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最後には

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第一章

                                最後には
 これまでだ。身を粉にして働いてきた。
 だが定年になりだ。彼、吉川雄樹は家で妻の美和子にこう話した。
「いやあ、終わりだな」
「定年ね」
「会社勤めも終わりだよ。後はな」
「御仕事ね。次の」
「警備員だったな」
 雄樹は温かい笑顔で美和子に話す。
「まあこれまでとは全然違う仕事だけれどな」
「どう?やっていける?」
「どうかな。警備員っていってもな」
 どういったものなのかをだ。雄樹は言うのだった。
「学校の門のところにいてな」
「登校から下校までの間ね」
「ああ、それまでな」
 門のところで怪しい人間が来るかどうか見張る。そうした仕事だというのだ。
「最近物騒でもそれでもな」
「特に変なことはない仕事よね」
「今までの仕事とは確かに違うな」
 そしてだ。雄樹はだ。
 彼が今も就いている仕事についてだ。美和子に話したのである。
「俺は今まで営業でな。頑張ってたけれどな」
「そうだったわね。ずっとね」
「ああ、営業一筋だった」
 それがこれまでの彼だったのだ。そのことについて言うのである。
「その営業だけれどな。終わるな」
「営業部長でもずっと営業に回ってたのよね」
「ああ、いける時はな」
 部長ともなれば会議やデスクワークも多くなる。その為の時間もあるがだ。それでも彼はだというのだ。
「そうしていたよ」
「そうだったわね」
「それも終わりだよ。それでな」
「それで?」
「ちょっと最後にしたいことがあるんだ」
 妻に今言うことはこのことだった。
「ちょっとな」
「ちょっとって?」
「ずっと営業で真面目にやってきた」
 彼は言う。
「だから最後の最後にはな」
「どうするの?」
「ちょっと会社でやってくる」
 笑ってだ。こんなことも言ったのである。
「これまで絶対にできなかったことをな」
「絶対にって。犯罪とかじゃないよね」
「第二の人生がはじまってるのにそれはないだろ」
 すぐに妻に突っ込みを入れた。
「幾ら何でもな」
「そうよね。あなた犯罪はしないし」
「ああ。就職して御前と結婚して幸男も香苗もできて」
 二人の子供達だ。もうそれぞれ独立して家にはいない。だから今は夫婦二人で住んでいるのだ。還暦の夫婦水いらずというわけだ。
「それで定年だ。解放された気分だからな」
「それでやることなの」
「ちょっとやって来る」
 笑顔で妻に話す。
「思い切ったことをな」
「何かよくわからないけれど犯罪でないならいいわ」
 美和子はそれならばいいと答えた。
「それか巨人を応援しない限りは」
「ああ、それはない」
 巨人の応援は絶対にないと断言した。何故なら彼は。
「俺の親父も御袋も生粋の広島人だからな」
「そしてあなたもね」
「ああ、広島に生まれてな」
 そしてだというのだ。
「今はこの北海道にいるからな」
「北海道ならね」
「日本ハムだ」
 ただしだった。ここでだ。 
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