナというらしい。
「リーダー。この後の指示よろしく」
「ちょっ、ふざけんなキリトテメェ。俺よりお前の方がこのゲーム知ってんだろうが」
キリトにぎりぎり聞こえる程度のボリュームを絞った声でシキは抗議する。
「俺がベータ経験者だってバレると、面倒だと思わないか?」
キリトの悪意ある正論にシキは屈して、面倒くさそうに的確な指示のみを下す。
「……今日はパーティーを組んで解散ということだったし、またここに集まるってことにしよう。何か、言っておきたいことととか誰かあるか?」
勿論、意見など誰もなかった。
「それじゃあ、明日の朝十時、ここに集合ってことで。解散」
六人のプレイヤーは一時的にパーティーを解除し、それぞれの一夜を明かす住居へと向かっていく。
○●◎
「ふぁ〜〜っ。……眠い」
時は進んでPM11:20。
シキ達三人は、最寄りの宿屋で部屋(ちなみにチルノのみ別部屋)を取って眠っていた。のだが。
シキはセットしておいたタイマーで目を覚ましていた。
「…………眠いなぁ」
寝ぼけ眼をこすりながら、大きな欠伸をひとつ。
起きた理由は、外に待ち人がいるからだった。
ウインドウを操作し、ラフな部屋着から黒の布装備に切り替える。
「シンは……寝てるか」
――――相変わらず、寝るのは子供みたいに早いな。
そんなことを考え、苦笑。実は自分の方が早く気を失っていたことを思い出したのだった。
「さて、それじゃあ……さて、お姫様に『お願い』とやらを聞いてこようかな」
ドアを静かに開き、そして同様に静かに閉める。
「…………」
宿屋二階の部屋を出て、階段を降りて外に出る。
空気を大きく吸って、頭のスイッチを入れ直す。
「さて……」
出てすぐの所にいないということは、庭だろうか。
そう思い、庭に足を向ける。
果たしてそこには、一心不乱に両手剣を振っている青髪の剣士がいた。
「……もしかして、待った?」
「……少しだけね」
大剣をドンッと勢い良く地面に突き刺して、彼女は汗を拭おうと額に腕を持ってきたが、そこには汗一つかいていなかった。
「…………」
はぁ、と小さく溜息。
「ねぇ、シキ」
「何だ?」
チルノは雲一つない夜空を見上げ、消え入りそうな声を吐き出す。
「ねぇ、シキ。このゲームは……本当に終わるの?」
どういう意味だ、とシキは問い返す。
「だってもう一ヶ月経ってるのよ? なのに一向に助けは来ない。それどころか外の世界がどうなってるかも解らない……。ちょっと絶望してきたわ」
自嘲じみた表情のチルノに、黒一色の暗殺者のような少年は静かに近づき、チルノからほんの二、三歩離れた場所で止まった。
そして少しの怒気を織り交ぜた静かな声で、ただ言った。
「……俺は明日のパーティー戦で不本意とはいえリーダーを務める。お前も俺のパーティーの一員だ。俺はお前らの命を必ず守る。シンもキリトも、アティもアスナも、勿論お前だって例外じゃない」
だから、と微笑を口に滲ませて、シキは小さく言う。
「お前らは誰一人、死なせやしない。俺が、全員まとめて守ってやる。まぁ安心しろ、なんて俺が言っても全く安心できないかもしれないけどな」
微笑に苦笑を混ぜてそう言うと、ぽかんとしているチルノへ、で? と聞く。
「俺を呼んだ理由はそれだけか? なら早く寝たいんだけど」
そう言って大きな欠伸を一つ漏らすシキ。
しかし、チルノは首を振った。
「ここで、私と戦ってくれない?」
「……………………はい?」
シキの頭が一瞬で真っ白になった。
「聞こえなかった? もう一度言う? 私と――――」
「いやしっかり聞こえてるから。そういう意味じゃなくて、俺のスキルは」
「そのぐらい解ってるわ。でも、それは貴方が『線』を切らなければいいでしょう?」
これが初めてシキがにっこりとした笑顔の裏にドス黒い悪意を見た瞬間だった。
「それに、あそこまで言ったんだから、私のこと守ってみせなさいよ?」
「…………たはー」
頭を抱えて後悔の念を脳内に展開させるが、過ぎたことはしょうが無いし、後悔しても何の意味もない。と結論づけ、頷く。
「いいだろう。ルールは?」
「《半減決着》よ。さて、守るなんて言っておきながら殺したら――あの世で笑ってやるわ」
チルノが不敵な笑みで発した言葉は、シキに少なからずプレッシャーを与えた。しかし、決闘に支障ない程度、シキもぎこちない笑みでそれに応じる。
【チルノ から1vs1デュエルを申し込まれました。受諾しますか?】
即座にYesのボタンを叩く。
【チルノからのデュエルを受諾しました】とウインドウに表示され、その下で六十秒のカウントダウンが始まる。カウントが0になった瞬間、二人の決闘が始まるのだ。
シキは五メートル程度離れてから、様になった動きで後腰のダガーを引き抜くと、手の中でくるりと一回転させてからダガーを逆手に構える。
チルノは劇画の侍のような滑らかな動きで大剣を中段に構え、表情を冷たい無機質なものへと変化させる。
そのまま永遠とも刹那とも思える程の時間が経って、二人の間に【DUEL!!】の文字が煌めいた直後、二人は同時に地を蹴った。
「シッ!」
先手を取ったのは、シキだった。チルノに書かれた三本の線を避け、下からの切り上げを繰り出す。
チルノはそれを難なく両手剣で逸らし、反撃の斬撃を繰り出さそうとし――全力で首を後ろへ倒した。
彼女の鼻先をダガーの銀の刃が掠め、ちっと舌打ちしてシキが少し離れた場所に着地する。
「……よく躱したな」
先程シキが行った行動は、既に人間業の域を超えていた。何故なら、一度ダガーをスッポ抜けさせて空中で逆手から順手へとダガーの持ち方を変えた上でチルノの顔面を狙ったのだから。
「褒めてくれてるの?」
「呆れてるんだよっ!」
そう言い切ってシキは再び疾駆し、ものの数秒でチルノの懐へと潜り込み今度はダガーを横へと一閃する。
対するチルノは上段に構えていた大剣を振り下ろす。
直撃を避けるため身を捻った状態でのシキの一閃はチルノの腹を小さく切ったがHPバーを数ドット減らしただけだった。
が、チルノの大剣は掠っただけにしても威力が違う。掠っただけでHPバーの一割を持っていかれた。
それは単純に威力の差だけではなく、シキが機動力を優先した布装備に対しチルノが防御力を優先させた軽鎧であるところも大きい。
「はっ……!」
それを確認して鼻で笑ったシキに対し、氷のような冷たい表情のままのチルノ。
シキは一度バックステップして距離を離して態勢を立て直そうとしたが、着地点には姿勢を低く沈めて砲弾のような速度でチルノが向かってきていた。
「まず……っ!」
まずい、そう思った時にはもう遅かった。
彼女の両手剣が淡い赤色の光を帯び、シキの腹を横薙ぎに一閃した。力任せに両手剣で薙ぎ払う両手剣用ソードスキル《ハードスラッシュ》。
ソードスキルを受けゴロゴロと転がっていくシキとそれを見ているだけで追撃しないチルノ。
《ハードスラッシュ》によってシキのHPバーは七割を切り、デュエルの終結まで残りは二割。
しかし、チルノはほぼ無傷ときている。
「だけど、こんな状況でも諦められないあたり……俺も負けず嫌いだな」
小さく笑って、シキは立ち上がる。
「……シキ、貴方ってこの程度だったの?」
「いいや。本気じゃないだけだ」
おどけて笑ってから、軽く地面を蹴る。
「行くぞ。俺から目を離すなよ?」
そんな声が聞こえたのは、チルノの耳元からだった。
トン、と背後で靴が地面を蹴る音が聞こえ、チルノのHPバーががくり、と小さく減った。
振り向くが、シキはいない。
「おいおい、どこ見てるんだ?」
また耳元で、声。
驚愕に支配された思考回路では正常な判断などできるはずもなく、じわりじわりとHPバーが失われていく。
そして、それがいきなりそれが止まった。
「…………?」
疑問を抱いた直後、視界の端で紫のメッセージが輝いていることに気がついた。
「勝負ならとっくに終わってたぞ? お姫様?」
少し離れた場所からにやにや顔で楽しげにこちらを見ているのは、彼女を負かした黒衣の少年――シキだった。
「どう、やったの?」
簡単なことだ。とシキは微笑む。
「俺の考えでは、単発の一撃が俺より圧倒的に上回るチルノを倒すための方法が一つだけあった。それにはまず、お前を油断させなければならなかった。だから――」
「わざと、弱い演技をしていた。と?」
まぁそんなところだ。と彼は微笑んだままだった。
「でもまぁ……。とりあえずお前は、あんな冷たい機械みたいな顔より、笑ってる方が可愛いよ」
つん、とチルノの額を人差し指で押して、宿屋へと引き返すシキの背中を見ていると『彼とならこのゲームを最後まで生き残れる気がする』と根拠もなく思ってしまう。
後書き
斬鮫「ドーモ、視聴者=サン。キリサメ、デス」
チルノ「何でそんな某忍殺風な挨拶してるのよ」
斬鮫「気にしないで下さい。それよりも、今回は前編ですからキャラ紹介もしないんですよね」
チルノ「それが?」
斬鮫「喋ることがない!」
チルノ「じゃあ、ここらで幕引きね。それじゃみなさ――」
斬鮫「ああー! ちょっと待って! 一応だけどすることあるから!」
チルノ「何かあった? ……ああ、もしかして、補足回でやろうとしてたあれ?」
斬鮫「その通りです。今回はシキとシンの容姿等の詳しい描写を加えていきます」
チルノ「ちなみに私がないのは、次回の紹介で一緒にやるからって。まずはシキからね。どうぞ」
・シキ
顔は切れ長、目が鋭く、黒髪で青眼。面白いことには首を突っ込みたくなる性分だが、戦い自体はそこまで好きではない。但し武器などが関わってくると眼の色が変わる。
装備は主に動き易いという理由で布や皮系を好み、色は黒や青など暗い色(本人は気付いていないようだが、闇に溶け込みやすい色彩を無意識的に選んでいる)。武器は短剣を逆手に持って扱う。
斬鮫「それじゃ、次はシンです」
・シン
歳相応の僅かな幼さを残した顔に、寝癖のようなハネた黒髪が特徴。瞳は黒で、全身には黒い刺青、更にそれを縁取るかたちで青緑の線が走っている(この線は体力が二割を切ると赤くなる)。
基本的には腰を隠す程度のハーフパンツと刺青等を隠すためのマントを装備している。拳やマガタマの装備による様々なスキルでの近〜遠距離で戦うことができる。
チルノ「斬鮫の描写不足が浮き彫りね」
斬鮫「ほんとですよ。……それでは、今度は後編でお会いしましょう。さようなら」
チルノ「さようなら」
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